408話 「レイオンと医者 後編」


 レイオンがコシノシンを大量に摂取する。


 これは本来の目的である鎮静剤の意味合いが強い行為だ。これをやらないと次の段階に進むことが難しくなる。


 それから部屋の中央にあった台の上に横になる。



「アレは持ってきたか?」


「ああ」



 レイオンが来る途中に採取したキノコを取り出す。


 老人はそれを受け取ると、水が一杯に入った大きめの瓶の中に漬け込む。


 これはしばらく浸けておかねばならないので、新しいものはストック用として奥の棚にしまわれる。


 その作業が終わると、すでに長時間水に浸けてあったキノコを持ってきた。


 赤地だったキノコの色が青に変色しているので、これはこれで不気味なものに見える。



「では、切開するぞ。肉体の質を落として血液を一時的に止めろ」



 老人はメスを取り出すと、迷いなくレイオンの胸に突き刺した。


 武人の肉体は常人よりも遙かに強固で、戦士因子が覚醒していると普通のメス程度ならば弾いてしまう硬度になる。


 ただ、自分が意識して肉体操作で質を落とすことにより、常人並みの弱さにすることも可能である。



 ブスッ ツツツッ


 手慣れた手付きで切開を開始し、胸を開く。


 肉体操作を行っているのでメスを入れても出血はない。その部分だけ血を止めているからだ。


 これができるのもレイオンが優れた武人だからである。


 当然麻酔もしていない。まったくもって武人とは便利な生き物だ。



 老人は次々と肉を切り裂いていき、器具で固定して開胸状態にする。手術でよく見られる光景だ。



 レイオンの『胸の中心』が露わになった。



 ドクンドクンと動いているが、その動きは非常に遅い。



「ふむ、だいぶ弱っておるな。やはり【交換】の時期だったようじゃ」



 本来ならばそこには心臓があるはずだ。


 もちろんレイオンにも心臓がある。心臓がなければ人は生きていけないし、血液の循環も止まってしまう。



 ただし、彼の心臓には―――キノコ。



 黒くしなびたキノコが心臓に張り付いていた。


 そうでありながらも心臓はしっかり鼓動しており、全身に血液を巡らせている。


 なんとも奇妙でSFじみた光景である。初めて見たら誰もが驚愕するだろう。


 しかしながら、このキノコこそがレイオンにとっては命綱なのだ。



「交換を行う。少しの間、心臓が止まるぞ」


「ああ、問題ない。やってくれ」



 老人はメスを使って器用にしなびたキノコを取り除く。


 心臓を傷つけないようにしながらも、できるだけ綺麗に外していった。


 肉を切ったときもそうだが、非常に手慣れた手付きだ。経験豊富なようで、とても落ち着いていた。


 これだけの手術をするのだ。明らかにグラス・ギースの医療技術の水準を遙かに逸脱している。おそらくはスラウキンよりも優れた医者だろう。


 スラウキンは学者肌の研究者タイプなので、実際の手術よりも実験を好み、新しい知識の探求や蓄積に長けている。


 だからこそアンシュラオンの命気にも拒絶反応が少なかったのだ。


 その彼と比べると、老人は生粋の医者であることがうかがえた。




 ドクンドクンッ とくん…とくん




―――ピタッ




 キノコを除去するとレイオンの心臓が完全に止まる。


 それと同時に顔色が徐々に青白くなっていく。血液の流れが止まったのだ。


 それでも武人だから生きている。首がなくなっても数分くらいは軽く生きられる者たちだ。心臓が止まったくらいでは簡単には死なない。



 ちゃぷんっ


 今度は老人が水に使った青いキノコを取り出す。


 キノコの(キノコの円筒状の部分)の下方には、エチゼンクラゲの触手のように非常に細い【足】が無数に付いている。


 それを慎重に心臓にあてがうと、ずれないように一部を心臓に縫い付けて固定する。



「…ふぅ、歳を取ると見えにくくてたまらん」



 老人は流れる汗を自分で拭う。


 ここは地下であり光量にも限りがある。このような大きな手術ならば、もっと清潔で明るい場所でやるものだ。


 その中で手元が狂うことなく正確に医療器具を扱う技術は、実に見事といえるだろう。



「あとは…こいつか」



 老人がもう一つの瓶を開ける。


 それも水が一杯に入れられたものだが、中にあるのはキノコではない。


 とてもとても小さな【緑色の宝石】が、そこにはあった。


 米粒大とでも言おうか。うっかり落としてしまったら見つけるのが困難になるほど小さなものだ。


 それをピンセットを使って取り出す。



 ぴくっ ブルブルッ



 その時だけ老人の手が震えた。



「…はぁはぁ……」



 胸を切開しても、心臓にキノコを縫いつけても動じなかった老人が、初めて緊張している。


 老人の心臓が鼓動を早め、目が見開き、手が震える。


 何かを怖がるような、触れることが禁忌であるような、そんな恐怖と畏怖に似た感情が垣間見える。


 しかし、それもわずかな時間だけであった。


 何度か深呼吸をして再び医者の顔に戻ると、作業を続行する。


 キノコの傘の中央を切り開き、そのジュエルをしっかりと植え込む。



「生命よ、螺旋の如く廻れ」



 ピカッ ピカピカッ


 老人のその言葉に反応して、ジュエルが数回明滅を繰り返す。


 すると、ゆっくりとキノコの傘が【再生】を始め、ジュエルを内部に包み込む。


 ブスブスブスッ


 同時にキノコ全体が活性化し、足が次々と【自発的に】心臓に突き刺さっていく。




―――ドクンッ!!




「うっ!!」



 キノコの動きと重なるように、レイオンの心臓が鼓動を始める。


 触手は心臓にとどまらず、さらに広がっていき、血管内にも根を張っていく。


 それに伴って腕、足、頭に血が流れ込む。



「うううっ…ぐうっ!!」



 意識が覚醒したレイオンに鈍い痛みと違和感が走る。


 武人は肉体操作で痛みを消すことができるが、このキノコは神経そのものに張り付いているので、今の状態ではどうしても痛みが残るのだ。


 それを防ぐためのコシノシンであるが、あれだけ大量に摂取していてもこれだけ痛いのである。


 常人ならばショック死していてもおかしくはない。




 こうして手術は終わった。




 老人は胸を閉じ、軽く縫合して手を洗う。



「終わったぞ」


「………」



 レイオンは何も答えず、自分の身体に意識を集中させていた。


 まだ指一本すら動かせない。まったく力が入らない。


 だが、これが普通の状態なのだ。本当のレイオンの姿である。



「いつやっても慣れないな。俺の身体が、あんなキノコによって動かされているとは…」



 今、レイオンの身体の中では、キノコが【侵略】を開始している。


 心臓はもとより身体全体に根を張り巡らせているのだ。



 といっても、キノコが【宿主】を殺すことはない。



 【寄生生物】は、宿主がいなくては生きてはいけない。むしろ宿主を生かそうと最大限の努力をしてくれるだろう。



 そう、あのキノコは寄生型のものなのだ。



 実際に虫などに寄生する『冬虫夏草とうちゅうかそう』というものがある。土中の蛾の幼虫等に菌が感染することで、それを養分として成長する菌類の一種だ。


 レイオンの身体に埋め込まれたものも似たようなもので、人間などの動物に寄生するキノコであり、扱い方を間違えれば非常に危険なものとなる。


 が、こうして上手く使えば人間の延命に利用することもできる。


 それが人間の知恵であり、医学というものであろう。



「それもまだ実験途上のものじゃ。本物の『ラングラスの秘宝』ならば、もっと運用も楽なのだが…さすがに本家のものは真似できん。それで我慢せい」


「十分だよ。動けばいい。俺にとっちゃ、いないと困るパートナーだからな。今じゃ、こいつがないと指一本動かせない。まったく…難儀なもんだ」


「仕方あるまい。ぬしはすでに死んでおる。肉体は一度生命活動をほぼ終えているのだ。それを寄生菌類によって強引に動かしているにすぎん。逆に驚きではある。武人という存在は、肉体が死んでいても精神で動けるのだからな」


「…そう…だな」



 レイオンの身体は、一度死んでいる。


 あの時、あの男と出会った時に潰えている。



(今でも忘れない。あの男の…目は。あれは人間のものじゃない)



 あの頃の自分は、それなりに腕に自信があった。


 ゴウマ・ヴィーレでも上級兵士になり、騎士にならないかとも誘われたくらいだし、旅路で遭遇した魔獣も退けることができた。


 だから慢心していたのだろう。驕りがあったのだ。


 あの男は、いともたやすく自分の自信を打ち砕いた。


 それどころか本当に殺されてしまったのだから目も当てられない。



(しかも無様に逃げ惑って…背中を斬られて……ちくしょう。武人が背中を見せるなんて…俺は…自分が許せない!!)



 今はもうキノコなどの影響で消えているが、レイオンの背中にはいくつもの深い傷があった。


 背中を攻撃されることは、戦いを宿命付けられた武人にとっては恥でしかない。


 相手の技量が上で仕方なく背後を取られるのならばまだしも、逃げ惑ってなぶり殺されるなど、恥の上塗りも甚だしい。こんな不名誉はない。



 その怒りが、レイオンを突き動かす。



 誰だって好き好んで、こんな身体になりたいわけではない。


 それを甘んじて受け入れられるのは、守らねばならない妹の存在と、この怒りのおかげだ。




「助かったよ、先生。これでなんとかなる…」


「明日の試合は何時からじゃ?」


「メインの試合だから少しは遅い」


「ギリギリ…かの。新しい媒体が定着するまでには時間がかかる。それまでは動かぬことじゃ」


「…わかっている」


「それと…悪い知らせがある。【命の石】がそろそろ切れる」



 老人が、ぼそっと呟く。


 普段感情をあまり表に出さない老人が、これだけ申し訳なさそうに言うのだから、これが意味することは大きい。


 石がなくなるということは、レイオンの身体も維持できなくなることを意味するからだ。


 あのキノコは一つの触媒にすぎない。それを活性化させる石がなければ、ここまでの力は発揮できないのだ。



「わしが集めた数は、最初からそう多くはない。なんとか自力で作れればよいのじゃが…いまだに製造方法がわからん」



 老人は、ここでさまざまな実験と研究を行っている。


 その目的の大半は、【命の石】と呼ばれるものを生み出すことにある。


 誰かが名付けたわけではない。その効果を知った老人が自ら付けた名前だ。



「遺跡の一部から流れる『特殊な水』と関連があることまではわかった。この水は、生命を生き永らえさせる力がある」



 老人はキノコが入っていた瓶を見つめる。


 キノコはキノコで、宿り木から外すとすぐにしぼんで死んでしまう。


 また、そのまま利用しようとしても力が足りない。ラングラスの秘宝の【種】とはランクが違う代用品にすぎないからだ。


 それを解決させたのが、遺跡の一部から取れる水である。


 これはすでにアンシュラオンも見ているものだ。マザーが買った花が五年間も維持されているのは、すべてこの水に寄るところが大きい。


 ただ、この水を飲んだからといって、それだけで人間の寿命が延びたりはしない。


 そのあたりも複雑な条件が存在すると思われる。



「水をそのまま固めればよい、というわけではないようじゃ。そのほかにも文献を漁って試してはおるが…まったく再現できぬ。そもそも、これがどんなものなのかすらわからぬ。術式なのか石単体の性質なのか、本当にこれが石なのかすら理解できぬ。この類のものとなると錬金術士のほうが専門分野じゃろうな。医学とは別物じゃ」



 何をやっても復元はできなかった。真似もできない。


 そうして時間だけが過ぎていき、ストックも底を尽こうとしていた。



「すまぬ。次が最後じゃ。代わりを探してみるが…あまり期待をするな」


「そうか。それもいいさ。どのみち先生がいなければ、俺はあの場で死んでいた。ここまでもっただけ幸運だ」


「巻き込んだぬしらには、すまぬと思っておる。わしと出会わなければ…」


「いいや、あいつらはミャンメイを狙っていた。あの子に不思議な力があることをどこかで知ったんだ。俺からすれば、たったあれだけのことでどうして躍起になるのかは不思議だが、間違いなくミャンメイは狙われていた」



 ミャンメイは、ただガラの悪い連中に絡まれただけだと思っている。


 そう思っていたほうがいいだろう。もし自分が原因でこうなったと知ったら、さらに重いものを背負わせることになる。


 だが、悪いのは狙うほうであって狙われるほうではない。ミャンメイには何の罪もないのだ。



「俺が死んだままだったら、今頃は捕まっていただろう。どんな目に遭っていたかわからないんだ。先生には感謝している。…俺たちは運命共同体だ。そこを忘れないようにしてくれ」


「…そうじゃったな」


「上では思った以上の変化が起こっているようだ。勢力図も変わる可能性がある。そうなれば、またやつらも動き出すだろう。俺の命が残りわずかならば早めに勝負を決めなくてはならない。俺がやらないと…俺が…」


「焦るな、レイオン。やつらはもう何百年もこの都市を支配している者たちよ。焦ったら負ける。いや、そもそも勝ち目などないのかもしれんがな…」


「それでも…やるしかない。俺の代わりはいても先生の代わりはいない。十分に注意してくれ。やつらが狙うとすれば、まずは先生だからな。秘密を知った人間を生かしてはおかないだろう。すでに監視されていると思ったほうがいい」


「心得ておるよ」


「それじゃ、少し…眠る」



 レイオンの目が閉じると、すぐに寝息が聴こえてきた。


 この状態で会話できること自体が、すごい精神力である。それだけ彼も期するものがあるのだろう。




 老人は一人、部屋の中を見回す。


 薄暗く、何もない場所だ。今までの生活とはまったく違う別世界だ。



「地下に来て三年を超えたか。人生とは、まったくわからぬものよな…」



 逃げるように地下にやってきて、はや三年。


 それまでの自分は何も知らなかったのだと思い知る。


 かつては誇りに感じていた【医師連合のトップ】という肩書きなど、何の価値もなかったのだと何度も思い知った。


 この三年は、それを噛み締めるための時間だったのかもしれない。


 そして、絶望を感じ続けるための三年だったのかもしれない。


 敵は、あまりに強大だ。



傀儡士くぐつし…やつの正体を掴むまで、あとわずか。そのためにここを調べてきたのだ。だが、足りぬ。おそらくこのままでは……」



 老人は、力なくうな垂れた。



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