番外編 「帰還者」

417話 「ネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉の足音 前編」


 ブロロロ


 おっぱいの妖精が小百合と楽しんでいた夜、一台のクルマが荒野を走っていた。


 そのクルマは、このあたりでは非常に珍しいタイプのものである。



 なぜならば、それには【タイヤ】が付いているからだ。



 起伏の激しい場所を通るたびに、ガコンガコンと大きくクルマが揺れる姿は、間違いなくタイヤによって地面を走っている証拠であろう。


 形としてはジープに近いが、サイズが大きいので地球人が見たら工事用の巨大トラクターに見えるかもしれない。


 通常クルマといえば風のジュエルを使った浮遊型を指す一方、前にも述べたように接地型がないわけではない。


 この世界には地球から転生した者たちによって、さまざまな技術が伝わっている。その中にはタイヤもある。


 最初は浮遊型を楽しんでいても、やはりタイヤの感触も欲しくなるのだ。


 魂が欲すると言うべきだろうか。魂に刻まれた傾向性はなかなか消えないものだ。


 そういったタイヤ愛好者たちによって、ごくごく一部の流通ルートではあるが、しっかりとタイヤは生産されているのである。



「ふんふーん♪」



 運転席では真っ黒なライダースーツを身にまとった男が、ご機嫌で運転していた。


 髪の毛は少し縮れたアッシュブラウンの長髪で、口元には無精ヒゲがいくつも見られる。


 やや垂れ目だがキレのある鋭い目、スーツの上からでも鍛えられているとわかる肉体。


 容姿に手入れなどまったくしていないとすぐにわかるラフな様子と、鍛えるべきところはしっかりと鍛えるという洗練されている様子がうかがえる微妙なバランス感覚を持っている。


 それらの風貌全体から【無頼者ぶらいしゃ】の雰囲気が漂っており、これでもかといわんばかりに荒野が似合う男である。



 口に安っぽいタバコを咥える。


 ボッ


 特に何もせずに火が付いた。手はハンドルを握っているので、ライターや火付け石を使った様子はない。


 おそらく火気を操って付けたのだろうが、タバコは焼け焦げることなく静かに火を灯していた。


 優れた武人が一目見れば、これが相当な技術によってなされたことがわかるだろう。


 火属性はとても「暴れやすい」性質を持っているので、未熟な人間が使えば爆発すらしかねないものだ。


 ソイドビッグがこれを真似したら暴発して、自身の顔に間抜けな焼け跡が残ってしまうに違いない。もちろんタバコは粉々だ。



「ふんふーん♪ 景気良くいくかー」



 男はカーオーディオのスイッチをオンにする。


 この機材一つ見ても、東側の技術では滅多にお目にかかれないものだ。このクルマも西側の技術を使って造られたことがわかる。


 チャララーーンッ チャンチャンチャンッ


 そして、車内に軽快なロック―――ではなく、しんみりとしたバラードが流れる。


 雰囲気としては、演歌とシャンソンが混じったような独特の雰囲気を持った曲だ。



「愛する人を~~~探してぇえ~~~今日も荒野を歩く旅人~~♪」



 男はさらにご機嫌になって熱唱を始める。


 好きな曲なのか、出だしからノリノリである。


 これが上手ければよいのだが、お世辞にもそうとは言えないのが困ったところだ。


 しかし、歌っている当人は口内で音が響くために「案外そこそこ上手い」と思ってしまうものである。



「あなたが望むなら~~~空すら飛んでみせましょう~~~オアシスに咲く花を捧げましょう~~~♪」



 ガコンガコンッ バコンッ


 ガタンゴトンッ バコンッ



 熱唱が続く中、クルマが大きく揺れるたびに後部座席で何かがぶつかる音が鳴る。



「………」


「………」



 言い忘れていたが、このクルマに乗っているのは一人ではない。



 後部座席には【二人の人物】が座っていた。



 一人は黒と灰色の斑模様のフードを着た大きな身体の人物。


 顔は見えないので年齢はわからない。身体もすっぽりと覆われているので情報は少ないが、男であることは雰囲気から伝わってくる。


 運転手の男より二回りは大きいだろうか。地球の車と比べればかなり広い車内であっても、頭が天井に届きそうだ。


 そんな状態なのだから、クルマが上下に揺れるたびに頭を頻繁に天井にぶつけている。


 もう何度ぶつけているだろうか。いつしか天井のほうがボコボコにへこんでしまっていた。



 もう一人の男は、黒い鎧を着ている若い男性だ。


 ただし、鎧と呼ぶには膨らみが少ないように思える。


 鎧というよりは、コールタールが身体にべっとりと付着した、と言うべきか。


 その無表情で平べったいものが彼の左半身、腕から肩、胸、左脇腹にかけてを覆って鎧のように見せているわけだ。


 正直、これが何だかよくわからない。


 誤って黒いペンキが左半身にぶちまけられた、と形容したほうがいいのかもしれないほど不思議なものだ。


 その反面、顔はまともだ。この異様な雰囲気の鎧を除けば、おおむねイケメンと呼べる範囲に収まっているだろう。


 枯れた草色の長い髪の毛が腰まで伸び、紫の瞳が印象的な男だ。



 だが、それ以上に―――冷たい目の光が印象に残る。



 その目に見つめられたら多くの者が萎縮してしまうだろう。


 他人を近づけさせないような圧力がひしひしと感じられる。




「あぁああ! あなたを失った痛みをぉおお~~~~! どこで癒せばいいのでしょう~~~~!」



 ガコンガコンッ バコンッ


 ガタンゴトンッ バコンッ



 クルマは荒野を進む。北へ北へと進む。



 ガコンガコンッ バコンッ


 ガタンゴトンッ バコンッ



 その間もクルマは揺れ続け、大きなフードの男の頭が天井に打ち付けられ続ける。


 ダカールラリーを観ればわかるが、ここは本当に過酷な環境にある。車の揺れ方も半端ない。


 進めば進むほど揺れは激しくなり、男が頭を打ち付ける音も加速していく。(若い男は手で防いでいるので頭は打ちつけていない)



 ガコンガコンッ バコンッ


 ガタンゴトンッ バコンッ



「………」


「愛にはぐれた旅人は~~~~! どこで愛を探せばいいのでしょうぉおおおお~~~~!」


「おい、やめろ」


「おお、オアシスよーー! 男と女は~~~! いつだって心に愛を秘めて~~~~!」


「おい、やめろ」



 ガコンガコンッ バコンッ


 ガタンゴトンッ バコンッ



「再びオアシスで~~~あなたと出会う日までぇえええーーーー! 愛は、愛はぁ~~~~~!」


「…やめろと言っている」



 シュッ バゴンッ ジジジジッ


 フードの男の腕から何かが飛び出ると、それがぶつかってカーオーディオを破壊する。


 ピタッ


 音楽が止まった。



「永遠のカナリア~~~……って、何をしやがる! 一番気持ちいいところだろうが!!」



 最後の締めが歌えずに、ライダースーツの男は不機嫌そうな声を出す。


 だが、フードの男も負けないくらい不機嫌そうな声で反論する。



「熱唱するな。うるさい」


「オレの勝手だろうが。これはオレのクルマだ」


「同席しているのだ。それくらいわきまえろ。それになんだ、その歌は。聴いているほうが頭がおかしくなりそうだ」


「んだと? こんな綺麗な夜に聴くなら、オンバーン姐さんの『愛する男女のオアシスサンバ』だろうが!」


「どこのどいつだ。そんなマイナーな歌は知らん」


「なんでオンバーン姐さんを知らねえんだよ! 東大陸で大人気の歌手だろうが!」


「そんな話は聞いたことがない。でっち上げるな」


「一ヶ月前の東方自治区売り上げランキング五位だぞ!! 普通は知ってるだろうが!!」


「ほぅ、五位か」


「ああ、そうだ! どうだ! どこから見ても有名だろう!!」


「では、翌週は何位だ?」


「あ?」


「その五位になった翌週は、何位になったのだ?」


「…そりゃ……いろいろあったからよ…調子が悪いときだってあるさ。なぁ、お前にだってあるだろう? 運悪くそうなっちまう時がさ。それと一緒だ」


「御託はいい。だから何位だ?」


「……八百九十七位」


「素直にランク外と言え。おおかたお前がCJを買い漁ったのだろう。それで無理やり引き上げたな?」


「な、なぜそれを知っている!!」


「やはりな。お前のやりそうなことだ」



 アイドルグループと一緒で、同じ客が大量のCDを買い漁ることで売り上げを伸ばす手法だ。


 といってもオンバーンに投資しているのはライダースーツの男だけなので、買える額にも限界がある。


 翌週になれば、あっという間にランク外に飛んでしまうのだ。逆に言えば、それが通常の順位でもある。


 ちなみに「CJ」とは、コピージュエルを意味する。記録型ジュエルの一つで、音楽等を録音して売り出すために使われるものだ。


 当然ながら大容量のものほど高くなり、東大陸ではまだまだ流通が整っていないものの一つである。



「ちっ、どうしてこの良さがわからねえんだ。お前らの耳は節穴か!」


「それを言うなら耳ではなく『目』だろうが。耳なら籠耳かごみみ笊耳ざるみみだ。どちらにしても無意味な議論だし、この環境にもうんざりだ。そもそもなんだ、このクルマは。揺れすぎだ」


「カァー、これがいいんだよ。これがな! わかるか? この揺れがあるから『車』なんだ!」


「クルマはクルマだろうが」


「それが違うんだなぁ。サスペンションが軋む感じが最高だぜ! ひゃっほー!」



 ガタンッガタンッ ギィイイイッ



 ライダースーツの男は、クルマが大きく揺れる感覚を楽しんでいた。


 どうやらわざとこの状態にしてあるようだ。



「ふざけるな。お前の道楽に付き合っていられるか。こんなクズクルマには、もう乗っていられん」


「あっ、オレのローラちゃんを馬鹿にしやがったな!!! いくらしたと思ってんだ!! そこらの武装商船の数倍の値段だぞ!」


「完全に金銭感覚が狂っている。これだからマニアは…」


「けっ、てめぇみたいな不感症に良さがわかってたまるか。なあ、兄さんよ。あんたならわかるよなぁ? この良さがよ」


「歌ですか? クルマですか?」


「両方だよ」


「悪くはないと思います。これも新しい刺激でしょう」


「カカカッ! だってよ!!」


「ふん、新入りの意見にどれだけの意味がある」


「新入りたって、もうけっこう経つじゃねえか」


「まだ認めてはいない」


「リーダーが連れてきたんだ。実力は問題ないだろう?」


「それだけでは駄目だ。我々の【理念】を理解しなくては同志ではない」


「カー! てめぇは見た目のわりに細けぇんだよ。強ければいいのさ、強ければな。あー、いいね、荒野は。何にもなくて、だだっぴろいだけでさ。これだよこれ。これが荒野のいいところさ」




 ガタンッ―――バンッ!!



 ガタガタガタガタッ!!



 その瞬間、明らかに今までと違う音がしてクルマの挙動がおかしくなった。


 揺れも激しくなり、速度も急激に落ちる。



「ああ!? なんだぁあ! どうなった!?」


「何か踏みませんでしたか? 音が違いましたね」


「ちくしょうっ!! 調べる!!」




 ライダースーツの男がクルマを止めて、フロントタイヤを調べる。


 直後、男の叫び声が聴こえてきた。



「あーーーーー! ローラちゃんがああああああ! タイヤがバーストしたぁあああああ!」



 調べるまでもない。見た瞬間にわかるほどタイヤが完全に破裂していた。


 荒野には何もないように見えて、いろいろなものが落ちている。


 魔獣の牙や骨、棘やらが転がっていることもあるので何かに引っかかったのだろう。



「なるほど。これが荒野の良さか。私には理解できんな」



 フードの男も降りてきて、現状を把握する。



「ちげーよ! うおおお! ふざけんな、あの便利屋!! こんなすぐバーストするタイヤを売りつけやがって!! 質が悪すぎるんだよ!!!」


「それを見破れなかったお前の目が悪い。そもそもタイヤなどというものを使うほうが悪い」


「うるせえ!! ロマンがわからないやつは黙ってろ!!」


「ロマンで立ち往生していれば世話がないな。こんな何もない荒野でどうするつもりだ?」


「直すから待ってろ!!」


「予備はないのか?」


「ない!!」


「…そうか。ないのか」


「おう! だから待ってろ!! オレは絶対にローラちゃんを見捨てないぜ!!」



 ライダースーツの男は後部にある大きなトランクを開けて、いろいろな工具を持ち出してきた。



 その様子を見つめながら、フードの男がそっと場を離れる。


 そこにクルマを降りた若い男が近寄ってくる。



「直りそうですか?」


「クロスライルのことなど当てにはできん。予備を買っていない段階で計画性が皆無だ」


「なるほど、たしかに…」


「地図を見る限りでは、グラス・ギースという都市までは五百五十キロ…といったところか。走ったほうが早そうだ。時速二百キロで走れば三時間もかかるまい」


「そう簡単にいくでしょうか?」


「なんだ新入り? 異論があるのか?」


「ここは通常の交通ルートからだいぶ離れた場所です。クロスライルがルートを外れて北上した結果、『警戒区域』と呼ばれているエリアに入っています」


「だからどうした?」


「南部出身のあなた方には実感が湧かないでしょうが、北部では魔獣が生態系の頂点にいます。地図上で見れば五百キロですが、実際にはその三倍以上はあると思ったほうが無難です」



 グラス・ギースがある東大陸の最北部は、火怨山がすべての中心になっている。


 そのレベルがどれだけ高いかは周知の事実であろう。北に行けば行くほど魔獣が強くなっていくのだ。


 だからこそ人々は魔獣に遭うことを最大の危機と考え、安全な交通ルートを使う。


 それでも絶対に安全とは言いがたい。時折強力な魔獣が出没し、商船を軽々と沈めることもある。


 しかもルートの途中には山や崖なども普通に存在する。


 よく中国で見かけるような切り立った山々が点在するのだ。まさに秘境、あるいは魔境と呼んで差し支えない。



 そんな場所で、移動手段を失う。



 普通の人間ならば、その瞬間に心臓が止まった気分を味わうだろう。


 もはや絶望。死に至る道しかないと嘆く。ここはそれだけ厳しい場所なのだ。


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