419話 「ネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉の足音 後編」


「心臓も潰しておくか。どこだ?」



 ズブブブブブッ ザクザクザクッ


 内部に入り込んだ縄が、頭部を失って痙攣している魔獣の中を蠢く。


 さまざまな臓器を破壊しながら、腹のあたりに心臓と思わしきものを発見。



 ぎゅるぎゅるぎゅるっ ぐしゃっ!!



 縄が絡みつき、破砕。


 心臓を粉々に破壊する。



「―――!!」



 バタンッ


 レクタウニードスは、電池が切れた玩具のように突然動きが止まって倒れた。



「魔獣も人間と同じだな。脳と心臓を破壊すれば機能を停止する」



 JBは生物を滅することに長けた武人である。人間が専門ではあるが、魔獣も同じ生物であることには違いない。


 こうしてしっかりととどめを刺そうとするのは、殺し屋の本能だろうか。


 逆に言えば心臓を破壊するまで動いていたので、やはり油断はできないということでもある。



 じゅぼぼぼっ


 縄が再び裾の中に戻っていった。


 魔獣の血肉に塗れた縄をそのまましまってもいいのかと疑問が湧くが、縄から何やら粘膜のようなものが出て、血などを綺麗に洗い流している。


 この様子からただの縄ではないことがわかるし、レクタウニードスの身体の大半は分厚い脂肪が凝縮したもので構成されているので、非常に強固である。


 仮に剣で刺しても、そのままでは臓器に達することはないだろう。それ以前に並大抵の剣士の一撃ならば、途中で止まってしまうかもしれない。


 それをいともたやすく貫いたのだ。恐るべき攻撃力を有した武器であるといえる。




 こうしてJBは、楽々と一頭を殺した。


 否。


 殺してしまった、というべきか。





「「「 フォオオオオオンッ!! フォオオオオオオオンッ!! 」」」





 ドンドンドンドンッ ドンドンドンドンッ!!


 ドンドンドンドンッ ドンドンドンドンッ!!


 ドンドンドンドンッ ドンドンドンドンッ!!



 他のレクタウニードスたちが金切り声を発しながら、大地を強く叩き始めた。


 具体的に何を言っているのかは理解できない。人間に魔獣の言葉は簡単に理解できない。



 しかし、『感情』ならば理解できる。



 集団で生活する魔獣の中には二つのタイプがある。


 一つは草食動物に見られるような、誰かが犠牲になっている間に逃げることで、群れ全体の生存率を上げるという手法だ。


 もう一つはエジルジャガーに見られるような、強固な絆によって群れ全体で一つの個体として活動しているパターンである。



 レクタウニードスは、後者だ。



 彼らは仲間意識が強く、誰かが攻撃されていたら群れ全体で助けにいく。


 スズメバチがミツバチの巣に侵入してきたら、彼らは自分の命をも顧みず、敵対者に対して攻撃を仕掛けるだろう。


 レクタウニードスは、仲間を殺した相手を絶対に許さない。


 その目と声に明らかな憎悪と敵意を宿しながら、五十頭以上いる個体が同じ行動をしていた。




 この瞬間―――【JBたち】は完全なる外敵になった。




 こうして大地を踏み鳴らす行為は、群れ全体で意識を高める作業である。


 戦場に向かう前の戦士が気持ちを高めるように、全体で同じ行動をすることで闘争本能を高めているのだ。


 これから先、彼らはどんな犠牲を払ってもこちらを殺しにくるだろう。




 この声は、少し離れていた場所で見ていたクロスライルたちにも伝わっていた。


 周囲は完全に魔獣によって囲まれている。聴こえないわけがないだろう。


 だが、クロスライルは呑気に笑っていた。



「ハハハ、あいつらの鳴き声ってさ、『ゴーンッ』って言っている気がしねえ? JBの名前もゴーンだからよ、笑っちまうよな」


「笑い事ではありません。我々も敵だと思われています」


「だろうねぇ。でも、オレが始めた喧嘩じゃないしな」


「相手にそんなことはわかりません。見境なく襲ってきますよ」



 レクタウニードスに最低限の知能はあれど、やはり魔獣である。


 細かい事情など察してくれるわけがない。JBもクロスライルも若い男も、全部同じように見えるはずだ。


 そして、これは極めて危険な状況である。



「彼らがもし人間に対してまだ危害を加えていないグループだとすれば、今後人間に対して無差別に襲いかかる可能性が出てきます。そして最初の対応を見る限り、その可能性が極めて高いといえるでしょう」


「へー、そうなのか?」


「はい。彼らも学習します。このまま放置しておけば人間に害なす存在となるでしょう。また北部で犠牲者が増えます」



 こうなってしまえば、種と種の戦いである。


 一度人間を敵と認識した以上、その種全体を敵とみなすはずだ。


 熊が人間の味を覚えると登山者ばかりを襲うようになるのと同じく、またもやこの土地が魔獣の脅威にさらされることになる。


 ただし、これはJBの行動によって引き起こされた『人災』である。


 すべての魔獣が人間に敵対しているわけではない。純粋に静かに暮らしたい種族もいる。


 レクタウニードスは人間を餌としては認識していなかった。そのままならば共存は無理でも、互いに不干渉を貫くこともできた。


 だからこそ悔やまれる。



「攻撃しなければ、こんなことにはならなかったのですが…愚かなことを」


「カカカ、そりゃ仕方ねえ。オレたちは何かを殺すために生きている集団だ。ちゃんと名前にもあるだろう? 『ネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉』ってよ。敵を死滅させるのが仕事だ。あいつはそれに従ったまでさ」




―――対武人殲滅集団 『ネビュエル・ゴース〈死滅の御手みて〉』




 南部を活動の拠点にしている暗殺組織の名前である。


 JBもクロスライルも若い男も、そこに所属している。



 ネビュエル・ゴースの構成員は11名。


 その構成員は『メイジャ〈救徒〉』と呼ばれ、厳選されているので誰もが一定以上の実力を持っている猛者たちである。


 能力にそれぞれ違いはあれど、どんな非戦闘系スキルの所持者でも最低でも第七階級以上の実力を持っていないと入ることは許されない。


 わかりやすく言えば、全員がマキやファテロナと【同等以上】だと思えばいい。


 そんな者が11人以上いるのだ。強いに決まっている。



 ただし、この組織は末端組織にすぎない。


 組織は全部で七つあり、全員で77人の構成員が存在するといわれている。



 その頂点に君臨するのが、二人の人物。




 「ネイジア・ファルネシオ」と「ネイジア・エルネシア」という双子である。




 最初は二人で始めた組織作りだったが、彼らがさまざまな『奇跡』を起こし、次第に力を伸ばしていった経緯がある。


 中には奇跡によって力を与えられたり、家族を癒してもらったりしたことをきっかけに組織に入った者もいる。


 そのせいか構成員全員ではないが、JBのように彼らを神聖視する向きがあり、ある種の宗教組織に近い雰囲気を感じさせる怪しい連中でもある。



 また、メイジャ〈救徒〉とは、ネイジア〈救済者〉によって助けられた者を意味する。



 そして今度は救済者の力になるために、その身も心もすべて捧げるために生まれた存在だ。


 JBを見れば、彼らがどんな者たちかがすぐにわかるだろう。


 ネイジアを絶対神聖視し、彼らのためならば相手を滅することも厭わない。仲間さえも思想を理解しないのならば排除するという徹底振りだ。


 その中で戦闘に特化したネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉は、特に好戦的で危険な集団といえるだろう。


 よって、この結果は妥当でしかない。




「こうなればるかられるかってことだ。まあ、いつものことさ。お前さんだってよく知っているだろう?」


「…ええ。もうやるしかありません。誠に残念ですが、彼らを排除するしかないようです。放っておけば一般人にも被害が出ます」


「カカカ、そうそう。それでいいのさ」


「しかし、このような傲慢な行為が人を衰退させているのも事実です。だから東大陸に文明が根付かないのです」


「博学だねぇ、兄さん。でもよ、この殺伐した世界でそれを言うかい? 自然の摂理のように、どうしても変えられないものってのがあるんじゃねえのか? それに対してはあがいたって無駄さ。受け入れるしかねえ」


「あなたも受け入れてきたのですか?」


「おうおう、当然だ。無駄なことは嫌いでね。受け入れちまったほうが楽さ」


「そうですか…」


「兄さんはファルネシオと同じ理想主義者かい? お勧めはしないねぇ。疲れちまうぜ」


「理想とまで呼べるものではありません。私はただ…強くならねばならないだけです。それが私の【宿命】なのです。『あの日』から私の人生は大きく変わってしまったのですから…」


「カカカ!! 宿命ね! そりゃしょうがねえな! 受け入れるしかない。好きだぜ。宿命ってやつはさ。なるほどなるほど、だからか。兄さんがファルネシオたちに好かれている理由がわかったよ! カカカカカッ!!」


「そんなに笑わないでください。恥ずかしくなります」


「いいや、立派だよ。あんたは立派だ。見習いたいものさ。いやほんと」



 ドスドスドスドスッ!


 レクタウニードスたちが動き出した。本格的に攻撃を仕掛けるつもりのようだ。


 それを見た若い男が動く。



「加勢に行きます」


「は? あいつのか?」


「ええ。この数ですから大変でしょう」


「やめとけやめとけ。勝手に手を出したら『噛み付かれる』ぜ。触らぬ神に祟りなし、さ。つーかお前ら、さっきり合おうとしていたじゃねえか。助ける理由があるのか?」


「まだ死なれては困りますから」


「カカカ! それ、あいつに言わないほうがいいぜ。マジで殺されるぞ」


「そうですか? 本当のことを言っているだけなのですが…」


「あんたも天然だねぇ。JBとそりが合わないわけだ。まあ、好きにしな」


「あなたはどうするのですか?」


「べつに何もしないさ。する理由も義理もない。金をもらったわけじゃないし、ここで見てるわ」


「わかりました。ですが、お気をつけて」


「なあ、オレが言うのもなんだがJBのやつは強いぜ。あいつは生真面目なやつだからよ、修行も相当やり込んでやがる。なんつーかな、RPGだとレベルを99まで上げるようなやつなのさ」


「RPG…ですか?」


「そういうものがあるのさ。ともかく、あいつは限界まで自分を鍛えている。そのうえでさらに強くなろうとしている。どんな手を使っても、な。救徒ってのは本当にクレイジーな集団さ。強さこそがすべてなのは同感だが、あそこまでやる気力はオレにはねえな」



 クロスライルも戦闘力には自信がある。


 だが、JBと正面からやろうとは思わない。単純にレベルが高いこともあり、非常にやりにくい相手だ。


 たしかに目の前の魔獣は手ごわい部類に入るのだろうが、それでもJBが苦戦する姿が想像できないのだ。



「それには同感です。彼は強い。だからこそ私も救済者たちの中に入ったのです。他の方々も怖ろしく強い者ばかりだ。あなたを含めてね」



 若い男がこの組織に入った理由は、とてもシンプルだ。


 ネイジア・ファルネシオが率いる集団が、すべて強い武人で構成されているからである。


 彼らの思想は極めて単純だ。



 力によって―――【国】を作る。



 ただそれだけだ。



 東大陸の西半分は荒野が広がる未開の大地である。そこには明確な国家は存在しない。


 したとしても、すぐに潰れるような脆弱なものばかりだ。そんなものならば、あってもなくても変わらない。


 ならば、それを上回る強国を作ればいい。力によってこそ国の礎は生み出され、力によってこそ人という種は存続することができる。


 これもまた荒野に生きる者たちの真実の姿であろう。


 現に目の前には大量の魔獣がいて交戦状態に入っている。今回はたまたま分別が多少ある存在だったが、そうでないもののほうが多いのだ。



「ですがこれだけ長い間、国家が生まれなかったことには意味があります。特にこの北部では魔獣を侮らないほうがいいでしょう」


「元ハンターとしての忠告かい?」


「そうです」


「ああ、わかったよ。オレは自分であれこれ決め付けるのは嫌いでね。元ハンターのお前さんが言うなら従っておくさ。そのほうが楽だからな。カカカッ」


「ありがとうございます。では、行きます」



 淡々とした受け答えを終え、若い男は行ってしまった。


 クロスライルが加勢しないことに対して何も思わないのは、彼が【独り】であるからである。


 彼は何も頼っていない。仲間に助けてもらおうとか何かをもらおうなどと、まったく考えていないのだ。


 それは自分の力に対する自負であり、何よりも力をもっとも信奉しているからにほかならない。



 その後ろ姿を見ながら、クロスライルは奇妙な感情を覚えていた。



(あの若いあんちゃん、どんどん変わっていくな。入った頃はまだまだガキ臭さが残っていたが、いい目をするようになってきた。だが、あの雰囲気…何かヤバイ感じがするぜ。髪や目の色も変わってきたし…何か薬でもやってんのか? って、救徒はそんなやつらばかりか)



「さて、オレは愛しのローラちゃんを直すとするかね」



 我関せずと、クロスライルはクルマの修理を続けるのであった。


 が、魔獣に囲まれた状態でこんなことができる者が、いったいどれだけいるだろう。


 そこには武に対する絶対の自信がうかがえた。


 JBも若い男もクロスライルも、こんな殺し合いは日常茶飯事である。いちいち慌てる必要がないのだ。


 これがネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉に所属する武人たちである。


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