413話 「おっぱいの契約 前編」


 アンシュラオンは、グラス・ギースの森の中に『おっぱい儀式の間』を設置していた。


 飾りつけは前回と同じだが、風呂は命気水晶風呂に格上げされている。


 それが周囲の火気の光源と混じり合って七色に光ることで、さらに幻想的な空間が生まれていた。


 おっぱいの妖精は進化を続けるのだ。けっして立ち止まらない。それがおっぱいの宿命だ。



 そして、こうして上手くシーバンを拉致することに成功。


 仮に森に来なければ適当なところで拉致すればいいので、どのみち彼らに選択権はないのであった。



「愚かで不潔な人間よ、久しいな」



 アンシュラオンことおっぱいの妖精は、小百合の胸を揉みながらシーバンに話しかける。



「ボボボオッ!! ぶごおおおっ!!」


「何を言っているかわからん。ひとまず解放してやろう」



 ボシャッーーーー! ズザザザッ



 水の牢が破裂すると、流れるように五人が外に放り出される。


 前回同様、水気で閉じ込められたために着ている服がボロボロになる。


 男の半裸など見ても何も楽しくない。むしろこっちが不幸である。



「げほげほっ!! おおえええ! ななななっ!! あーー! ひーーー!」


「解放しても何を言っているかわからないじゃないか、おいっ!」



 バシンッ



「ぎゃっーー!」



 水気を凝固させて作った手で張り手打ちをお見舞いする。


 その衝撃で転がるように吹っ飛んでいく。



「ひーーー! ひーーー! おぱおぱおぱっ!! おぱーーー!」



 それでもシーバンは発狂したように謎の言葉を叫び続けていた。


 これが噂の幻覚発狂症状のようだ。


 本当にかなり危ない人に見えるので、仕事が失敗することも頷ける。



「おい、そいつを早くどうにかしろ。これでは話にならん。おっぱいの妖精の言うことを聞かないとどうなるか、知らないわけではあるまい?」


「わ、わかったよ!! もうあれはやめてくれ! お、おい、シーバン!! やばいぞ! 早く戻れって! ほら、薬だ!!」


「うひー、く、くす、くすりぃいーー! うぐっ!! げほげほっ! ごくん」



 シーバンの仲間の一人が、慌てて薬を飲ませる。



「ひーーー! ひーーー! ふーーーー! ひーーひーーふーーー! ふー、ふーーー、はぁあ……はぁはぁ…ふーー…ふー」



 しばらくは苦しそうだったが次第に呼吸が安定してきた。薬の効果が出たようだ。



「はぁはぁ…た、助かった。死ぬかと思った…」



 まだ目は虚ろなものの、しゃべられるまでには回復したらしい。


 ちなみにこの薬は、単なる栄養剤である。それを仲間が薬だと信じ込ませて飲ませているにすぎない。


 よく医者が「これは~の治療薬です」と偽ってビタミン剤を飲ませ、それを信じきった患者の症状が治った話を聞くだろう。


 これは聖痕のところでも話に出た精神の作用の一つだ。


 心がそう思い込むことで肉体に良い影響を与える現象を利用したものである。



 そもそも精神的なトラウマによる幻覚症状に特効薬など存在しない。


 せいぜいがドーパミンを抑制調整するものであり、精神科医などが処方する向精神薬もこれに該当する。


 しかし本当に治したいのならば、原因となったものと向かい合わねばならない。


 立ち向かい、それ以上の心の強さを身につけねば、真の意味で治ったとは言えないのだ。




「落ち着いたようだな。ならば、話をしようじゃないか」


「あああ、あん、あんたは…!!」


「わが名を忘れたのか? んん? オレの名を言ってみろ。もみもみ」


「んっ!! んはっ! はぁあ! す、すごいーーー!」



 アンシュラオンが小百合の乳を揉む。


 サリータに引き続き、今回のにえに選ばれたのは彼女である。



「はーー! んんっ! し、幸せーー!」


「小百合さん、声が大きいって」


「だってぇ、すごく楽しいんです! 普段のストレスが吹っ飛びます! ありがとうございます!」


「うん、楽しんでくれているならいいんだけど…」



 小声で小百合と話すが、彼女はとても喜んでいた。


 もともとアンシュラオンの妻になる予定だったので、この話を聞いた時から喜び勇んで裸になったものである。


 おっぱいを揉んで喜ばれる。やはりこの世界は素晴らしい。


 だが、その光景はシーバンにとって恐怖でしかなかった。頭の中で「おっぱい」がこだまする。



「わ、忘れもしない…! あんたはおおおお、おっぱいの妖精だ!!」


「そうだ。わが名は、おっぱいの妖精だ。覚えていたようだな。感心感心」


「ま、待ってくれ!! どうしてここにいるんだ! なぜなんだ! 訳がわからない!! あんたは荒野にしかいないはずだろう! ここはどこだ!? 俺たちはいつの間に外に迷い込んだんだ!! なんでここに!!」


「たしかに荒野に現れると言った。だが、荒野以外に現れないとは言っていない」


「っ!!! そ、そんな…ことが……」


「間違っているか?」


「ま、間違っては…いない」



 いわゆる「言ってない詐欺」である。


 言っていないだけなので仕方がない。事実は事実として受け入れるしかない。


 が、まだシーバンは混乱のさなかにあり、現実を受け止めきれないようだ。



「し、しかし、ここは城塞都市だ! 城壁が守っているはずだ!? まさか門から普通に入ってきたのか!? 衛士は何をしていたんだ!」


「おっぱいの妖精を侮っているようだな。我の力は偉大だ。お前たちが万全だと思っている城壁など簡単に乗り越えられる」


「嘘だろう!? こんなに高いうえに結界だってあるんだぞ!」


「結界? ほぉ、あのオンボロの網か。あんなものでわが歩みを防げると本当に思っていたのか? 人間はおめでたい生き物だな」


「っ…!! そ、そんな…! 鉄壁のグラス・ギースが…」


「くくく、甘いな。この都市は我が半分乗っ取っている。わが影響力はすでに都市内部にも及んでいるのだぞ」


「な、なんだと!!」


「お前たちは収監砦の近くの森で馬車五台を焼失させ、雇い主の怒りを買った。そのうえ圧力をかけられて干されようとしている。違うか?」


「っ!! なぜそれを知っているんだ!」


「我に知らないことはない。お前たちは常にわが手の中にあると知れ」


「う、嘘だろう…そんな! 俺に…俺たちに逃げ場なんてないのか…! おっぱいの妖精からは…逃げられないのか…」


「お、おい、シーバン! どうなってんだよ!? 訳がわからねえ!」


「俺だってわからねええよ!!! おっぱいなんだよ!! おっぱいがおっぱいで、おっぱいなんだよ!!」



 ここが森の中でよかった。


 本当に危ない人たちの集団かと思われてしまう。




「ひとまず理解したようだな。ならば、そろそろ本題に入るぞ」


「ほ、本題…?」


「当然だ。用があるから呼んだのだ」


「そ、それはそうだが…そ、それで……用件とはなんだ? い、今は金はないぞ! 物もない!」


「そんなものはいらん。今日からお前たちは、わが下僕となるのだ。我のために働け」


「ええええええ!? そんなぁあ!! もっと酷いじゃないか! それだけは無理だ!!」


「なぜだ? もみもみっ」


「はっはぁあん! きもちいいっ…」


「おっぱいの妖精の下僕になるということは、この世で最大の幸福だ。この女のようにな。まあ、男は幸せにはなれないが…」


「やっぱり幸せになれないじゃないか!」


「幸せにはなれんかもしれん。だが、利益がないわけではない。お前たち、これからどうするつもりだ?」


「ど、どうするって…おっぱいの妖精のいない場所を探す!!」


「哀れだな。おっぱいの妖精がいない場所など、無い!!!」


「無いのっ!?」


「そうだ。おっぱいの妖精はどこにでもいる。美味いおっぱいのある場所ならば、どこにでもな」



 『美味いおっぱい』という表現を生まれて初めて聞いたが、女性がいる場所には必ずおっぱいがある。


 大きくても小さくても、形がどんなものでも、妖精からすれば至高の存在だ。


 ある意味で乳房があれば魔獣でもおっぱいがあることになる。となれば、どこにでも妖精はいるのだ!!



「見るがいい。このおっぱいの素晴らしさを。きめ細やかで張りがあり、もっちりと手に張り付いてくる。大きさだけがすべてではない。手に収まる感覚も大切だ。お前たち人間は、おっぱいとの対話が足りぬ」


「くそおお! どこにも逃げ場なんてないのかよ!! 俺は、俺はどうすれば…」



注:ここで会話に若干のズレがある。


 シーバンの精神状態が思わしくないため、アンシュラオンの言葉をスルーしてしまったということだろう。


※『異世界覇王のおっぱい見聞録』P228より抜粋。




「お、おい、シーバン。あの人…ハローワークのミナミノさんじゃないのか?」


「…え? ミナミノ?」


「そうだ…やっぱりそうだよ! 見間違えるわけがない! だって俺、ファンだもん!」


「…本当だ。たしかに…受付の人だ。だが、どうしてここに…?」


「今頃気付いたのか。当然だ。わが力はハローワークにも及んでいる」


「っ! ば、馬鹿な! ありえない! だってあそこは中立の組織だぞ! 全世界に支部がある超巨大組織で…」


「そうらしいな。しかし、大きいからこそ隙はある。少なくともグラス・ギースのハローワークは我が奪い取った。その証拠がこの女だ。もみもみ」


「はぁはぁ…もっと、もっとしてください!! 小百合の胸を揉んでーーー!」





「「「「「 ―――っ!!!!! 」」」」」





 上半身とはいえ、本当は小百合の身体を見せるのはもったいないが、自分の力を示すのには最適であろう。


 普段からハンターと接している彼女がいるからこそ、この嘘の話にも信憑性が出てくる。


 事実、その効果は絶大だ。


 まさかハローワークにまで魔の手が伸びているとは思わなかったのだろう。シーバンたちは驚愕の眼差しを向けている。



「どうだ? わが力を思い知ったか?」


「…ああ、すげぇ。すげぇよ。おっぱいの妖精はすごいんだな…」


「そうだ。それがわかればいい。それで、お前たちはどうするつもりだ? この先の未来に希望はあるのか? 職に当てはあるのか?」


「ひ、日雇いの仕事で…」


「愚かだな。お前たちにそんな真似ができるわけがない。せっかくの技能を無駄にするつもりか? 何のためにハンターとしてやってきた?」


「う、裏の仕事だって…探せば…」


「それで何を得る? マフィアの構成員になるか? それで誰かに喜ばれるというのか? もみもみ」


「あはーん、ありがとうございます!!」


「っ!!」



(な、なんだ、なんなんだ! これはいったいなんだ! どうしてあの女性は、あんなに楽しそうなんだ!! あんなことで喜びを与えられるというのか!)



 先がない自分たちに比べ、なぜかおっぱいを揉むだけで感謝を言われる妖精。


 妖精に良いイメージを持ってはいないが、その姿は明らかに輝いている。(周りの炎が水晶に反射して光っているだけであるが)



「我に従え。さすればお前たちは再び光の道を歩むだろう。今後ともハローワークで仕事を請け負いたいのではないのか? 従えばその道が残るだろう」


「そ、そんなことが可能なのか!?」


「うむ。可能だ。そうだな? もみもみ」


「は、はい! 私が上手く…やります! はぁはぁ、こ、これすごい! 病み付きになりますううう!」


「だ、そうだぞ?」


「本当…なのか…もしそうならば、もう一度……」


「シーバン、胡散臭いぜ! 信じていいのかよ!」


「だ、だが、妖精がああ言っているし…」


「上手い話には裏があるってもんだ。それは何度だって味わってきたはずだ」



 シーバンに対してたびたび衝突していたニヒルな男、マークパロスが警戒を強める。


 なかなか頭の良い男だ。たしかにこんな胡散臭い話はない。


 そもそも、おっぱいの妖精自体が胡散臭いのだ。すべてが怪しい。



 だが、彼らには【決定的な弱点】が存在する。



「前金だ。くれてやろう」



 ドサドサドサッ


 上空から落ちてきた札束が、シーバンたちの前に降り積もる。



「っ!! こ、こりゃ! すごい金だ!!」


「五百万ある。成功したら一千万上乗せしてやろう」


「か、金だ…金だぞ、みんな!! これで日雇いをしなくて済む!!」


「ま、待て! これだけの金だ! どんなヤバイ仕事かわからないぞ! 俺たちは誇り高いハンターだぜ! 金のために汚い仕事で名を穢せるかよ!」


「そ、そうだな。その通りだ。すまん。情緒不安定になっていたようだ。マークの言う通りだ」


「妖精さんよ、俺らは汚い仕事はやらねえぞ!」



 本当に金がなくなって切羽詰れば、そんなことは言えないだろうが、まだその実感がない彼らには小さな誇りが残っているようだ。


 だが、それも簡単に操作することができる。



「安心しろ。お前たちがやることは【警護】だ」


「け、警護? 守るってことか?」


「そうだ。どうやら我の供物に手を出そうとする輩が潜んでいるようでな。その女たちの警護を任せる」


「く、供物って、それ自体がヤバイじゃないか!」


「お前たちはまだ妖精について誤解しているようだな。おっぱいの妖精は女に喜びを与える者。世界を愛で満たす高貴で偉大なる存在である。敵は厚い胸板の魔族と、わが崇高な行いを邪魔しようとする者たちだけだ。供物はかよわき女たち。この都市に暮らす市民だ。それを悪辣の輩から守ることは名誉ではないのか?」


「それは…そうだ。悪いことじゃない。女性を守るのは素晴らしい仕事だ!」


「そうだろう、そうだろう。これは素晴らしい仕事なのだ」



 こうしてシーバンたちは見事に誘導されていく。


 なにせ仕事がないのは事実なのだ。心の奥底では将来への不安が渦巻いている。


 そこをおっぱいの妖精に狙われる。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます