423話 「その男、帰還者なり」


(あれを受けて…無傷だと?)



 今の攻撃はたしかに範囲こそ狭かったが、直撃すれば武人であっても消し炭になるくらいの力はあったはずだ。


 だが、若い男は自分の攻撃を受けても立っている。


 しかも平然とこちらを見つめている。相変わらず冷たい目で見ている。



「気に入らん。気に入らんな!」



 ずわわわっ ズシャーーーッ


 コートの下から十二本の縄が出てきて、若い男に攻撃を仕掛ける。


 さすがに数が増えたせいか、若い男は棒立ちではなかった。



 素早く剣を抜くと迎撃態勢に入る。



 彼が持っている剣は、黒い剣。


 左半身にまとわりついた鎧と同じ素材で出来ているのか、どんな光を受けても反射しない、のっぺりとした漆黒色をしている。


 刀身もとりわけ太いわけではないし、細いわけでもない。一般的なロングソードと大差はない造りだろう。



 男は大きく後ろに跳躍すると、黒い剣を振り抜く。



 剣先から一つの大きな剣衝が放たれ、それが途中で分離。六つもの刃となって迎撃する。


 その剣衝には風の属性が宿されているのか、非常に速い。



 一瞬で縄に到達すると―――切り裂く。



 ザクザクッ スパンッ


 風衝によって六つの縄が切り裂かれ、大地にぼとぼとと落ちる。


 しかし、残り六つは依然として動いている。


 男を追尾するように縄は伸び続け、さきほどと同じように爆炎を生み出す。



 ボオオオオッ ボンボンボンッ



 激しい爆発が起こる中、若い男は素早い動きで大地を駆け抜けて回避。


 そして回避しながら再び風衝を放ち、迫ってきた六つの縄を切り裂く。



「いくら斬っても無駄だ。私の中に【思想】がある限り、けっして力が尽きることはない!」



 ズルルルウッ


 再びJBから大量の縄が生まれてきた。


 ただし、今度は色が違う。


 斬られたものが赤だったのに対して、今回は青い色合いをしている。



 そこから―――大量の水が放出。



 当然、ただの水ではない。超高圧に圧縮された水の刃だ。


 水の刃は広範囲を横薙ぎに攻撃し、若い男の逃げ場所をすべて潰しながら囲い込んでいく。


 かなり良い動きをしていたが、男は次第に追い詰められていった。



「そのように逃げ回ってばかりの戦い方にも、うんざりしていたのだ。ネイジアの理想を体現するメイジャ〈救徒〉に相応しくはない」



 若い男はネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉に入ってから、いくつかの作戦に帯同してきた。


 その戦い方がどんなものかといえば、間合いを広げて中距離からちまちまと攻撃するというものだ。


 今やっているように安全な場所から小さな攻撃を続けて、相手をじわじわと削って倒していく戦い方である。


 定められた戦果は挙げてきたが、それがJBには気に入らないようだ。


 しかし、若い男は批判されても平然と相手を見つめ返す。



「人にはそれぞれ戦い方というものがあります。あなたの意見だけを押し付けないでいただきたいものです。だから魔獣相手に不覚を取ったのです。もうお忘れですか?」


「あのようなもの、いくら受けたところでどうというものではない」


「それが救徒に相応しい戦いなのですか?」


「お前よりはな」


「あなたの傲慢で狭量な姿勢が、ネイジア・ファルネシオの理念を歪ませているとは思わないのですか?」


「思わぬな。私こそがネイジアの意思を体現する者だ」


「…そこまでブレないというのはさすがですね。ですが、あなたは『あの人』にはまったく及びません。あなたは『英雄』にはなれない」


「英雄…? 何の話をしている」


「あなたの力が英雄には遠く及ばないということです。あの程度の紛い物の力では、この大地にいる本物の魔獣に返り討ちになるだけです。今のうちに逃げることをお勧めいたします」


「っ!!」


「あなたが負けてしまえば、ネイジアの名も堕ちる。逃げることこそが、ネイジア・ファルネシオの意に沿う行動ではないでしょうか」


「…貴様…!!! きさまぁああ!! そこまで愚弄するか!!」



 ぞわわわわっ


 明らかに今までと違う殺気が周囲を包み込む。


 ドクンドクンドクンッ ドクンドクンドクンッ


 JBの身体の中を凄まじい【思念】が循環していく。それを力に換えていく。


 今度は、ズルルッと黒い縄が出てきた。



「ただでは殺さぬ! 痛みを与えて殺してくれる!」


「痛みがないから、あなたは痛みを求める。哀れなものです」


「ほざくな!」



 ズシャーーーーッ ボゴンッ!!


 超高速で放たれた縄が、まるで鞭のようにしなって襲いかかってきた。


 若い男は回避するが、立っていた場所が跡形もなく吹き飛んでいる。相当な威力をもった攻撃といえるだろう。


 ただ、それをかわした若い男も見事だが、これまた一本や二本ではない。


 何十という数の縄が同時に大量に襲いかかってきた。



 バチンッ ボゴンッ!


 バチンッ ボゴンッ!


 バチンッ ボゴンッ!


 バチンッ ボゴンッ!



 次々と周囲に大きな穴が生まれていく。


 若い男は迫り来る縄を上手く切り払いながら間合いを取っていく。



「相変わらず、ちょこまかと。だが、これは避けられまい!」



 ボゴンッ


 突如、地面の中から黄色い縄が出現。


 この縄はJBの足元からひっそりと地中に入り込み、若い男が回避する場所を予測して配置されたものだ。


 なぜJBがこんなコートを着ているのかといえば、縄の軌道を隠すためでもあるわけだ。



 黄色い縄の尖端から―――雷撃が迸る。



「っ!」



 黒い縄の対処だけでも精一杯だ。これにはさすがの若い男も対応できない。




―――直撃。




 バチィイイイイイイインッ



 魔獣でも一撃で黒焦げになりそうな大きな雷が迸った。


 しかも彼は風属性を身にまとうことで身体能力を強化していたため、雷との相性はすこぶる悪い。


 直撃すれば相当なダメージを負ってしまうだろう。



「………」



 若い男は、その場に立ち尽くす。


 身体からはブスブスと焼け焦げたような煙が舞い上がっている。間違いなく直撃した証であろう。



「ククク、このままなぶり殺しにしてやろう!」



 黒い縄が若い男に向かっていく。


 認めていないとはいえ、相手も同じ救徒である。JBもこれで男が死ぬとは思っていない。


 動きを封じられただけで十分と考え、決定打を与えるために追撃の態勢に入る。



 そうして黒い縄が若い男に近づいた時である。




「―――!」




 カッと若い男の目が見開かれ、猛烈な速度で剣を振るう。



 ズバズバズバッ ぶわわわっ!!



 その何十という剣圧によって、その場に竜巻が発生。


 黒い縄を切り裂き、切られた部分が空高く舞い上がっていく。


 剣王技、風雲刃ふううんじん


 因子レベル3で使える技で、風をまとわせた剣圧を螺旋上に発生させて周囲を切り刻む技である。


 こうやって自分の周りに発生させることもできるし、熟練者になれば離れた場所に生み出すこともできる。


 さらに一流になれば二つ同時に発生させるという技も使えるようになり、集団戦闘においては非常に役立つ技となるだろう。



 この技は、問題ない。



 彼ほどの武人ならば扱えても当然だろう。


 しかし、解せない。



(直撃したはずだ。まだ動けるのか!)



 雷撃は若い男を貫いていたはずだ。身体にもその証拠が残っている。


 普通ならば感電して動きが鈍るはずであるが、男は平然と技を放っていた。


 だが、それに驚いている暇はない。



 直後―――



 ドドドドドドンッ



「むっ!!」



 JBに向かって竜巻から何かが飛んできた。


 黒い小さな塊のようなものが銃弾のように襲いかかってくる。


 縄を切り裂かれていたJBは被弾。マシンガンの銃撃を受けたように身体が揺れる。



「このようなもので…動じるか!」



 JBは再び縄を生み出して迎撃。黒い塊を弾き飛ばす。



 シュウウゥウウンッ



 竜巻が消えると、視界がクリアになって若い男の様子がよく見えた。


 男はいつも通り、冷たい目をして立っている。


 だが、今までとは異なる大きな変化があった。



 左手が―――膨れている。



 まるでアームガンのように左手の部位が大きく膨れて『丸い筒状』になり、その中心に穴があいている。


 そこから―――発射。



 ドドドドドドドドンッ



「ふんっ!」



 迫り来る弾丸のようなものを鞭で迎撃。


 高速で動く無数の鞭によってJBの周囲に防御の結界が生まれる。


 それによって銃撃をすべて防いでいく。痛みはないが不快であるし、肉体は損耗するので防いだほうがいいだろう。



 それを続けること、五秒。



 弾切れを起こしたのか射撃が止まる。そこにすかさずJBの反撃。



 ヒュンッ ボゴンッ!



 若い男がいた場所を大きく抉り取る。


 だが、男はすでに後ろに下がっており、左手を地面に付けていた。


 ずずずずずずっ ぼごんぼごんっ


 手を付けた地面の周囲が陥没していく。


 そして再び銃口を向けると―――発射。



 ドドドドドドドドンッ バシバシバシバシッ



 JBは鞭の結界を生み出して迎撃するも、そこに強い既視感を抱く。



(この弾丸のようなものは地面から吸い取っているのか? だが、あの男にこんな能力があったのか? こんなものは初めて……いや、これはまるで…)



 脳裏に浮かぶのは、さきほどまで戦っていた魔獣の姿である。


 彼らも地面に口を付けて鉄分を吸収し、牙にしていた。


 使い方はやや異なるが、若い男がやっていることもそれに似ているように思える。


 この考えを抱いたのは、彼が雷撃を防いだからだ。


 ペンダントやイヤホンを付けていると落雷が逸れるように、大地の力で雷を逃がす道を生み出せば防ぐことは不可能ではない。



 そんな疑念を抱きながら、戦いは膠着状態に陥る。



 JBも優れた武人だ。相手の能力が不明な以上、迂闊には近寄れない。


 若い男もJBの実力を知っているので簡単には踏み込めない。




 そこに―――




 パンパンパンッ




 乾いた音が響いた。


 若い男の銃撃とは異なる音、本物の火薬が炸裂する音だ。


 二人が軽く視線を向けると、そこには銃を持ったクロスライルがいた。


 彼の持つ銃は少し特殊だ。リボルバーに【銃剣】が付いた【ガンソード】と呼ばれる武器である。


 そのガンソードを空に向けながら、こちらに歩いてきた。



「そこまでだ。もう十分だろう。そこで終わっておけ。今なら軽いじゃれ合いってことで済ましてやるよ」


「クロスライルか。貴様、逃げたのではないのか?」


「ああ、逃げたよ。お前らみたいな馬鹿とは違うからな。つーか、オレのローラちゃんを粉々にしやがって! 弁償してもらうからな!!」


「壊れるほうが悪い」


「壊れるに決まっているだろうが!! それより、お遊びはそこまでだ。金にもならないことをするもんじゃねえよ」


「金…か。私はお前の思想にも常々問題があると考えていた。悔い改めろ」


「悔い改めるのはおめーだ! このタコ坊主が! 触手だか縄だかよくわからねーもんを身体から出しやがって。気持ち悪いにも程があるぞ!」


「これは偉大なるネイジアから頂戴した名誉ある…」


「あー、うぜぇ。んな話は聞きたくねえんだよ。いいから終わりだ。それにお前は力の使いすぎだろうが。明らかにパワーダウンしてやがるじゃねえか。あーあ、調子に乗りやがって。ただでさえ何もない荒野が、さらにまっ平らになっちまったよ。無駄なことしやがってよ」



 JBの出力は相当落ち込んでいた。縄の攻撃速度も爆炎にも迫力がなかった。


 あれだけの爆発を起こしたのだから当然である。


 そもそも彼は広域破壊で力を発揮するタイプなので、単体で戦場に赴くタイプではない。



「これ以上やるなら、お前のガードはしてやらねえからな」


「…ふん。偉そうにするものだ」


「この点に関しては偉いんだよ。だから従っておけ。お前の大好きなネイジアの命令だぜ」


「………」



 シュルルルッ


 その言葉にJBは縄を引っ込める。


 JBがあの力を使うためには、必ず単体戦闘力に優れたパートナーが必要となる。


 もし目的地に着く前に戦闘に巻き込まれて消耗すれば、本来の目的を達成できなくなるので護衛が必要なのだ。


 それがクロスライル。


 組織内ではしっかりとした役割分担が与えられている。


 これ以上はNGとクロスライルが判断すれば、そこで止める権限があるのだ。



「そっちもいいな?」


「…ええ」



 ずずずずっ


 若い男の手が、再び黒い漆黒の色と形に戻っていく。


 どうしてこのような現象が起きるのかはまったくわからないが、左手は思い通りに操れるようだ。


 クロスライルは、そこには触れない。


 武人にはそれぞれ秘密があるものだ。それが強さに直結するのだから詮索はしないほうがいいだろう。



 諍いが収まり、クロスライルが息を吐く。



「ったく、お前らは騒動を起こしすぎだ。少しはオレを見習えよな」


「断る。むしろお前にはやる気が足りない」


「真面目に働いて過労死だけは勘弁だぜ。つーか、仕事で来ていることを忘れるなよな。どうせ疲れるなら仕事で疲れろよ。…で、まだ距離はあるんだろう? 代わりの足を見つけるぞ」


「走ればいい」


「だから、またこんなことが起きたら面倒なんだよ。通常のルートで行くぞ」


「ルートからはみ出したのはお前だ」


「お前はもう黙ってろ!!」



 JBをあしらったクロスライルは、若い男に振り返る。



「グラス・ギースって都市は、お前さんの古巣だったな? ここからはお前に案内を任せる。まあ、最初からそのために連れてきたんだけどな」


「わかりました」


「ところでそのグラス・ギースってのは、どんな街なんだ?」


「『英雄』がいる場所です」


「英雄…ね。なんだかお前さんもヤバそうなやつだな。頭は大丈夫か?」


「ええ、おかげさまですっきりしました。あの雷は目覚めにいいですね」


「くく…クハハハ! JBとやりあっていながら、まだそんな涼しい顔ができるのかよ! いいね。あんた、いいよ。そのすべてを見下した目が最高だ」




 ポンッ



 そう言ってクロスライルは、若い男の肩を叩く。







―――「案内、よろしくな。ラブヘイアの兄さんよ」







 三人はその後、十キロ先で停まっていたクルマを発見。


 飛んできた石で気絶した商人が乗っていたものだ。商人はさっさと放り投げて、クルマだけ頂戴する。


 今回はおとなしく交通ルートを通り、グラス・ギースに向かうのであった。



 その道中、若い男、エンヴィス・ラブヘイアは外を見つめながら感慨に耽っていた。



(グラス・ギース…とても長い時間離れていた気分です。私も大きく変わりました。しかし、ああ、胸のときめきは変わらない。あの日、あの人に出会った時から…ずっと)



 ラブヘイアという帰還者によって、あの『白き英雄』にも一つの変化がもたらされるだろう。


 安穏とグラス・ギースで遊んでいる間に、世界は少しずつ動き始めていると気付く日がやってくる。


 その日こそが【覇王伝】の始まりであるとは、まだ彼は知らない。



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