405話 「レイオンからの挑戦状 前編」



「うおおおおお!! やったぞおおおおおお!」


「すげぇえええええ!! 最後なんて格闘も入れていたぞ!!」


「剣士が殴るのかよ! って、もともと戦士なのか!? でも、剣も使っていたぞ!」


「つーか、蹴りだろうが! って、んなことはどうだっていい! これで大儲けだぜ!!! ひゃっほーーー!」


「ちくしょぉおおおおおお!! スッちまったぁあああああ!! かあちゃんに殺されるぅうううううう!」


「…しょうがねえ。負けるのも賭けの醍醐味さ。こんな試合が見られたんだから、それだけで幸運だと思おうぜ」


「本当だな! すげぇ戦いだったぜ!!!」





―――ウォオオオオオオオオオオオ!!





 サナに賭けた観客たちから大きな歓声が上がる。


 賭けに負けた者たちも、試合そのものを十二分に楽しんだようだ。拍手と歓声を惜しまない。



 このあたりから少しずつ観客に変化が訪れ始める。


 無手の試合では刺激の強さに驚いていたが、今ではリングで敗者が血塗れになっていても、まったく気にした様子はない。


 人間には、慣れというものがある。


 唐辛子を使い始めると、どんどん辛味に強くなって大量に摂取するようになるのと同じく、どんなに刺激的なことでもいつかは慣れてしまうのだ。


 観客たちも本物の戦いがどういうものかを思い出したことだろう。


 それはサナが、この闘技場に本当の武人のエッセンスを注入したからだ。


 いや、アンシュラオンがそうさせたからだ。



(なかなかいい空気になってきたな。弛んでいたものが少しずつ引き締まっていくようだ。生温い雰囲気は社会にとって最大の害悪だ。さっさと除外するに限るな)



 詰め込みすぎは社会の閉塞感を呼ぶが、自由にさせすぎても堕落する。


 日本でも「ゆとり世代」という言葉が生まれたように、緩みすぎると馬鹿をやる若者が増えるようになるのだ。(子供に勤労させないせいもあるが)


 これを防ぐためには適度な緊張感と刺激が必要になる。焼け付くような、ヒリつくような、命の危険をかすかに感じる厳しい環境が不可欠だ。


 貧乏の家庭で育った子供がしっかり育つように、そういった中でこそ優れた人間が生まれる。


 武人ならば、なおさら顕著だ。サナもこうした厳しい戦いを続けることで強くなるだろう。


 今回の試合でも大きな進歩が見受けられたはずだ。限界にまで追い詰められたからこそ偉大因子共鳴が起こったのだ。


 当然、こんなことが起きるとは想定外だったが、これこそアンシュラオンが求めていた「嬉しい誤算」である。


 環境を整えてあげれば、それに相応しいものが自然と訪れる。それが摂理というものだろう。



(今は長居するつもりはないが、そのうち落ち着いたら本格的に闘技場を整備してもいいかもな。サリータやルアンたちの鍛練にも使えるだろう。あいつらも強くしてやらないといけないからな)



 最初は試合に懐疑的だったが、逆に外では一騎討ちをする機会があまりないことを考えれば、これはこれで役立つものだと判明する。


 自分の長所や短所を改めて見直す機会になるし、命を失わずに強くなることができる。


 才能があまりないサリータやルアンは、サナ以上に数多くの実戦が必要になるだろう。その鍛練に最適である。





 アンシュラオンとサナは、歓声が鳴り止まない試合会場を離れ、控え室に戻る。


 そこで再びサナの身体をチェックする。まずは腕だ。



「腕は痛いか?」


「…ふるふる」


「お兄ちゃんの手は握れるか?」


「…こくり」



 きゅうう


 サナの手が自分の指を握るが、ほとんど握力を感じない。


 手の表面も皮が剥けて痛々しい様相になっている。



(靭帯と腱が損傷している。やはり限界だったか。あれだけ振り回せば当然だな。感覚は身についても身体が慣れていない。それで大きな負荷がかかったんだ)



 サナはまだ痛みを痛みとして感じていない。だからこそ無理ができた。


 ただ、痛みを感じなくても肉体は損傷する。その身体には、しっかりと無理をした痕跡が残っていた。


 今回の試合で相当追い詰められていたことがわかる。彼女も一杯一杯だったのだ。



(サナがあの戦い方を選んだのは、それしかできなかったからだ。流れるような攻撃は見栄えがよく、観客も楽しんでいたようだが…そうすることでしか刀が振れなかったんだ)



 彼女の小さな身体にとって、日本刀は重い武器である。


 しかもこの世界の刀は、重量が地球のものよりも数倍重く出来ている。


 ファンタジーで出てくるような巨大な魔獣が普通にいる世界だ。そんな連中を倒すためには普通の重さでは対応できない。


 それに伴って武人そのものの腕力も強いのだが、まだまだ子供のサナにはさぞや重かったことだろう。


 それゆえに止まれなかったのだ。止まったら、また走り始めるまでに時間がかかり、唯一の勝機を失ってしまうからだ。



(ふむ、正直に言えば、あれは剣士のオッサンの戦い方に近いな。今回はそれを真似たという感じか。だが、この結果を見ると、このやり方は短期決戦用だな。勝負を決めるときにだけ使うものと割り切ったほうがいい。もし一度でも止められていたら反撃を受けて負けていただろう)



 この連続攻撃だが、ガンプドルフがやっていた息もつかせぬ連撃を彷彿させる。


 彼がやっていたものほど高度ではないにせよ、サナはそれをコピーしたのだろう。


 しかし、あれは剣士の中でも屈強なガンプドルフだからこそ可能なことであり、防御に難があるサナにとっては非常に危険な行為だ。


 サナの剣の人生は始まったばかりである。これを糧にしていろいろと経験するといいだろう。




「すぐに治すからな」



 ごぽぽっ


 命気によって損傷した靭帯や腱が急速に治っていく。


 普通ならば最低でも三日間の安静が必要な怪我だが、自分がいれば今すぐにでも戦うことができるようになる。


 ちなみにニットローだが、ハングラス所属ということもあって応急処置だけはしておいた。


 万全になるには時間がかかるだろうが、死んではいない。殺すほど嫌なやつではなかったことも大きな要因であるが。



「今回も勝ったぞ。お前だけの力で勝ったんだ。嬉しいだろう?」


「…こくり、ぐっ」



 サナは嬉しそうに刀を握る。


 因子の共鳴があったにせよ、今回も自力だけで勝ったのだ。少しずつ自信をつけてきただろう。



「おっ、そうそう。その刀はサナの専用武器ってことで持って帰っていいそうだぞ。それだけ受けがよかったんだな」



 戻り際に刀の件で問い合わせたところ、運営側から刀の所有権をもらった。


 どのみち捨て置かれていた武器だ。こうして使う者など他にはいないし、今回の売り上げが相当なものだったことから特別に許可が下りたのだ。


 ただ、試合ではしゃいでいた姿を思い出し、これだけは伝えておくことにする。



「大事にするのはいいけど、一番大切なことは自分の身体だからな。最悪は捨てる覚悟でいるんだぞ」


「…こくり」


「また新しく作ってやるからな。それは間に合わせだと思うんだぞ。わかったね?」


「…こくり」



 地球でも、線路に落ちた携帯や杖を拾いに行こうとして事故に遭う人がいる。


 誰かにもらったものだと大事したい気持ちはわかるが、それで死んでしまっては意味がない。


 道具は道具。使い捨てだと割り切ったほうが身のためだ。






 こうしてサナは剣の試合でも勝つことができた。


 極めて順調だ。


 むしろグランド・リズリーン〈偉大因子共鳴〉まで起きたので、順調すぎるといえるだろう。



 そして、さらに順調なことが起きる。



 二人が会場から出ようとした時である。


 出口に続く通路の途中で、『とある人物』と出会った。



「………」



 その男は大きな身体で通路を塞ぐように立ち、無言でこちらを見つめている。


 いや、そこに友好的な感情は見られないので、睨んでいるというべきか。

 

 どちらにせよ自分たちに用事があることは明白だ。


 アンシュラオンは意外に思いつつも話しかける。



「よぉ、こんなところで会うとは奇遇だな。だが、ここは武器の試合会場だ。通路を間違えているんじゃないのか?」



 目の前の男がここにいることには違和感がある。


 なぜならば彼は、一度たりとも武器の試合に出場したことはないからだ。



「間違えるものか。お前よりもここには詳しい」


「それもそうだったな。では、こんなところで何をしているんだ?」


「…お前たちが出てくるのを待っていた」


「へぇ、妹の出待ちか? 案外ミーハーだな。せっかくだ。サインの一枚くらい書いてやるか」


「…こくり」


「そんなものはいらん」


「なんだと! オレの愛らしい妹のサインがいらないだと! このやろう!!」



 ビューーンッ ドガッ!!



「どわっ!! いきなり石を投げるな!!」



 凄まじい勢いで石が飛んでいき、壁にぶつかって破砕する。


 相手が相手なので遠慮はしない。頭をかち割るつもりで投げたので、さすがのこの男もよけるしかなかった。



「…まったく、なんて男だ。お前のせいで滅茶苦茶だ」



 その男、レイオンは、頭を掻きむしりながら強い不快感を示す。


 なぜか非常に苛立っているようだ。不機嫌な様子がありありと伝わってくる。




(レイオン…か。試合会場にいることは知っていたが、自分からこんな場所に来るとはな。どうやら本当にオレたちを待っていたようだな)




 そこにいたのは―――レイオン。




 初日の夜に会ったきりだったので随分と久々に感じるものだ。


 普段は無手の試合にしか出ない彼なので、特に用事でもなければ武器の会場にやってくることはない。


 待っていたという言葉は本当だろう。



「そっちから用事があるとは意外だね。いいよ、先に聞いてやろう。言ってみな」


「なんでそんなに偉そうなのかわからんが…まあいい。それより、これはいったいどういうつもりだ?」


「何のことだ?」


「言わなくてもわかるだろう。お前の妹の試合だ。なぜあんな戦いをする?」


「不思議なことを訊くもんだな。闘技場は戦いの場のはずだ。普通に戦っているだけだろう?」


「明らかに殺すつもりだっただろう。相手はすでに負けを認めていた。あそこまでやる必要があったのか?」


「ロックアルフのことか?」


「さっきの試合もだ。ニットローは攻撃を避けられない状態だった。斬り抜く必要まではなかった」


「そういえば、お前も見ていたな」


「共鳴が起こって興奮していた可能性もあるが…どうせ止めるつもりはなかったのだろう?」



 サナの偉大因子共鳴に気付いた三人目の人物が、このレイオンだ。


 彼は無手の試合会場に続き、武器の試合も観ていた。特に触れなかったが、アンシュラオンはしっかりとその存在に気付いている。


 これだけ目立つ男である。気付かないほうがおかしいだろう。



「どうだ? オレの妹の成長力はすごいだろう! 一戦ごとに着実に強くなっている。ここに来てよかったよ」


「それがお前の目的か?」


「目的の一つ、かな。この子を強くするのはオレの義務だからね」


「ここにはここのルールがある。あんな真似はもうやめろ! こっちはいい迷惑だ!」


「またもや意外な人物から意外な言葉を聞いたよ。これは驚きだ。それはお前が一番嫌っていることのはずだぞ」


「あれは…」


「言い訳はするなって。戦いを見ていればわかるさ。お前が求めているのは、あんな生温い試合じゃない。本物の『仕合い』だ。妹がやっているような戦いを求めている」



 初めてレイオンを見た時、それはすぐにわかった。


 ギラついた目は激しい闘争を欲している。武人である以上、嘘はつけないのだ。



「だからこそわからないな。なぜ甘ちゃんの試合に付き合う? 茶番をやっていて楽しいか?」


「…俺の勝手だ。お前にとやかく言われる筋合いはない」


「そうだな。お前がどうしようが自由だ。ただ、ミャンメイまで巻き込むな。もし負けたら相手に奪われることになるからな」


「そんなことはさせないし、負けるつもりはない」


「では、オレが挑戦すると言ったらどうする? オレに勝てるのか?」


「………」


「冗談だよ。そんなに硬くなるな。たしかにミャンメイは手に入れるが、オレが試合に出たらつまらなくなる。一瞬で勝てる相手に手加減するのも疲れるしな」


「ふん、妹はやらん」


「お前の所有物ではないんだろう? それを決めるのは彼女自身のはずだ」


「訂正する。お前にはやらん」


「やれやれ、これだからシスコンは困るな。いつまでも兄貴がべったりじゃ、妹はいい迷惑だぞ」



 レイオンもアンシュラオンには言われたくないと思う。


 極めて遺憾だ!!




「で、話はそれだけか? そんなことを言うためだけに待っているとは暇な男だ」


「こちらにとっては重要なことだ。これ以上、試合を荒らすな。目立つ真似をするな」


「…ふーん、その言い方からするに、お前は目立ちたくないようだな。その理由は何だ? どうして目立ちたくない? オレからすれば、お前が設定した試合形式のほうが目立ちまくっていると思うがな」


「理由が必要なのか?」


「物事には必ず理由があるものだろう? 『お願い』するんだったら、それなりに納得させてもらわないとな」


「…静かに暮らしたいからだ。妹の安全を確保する必要がある。それだけだ」


「もっともらしいことを言っているようだが、本心だけは隠せないものだな。お前の中には燃え滾る激情が眠っている。後半は本当かもしれないが、少なくとも前半は嘘だな」



 同じ武人である以上、心の中に眠る炎を隠すことはできない。


 そもそもあれだけギラついていながら、静かに暮らしたいというのはおかしな話だ。


 それが試合のシナリオであり、演技ならばともかく、レイオンから発せられる感情はそんなものではない。


 何か心の中に秘めているものを感じさせる。



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