422話 「死滅の担い手 後編」


 武人には大きく分けて、戦士、剣士、術士の三つの因子が存在する。


 その中でそれぞれ単体攻撃が得意な者、複数の敵を攻撃する広域攻撃が得意な者がいる。



 JBは後者の広域型を特意とする武人である。



 ただし、複数に攻撃を仕掛けるといったチャチなものではない。


 集めた戦気を全方位に爆発展開させることで、周囲一帯を木っ端微塵に吹き飛ばすという荒業を得意とする【超広域型】の武人だ。


 実際に使う戦気量にもよるが、その有効射程距離は一キロから二キロ。


 その距離内にいれば武人であっても粉々になってしまうだろう。


 一般人ならば衝撃で飛んできた石だけでも危険なので、五キロ離れていても何かしらの損害を被るかもしれない。


  不快の感情に汚染されたJBは、その力を解き放とうとしていた。



「ネイジアより与えられし力、存分に使わせてもらう! それが私の祈りであり、敬愛の念の示し方だ!」



 JBはこの能力を得るまでは、そこまで傑出した武人ではなかった。


 格闘能力は優れているが、それを超える武人は数多くいる。


 攻撃力ではマキに及ばないし、防御力ではソイドダディーにも負けるだろう。素早さや技でもファテロナには敵わない。


 放出系の技が苦手なのも相まって、二流以下に落ち込んでいたものだ。



 それがネイジアと出会ったことで人生が変わった。



 彼の奇跡によって力を与えられ、特化型の武人に生まれ変わったのだ。


 多くの者が望んでも手に入れられない強い力を得て、一流の領域にまで到達した。



「ああ、思想に満たされる! すべてが愛によって包まれる! それによってのみ、この苦悩は消える!」



 彼が持つ思想はアンシュラオンによく似ていた。


 不快な相手がいれば殺せばいい。滅してしまえば楽になる。とてもシンプルで清々しいものだ。


 狂信者とは怖ろしいものである。怖すぎる。絶対に友達になりたくはない。


 これが地球ならばとんでもない発想なので、即座に鎮圧されそうなものだが、彼らには【力】があった。



 荒野では、力ある者が正義!!



 あらがう力がない者が、悪である!!



 これは地球でも同じことだ。国は軍隊や警察機構を持つから権力を持つ!!


 逆らう者は拘束排除される! 力こそが絶対の権威なのである!




「消えろ!!」




 JBが力を解放して、周囲を吹き飛ばそうとした時―――




「ゴオオオーーーーンッ!!」


「オオオオオーーーーンッ!」



 レクタウニードスたちに異変が起きた。


 彼らが次々とクレーターの周囲から逃げ出そうとしている。


 これはJBに恐れをなしたわけではない。むしろ彼らは死の恐怖によって動けなくなってしまっていたのだ。


 よくパニックに陥った猫や犬が、車が来ているのに立ち止まる現象があるだろう。


 動物や魔獣にはそういった傾向があり、レクタウニードスも例外ではなかったのだ。



 それを打ち破ったのは―――



 ズバズバッ!! ズバズバッ!!


 ボトボトボトボトッ!!



 クレーターの周囲を疾風が舞い踊り、レクタウニードスたちの牙を切り裂いていく。


 再生したばかりとはいえ、かなりの強度がある牙である。一般人ならば大きなハンマーでぶっ叩いても、ビクともしない硬さだ。


 それがいとも簡単に切り落とされ、地面に落ちていく。


 そのショックでレクタウニードスは我に返り、慌てて逃げ出したというわけだ。


 そして、それをやった者は誰かといえば、それができる人間が一人だけ残っている。



「人間は危険な生き物だ!! 散れ! 二度と関わるな!!」



 クロスライルと一緒にいた若い男が、剣を振り上げて大声で怒鳴る。


 彼のイケメン風の見た目に反し、その声には強い力が宿っていた。



 何よりも冷たい目が―――射抜く。



 ビクンッ


 彼の目に睨まれたレクタウニードスが、一瞬硬直。




 ドタッ ドタタッ


 ドタドタドタドタドタッ!!


 ドタドタドタドタドタッ!! ドタドタドタドタドタッ!!




 そして、突如として逃げ出す。


 脇目も振らず一目散に走っていく。



「フォオーーーンッ!!」


「フォーーーーーンッ!」



 逃げながら泣き叫ぶその姿は、まるで自分よりも遙かに強大な魔獣と遭遇した時のようであった。


 彼らは仲間を殺した相手をけっして許さないが、それが【天敵】だった場合は異なる。


 仮に運悪く四大悪獣に出会って仲間が殺されても、彼らは立ち向かうことをしないだろう。


 絶対に勝てないとわかっている相手に出す犠牲は、仲間を逃がすために使われるべきである。



 この現象には見覚えがある。



 アンシュラオンがエジルジャガーを殺した時に起こったものと同じだ。


 相手に対して絶対恐怖を感じた時にだけ、魔獣はこういった態度を見せるのだ。




(あの男、まだあのような場所にいたのか。魔獣を逃がすなど無意味なことをする。だが…ククク、それならば好都合。このまま消し去ってくれよう。ネイジアは優しすぎるのだ。不純物まで組織に組み入れようとする。だが、一つでも腐ったものが侵入すれば、いかに巨木でも倒れてしまう。今のうちに排除すべきだ)



 JBを見ていると、二人のネイジアも危ないやつだと思うが、必ずしもそうではない。


 本当に駄目なカルト集団ならば仕方ないが、通常は指導者の理想を弟子が誤って受け取ってしまうことが多い。


 独自に解釈をして歪めてしまうことが、あまりに多いのだ。


 JBも例に漏れず、ネイジアの理想を自分の理想に置き換えてしまう癖がある。一途で信仰心が強いからこそ起こる現象だ。



 ただし今回の一件に限っては、彼は正しかったと断言できるだろう。



 歴史を見れば、この【不純物】を加えたことで彼らの運命が大きく変わったことが証明されている。


 それもまた、あらがうことのできない【宿命の螺旋】であった。



 ぶくぶくぶくぶくっ!!



 縄の尖端に集まった戦気が、沸騰したように泡立ち始める。


 爆発まであと数秒。


 全方位に向けて壊滅的な破壊が起こる。



「………」



 自分を巻き込もうという意思を感じ取ったのだろう。


 若い男は、一瞬だけJBに視線を向ける。



(気に入らない目だ)



 改めてJBは、その男のことが嫌いになった。


 あの目。


 レクタウニードスたちを恐怖させた冷たい目。


 あの中にネイジア〈救済者〉はいない。あの男は違うものを見ている。


 そんなものは不要だ。この世界に必要はない。





「ネイジアの浄化の光で、消えされ!!」





 ボトッ


 一滴。


 地面に一滴落ちた戦気の雫がすべてのきっかけとなった。




 直後―――








 ―――水平線に光が見えた。








 十キロ先でたまたま荒野を通りがかったクルマがいた。


 ダビアのように交通ルートを越えて移動する商人のものだ。



「ん? 何か光ったか?」



 商人は右前方の地平を見つめる。


 深い闇の中、その光は徐々に大きくなり、まるで炎のように揺らめいていた。



「珍しいことがあるもんだな。まあ、荒野だから何が起こっても―――」



 ヒュンッ バリンッ!!


 ものすごい勢いで拳大の破片が飛んでくると、クルマの強化ガラスをぶち破り―――



 顔面に直撃。




「おぶっ!! ばばばばっ…べはっ」



 ぶしゃーーー ごとん


 それを顔面に受けた商人の前歯が全部へし折れ、血を吐き出しながら倒れこんで気絶。


 相当重傷であるが、これだけ離れていたから死なずに済んだのだのだ。間違いなく幸運である。



 これは当然、JBが生み出した戦気の爆発によるものだ。



 爆発がレクタウニードスの牙の一部を吹き飛ばし、この距離まで飛ばしてきた。


 クルマの強化ガラスは、魔獣が軽く体当たりしても一撃くらいは耐えられるように造られている。


 それが割れて中にまで飛び込んでくるのだ。いかに強い衝撃が発生したかが容易にうかがえる。



 爆発は周囲に多大な影響を及ぼしていた。



 では、その中心部はどうなっているのだろう。





 荒野にぽっかりと穴があいている。




 しかし、ただの穴ではない。


 よくよく見れば、その穴の周囲はすべて抉り取られており、中心部にあいた穴の周囲だけが、まるでコップ状に残っている。


 JBを中心としてその周囲一帯が、クレーターよりも深く抉られているのだ。



 これこそが彼の最大の持ち味。



 アンシュラオンが使った覇王流星掌ほどの威力はもちろんないが、範囲だけでいえば上回る超大技である。


 この技を使えば、一つの町を壊滅状態にすることも可能だ。


 城壁があっても、中で使えば逆に被害は広がるだろう。そのためにJBは【造られた】のだ。



「はぁああ…愛しい……なんと素晴らしい力だろうか…感動を禁じえない!」



 JBは達成感によって恍惚とした表情を浮かべていた。


 ボロボロになったフードの一部から口元だけが見えるので、にやけているのがよくわかる。


 ここで驚くべきことが判明した。



 これだけの破壊をした直後に感じる感情は、なんと【快感】であった。



 たとえば震災で、目を疑うほどの人間や物が流される光景を見て、多くの人々は恐怖し、嘆き哀しむだろう。


 それが普通の人間の感情だ。異論はないと思われる。


 しかし一方で、それに快感を感じる者たちがいる。


 人が作ったものが簡単に壊れていくさまに感動するのだ。あるいはそれができる強い力に憧憬の念を感じる。


 ましてや自分がその力をもって、神の如く「罰を与える」とすれば、これほどの快感はないだろう。


 JBにとって、ネイジアの思想以外のものは【悪】なのだ。


 悪人が罰せられたら「そりゃ当然だ」「もっと苦しめ」等々、誰でもスカッとするだろう。


 それと同じなのだ。


 ただ価値観が違うにすぎない。



「これこそが…救いの光。ククク、ハハハハハハハ!!! ネイジアによって大地は統一される!! 単一の光に染まるのだ!!」



 JBは夢を見る。


 世界がすべてネイジアの、否、自分だけの世界に染まることを。


 彼の前には何もない。何もないから逆らう者はいない。


 ある種、見境のなくなったアンシュラオンに酷似した怖さがある。


 もしあの男が女性にも興味がなく、頭の悪い宗教にはまったらこうなると思うと、身の毛がよだつ恐怖を覚えるものだ。



 しかし、しかしながら。



 JBとアンシュラオンには絶対的に違う点があった。




 ごそごそ ボロボロッ ずざざっ




「…っ」



 純粋なまでに単一に染まった世界において、唯一動く者がいた。


 その者は地面の中から這い出てくる。



「………」



 そして、自分を見る。


 あの冷たい目で、こちらをじっと見つめていた。


 そう、爆発の直前まで近くにいた若い男である。


 彼はこの爆発でも生きていたのだ。



(やつめ…!! 生きていたか!!)



 単一の世界を穢されたJBの中に、再び不快感が満ちてくるのがわかった。


 この美しい世界を穢す存在に対する憎悪だ。


 せっかく快感に浸っていたのだ。そこに不意の悪感情が襲ってくれば、何倍もの不快感となるだろう。




 ドサッ


 身体を縄で支えていたJBが、平坦になった大地に舞い降りる。



「生きていたのか。死に損ないが!!」


「随分と酷い言葉ですね。それが巻き込んだ仲間に対する弁明ですか?」


「弁明などする必要はない」


「では、わざとですか」


「お前がどう思おうと関係はない。あれで死なないのならば、改めて排除するだけだ」


「あなたには無理ですよ。今のが最大の技だったのでしょう? それで私は死ななかったのですから」


「ふん、甘く見られたものだな。あれは広域破壊用の技にすぎん。すべてを出したわけではない」


「そうですか」


「改めて…死ね!!」


「あなたに私は殺せません」



 シュルルッ


 JBから縄が飛び出ると男に急接近。



 尖端に戦気が集まり―――爆発炎上。



 ボオオオオンッ!!


 ピンポイントで爆発を起こし、若い男を包み込む。



(さきほどは広域用という『粗さ』があった。だが、これは確実に命中したぞ)



 集めていた途中で戦気が一滴落ちたように、広域型ともなると扱いが極めて難しくなる。


 爆発にもムラがあるので、場合によっては技が命中しないこともあるのだ。


 現に近くにはレクタウニードスの肉塊が残っているところもあった。


 本来なら完全に塵と化すところだが、破壊が不完全で終わってしまったのだ。



 だが、今回はしっかりと命中させた。



 誤差が生まれたり隙間が発生することは、ありえない。



 しかし―――




「本当にあなたは好戦的ですね。ですが、だからこそ価値がある」




 若い男は生きていた。



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