412話 「第三次(大惨事)おっぱいの妖精 後編」


 ホテルでホロロから情報を得たアンシュラオンは、城壁を歩きながら今後について考えていた。



(オレが収監砦に入ったこともあって、周囲がかなり慌しくなってきたな。ただ、地下がサナの修練に使えるとわかった以上、まだ上に出るわけにはいかない。となれば、もう少しホテルの防衛力を上げておきたいものだな。さすがにサリータだけでは無理だろう。レベルが違う)



 現状、ホテルの防衛はサリータと身代わり人形(ルアン)という戦力しか置いていない。


 いろいろと迎撃準備はしているが、はっきり言って心もとないのが実情だ。


 相手が殲滅専用の武人を用意しているとなれば、完全に紙装甲と言って差し支えないだろう。あってないようなものだ。


 予定というのは、いつだって狂っていくものである。


 思い通りにいくことのほうが少ないので、ここは保険をいくつかかけておいたほうがいいだろう。



(といっても、その人材がいないから困っているんだよな。実力以前に、今のオレは全派閥と抗争状態にあるといっていい。そんなやつに喜んで味方できる者のほうが少ないだろう。信頼できないと意味がない。あるいは詳しい事情を知らなくても命をかけられるやつがいればいいが…傭兵でもそうはいないよな)



 傭兵も訳もわからずに命をかけるのは難しいだろう。


 ソブカのように完全に外部から連れてくるのならば問題はないが、グラス・ギース内で集めるのは極めて難しい。


 なにせラングラス一派が敵に回った今、全派閥が敵なのだ。


 アンシュラオンに味方するということは、彼らも同じ道を歩むことを意味する。



(ふーむ、サリータたちの実戦テストを兼ねるから、できればオレが関わらないほうがいいんだよな。誰かいないものか……ん? あそこの連中は…さっきのやつらか)



 暗闇に紛れながら城壁の縁を歩いていたところ、かなり離れたところ、二キロ半先に見覚えのある顔を見つけた。


 それは奇遇にも、さきほど依頼主に怒られて干されてしまった、ブルーハンターのシーバンたちである。


 かなり離れているが、自分の視力は五キロ先に隠れたものでも見つけられるので、彼らで間違いないだろう。


 シーバンたちは酒場から出ると、また違う酒場に入っていった。


 どうやら「やけ酒」をして居酒屋をハシゴしているようだ。



(あいつら…終わったな。このまま酒に逃げて転落する人生を送るんだろうな。それもまた自分が選ぶ人生だ。仕方ないよな)



 彼らの未来が見える。


 ハンターをやれない以上、このまま酒に溺れ、酒代を稼ぐために細々と仕事をするのだが、それでも金が足りなくなって危ない仕事に手を出すだろう。


 結果、そのまま転落だ。


 彼らに残された道は、他の都市に行って新しい人生を探すか、名前を変えて裏社会で生きて汚れ仕事をするか、自堕落に無為なる人生を過ごすかである。


 どちらにせよ明るい未来はない。


 もともと仕事の少ない都市だ。がんばっても何もしなくても、最後は緩慢な腐敗が彼らに襲いかかるだろう。



(まあ、ブルーハンターという肩書きがあれば、それなりに……ん? 待てよ。ブルーハンターか。たしかブルーハンターってのはそこそこ強いよな? 傭兵団の名前は『ライアジンズ』だっけか?)



 ブルーハンターは、アンシュラオンとガンプドルフが来るまでは、この都市で最上位に位置していたランクである。


 その一角であるシーバンが弱いとは思えない。弱かったら困る。



 ならば―――使えるのではないのか?



 ふと、そんな考えが浮かんだ。



(あいつらの人生は、もう終わりだ。あらがうにしても、どうせリスクの高い仕事を請け負うしかない。それならばオレの仕事でもいいわけだ。…発想はいい。あいつらが死んでも問題はないし、捨て駒として使えればいいんだからな。ただ、やつらの実力がやや不安だ。情報公開だけでは測れないものがあるからな。できればもっと詳細な実績を知りたい。ハンターってことはハローワークにならば情報が…って、あの女性はまさか…)



 シーバンたちの実力を知りたいと思いながら周囲を見回すと、ちょうどハローワークから一人の女性が出てくるところを目撃した。


 その人物は、小百合。



(なんというご都合主義と言いたいところだが、今は仕事終わりの時間帯だ。いても不思議ではないな。小百合さんならば、あいつらのことも詳しいだろう。ちょっと訊いてみるか)




 アンシュラオンは素早く移動を開始。


 屋根を伝いながら忍者のように駆け抜け、あっという間にハローワークにまで到着する。


 そして跳躍し、裏手でバイクを出そうとしていた小百合の前に―――




「やっ、小百合さん!」


「ひゃっ!」



 着地!



 膝ですべての衝撃を吸収しつつ、足裏を命気で保護したので音がまったくしなかった。


 音もなく目の前に突然現れる。これは誰でも驚くだろう。


 小百合は数秒硬直していたが、アンシュラオンだとわかると、ほっと胸を撫で下ろす。



「あ、アンシュラオン様でしたか! び、びっくりしました!!」


「ごめんごめん。久しぶりだね。元気だった?」


「もー、全然来てくれないんですから、小百合寂しかったーー! 最低でも二日に一回は来てください!」


「いやー、いろいろと忙しくて…ごめんね。ところで、今から暇?」


「暇です! 超絶に暇です!! こんな都市に未来なんてありません! 約束なんてあろうはずがありません! 課長のバカヤローーーー!」


「不満が溜まってそうだね…」


「はい! 溜まっております! 早く寿退社したいです! よろしくお願いいたします!」


「う、うん。がんばるよ」



(OLの不満エネルギーってすごいな。世の女性たちは大変だ)



 女性が外で働くのは、男が思っているより遙かに大変だ。


 日本でも男尊女卑がまだ蔓延はびこっているのに、グラス・ギースならばなおさらしんどいだろう。


 シャイナやニャンプルを見てもわかるように、基本的には裏側の仕事しかない。


 小百合のような勝ち組でも、女性であるだけでいろいろと差別もあるはずだ。言葉でのセクハラも多いと聞く。


 日々営業スマイルを振り撒く彼女は、それが天職だとわかっていてもストレスが溜まるのだろう。


 毎日お疲れ様としか言いようがないが、ここで会ったのも縁である。



(小百合さんもガス抜きが必要だよな。ホロロさんにもしてあげたんだから、彼女にもしてあげないと不公平だ。なにせオレの妻の一人だからね。ぜひ労わってあげよう)



「オレに協力してくれたら、いいことをしてあげるよ」


「いいこと!? それは絶対にハッピーなことだと小百合センサーが反応しています!! しますします!! どうぞ私を好きに使ってください!!」



 どうやら小百合には、幸せを計測する「小百合センサー」なるものが搭載されているようだ。


 それがビンビンに反応しているので、すぐに食いついてくれた。


 相変わらず話の早い女性である。



「それじゃ、遠慮なく教えてもらおうかな。『ライアジンズ』って傭兵団は知ってる? シーバンというブルーハンターが在籍しているところなんだけど…」


「はい。知っております」


「即答したってことは、けっこう有名なの?」


「グラス・ギース内ではトップクラスの傭兵団ですね。一人ひとりはそこまでの凄腕ハンターではないですが、パーティーでならば討滅級魔獣を追い払うくらいはできると思います」


「へー、討滅級を倒せるのがブラックハンターだから、それに匹敵するくらいの力は出せるってことか。そう考えると優秀だね」


「はい。ですが、最近はあまりハローワーク内で見かけない気がします。少し前に一度依頼を受けたのですが、それに失敗してからは来ていないですね。噂によるとイップスか何かという話もあるんですけど…詳しいことはわからないです」



 シーバンたちはあの後、一度魔獣狩りの仕事を引き受けているという。


 が、おっぱいの妖精に出会ったトラウマからか、荒野で夜になると幻覚症状が見られるようになり、正直仕事をするどころではなくなっていたそうだ。


 そのせいで依頼に失敗。評価も落ちてしまった。


 その後のことは知っての通りだ。


 ハンターとは思えない安っぽい仕事を引き受けて失敗。大損害を与えて干されることになるのである。


 思えばすべてはアンシュラオンという男によって引き起こされたことだ。出会ったこと自体が災難でしかない。


 しかもアンシュラオンがサリータと出会ったときに、ふっとばされて気絶したせいで、おっぱいの妖精と遭遇することになったのだから、完全にこの男が元凶である。


 そして今、さらに目を付けられることになろうとは、彼らも生粋の不幸体質である。



「実力は問題ないんでしょ? 対人戦はどうなの?」


「そのあたりまではわかりませんが、商隊警護の依頼も受けていたことがありますから、苦手ではないと思います」


「そっか。とりあえず使ってみてマイナスではなさそうだね。それじゃ、さっそく行こうか」


「『いいこと』の時間ですね!! やったーーー!」


「うんうん、たっぷり楽しんでね」






 一時間後。


 酔っ払ったシーバンたちは、ふらふらと第二城壁側の森にまで来ていた。


 もうやることもない。あてもなく歩いていたら、いつの間にかこんな場所にまでやってきてしまったのだ。



「へへ…緑はいいな。安らぐぜ」



 どうやら心が平穏を求めて緑を欲したようだ。


 緑はいい。植物の色は人間が一番落ち着く色をしている。心を穏やかにしてくれる。


 しかし、そんな一瞬の現実逃避も、次の仲間たちの言葉によって打ち消される。



「俺たち…もう無職なんだよな」


「やめろ!!!!」


「信用を失っちまったから仕事も来ないだろうし…これからどうするんだよ」


「言うな! 聞きたくない!!!」


「彼女がさ…おめでたでさ。腹の中に子供がいるんだ」


「おめでとう!!!」


「親子三人で路頭に迷うのか…」


「心が痛い!!!」



 周囲からの嘆きの言葉がシーバンの胸に突き刺さる。


 すべて事実なので何も言えない。言えないのだが、ここで黙っているわけにもいかない。


 必死になって盛り上げようとする。



「お前ら! そんなネガティブなことばかり言ってどうする! 俺たちにはまだ未来がある!!」


「どんな未来だ?」


「…そりゃ、働いて…金を稼げばいい」


「何をして?」


「ど、土木工事とか…日雇いでがんばればいい」


「今までハンターだったのに、いまさら俺らが労働者か? 無理無理。どうせ耐えられやしないさ」


「そんなことはない。やればできる!」


「それなりに名前も知れ渡っているし、『あいつ、落ちぶれたな』とか言われてカッとなって、殴り合いをしてクビさ。そんな未来しか浮かばないな」


「そこは我慢しろよ! 俺たちはもうハンターではやっていけないんだからよ! 家族を養うためだろう!!」


「でもよ、本当にハンターを続けられないのか? もう一回試してみればいいじゃないか」


「うっ、それは……考えるだけで体調が……おっぱいが見える…! 吐き気がする!」


「ちっ、それもこれもお前が出発の時間を遅らせたからだろうが」


「しょうがないだろう! 誰かにぶつかられて気絶していたんだからよ!」


「おいおい、それでもリーダーなのかよ。そもそもお前がリーダーってのがどうなんだ?」


「あ? 今それを言うのか!? それこそいまさらだろうが! 俺がどれだけ苦労してこのチームを作ったと思っているんだ! リーダーは裏で苦労してんだよ! 依頼だって俺が必死になって探してんだからさ! わかれよ、なあ!」


「二人ともいいかげんにしろ。言い争いをしても仕方ないだろう。俺はこれでよかったと思うぜ。いつまでもハンターは続けられない。外に出たら命がけだ。いつ死ぬかもわからないと思うと心がしんどいしな。よかったんだよ、これでな」


「じゃあ、金はどうする? どうやって生きていく?」


「いっそのこと他の都市にでも行くか?」


「それこそコネと伝手がないとつらいだろう。何もないところから出発じゃ、どうせ労働者しか道がないぜ」


「ちくしょう。何のためにハンターとして腕を磨いてきたんだよ。おっぱいのためか!? おっぱいのために生きてきたわけじゃねえよ!!」


「…そう言うな。おっぱいはいいぞ。そこにこそ幸せはある」


「うっせえな! 今は金の話をしてんだよ!! おっぱいも金があってこそだろうが!」


「…じゃあ、裏の仕事でもするか?」


「あ?」


「これだけはやるまいと思っていたが、こうなったら仕方ない。裏の業界ならば仕事は山ほどあるはずだ」


「何を言ってやがる。裏っていえば…汚れ仕事だろう。誇り高いハンターがそんなことができるかよ」


「そういうプライドがあるから駄目なんだろうが! 何でもやるんだよ! 金が欲しいんだろう! 選べる立場か!」


「お前こそ、偉そうに言える立場かよ!!」



 五人の意見はなかなかまとまらない。


 ハンターとして生きてきた彼らが、いきなり違う仕事などできるわけがないのだ。


 それでもいつかは慣れていく。過去の栄光として消えていくのだ。




 本来ならばそうなるはずなのだが―――




 ごぽぽぽっ!!




「え…? え? これは…?」




 シーバンたちの足元から水が噴き出し―――




 ジュバオオオオオオオオオ!!






「ぎゃーーーーーーーーーー!!」






 一気に彼ら五人を閉じ込める水の球体が生まれた。



「ごぼぼぼぼおっ! ブボボボボッ!!」



 一度こうなれば簡単に出られるわけがない。


 なすすべもなく強制的に連れられて、どんどん森の奥に入っていく。



 しばらく進むと、薄暗く簡単には見通せないはずの森の中に【光】が見えた。



 その光は近づくにつれて大きくなり、やがて彼らを照らす強い光源が出現する。



「っ!!!」



 水に囚われながら、シーバンは見た。



 いくつもの炎に囲まれた七色の【風呂】の中にいる裸の若い女。



 そして―――




「やあ、また会ったな」




 その女性の胸を揉んでいる【妖精】を。


 彼らの悪夢は終わらない。いや、始まったばかりなのだ。



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