420話 「死滅の担い手 前編」


「フォオオオオオオンッ!」



 ドスドスドスドスッ!!


 三頭のレクタウニードスが、JBを囲むように三方からそれぞれ迫ってくる。


 その動きにはまったく迷いがない。非常に統制がとれている。


 彼らの狩りは集団で行われるので、一体の敵を攻撃するのにも慣れているようだ。


 JBは何もせず、それを待ち構える。


 身動きも取らず、ただ黙って仁王立ちしている。



 ブンッ!!



 正面から来たレクタウニードスが間合いに入ると、首を振って大きな牙を振り下ろしてきた。


 牙の大きさは長さ二メートル、幅六十センチはあるので、まるで人間の大人がそのまま口から生えているかのようだ。


 彼らの太い牙は、土を掘ったり岩を削ったりと生活全般で使われるが、やはり一番の目的は攻撃にある。狩り及び外敵を排除するためにあるのだ。


 よくよく見るともりのように尖端には鋭い『反り』と『返し』があり、刺されば簡単に抜けないことがわかる。


 彼らは集団でハブスモーキーを狩る姿も確認されている。


 体表を粘膜で覆われたイカを貫くのにも適した構造となっているのだろう。


 食物連鎖においてハブスモーキーはエジルジャガーの上にいるが、今度は自分たちがレクタウニードスに食べられることになる。


 同じ第四階級の根絶級魔獣であっても、数の力で彼らは大きな一匹を狩ることができるのだ。



 レクタウニードスの牙が突き刺されば、相手が絶命するまで抜けない!!



 それをJBは―――



 ガシッィイイイッ!! ズズズズッ



―――受け止める



 上から襲いかかってきた牙を避け、片腕で抱えるように掴んだのだ。


 重さで足が地面に数センチほど埋まったが、起こった変化はそれだけだ。


 掴んだ際に牙の返しで服が破れるかと思いきや、それさえも戦気で防いでいる。



「これがお前たちの自慢の武器らしいな。どれくらい強いか試してやろう」



 ぐぐうっ ぐぐぐぐぐぐっ


 ミシミシミシッ パキパキパキ


 JBが腕に力を込めると、それだけで牙に亀裂が入った。


 岩を削る用途にも使えるのだから、岩よりも硬いのは道理であろう。


 それがメキメキと割れていく様子は、とても奇妙に見えてくる。


 さらに力を加えていくと―――



 バキィイイイインッ!!




―――へし折れる




「ゴォオオオオオオオオッンッ!」


「なんだ。こんなものか。随分と柔らかいな」


「オオオオンッ! オオオンッ!」


「逃がしはしない」



 自慢の牙を折られたレクタウニードスは、怯んで数歩後退。


 JBは追い討ち。胴体に拳を放つ。


 ドニュンッ!!


 手にはタイヤを殴った時のような、柔らかさと硬さが混じった不思議な感触が残る。


 すでに述べたように、彼らの身体は凝縮脂肪で出来ているので、衝撃を吸収する仕組みになっている。


 何もしなくても強固な防御術を持っているのと同じだ。銃弾でも貫通することはないだろう。



(この感触、物理耐性があるようだな。だが、すでにそれは理解している。問題はない)



 メキョォオオッ ボンッ


 拳はそこで止まらず強く振り抜かれ、胸から右前足にかけてが弾け飛んだ。


 抉り込むように打ち出された拳の威力が強すぎて、彼らの胴体では受け止めきることができなかったのだ。


 JBが最初に縄を使ったことには理由がある。


 あれを体内に入れることで内部構造を調べていたのだ。


 特に臓器の位置と筋肉の構造を探っていた。それによって得た情報から、攻撃の質を絶妙にコントロールしたのだ。


 そして、拳で対応できると判断。


 いくら魔獣相手とはいえ無理に自分の武器を見せることはない。手の内を見せないで済むのならば、そのほうがいいという考えからだ。


 このあたりからも戦闘経験値の高さがうかがえる。



「ブフォォオオオオンッ!」



 だが、敵は一頭ではない。


 その間に二頭がJBの背後に回り、牙を突き立てようとしていた。


 一目見てわかるように、彼らの群れの数は多い。なぜ数が多いかといえば、彼らの戦術が【集団戦術】によって成り立つからだ。


 彼ら単体ではハブスモーキーには勝てずとも、集団で襲いかかることで種としての強さとしている。



 だから最初に一頭が様子見をして【意図的に殺された】。



 得体の知れない相手の様子を見に行くということは、当然ながら死ぬ可能性も高くなることを意味する。


 それを承知の上で、その個体は自ら犠牲を買って出たのだ。


 一頭が全体のために進んで死ぬ。厳しい現実だが、これが群れで生きるということである。その分だけ他の仲間が生きることにつながるのだ。


 今回も同様に、手始めに一頭が攻撃して隙を作らせた。大きな手傷を負ってしまったが、その効果はあった。


 さすがのJBも複数が同時に動いていれば回避することは難しい。



 背後から牙が―――当たる。



 ガキイイインッ


 直撃。


 JBの背中と肩に、二本の牙が激突。


 しかしながら、血が噴き出したり肉が削がれるようなことはなかった。



「当たれば倒せるとでも思ったのか? 浅はかなものだな」



 振り向きもせず、JBが嘲笑する。


 見れば、二頭の攻撃を受けても服すら破れていない。防御の戦気によってすべて防いでしまっている。


 避けなかったのではない。無理に避ける必要性を感じなかったのだ。


 もしこれが危険な一撃だったならば、間に合わないとわかっていても飛び退いていたはずだ。


 そうしなかったのは、恐るるに足らないものであったにすぎない。



 JBが言っていた言葉に嘘は一つもなかった。



 まさに「この程度の魔獣」であり、実力差は歴然としている。


 彼単独であっても群れを殲滅することはたやすいだろう。それだけ場慣れしている武人なのだ。



「我らが道を阻むものは、何人たりも生きてはいられぬと知れ!」



 JBは振り向くと同時に回し蹴りを放つ。


 バキバキバィッ ぼんっ


 牙を破壊し、そのままの勢いで下顎を吹き飛ばす。



「ぬんっ」



 相手が下がる余裕も与えない。拳の連打で追撃。


 その巨体に似合わぬ素早い動きで、一瞬で六発の拳を腹と首に叩き込む。



―――破砕



 拳圧と同時に放たれた振動波が、首を破砕し、胴体を滅茶苦茶に爆散させた。


 どこぞの巨大魔獣に頭からかじられたかのように、その部分だけが荒々しく抉り取られてしまったのだ。


 覇王技、六震圧硝ろくしんあっしょう


 アンシュラオンがギロードに使った技だ。


 打撃に耐性がある相手でも、追撃の衝撃波によって追加ダメージを与えることができるので、こういう相手には有効だろう。


 しかも明らかに使い慣れている様子が見て取れる。因子レベル3の技を無理して使っているわけではない。


 これが日常の光景なのだ。彼の技量が極めて高いことがうかがえた。



「お前は切り刻んでやろう」



 もう一頭に対しては、戦刃を使って首を切り裂く。


 ズバッ!!



「ゴッッッッ―――」



 肉を切り裂かれ、刃が喉まで達したために声を発することもできなくなる。


 そこに追撃。戦刃の嵐が襲う。


 ズバッ! ズバッ! ズバッ! ズバッ!


 ボトボトボトボトッ!!


 まるで削ぐかのように刃を振るい、少しずつ、それでいて一気にレクタウニードスが痩せ細っていく。


 皮はもちろん、身体の脂肪をすべて削ぎ落としているのだ。



 結果―――『何か』になる。



 真ん丸と太っていた身体が、見るも無残な細い肉の塊になってしまった。


 その姿は、ゲームで出てくる肉が削げ落ちて骨が見えているゾンビ系の動物に似ている。かなりグロテスクな姿だ。



「ボユッ―――! ヒューーーー!!」



 かすれた声を出しながらレクタウニードスは悶え苦しむ。


 この苦しみと痛みは想像を絶するだろう。人間だって軽く皮が剥けただけで痛いのだ。痛覚があれば魔獣も痛いに決まっている。


 むしろ高い生命力のせいでなかなか死ねないという地獄を味わっている。


 JBはそれにとどめを刺さない。


 すでに戦闘能力を失って悶えているだけの存在を、そのまま放置しておく。


 もちろん長く痛みを味わわせるためである。



「ククク、苦しいのか? だが、それが罰だ。我らの前に立ち塞がった罪は、その痛みで受け取るがよい」



 クロスライルは彼のことを「好戦的」とも評していたが、もう一つ付け加えたほうがいいだろう。


 彼は痛みを与えることを好むタイプの人間、いわゆる「サディスト」である。


 これが最初ではない。彼の敵になった者が辿る末路は大抵の場合、極めて悲惨である。





 その後もJBは危なげなく敵を圧倒。



 格闘だけでレクタウニードスを蹴散らしていく。



「脆い。弱い。これで魔獣とは笑わせる」


「フォオオオオオンッ」


「どうした、来ないのか? 私はここだぞ」



 すでに十頭近くがJBによって殺されている。(半死状態も含む)


 そのことで群れが警戒レベルをさらに引き上げ、迂闊に近寄らなくなってきた。


 ズルズル ズルズルッ


 彼らは様子を見ながら、群れ全体が後ろに後ろにと下がっていく。


 かといって逃げるわけでもなく、一定の距離を保っている。




「「「 「フォーーーーンッ! フォーーーーンッ!!」 」」」




 バンバンバンッ バンバンバンッ!!


 バンバンバンッ バンバンバンッ!!


 バンバンバンッ バンバンバンッ!!



 再びレクタウニードスたちが叫びながら、大地に足を叩きつけ始めた。


 狂ったように何度も何度も叩きつけている。



「何をやっている? 悔しいのか? それとも、それがお前たちの命乞いの方法か?」


「フォーーーーンッ! フォーーーーンッ!」


「だが、残念だな。我らは敵を赦しはしない。思想は統一されねばならない。不純物は排除されるべきだ。大地の安寧のために滅びろ」



「フォーーーーンッ! フォーーーーンッ!」



「フォーーーーンッ! フォーーーーンッ! フォーーーーンッ! フォーーーーンッ!」



「フォーーーーンッ! フォーーーーンッ! フォーーーーンッ! フォーーーーンッ! フォーーーーンッ! フォーーーーンッ!」




 声が強くなる。


 いくつもの声が重なって、どんどん大きくなっていく。


 これは何をしているのだろうか? JBが言うように命乞いだろうか?


 否。


 彼らはけっして命乞いなどはしない。仲間を殺されて黙ってなどいない。



 だからこれは、攻撃のための【準備】である。



 もしJBが彼らに対して少しでも警戒をしていれば、この行動を許すこともなかっただろう。


 最初から侮っているため、彼らが何をしているのか想像できないのだ。


 これは油断。強いがゆえの慢心でもある。






「「「「 「フォ――――――ンッ!」 」」」」






 そして、準備が整った四十頭あまりの声が、一斉に重なった。



 その瞬間―――



「ぬっ…!!」



 ズンッ ズズズズッ!!


 突如、JBの身体が大地に沈む。


 足首が埋まったというレベルではない。泥沼にはまってしまったように、身体半分がずっぷりと埋まってしまっている。



「ふんっ!!」



 ボオオオオッ ぼごんっ!!


 JBは戦気を放出して大地を破砕。周囲に穴を生み出して簡単に脱出する。


 しかし―――




「「「「 「フォ――――――ンッ!」 」」」」




 ジジジジッ ズンッ


 再び異変が起きて、身体が急激に重くなる。


 上から下に対して強い力で押し付けられている気分である。



(これは…地面に引っ張られている? それとも上から押しているのか? 何をした? ふん、ただ咆えているだけではなさそうだな)



 ズンズンッ ズンズンッ!!


 重力が増したように、どんどん強い負荷が襲いかかってくる。


 再び身体が地面に埋まってきたので、戦気を放出して周囲を破壊する。


 が、それに合わせて押さえつける力も強くなるので、また埋まる。


 そしてまた戦気を使って脱出する、を繰り返すも、さらに強くなる。



 結果、JBを中心に大きなクレーターが生まれてしまった。



 すり鉢上の大地の中心にJBがいる形だ。



「小細工をする。だが、こんなものが何になる」



 これ自体がJBにダメージを与えることはない。


 ただ押さえつけられているだけであり、全力で脱出しようと思えば、いつでもできる程度のものだ。


 ここに至っても彼は動じていない。それだけ実力に自信があるのだろう。実際強いのだから当然である。


 そんなJBがクレーターの上部を見つめると、周囲には牙をこちらに向けているレクタウニードスたちが見えた。



 何をするのかと思って見ていると―――



 ジジジジッ ドンッ!!



 大きな牙が、『放射』された。


 どういう仕組みかまったく謎だが、文字通りに牙が抜けて、こちらに向かって突っ込んできた。


 しかも速い。弾丸とまではいかないが、数百キロの速度で向かってきた。


 とはいえこの大きな牙である。当たれば岩にも突き刺さる威力があるだろう。



「奇妙な真似をする。こんなものが通じるか」



 JBは射線を見極め、迎撃の準備をする。


 発射するところを見ていたため初速も確認済みだ。それを基準にして待ち構える。



 ギュンッ!



 が―――加速。



 その牙が特定の場所を通過した瞬間に、一気に速度を上げて向かってきた。



「むっ!」



 ぶんっ! バギンッ


 それでもJBは反応し、迎撃に成功する。殴りつけて牙を粉々に砕く。


 いきなり速度が変わっても対応できるのはさすがである。


 ただ、この現象には首を傾げる。



(なんだ今のは? なぜ加速した?)



 牙を放射することだけでも奇妙だが、それがなぜか加速することにも驚きだ。


 しかし、驚いてる暇はない。


 ドンドンドンッ!! ドンドンドンッ!!


 今度は四方八方から牙が放射される。周りを囲む群れが、中央にいるJBに向かって容赦なく撃ち込んでくるのだ。



「ちっ! 雑魚どもが」



 JBは迎撃。


 身体が重いにもかかわらず、的確に牙を破壊していく。


 だが、これだけの数に一斉に攻撃されると、どうしても対応できなくなる。


 ズバッ ズバッ


 いくつか身体を掠めるようになってきた。


 速度が上がったせいなのか威力も向上し、JBのフードを切り裂くようにもなっている。



(威力はいい。これくらいは問題はない。だが、なんだこの精密性は? 魔獣にこんな命中精度があるのか?)



 これくらいの威力ならば対応は可能だ。それより問題なのが命中率である。


 さきほどまでの雑な攻撃とは一転、すべての牙が確実にJBに向かってきているのだ。


 たとえばマシンガンを撃った場合、全弾がすべて命中することはありえないだろう。


 もし仮にすべてが当たるのならば相当な威力を与えることになるはずだ。


 今回もそれと同じである。一発一発は耐えられるものだが、すべてが当たれば危険なのだ。



 ガタガタッ ガキンッ



 その時である。


 弾いて大地に突き刺さったはずの牙が、ガクガクと動き出したと思ったらJBの身体に引っ付く。


 それは攻撃というものではなく【引き寄せられて転がってきた】という形容が正しいかもしれない。


 この瞬間、JBは魔獣の性質に気付いた。



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