409話 「外へ」


(…思ったより複雑な事情がありそうだな)



 アンシュラオンが扉の前で思案する。


 この扉とは、レイオンが入った部屋のものだ。


 つまりは目と鼻の先にレイオンと医者がいる。



(この程度の追跡にも気付かないとはな。中で手術のようなことをやっていたようだし、身体が弱っているのは間違いないか)



 実はあの後、アンシュラオンはレイオンを尾行していた。


 先に行かせて油断させておき、それからしれっと後ろをついていったのだ。


 さすがにサナは尾行の技術が未熟なので、ミャンメイたちのグループに通じる前の扉で別れた。


 彼女自身も強くなっているし、命気も再度補充したので問題はないだろう。念のためにモグマウスも付けたので安心である。



 そして目論見通り、この部屋まで案内させたのだ。



 背後に注意は払っていたようだが、弱ったレイオンはまったく気付かなかったようだ。あの体調ならば仕方がない。


 もともと隠密の値が高いアンシュラオンであるから、万全であっても気づいたかは怪しいものであるが。



(この扉は他のものとはタイプが多少違うな。遠隔認証式ではないようだ。造りとしては普通の割符結界と同じかな?)



 この地下遺跡の扉を開くための腕輪には、一つだけ可動条件がある。



 それは、装着した人間が生きていること、である。



 術式も万能ではない。どこかでエネルギーが必要だ。


 この装置は生体磁気を動力源にしているので、生きている人間でないと効力を発揮しないのだ。


 よく映画でもネタにされるが、人間そのものを電池として使っていると思っていいだろう。


 しかし、レイオンの身体は極めて死人に近い。生きているのが不思議なくらい、活動している肉体機能は限定的だ。


 キノコが活性化している間はいいが、弱ってくると扉が開けにくくなる。


 電池が切れかかったリモコンのように、使えなくはないが反応が鈍くなる。何度も振ってようやく反応する感じだろうか。


 奥に続く扉は自力で開けたが、入り口の扉でもたつくわけにはいかない。門番のピアスも不審に思うだろう。


 だからあの時はピアスに扉を開けさせたのだ。あれならば不自然ではない。



 レイオンは力によってラングラスエリアをまとめている。


 こうしたタイプのリーダーの場合、力のかげりを見せるといらぬ不安を煽り、統制力が弱くなって治安が乱れることになる。


 それゆえに彼は必死に取り繕っていたのだ。今にも死にそう…いや、すでに死んでいながらも。


 こうした事情もあり、医者の老人(名をバイラルという)は、はめ込み型の割符結界があるこの部屋を根城にしていた。


 レイオンがここを訪れる際は、大半が交換の時期で弱っているからだ。



(ここも少し壊れているな。だからこそ『糸』が通ったんだが…ノイズが酷い。やはりこの遺跡の壁自体に戦気を封じる力があるようだ)



 アンシュラオンの手の指からは細い『戦糸』が伸びており、扉の中に続いていた。


 レイオンが入る時に一緒に入り込ませたものだ。


 普通ならば完全に閉まってしまうと戦糸も切れるのだが、老朽化が影響なのかはわからないが、扉にはほんのわずかな隙間があり、糸は完全には切れなかった。


 それを媒介にして糸電話の要領で音声を振動として受け取っていた。


 それによって内部の会話も多少ながら聴くことができたのだが、断裂が酷くて細部が聴き取れない。


 せいぜいレイオンが手術をしていることや、二人が地上時代からの付き合いであること、ミャンメイが意図的に狙われていたことなどしかわからなかった。


 とはいえ、貴重な情報を得たことも事実である。



(レイオンは明日までに体調が戻るのならば問題はない。サナの鍛練には使えるだろう。…あとは医者か。医療技術を狙われてやってきた、という線もあるが…何か訳ありなのは間違いないな。まあ、これ以上は踏み込むこともない。明日の試合で勝てばミャンメイの所有権はもらえるからな。今のレイオンの体調面を考えれば、本当に勝ってしまうかもしれないな)



 互いが万全の状態ならば、まず間違いなくレイオンが勝つだろう。


 サナが刀を使ってもいいのならば多少勝ち目は出てくるが、無手同士では明らかに劣勢だ。


 そもそもが剣士と戦士なので肉体性能の相性は悪い。圧倒的に不利だ。


 が、最悪のコンディションのレイオンとならば、万一にも勝ってしまうかもしれない。そうすればミャンメイは労せず手に入る。


 いろいろと事情があるのだろうが、それはシャイナと同じく手元に置いてから考えればいいことだ。





 情報を入手して満足したアンシュラオンが、グループに戻ろうとしていた時である。



「うう…」


「そういえば、お前もいたな」



 帰り道にボコボコにされたシャイナの父親を発見した。


 レイオンを尾行していたので、彼がリンチされたことも知っている。


 グリモフスキーに金貨の盗みがバレた時もボコられたし、さらに今日になってからも暴行を受けたようだ。新しい傷がいくつも見受けられる。


 特に理由はないが、試しにアンシュラオンも踏んでみた。


 ぎゅうっ


 丸まっていたカスオに足を乗せて、遠慮なく体重をかける。



「ぎゃぅ…うう…!」


「不思議だな。まったく心が痛まない。さすがだ」



 ここまでボロボロの人間を見れば、多少の憐憫が湧くかと思ったが、そういうことはまったくなかった。


 この男に対しては何があっても心が動かないようだ。逆の意味でたいしたものである。



「おい、生きているか? 生きているな? 生きていればいい。じゃあ、またな」


「あおお…おおっ…ま、待って……お待ちを…」


「なんだよ、キング・オブ・クズ。気安く話しかけるな。クズが移るだろう。げしっ」



 ボキンッ



「ぎゃーー! 指がー」


「もともと折れているんだ。これ以上折れても気にするな」



 なにやら足に手を伸ばしてきたので、蹴ってやった。実に穢らわしい。


 すでに折れていた指がさらに折れるという災難が訪れるが、それに対しても情は湧かない。


 だが、カスオはまだ食い下がる。



「た、助けて…たすけてくださいぃいい」


「どうしてオレがお前を助ける必要がある? 自業自得だろう」


「お、おねがい…します。このままじゃ…げふっ……しぬ…しんで……」


「そのほうが人類のためになるとは思うがな。ぎゅうっ」


「ぎゃああああ! 腕がーー!」


「そうやって叫べるうちは元気な証拠だよ。本当に死にそうなら声も出ないしな」


「おねがい…します…おねがい…しますぅぅ! なんでも…しますから……」


「女に言われるならば最高の台詞だが、クズに言われると気持ち悪いだけだな。まあ、たしかにこのままだと死ぬ可能性も否定はできないか」



 こうした閉鎖空間では一度目を付けられると、不満の捌け口として延々と利用され続けるものだ。


 裏切りが露見した以上、シャイナの父親に平穏は二度とやってこないだろう。


 そうなれば、レイオンがいくら注意喚起をしても事故で死んでしまう可能性もある。


 彼はあくまで他のグループの者たちと関わるなと命じているだけであり、奥の連中同士で争いあっても何も言わないのだ。



「こんな臭い場所にまでやってきたんだ。死なれたら意味がない。いいだろう。拾ってやる」


「…あ、ありがとう…ありがとう…ございますぅ…」


「何でもやると言ったな? 二言はないか?」


「…はい! はい! 何でもしますぅう!」


「そうか。わかった。…だが、忘れるなよ。変な気を起こしたら、お前が想像する以上の苦しみが訪れることになる。それは肝に銘じておけ」


「はい! はいぃいい! わかりました…!」


「本当だな? 忠告はしたぞ」


「はい、はいはい!!」



 「はい」を何度も言う段階でちゃんと聞いていない証拠なのだが、それはそれでいいだろう。


 こうしてシャイナの父親であるカスオを保護することになった。






 彼を連れて一度グループに戻ると、マザーが出迎えてくれた。


 彼女も突然現れた不審な男に視線を向ける。



「あら? そちらは?」


「クズっていうんだ」


「クズ? クズって名前かしら?」


「カスオだったっけ? まあ、クズでもカスでもどっちでもいいや。ぜひとも労働力になりたいって言うから、奴隷のように使役してやってよ」


「そうなの。わかったわ」



 マザーもマザーで、このあたりはさすがである。


 こんな不審で汚い男がいきなりやってきても平然と受け入れる。信仰の力は偉大だ。


 あるいは単に天然なのだろうか、という疑惑も多少浮かぶが、余計な説明の手間がなくて楽ではある。



「ほら、カス。挨拶しろ」


「へ、へへ…カスオと申します。しばらくお世話になります…」



 ひょこひょこと足を引きずりながら、カスオが挨拶をする。


 悪さができないように治す箇所は最低限にしてある。足の骨も半分ヒビが入ったままなので歩くこともやっとだろう。


 が、当然ながら信用したわけではない。



「へへ…へへへ」


「おい」


「ひぐっ! な、なんでしょう…いたたた! み、耳がちぎれるぅうう!」


「マザーたちに何かしようとしたら耳だけじゃ済まないぞ。わかっているな?」


「いたたたた! 切れる切れる! 切れますぅうう! わかっておりますぅうう!」



(信用はできないが…この男にはまだ地下でやってもらうことがある。それまではここに置いておくか)



 実はカスオを見た時から、あるアイデアが浮かんでいた。


 それを実現するまでは、いましばらくこの気持ち悪い男と一緒にいる必要がある。




「妹は?」


「台所にいるわ」


「ありがとう」



 そうしてカスオを投げ捨てたあと、サナを捜す。


 やはりというべきか、彼女はミャンメイと一緒にいた。


 どうやら食事の準備中のようで、台所で食材の仕込みの手伝いをしているようだ。すでに手慣れた手付きで芋の皮を剥いていた。


 まるで姉妹のようにミャンメイに寄り添い、べったりと引っ付いている光景は、なんとも素晴らしい眺めである。



(これこそが姉妹って感じだよな。いいなぁ…見ているだけで気分が良くなる)



 他のスレイブの女性にはない柔らかさが、ミャンメイにはある。


 サナもそれに惹かれているのか、甘えているようにさえ見えた。


 若干の嫉妬も感じたが、サナはこちらに気付くと、トトトと走り寄ってきてくれた。


 どうやらミャンメイよりも自分のほうが上らしい。嬉しい。感動だ。やっぱりサナは可愛い。



 そんな熱い気持ちを胸にしまい、彼女に用件を伝える。



「黒姫、オレは一度外に出てくるが…お前はどうする?」


「…ぎゅっ」



 サナは拳を握り締める。彼女なりの意思表示の仕方だ。



「そうか。ミャンメイを守るか」


「…こくり」


「わかった。その意思を尊重しよう。カスオ…シャイナの父親をここに連れてきたから、あいつが馬鹿なことをしないように見張ってくれ。ミャンメイやマザーたちをお前が守るんだぞ。頼むぞ」


「…こくり!」



 一段と強く頷き、ぎゅっと刀を握る。


 蛇双等、他にも武器は持っているが、こうして常時握り締めていることは珍しい。


 よほど日本刀が気に入ったのだろう。そうしていると安心するのかもしれない。



(力を得ると使いたくなるものだ。サナも自分を役立たせようとがんばっている。ならば、その気持ちを受け入れてやらないとな。なんでもかんでもオレが面倒を見ていては成長はしないだろう。…が、現状だと逆に相手を殺すかもしれないほうが問題か。…まあ、それもいいか。最優先はサナの安全だし)



 何か役割を与えてあげると子供は嬉しくて一生懸命がんばるものだ。


 サナもミャンメイを守るという使命感を感じているのだろう。これもまた良い経験になるはずだ。




「ああ、そうだ。ミャンメイ、明日の話は聞いた? この子に紙を持たせたと思ったけど…見たかな?」


「あっ、はい。兄さんとサナちゃんが試合をするって…。あの…その…」


「レイオンが心配かな?」


「…はい。兄さん、最近は調子が悪そうですし…無理をしているようで。日に日に顔が険しくなっていました。でも、何も言ってくれなくて」


「しょうがない。それが男ってもんだからね。兄ならば、なおさらさ。でも、それを負担に思うことはないんだ。なぜならば、それが生きる力になることもある。目的になることがある。オレがこの子を愛するように、人生に華を添えることになるんだ」



 アンシュラオンもサナがいなければ、たいした生き甲斐を見い出せなかっただろう。


 愛する妹がいるからこそ、今という一瞬に輝きが生まれるのだ。明日を生きたいと思うようになる。


 レイオンだって同じ気持ちだろう。そうでなければ、あのような手術をしてまで生きたいとは願わないはずだ。



「あいつが何を怖れているのかはまだわからないけど、心配はいらない。武人って生き物は、そんなにやわじゃないんだ。それを明日、教えてあげるよ」


「…あっ…はい」


「何も心配するな、とは言わない。物事に絶対はないし、予想外のことはいつでも起こるものだ。それでも君が納得できる何かを見せられるとは思う。その意味で心配はいらないってことさ」


「…はい。わかりました。兄をよろしくお願いいたします」


「兄や姉ってやつは、なかなか思う通りにならないものだからね。苦労は察するよ…いや、ほんと」



 そう言ってアンシュラオンは笑う。姉に苦労した実感がこもった、ひどく疲れた笑みだ。


 しかしミャンメイには、それが違うものに映ったようだ。



(身体は小さいのに、兄さんよりも小柄なのに…とても大きく感じる。…不思議な人)



 最初はアンシュラオンの魅力に思考が停止するような痺れを覚えた。


 それもまた魅力だろうが、スキルによる魔性の力に近いものがある。


 しかし今感じるものは、大きくて温かくて安心するものだ。


 まるで温かい湯に身体を浸してリラックスしているように、不安や恐怖から解放されて自由になった気持ちになる。


 それはアンシュラオンという人間の奥底、霊から発せられる巨大な力が源泉なのだろう。


 彼に任せておけば大丈夫。確証はないが、そんな確信を得た感覚であった。



「それじゃ、外に行ってくるね。ちょっと所用もあるし」


「外って…他のエリアですか?」


「地上だよ。正しく言えば、城壁内かな?」


「え? あの…簡単に出られるんですか?」


「出ることはそんなに難しくないよ。オレは顔パスだし」


「は、はぁ…?」



 長年地下にいるミャンメイには、まるで実感が湧かない言葉だ。


 思わずぽかーんとしてしまう。



「じゃあ、またね」


「は、はい。あっ、夕食はどういたしましょう?」


「君のを食べたいけど、今日は外で食べてくるよ」


「はい。わかりました。いってらっしゃいませ」



 その様子はメイドというより、やはり若奥様を彷彿させる。


 結婚にも憧れていた自分にはなかなか新鮮である。



(いいね、ちょっとゾクっとする。手に入れたら、ぜひとも裸エプロンで楽しもうじゃないか)



 卑猥な妄想をしながらアンシュラオンは意気揚々と外に出るのであった。





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