406話 「レイオンからの挑戦状 後編」


「お前は何のためにここにやってきた?」


「言っただろう。妹の鍛練のためだ。というよりは、オレは逮捕、拘束されてここに連れてこられたんだ。自分の意思でやってくる理由はないな」


「それは嘘だ」


「なぜ、そう思う? 根拠でもあるのか?」


「仮面の医者、ホワイト。お前のことは調べさせてもらった。それだけの実力があれば衛士隊に従う必要などはあるまい。本当の目的は何だ?」



 レイオンがアンシュラオンを見る目が厳しくなる。


 すでに実力差は明白なので勝てないことは理解しているだろうが、そこには譲れない強い意思を感じる。



(ふーん、しばらく姿が見えなかったのは、オレのことを探っていたからかな。べつに隠しているわけでもないし、調べようと思えば普通に調べられるな。ただ、ハングラスほど力がある勢力じゃないから、時間がかかったって感じかな)



 レイオンは長らく地下におり、もともと他の都市にいた期間も長いため、上とのつながりもさほど強くないと思われる。


 数日だが地下にいて感じたことは、ラングラスは地下に関して積極的ではない、ということだ。


 つながっているのは、せいぜい奥にいたグリモフスキーくらいだろう。


 しかし、たかだか麻薬の売人程度が一番上の地位にいたことを考えれば、どれだけ興味がないかがうかがい知れるというものだ。


 となればコネクションは地下に限られることになる。地下は派閥間がかなり厳格に分かれているので、情報屋との接触もなかなか大変だろう。


 レイオンが自分について調べることに、これだけ時間がかかったことは頷ける話だ。



 そして、実力を知っているからこそ警戒している。


 これはレイオンに限ったことではない。ホワイトの悪名を知っている他の人間も、注意深くこちらを観察している様子がうかがえる。



(こいつに言う必要性はないが…一応はミャンメイの兄貴だ。下手に嘘をついて彼女の心証を悪くすることもないか。どうせこいつには関係のない話だしな)



「いいだろう。教えてやろう。オレの目的は、『とある男』を捜しに来ただけだ」


「っ! それは誰のことだ!」


「…? 元麻薬の売人だ。オレが保護した女の父親だよ」


「売人? 父親?」


「オレが奥で騒動を起こしたことは、もう知っているんだろう?」


「…ああ」


「その時にいぶり出したのさ。そいつはもう見つけたよ。思った以上のクズではあったがな」


「………」


「以上だ。満足したか?」


「それだけ…なのか?」


「ははは、そうだな。誰が聞いても可笑しな話さ。だが、オレにとっては重要な問題だ。お前がさっき言った言葉と一緒だな」



 他人から見れば、わざわざ一人の女のために地下に来るなど、物珍しい行いに映るだろう。


 それを思えばレイオンの反応は至って普通だ。


 ただし、気になることもある。



「では、今度はこちらが問うとしよう。…なぜ反応した?」


「…あ?」


「オレは今、『とある男』と言った。そこで反応する意味がわからないのさ。『とある【女】』ならば、ミャンメイのことかもしれないから警戒する理由はわかるが、なぜ男で反応する? 男を捜しに来たらまずい理由でもあるのか?」


「………」


「オレは真実を述べたぞ。自分で言うのもなんだが、珍しく嘘偽りのない話だ。もちろん、こっちのほうが都合が良かったにすぎないからだが、捕まって入ったのも本当の話だ。ならば、次はお前が本当のことを話す番だろう?」


「………」


「男とは誰のことだ? お前の知り合いか?」


「………」


「地下にいるってことは犯罪者だろう。それを思えば、たしかに誰であれ捜されるのを嫌うだろうが…お前がそこまで警戒する理由がわからないな。何を隠している?」


「………」


「自分のときだけだんまりは卑怯だな。逆に言えば、それだけ重要なことってことだろうが…」



 アンシュラオンがさらっと自分の真実を述べたのは、「どうでもいいこと」だからだ。


 仮にシャイナの父親が死んでいてもアンシュラオンにとっては、さして痛いものではない。


 闘技場に関しても、あくまでたまたまあったから利用しているだけで、なければないでサナの鍛練の場は山ほどある。


 それとは逆にレイオンが安易に話さないのは、それだけ重要で危ない案件であることを示唆している。


 些細なことをもったいぶって言う者もいるが、レイオンがそういうタイプの人物とも思えない。


 このあたりに何か事情がありそうである。



「そうそう、ミャンメイから少しだけ話を聞いたよ。ここに入る前は、かなり痛めつけられたようだな。お前の中に眠る激情の原因は、それか?」


「話す必要はない」


「今より強くなりたいんじゃないのか? だが、やっていることはあべこべだな。こんな場所で戦っている限り、強くなることは永遠にないぞ」


「関係ないと言っている」


「話さないのは自由だが、そうやって事情を隠してるとミャンメイも苦しむことになる。関係ないとか言うなよ? オレはあの子を手に入れる。そのための障害は取り除かねばならないんだ。彼女が気持ちよくオレのものになるためにはな」


「これ以上、こちらに関わるな」


「今となっては、そういうわけにはいかないな。ミャンメイの『特殊な能力』には価値がある。あれはオレがもらう」


「っ! 貴様!! どうしてそれを…!」



(こいつも嘘がつけないタイプだな。思いきり顔に出ているぞ。もしカマをかけていたらどうするんだ。危ないやつめ)



 レイオンの様子から、彼もミャンメイの不思議な力には気付いているようだ。


 身近な人間かつ武人なのだから、気付いても不思議ではないだろう。



「お前の事情に興味はないが、お前自身の強さとミャンメイは使える存在だ。いまさら逃げることなんてできないぞ。それは諦めろ。まあ、最悪はミャンメイだけ手に入れれば問題はないけどな」


「ふざけるな! お前にはやらん!」


「レイオン、これ以上の押し問答をするつもりはない。自分の意見を通したいのならば力で示すことだな。オレの妹と試合をしろ。スペシャルマッチのことは伝わっているはずだ」


「………」


「どうした? 怖気づいたわけではないだろう。戦うのは、この子だぞ」


「…こくり、ぐっ」



 サナもやる気だ。拳を突き出して挑発する。


 このあたりもアンシュラオンの悪い影響を受けているようだ。


 サッカー場でブーイングを真似てしまうように、良くも悪くも子供は周囲の大人の行動を手本にする。


 子供は純真だ。悪いのはいつも大人である。



「その子はなぜ戦う? なぜお前は妹を危険に晒す?」



 レイオンも自分に妹がいるので他人事ではないのだろう。


 そんなサナの様子を苦々しく見つめる。



「強さを得ることが危険を回避することにつながるからだ」


「それ自体が危険だろう」


「それ以上の脅威から身を守るためだ。ミャンメイを守っているお前ならば理解できるはずだ」


「…因子の共鳴が起こったとはいえ、その子自身が強くなったわけではない。俺に勝てる可能性はない」



 偉大因子共鳴は、一時的に感覚や経験を借り受けるものにすぎない。


 その期間が終わってしまえば元通りだ。


 たとえば運転が苦手な者が、助手席から操作した熟練者の運転を体感するようなものだ。


 あるいは、憧れた絵をトレースして、上手く描けたような気分になるだけだ。


 その感覚は残っているが、いきなり上達はしないし、それを再現することも非常に難しい。


 これは一つのきっかけにすぎない。真の達人になるためには努力が不可欠なのだ。


 当然、それはアンシュラオンも知っている。



「可能性はあるさ。天地がひっくり返っても埋まらない差ってのは世の中にはあるが、この子とお前ならば万一のこともある」


「見くびられたものだな」


「逆だよ。評価しているのさ。ロックアルフやニットロー程度ならば、わざわざこちらから用意する必要はないからな。だが、お前のレベルとなると簡単には用意できない。褒め言葉さ」


「それが俺にこだわる理由か?」


「そうだな。強い武人で、ミャンメイの兄。それがお前に対する評価のすべてだ」


「…そうか。それだけか」



 レイオンはあからさまに安堵した表情を浮かべる。


 普通はこういう言われ方をすれば嫌がるものだが、彼の場合はまったくの逆だ。


 それこそが何かしらの事情を抱えていることを物語るのだが、これ以上問い詰めたところで語ることはないだろう。



(こいつの事情に関わるとすれば、あくまでミャンメイのためだ。だが、それも必須というわけではない。兄妹が離れて暮らしたって問題はないはずだ。あとはその大義名分があれば十分だ)



「スペシャルマッチの内容は知っているな? こちらは金を出す。今まで観客が賭けていた額の数倍は出そう。その代わり、この子が勝ったらミャンメイはもらうぞ。お前がやっているいつもの賭け試合と同じだ」


「こちらからも要求がある。その戦いで俺が勝ったら、これ以上の騒動を起こすな。おとなしくしていろ。もしくは上に戻れ。地下には干渉するな」


「こっちは金を出すんだぞ。対価は支払っている。新しい要求を加えるのならば、追加でそれなりのものを提供するのが筋ってもんじゃないのか?」


「がめついやつめ…! 何が望みだ?」


「オレの望みは伝えている通りだ。この子が勝ったら、そろそろ妹離れしてもらうぞ。嘘でもいいから、自立する時が来たとか言って彼女を説得してもらう。オレは気分よく迎え入れたいからな。どちらにせよ負けたら手放すことになるんだ。それくらいはやってもらうぞ。お前だって妹の幸せを願っているのだろう?」


「お前のところに行くのが幸せか?」


「当然だ。これ以上の幸福はない」


「…その自信だけはたいしたもんだ」


「事実だからな。少なくともオレのところに来れば、誰かに奪われる心配はない。そんな連中がいたらオレが殺すからな」


「…そう…か。たしかに…この男ならば…」



 レイオンはしばし思案する。


 アンシュラオンのことは気に入らなくても、間違いなく自分より強いことはわかる。


 その意味ではミャンメイの安全も確保されるだろう。勝っても負けても彼女は守られることになる。



 そういった状況をじっくりと数分かけて考え、ようやくレイオンは決断した。



「いいだろう。受けて立つ。約束は守れ」


「わかった。お前のことには関わらないさ」



(ミャンメイに関わらないとは言っていないからな。問題はないだろう)



 あくまで地下の事情、レイオンの事情に関わらないのであって、仮にサナが負けてもミャンメイに関わらないとは言っていない。


 このあたりも予定通りである。



「試合はいつやる? こっちは明日でもいいぞ」


「あんな動きをしていて身体は問題ないのか?」


「ああ、もう治った」


「…こくり、ぎゅっ!」


「そうか。お前には癒しの力があったか。…明日…か」



 レイオンは、ぐっと何度か拳を握り締める。力が出るかを確認しているようだ。


 それにアンシュラオンが違和感を感じる。



「まさかダメージが回復していない、なんてことはないよな? 試合があったのは一昨日だ。試合中もそこまで殴られたわけじゃない。お前のレベルならば、あの程度はすぐに治るはずだぞ」


「俺は何も言っていないぞ。勝手に決め付けるな」


「強がるなよ。それくらい見破れないと思うのか? 万全でなくては意味がない。明後日でもいいぞ」


「お前の妹に負けるつもりはない。明日でかまわん。明日の夜、メインの試合で迎え撃つ。俺は絶対に負けない。ミャンメイも守るし、お前の好きにはさせない。わかったな!」




 そう言って、レイオンは出口に歩いていってしまった。


 その弱々しい歩き方からしても、彼がベストコンディションでないことは明白だ。


 アンシュラオンには、どうしてもそこが気になる。



(戦士が全員、肉体能力に優れているわけではないだろう。中には回復力が遅いタイプもいるかもしれない。ただ、あんな試合形式の戦いでダメージが残るとは思えないな)



 ブローザーは、けっして弱いわけではなかった。


 ただ、最初のレイオンの不意打ちでダメージを負っていたので、それからの攻撃にはまったく迫力がなかった。


 シナリオが決まっていたこともあり、致命打というものは一発も入っていないはずだ。


 それにもかかわらず、レイオンの調子は相当悪そうだ。



(あの男が二日間いなかったのは、体調の回復を優先していた可能性が高い。そうなると、あの不意打ちの意味も変わってきそうだ)



 レイオンが何かしらの肉体的問題を抱えている可能性がある。


 その場合、試合を早く終わらせるために不意打ちを敢行したとも考えられるわけだ。


 観客の様子から、レイオンが日常的に卑怯な真似をしていることは間違いない。


 それが体調面から来る問題に起因しているのならば納得もできる。



(それでもまだ回復していないところをみると、何かしらの病気か? なるほど、だから『医者』か。例の医者とつながる理由の一つは、なんとなくわかったな。病気の相談とか治療で関わっているのかもしれない。まあ、それでもいいだろう。ベストコンディションでなくても、あいつが強いことには変わらない。サナの鍛練には十分合格だ)



 こうしてレイオンとの勝負が決まる。


 今までの相手とはレベルが違うので、サナの本当の力が試される場となるだろう。



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