415話 「おっぱいの契約 後編」


「周囲で騒ぎがあるときは気をつけろ。それにかこつけて、ホテルに近寄ろうとするかもしれない。ホテルに入る者、入ろうとする者すべてを注視せよ。妖精の目を信じるのだ。妖精、嘘つかない。きっと、絶対、たぶん。信じる者、救われる。もみもみ」


「あっ、あはん!」



 風呂に入りながら乳を揉んでいる輩の何を信じろというのか。


 これが普通の状態だったならば、一部のおっぱい星人を除いて誰も信じないだろう。


 だが、今のシーバンたちはそうではない。



「…わかった。俺もこの都市に暮らす人間として、そんな悪行を許してはおけない! 婦女子を守るために尽力すると誓おう!」



 将来への不安が一気に解消されるかどうかの瀬戸際である。


 哀しいかな、結局のところ金がなければ生きてはいけない。最初の五百万でかなり心が動いていたのが本音だろう。


 ただ、そこに若干の負い目や危険な臭いを感じていたので、心のどこかに迷いがあった。



 それを払拭させる最大の方法が―――【大義名分】を与えてやること。



 狂信者しかり、自分が「神のため、人類の平和のため」と思い込めば、どんな酷いことだって平然とやってしまう。


 それと同じく「弱い女性のため」という大義を与えることで、彼らの中には「他人のために」という強い心が生まれるのだ。


 高額の報酬をもらったという負い目が、それによってすっかりと裏側に隠れてしまう。


 「目的は女性の保護だが、お金をくれるのならば準備費用としてもらっておこう」と割り切ってしまう。


 なんとも虫のいい話である。だが、それが人間というものだ。



(思い込みは強い力だ。この男がトラウマを抱えていたように、それが反転すれば頼もしい力になる。これでこいつらは命をかけられるだろう。だが、まだ少し弱いか。あと一押ししておく必要がある)



 トラウマに苦しんでいたシーバンが、こうして一気に反転するさまは、なかなかにして面白いものだ。人間が持つ可能性を感じさせてくれる。


 が、彼らには本気で命を張ってもらわねばならない。


 そのために『もう一つの要素』を与えることにした。



「よい心がけだな。ならば、もう一つの真実を教えてやろう」


「真実?」


「ああ、とても重要な真実だ。しかし、はたして信じられるかどうか…。聞かなくても今回の依頼には影響はないが…お前たちにとっては重要ではある。どうする? 聞きたいか?」


「そんなことを言われたら気になるじゃないか。どんな話だ?」


「本当に聞きたいのか? 後悔しないか?」


「どうしてそんなに引っ張るんだ?」


「我もこの真実には驚いているのだ。まさかそこまで進んでいようとは思わなかったからな。まさかお前たちがそんなことになっているとは…油断していたな」


「き、気になるじゃないか! いったい何の話だ!?」


「話してもいいのか?」


「ぜひ聞かせてくれ! ここまで来たら全部聞いておくぞ!」



 もったいぶる手法に思いきりシーバンが引っかかる。


 すでに彼らはアンシュラオンの手の内にあるので、面白いように転がっていく。


 これを見ている側とすれば「おいおい、なんでそんなのに引っかかるんだ?」と思うものだが、実際にその立場になってみると、案外誰でも詐欺に引っかかる可能性があるものだ。




「…わかった。後悔しないな。では、教えてやるが―――」







「実は、馬車を燃やしたのは【領主】だ」







 とんでもない発言が飛び出した。


 この段階で領主の冤罪が確定である。なぜこんなにも軽々と嘘がつけるのかと感心したくなる。


 領主が馬車を燃やす理由など、まったくない。森も都市の資源なので燃やす理由はない。



 しかし、この突拍子もない言葉に―――




「「「「 「なっ―――!!! どどど、どういうことだ!?」 」」」」




 シーバンたちは驚愕。


 あまりの驚きに口を大きくあんぐりと開けている。



「正確には指示を受けた衛士だ。しかもお前たちにあの依頼をした商人も、領主経由で命令が送られてきていたようだな。最初から全部が仕組まれていたのだ」



 さきほどの商人も交え、さらに冤罪は増えていく。


 アンシュラオンが語れば語るほど被害者が増える。まさに歩く災厄である。



「なぜだ! どうして!! 訳がわからない! 俺たちは何もやってないぞ! 税金だって納めているじゃないか! ハンターをして都市に貢献だってしている! 都市を守っている! こんな善良な市民をどうして…!」


「それだよ」


「…え?」


「お前たちが税金を払って、女性を守りたがるような【善良で優秀な人間】だからだ!!!」




「っ―――!! な、なんだってえぇえええええええええ!」




 たしかに税金を払わないアンシュラオンからすれば、税を払うだけで善良に見えるのかもしれない。


 唯一「優秀」のところは嘘だが、それはご愛嬌というものだ。



「あいつは都市を自分のものにしようとしている。最近起こっている派閥間の争いも、その一つの計画なのだ。現にラングラスを潰そうとしたではないか。工場が強制査察を受けた件は知っているか?」


「そ、そうだ。そういう話もあったぞ! どうしてそうなったのか、ずっと疑問だったんだよ。普通はありえないしな!」


「これは秘密の情報だが、ジングラスの戦獣乙女も毒牙にかかって都市を離れてしまっている。薬を飲まされて眠らされ…あの豊満で柔らかい餅のような胸と、最高に絡みつくアレを……くっ!! これ以上は妖精でも言えぬ! やつは女性の敵なのだ!!」



 なぜ妖精は、プライリーラの胸が柔らかく、アレが絶妙に絡みつくことを知っているのだろうか。


 語るに落ちるとは、まさにこのことだ。だいたいの場合、こういうことを言うやつが犯人である。


 しかし、そんな冷静なツッコミがここで起こるわけもなく、シーバンたちはますます混乱していく。



「そ、そんなところまで…!! 嘘だろう!? あ、ありえない! この都市のアイドルが…まさか!」


「ファンクラブにも入っているのに!! 嘘だと言ってくれ!! 俺のプライリーラ様が!!!」


「マーク、お前! いつの間に!!」


「やめろ! それ以上は言わないでくれ!! 何も聞きたくない!! 俺はプライリーラ様だけいればよかったのに!! 毎日の癒しだったのに!」


「…お前、店にも行かないと思ったら…純真なやつだったんだな」



 マークはプライリーラのプロマイドを抱きしめながら塞ぎ込む。


 さすがアイドルだ。一般人はもとより、武人であるハンターからも慕われている。


 ちなみにこの写真だが、クワディ・ヤオが副業で盗撮したものを業者に売ったものである。


 その視線に気付いたアーブスラットが半分映っているが、これだけでもお宝写真であろう。


 さらにどうでもいい情報を提供するのならば、その際にアーブスラットから反撃を受けてクワディ・ヤオは「玉」を一つ失っていたりする。本当にどうでもいい話だが。




「し、しかし、あまりに大きな話だ。ほ、本当なのか!?」


「妖精を信じられないのか? ハローワークすら手中に収めている我が! これを見ろ、もみもみ」


「ううっ…はあー! きもちーーー!」


「うっ…!」



 小百合の乳を揉むと、しっかりと叫んでくれる。


 多少演技も交じっているのかもしれないが、どちらにせよノリのよい女性である。


 彼女が手元にいる効果は絶大だ。信じるしかない。



「嘘だろう…もう生きていけない……」



 中学生や高校生くらいの時分は、好きなアイドルに恋をするものであろう。


 もしそのアイドルが結婚すると知ったら、ショックで何日も呆然としてしまうかもしれない。


 しかも、それが「穢された」ともなれば、なおさら衝撃は大きい。



「ま、待ってくれ! その話はわかった。だが、それでどうして俺たちが狙われるんだ?」


「言っただろう? お前たちが優秀で善良なハンターだからだ。仮にお前たちが領主の悪行を知ったらどうする?」


「それは…不快感を抱く」


「それだけでは済まないな。優秀で善良な!! お前たちは!! きっと都市のために動こうとするだろう。違うか!? 勇者シーバンよ!!」


「っ!!」


「お前たちが弱者の嘆きを聞きつければ、助けようとするはずだ。その心に正義の炎があるからだ」


「正義……たしかに。たしかにそうだ! 見捨ててはおけない! 俺たちは誇りあるハンターだからだ!! 尊敬されるような行動を進んで行わねばならない!」



 突然の勇者発言である。


 この世界にRPGのような勇者などはいないが、なんとなく意味は伝わったようだ。



「うむ、そうだろう。お前たちほどの勇者はいないだろうが、多くのハンターは派閥とは関係ない独立した存在だ。やつにとっては一番危険な相手になる。だから今後邪魔になりそうな優秀なハンターを排除しようとしているのだ」


「だが、そんなことをしたら都市の防衛が成り立たないじゃないか! 魔獣だっているのに!」


「そこは従順な傭兵たちでまかなえばいい。領主はマングラスともつながっているからな。外から人材を集めればいいだろう。このように計画は最終段階に入りつつある。非常に危険な状況だ。どうだ、理解したか?」


「な、なんてことだ…! すべて計画されていたことなのか!? 俺たちを潰すために…!」


「うむ。だからこの戦いは、お前たち自身の運命をかけた戦いなのだ。けっして他人事ではないと知れ。お前たちの【未来】と【愛】と【勇気】と【金】と【正義】をかけた戦いであるとな!!! すべては【宿命】なのだ!!」




「―――っ!!!」




 ガラガラバッシャーーーーーンッ!!




 シーバンたちに雷が落ちた。


 実際に落ちたわけではなく、心に響いたということだ。


 今までのすべてのことがつながり、激しいショックを受けている状態である。


 やはり男(中二病)たるもの、愛と正義と宿命に弱いのだ。心に響きまくっている。響きすぎている。


 ここでのポイントは、「彼らにとって重要な話題である馬車」を絡ませたことである。


 馬車の話など他人にとってはただの世間話にすぎないが、彼らにとっては一大事である。


 テレビで起こる事件に嘆くことは誰にでもできるが、実際に事件に遭った人間の嘆きには及ばない。




 そして、しばらく空っぽになっていた心の中に、急激に【炎】が満ちる。





 それは―――怒り!!!





「ちくしょう! 領主たちがグルになって全部仕組んでやがったのか!! どうりで上手くいかないわけだ!」


「では、酒を買ったら半分水で薄められていた件も嫌がらせだったのか!?」


「まてまてまて! 俺が彼女に買った指輪が盗まれたのも、まさか…!」


「むぅ、風俗に行ったら姉貴がいたのは、もしや…」


「甥っ子がニートなんだよな」


「見張りの時、うんこ漏らしたのも」


「足が臭いのもまさか」



 そう思えば、すべてのことが陰謀に感じられる。



「ゆ、許さねええええ! 絶対に仕返ししてやるぞ!!!」


「ハンターなめんなよ!!」


「ぬう、さすがに許せん!!!」



 怒りの矛先が自分たちを貶めた領主たちに向いていく。それに関わる者すべてに向いていく。


 明らかに最初とはやる気が違う。これはもう単なる依頼ではないのだ。自分自身の復讐を兼ねた崇高なる【聖戦】となったのだ。


 こうしてアンシュラオンの策謀は、見事成功する。



(よしよし、これでこいつらにも戦う理由ができたな。人間なんて生き物は、簡単に他人のためには生きられないもんだ。自分自身に関係がないと本気は出せないからな。というかこの連中、ろくな生活していないな)



 全部上手くいかないのは彼ら自身のせいだ。


 酒が薄められていた件も単に騙されただけだし、指輪が盗まれたのも単なる空き巣に遭っただけだろう。


 一番最悪なケースは、彼女が売った場合だ。そうなるとお腹の子供自体が、別の男との間に出来た子の可能性もある。これは実に悲惨だ。


 また、風俗に行ったら姉がいたのはむしろご褒美ではないかとも思うが、普通の感覚では最悪なのだろう。


 と、このように人は自分の不幸を他人のせいにしやすいのである。自分は正しいと常に思いたいからだ。



「妖精さん! 俺らはやるぜ!! 絶対にぶちのめしてやる!!」


「素晴らしい心がけだ。君たちは女神に祝福されるだろう。だが、焦るなよ。相手は強大だ。お前たちの役目は、あくまでホテルにいる女の警護ということを忘れないようにな。それが依頼の最優先事項だ」


「ああ、任せておけ!」


「しっかりと準備はしておけよ」


「長年ハンターをやっているんだ。そこは信頼してくれ!」


「うむ、頼もしいものだ。では、最後にこれに触れるといいだろう」



 ぶくぶくぶくっ ぶわわっ


 命気が放出され、【二つの見覚えのある形】が生まれた。



 それは―――おっぱい。



 シーバンたちの前に、巨大なおっぱいの形をした命気が生まれたのだ。



「こ、これは何だ?」


「おっぱいだ」


「お、おう! な、なるほど!」


「それに一人ずつ触れ。それで契約が完了する」


「そ、そうか。まあ、おっぱいの妖精だしな…おっぱいでもいいんだろうな」



 その考え方はおかしい。


 シーバンたちがすっかりと慣れてしまっているのが怖い。



「じゃ、じゃあ、触るぞ…あっ、や、柔らかい! というかこれ…すごっ!」


「特別だ。オレが今まで味わった中で最高のおっぱいを再現している。むろん、あの至高の頂には及ばないが…気持ちだけでも味わってくれ」


「ああ、ちょっ…これまずい…! あっ!!」


「喘ぎ声はやめろ」


「だってこれ…あっ!!」



 男の喘ぎ声は最悪だ。聴いている側が死にたくなる。


 だが、それも仕方ない。なにせこれはパミエルキの乳を再現したものである。


 あの豊満かつすべての要素を併せ持った完全なる乳だ。触れただけで極上の快感を味わうことになるだろう。


 だが当然、男の喘ぎ声を聴くためにやっているわけではない。



(こいつらを完全に信用しているわけじゃない。一応保険をかけさせてもらうか)



 万一にそなえて彼らの体内に命気を忍ばせておくのだ。


 もし彼らが裏切るような行動を取ったら、具体的にはホロロやサリータたちに「興奮状態で触れた」場合、体内で爆発するようにセッティングしておく。


 これも停滞反応発動を使った最高難度のトラップである。



 そしてトラップを付け終わると、義憤と復讐に燃える彼らは旅立っていった。


 おっぱいの契約、完了である。


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