410話 「第三次(大惨事)おっぱいの妖精 前編」


 アンシュラオンは最初に地下にやってきた道を反対に辿り、そのまま収監砦の地上部に戻る。


 地下に続く門の衛士も、特に何も言わずに通してくれた。


 仮に通してくれなくても門を破壊するだけなので、このあたりはまったく問題はない。


 世間一般では簡単に出入りできないといわれる地下も、このように自分に限っては顔パスである。


 むしろ領主城よりも遙かに入りやすいし歓迎もされるという、非常に居心地の良い場所でもあった。





 アンシュラオンは収監砦の一階から普通に外に出て、そのまま第二城壁にまで走る。


 すでに外は暗くなっていた。時間的には夜七時過ぎといったところだろうか。


 この時間となると誰とも遭遇することはない。せいぜい見回りの衛士くらいだろうが、彼らもさしてやる気もないので捕捉される可能性は皆無であろう。


 サナもいないし、自由気ままに外の散歩を楽しむ。



(外の空気はいいなー。マザーたちも早く外に出してやりたいもんだよ。五年も地下で暮らすのは、さすがに厳しいよな)



 身体が丈夫な自分ならばまったく問題はないものの、女性や病弱な人間に地下は厳しい環境だろう。


 一般人はこうして気軽に外に出られない以上、やはり収監砦は牢獄なのだと思い知る。


 そんなことを考えていたら、ふと焼け焦げた森林が目に付いた。



(すっかり忘れていたが、ここに入るときにサナがいろいろやっていたな。その痕跡か)



 サナの潜入訓練のために犠牲になった馬車や積荷、森林を今になって思い出す。


 炎はかなり延焼したようで、馬車どころか森がかなり焼けてしまっていた。緑が少ないグラス・ギースでは相当な損害だろう。


 自分にとっては「そんなこともあったな」という程度の認識なのだが、これが他の人間の人生を大きく狂わせていることを、もうすぐ知ることになる。





 アンシュラオンは城壁を駆け上り、一般街へと出る。


 そのままハローワークの近くを真っ直ぐ通り、第一城壁に行こうとした時である。



「君たちは馬車の管理も満足にできんのか!!」


「すみません!」


「どうして馬車が五台も燃えるんだ!! おかしいだろう!」


「申し訳ありません!!」



(ん? 何か怒られている連中がいるぞ。ははは、こんな道端で怒られるなんて笑えるな。大人になってから怒られるって珍しいし、見世物としては最高だよな)



 自分が怒られると最悪だが、他人が怒られている姿を見るのは楽しいものだ。


 特に大人になってから怒られるというのも稀なので、そういう場面に出くわすとついつい観察したくなる。


 特に急いでいるわけでもないので、建物の屋根の上に潜んで様子をうかがってみた。



 怒っているのは恰幅のいい成人男性で、怒られているのは五人組の男たちである。


 恰幅のいい男は商人風の服を着ていて、金を持っていそうな雰囲気が漂っている。


 一方の五人組は、安物ではないが着ている物は平凡だ。少し冒険者風の恰好にも見えるだろうか。


 どうやら商人風の男が雇い主であり、仕事の不始末について男たちに激怒しているらしい。


 その怒りっぷりは、なかなかのものだ。



「延焼で大事な森林も燃えてしまった。積荷も全部おしゃかだ。おかげで私の信用も台無しだよ! どれだけ苦労してここまでやってきたか、わかるかね? 君たちにわかるのかね!!」


「大変申し訳なく…残念でなりません」


「そういう態度が他人事に聴こえるのだ!! こんな不始末をしでかしておいて、君たちに仕事へのプライドはないのか!」


「プライドは…あります!」


「あるのならば、どうしてこうなったのだ!」


「それは…その…不測の事態と申しますか…、ちょっと目を離した隙になぜかこんなことに…」


「何分くらい目を離したのかね?」


「昼飯に出た時間なので…一時間弱だったのではないかと…」


「一時間!! 君たちは一時間も大切な馬車から目を離したのかね!!」


「い、いえ!! 五十分…いえ、四十分だったかもしれません!!」


「そんなことはどうだっていい!! そもそも弁当を持参しない段階で危機管理が乏しかったとしか言いようがない! そうじゃないのかね!?」


「それは…はい。その通りです…」


「ああ、なんてことだ。たった弁当数個でこの被害だ。とんだ大損だよ」


「すみません!」


「謝って済む問題かね! どうしてくれるんだ! 五人もいて、交代で見張りをするという考えも浮かばないのか!!」


「申し訳ありません!! しかし、あそこは滅多に人も来ず、比較的安全な場所で…」


「安全なら、どうしてこうなったのだ!! その認識自体がおかしいのではないのかね!!」


「そ、それは…! はい! すみません!!」



(堂々巡りだな。ああいう、くどくどしたやつっているよな。ははは、見ている分には楽しいけどさ)



 結局のところ不満をぶちまけたいだけなので、何をどう弁解しても文句を言われるのだ。


 電車が遅れて遅刻したと言い訳をすれば、なぜバスを使わなかったのかと罵られ、それも駄目だと伝えると、なぜ前日に近くのホテルに泊まらなかったのかと怒られる。


 まったくもって理不尽である。怒りが収まるまで何も受け付けないのだ。


 と、こうしてアンシュラオンは笑っているが、この出来事のすべてはこの男から始まっているのだ。


 それはこの次の会話で明かされる。



「まったく、ブルーハンターだから信頼できると思ったら、とんだ詐欺だったな。どうせそのランクも金で買ったかコネで手に入れたのだろう」


「っ! …お言葉ですが、私たちはハンターとして日々精進してまいりました。けっして実力で劣っているとは思っておりません。ましてや買ったなどと…そこまで落ちぶれてはおりません」


「ほほぉ、馬車の管理もできない人間が一丁前に反論するものだ。では訊くが、どうしてブルーハンターがこんな仕事を請け負っているのかね? ハンターならば外で魔獣でも狩ればいいのではないか?」


「そ、それは…!! それには深い事情がありまして…」


「事情とは何かね?」


「とても…信じてもらえるとは……」


「いいから話してみなさい。そうしないと収まりがつかないだろう」


「…わかりました。ですが、信じてください。これから話すことはけっして嘘ではないのです」


「わかった、わかった。早く話してくれ」


「ではお話しいたしますが…荒野には【妖精】がいるのです」


「…ん? 妖精?」


「はい。その妖精の存在こそが、外に出ない…いや、出られない大きな原因なのです」


「ふむ、妖精か。…噂には聞いたことがある。私の叔父がそっちの方面に明るくてね。妖精が自然界で大きな役割を果たしているということは知っている。しかし、妖精に出会うとは幸運だ。この荒れ果てた大地では、なかなか妖精と出会うのは難しいと聞くからね。で、どんな妖精だね?」


「…は?」


「だから、どんな妖精と出会ったのかね? 火かね? 水かね? もしかしたら木や花の妖精ということも考えられるが…いやぁ、うらやましいね」


「そ、それは…はい。その…花的なものといいますか…」


「花的な? 花かね?」


「ああ、いえ…花ではないのですが…それに近いと申しますか…雰囲気的に似ていると申しますか…」


「濁した言い方だね。もっとはっきり言ってくれ」


「…はぁ…信じてもらえるか……」


「そんなにすごい妖精と出会ったのかね! これはいい! 叔父に土産話ができる! ぜひ聞かせてくれ!!」


「あっ、いえ! そんなたいそうなものでは…」


「いやいや、もし新しい妖精が発見されたなら、これは相当なものだよ。話だけでも金になるかもしれない! ぜひとも教えてくれ! 珍しいものだったら、今回の損害はチャラにしようじゃないか!」


「ほ、本当ですか! ありがとうございます! 珍しさに関しては自信があります!」


「ほほぉ、いいね。楽しみだ。それで、どんな妖精かね?」



 怒られていた男は、損害がチャラになると知って喜んでいる。


 だからだろうか。ついついうっかりと【本当のこと】を言ってしまった。





「はい! 実は―――『おっぱいの妖精』です!!」





「おお、それはすご……おっぱい?」


「おっぱいです!!」


「………」


「おっぱいです!!」


「…いや、聴こえている。二度言わなくてもいいよ。…で、おっぱいとは…何だね?」


「それは当然、『あのおっぱい』です!」


「あのおっぱいとは…女性の胸のことかね?」



 怒っていた男が、ちらりと通行人の女性の胸に視線を向ける。


 多少の性欲が残っている男性ならば、ついつい見てしまうという魔性の存在だ。


 けっして責めてはいけない。なぜならばそこは楽園の入り口、愛の国ガンダーラに続く道なのだから。


 ちなみにアンシュラオンが地球時代、同僚がガンダーラという「おっパブ」に通っていたので、ついつい思い出したにすぎない。


 特に意味はないので、あしからず。



「はい! あのおっぱいです! そんな妖精と出会えるなんてすごいでしょう!!」


「………」


「おっぱいですよ! あのおっぱいです! あれに妖精がいたんです!! 大発見です!!」


「………」



 ざわざわ


 一般街なので人通りもそこそこあり、遅めの夕食に出かける親子もいる時間帯だ。


 そんなさなか、多少離れているとはいえ道端で「おっぱい」を連呼する男がいる。


 周囲の視線が冷たい。子供を連れた母親が、男児の耳を塞ぐシーンも見受けられる。完全に危ない人と思われたらしい。



 が、商人の男の視線は―――もっと冷たい。



「私はね…ここまで真面目に生きてきた。そりゃおっぱいに埋もれたいと思ったこともあったよ。男の夢だからね。しかし、そんな願望を我慢してまで努力してきた」


「そうですか。それはがんばりましたね。だから今の成功があるのですね!」


「…だが、ここでそんな言葉を聞くことになるとは、なんという運命だろうか。君もそう思わないかね?」


「ええ、実に運命的です」


「君は本当に…おっぱいの妖精と出会ったのかね? そう断言できるのか? ブルーハンターの誇りにかけて言えるのか?」


「はい! 間違いなくおっぱいの妖精です!! 私とて長年ハンターとして生きてきたのです。自信があります!」


「…訂正はないかね? 今ならば間に合うかもしれない」


「いえいえ、訂正なんてありません! おっぱいの妖精でした!」


「そうか。…こんな……こんな……」




 そして、ついに堪忍袋の緒が切れる。






「こんな冒涜は初めてだ!!!」






「ええええええええ!?」


「ふざけるな!! なにがおっぱいだ!! そんなに私を馬鹿にしたいのかね!!」


「ちちちっ! ちがっ…!」


「なにぃいい! 乳がだとおおおおおお! どこまで馬鹿にするんだ!」


「いえいえいえいえ! ちちっ! ちが、ちがっ…違うんです!!」


「何が違うのかね!! 君は職務怠慢で私に損害を与えたうえ、さらにたばかろうとまでした!! こんな嘘で!! おっぱいの妖精などという戯言で!! これは許しがたい冒涜だ! 商人にとって嘘がどれだけ罪深いかわかっているのかね!!」


「う、嘘じゃないんです! 本当に荒野には妖精がいるんです!!」


「妖精はいるだろう。が、おっぱいの妖精などはいない!!!」


「わかります、その気持ち。自分たちだって信じられませんでした。あれは夢じゃないかと思いました。ですが、本当にいたんです! 女性のおっぱいを揉みながら儀式を行っている妖精が!!」


「…どんな顔をしていたのかね?」


「へ?」


「見たというのならば、顔も見たのだろう? どんな顔だね。言ってみたまえ!」


「か、顔は…その……おっぱいを揉んでいたので…見えなくて……」


「それで見えなかったと?」


「はい。だって、おっぱいの妖精ですからね」


「くううううううっ! うううううう! おっぱいおっぱいおっぱいと!! 君はなんて破廉恥で不真面目な男だ!! もう許せん!! 金輪際、君たちに仕事は頼まん! いいや、それだけでは済まさんぞ! ハローワークに苦情を出して、他の者が誤って君たちに依頼を出さないように働きかけるからな!!」


「ええええええええええええええ!? そ、それでは自分たちの働き口がなくなります!」


「当然だ!! おっぱいとでも戯れていればよかろう!!! そんなにおっぱいが好きなのならばな!! ふんっ! 二度と顔を見せるな!!」



 激怒した商人は、怒り心頭といった様相で歩いていってしまった。


 その間も「なにがおっぱいだ!」を連呼していたので、彼もまた親子連れから避けられていたのが哀しい。



 そして、残された男たちは呆然とうな垂れる。



「…破滅だ。ここまで信用を失ったら…もう仕事なんてない……。全部おっぱいのせいだ…! おっぱいの妖精に出会ったせいだ…。あれがトラウマになって外の仕事を請け負えなくて…こんなしょぼい仕事にまで手を出したってのに…」


「シーバン、これからどうすんだよ。…俺ら、もうハンターとして生きていけないのか? こんなことで終わっちまうのか? なぁ!! 俺はおっぱいで終わるために生きてきたわけじゃねえぞ!!」


「そんなこと…わからねぇよ……うおおお!! おっぱいの馬鹿野郎ぉおおおお!」



 男は叫ぶ。公衆の面前で叫び続ける。


 よほど悔しかったのだろう。すべておっぱいが悪いのだと嘆く。



 その嘆きが―――アンシュラオンの記憶を刺激した。



(どこかで聞いたフレーズだと思ったら、あれか! そうそう、会ったよ。会った! サナとサリータの特訓中に荒野で出会ったよ! あれがシーバンか。あの時は顔を見なかったからな。わからなかったよ)



 あの時、アンシュラオンはサリータの胸を揉んでいたので、シーバンの顔は見ていない。


 男の声なども記憶しない主義なので、こうして再び出会っても誰かすらもわからなかった。


 もし「ブルーハンター」や「おっぱいの妖精」等の単語が出なかったら、そのままスルーしていただろう。


 ここで出会うとは、なんとも奇妙な縁である。



(しかし、ブルーハンターがあんな仕事をするなんて随分と落ちぶれたな。まあ、長い人生ではそういうこともある。がんばってほしいものだ)



 すべての元凶であるアンシュラオンは、そっとその場を離れるのであった。



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