404話 「偉大因子共鳴」


 サナの動きが明らかに変わった。その姿は、まるで熟練の剣士である。


 それによってニットローは苦戦を強いられる。


 素人目にも戦況の変化がよくわかるので、観客もざわつき始めた。




「す、すげぇ! いきなり動きが良くなったぞ!」


「ニットローが対応できていないじゃねえか!! どうなってんだ!」


「おお…あの動き、まさにサムライの動きじゃ。わしが昔見た剣士に似ておる…」


「今まで実力を隠していたってのか?」


「そんなことはねえだろう。それならあえてダメージを負う必要はないさ。この試合中で成長したんじゃねえのか?」


「この短い間でか!? そんなことができるのかよ! あの子、天才じゃねえか!!!」


「うおおお! 黒姫ちゃーんっ! チャンスだ!! そのままいけーーー!」


「やべえぞ、ニットロー! こんなところで負けるなよ!! お前にいくら賭けたと思ってんだよ!!! 負けたら、かあちゃんにぶん殴られるぅううう! 頼む! 負けるなぁあああ! うちの家庭の平和がかかってんだ! 絶対に勝てよ!!」




 こうして会場は大盛り上がりだ。


 これまた運営側にとっては正反対のシナリオであろうが、結果的に大盛況ならば問題はないだろう。


 だが、誰もが今起こっていることを正しく認識していない。



 この会場にいる【四人以外】は。




 まず最初に気付いたのは、アンシュラオンである。



(サナの動きが劇的に良くなった。もちろん『天才』であり『早熟』だから、試合で急成長することはあるだろう。しかし、これは異常だ。もともとの潜在能力が覚醒しても、これだけ一気に強くなることは難しい。であれば、あの様子から推測するに【グランド・リズリーン〈偉大因子共鳴〉】が起こったのだろうな)



 【グランド・リズリーン〈偉大因子共鳴〉】



 因子が覚醒することによって稀に起きる共鳴現象の一つである。


 因子には不安定なところが多いので、共鳴現象はそれなりの頻度で起こるが、その中でも特に影響が著しいものをこう呼ぶ。


 今、サナが聴いている声は実際に生きている人間のものではなく、因子の中に眠っている【記憶】なのだ。


 だから他人には聴こえないし、理解もできない。彼女だけに起こった特殊な現象である。


 剣の扱い方がいきなり上手くなったので、おそらくは剣士の因子が共鳴しているものと思われる。


 因子の中に格納されている、今まで地上で剣技を磨いてきた達人たちの記憶や経験が、一時的に彼女に付与、還元されているのだ。



 刀の使い方を知らなければ、元サムライだった者から教えてもらえばいい。



 専門知識は専門家から訊くのが一番だが、わざわざ師を探す必要はない。


 武人の因子にはすべての情報が眠っているので、そこから引き出せばいいのだ。


 人間の霊にすべての神性が胚芽の状態で眠っているのと同様に、あらゆる剣技の記憶が因子の中にはある。


 仕組みとしてはオーバーロード〈血の沸騰〉と同じだ。因子の中にある情報を読み込んでいるのだ。


 しかし、血の沸騰が自分の意思で起こすものに対して、こちらの現象は自分で制御することはできない。


 何かしらの条件が満たされた時、意図せず発生するものと認知されている。


 そもそも隠された因子の情報を強引に読み取る方法は、現在のところ血の沸騰以外では確認されていない。


 この現象は狙って引き出せるようなものではないのだ。



(オレも何度か経験はある。正直、気持ち悪い感覚ではあったな。自分の中に誰かが入るなんて気色悪くて仕方がない。だからすぐに【回線を切って】しまったが…放っておくと、こういうことになるんだな。師匠から聞いてはいたが、なかなかすごいものだ)



 アンシュラオンも戦士因子が覚醒した直後などに何度か体験したことがあるが、ムキムキのオッサンの幻影が見えたので即座に切ってしまったものだ。


 正直、トラウマである。二度と体験したくない。


 これもアンシュラオンが一度死んで、霊界での修練を終えたからこそできる芸当である。


 人間の霊が不滅であること、因子に情報が共有されていることを知っていれば、なんら不思議な現象ではない。


 しかしながら、普通の人間にとっては『神秘現象』に匹敵するものだ。



 その証拠に、アンシュラオンが視線を会場の隅に向けると―――




「偉大なる者よ…どうか、ご加護を。少しでも剣の真髄にたどり着けますように」



 ジュンユウがひざまずき、静かに深々と頭を垂れていた。


 もちろんサナに対して頭を下げているのではない。



 その中に顕現した「偉大なる者の因子」に畏敬の念を感じているのだ。



 彼もまた修練中に何度かこの経験をしているので、サナに起こった異変に気付いたのだろう。


 ただ、完全にアンシュラオンと態度が違う。まるで神の奇跡を目の当たりにした信者のような恍惚とした目をしている。


 祈りを捧げるくらいだ。剣に命をかける剣士にとって因子の共鳴は、神に愛されたと同義なのだろう。


 ある意味において、それは正しい表現だ。



 なぜかといえば、サナが見た美少年の幻影は―――【初代剣聖】の残滓。



 『偉大なる者』と呼ばれる女神と同格の存在であり、地球でいえば男神に当たる。


 この世界では女神信仰に見られるように「女性崇拝」が多数派のため、女神よりは知名度は低いが、地上に近い低位の階層で働いているため、より地上の人間に親しみのある存在といえるだろう。


 また、初代剣聖が受肉して地上に降りた際、現ダマスカスで剣技を教えたのがきっかけとなり、サムライソードが一気に普及した経緯もある。


 剣を志す者にとっては、女神よりも崇拝の対象になるであろう偉大なる父だ。ジュンユウが信仰することに違和感はない。




(実際に女神に会った身からすれば、そこまで仰々しいものではないんだが…まあ、昔の偉人を必要以上に敬うことは珍しくはない。会ったことがないからこそ、そう思うのだろうな)



 とアンシュラオンは思うのだが、これはこの男が自分本位な人間だからである。


 普通ならば女神や父たちに出会えば、そのあまりの愛の前にひれ伏してしまうものだ。


 こんなに素晴らしい存在が本当にいるのかと、多くの人間は感動して、むせび泣くだろう。


 それができないのは心が病んでいるからである。




 と、アンシュラオンの心が折れ曲がっているのはいつものことなので、それよりはサナである。



 因子が共鳴したことで、一時的に剣の技術が向上。


 猛攻を仕掛けてニットローを追い込んでいく。



 ガシュンンッ!!



 迫りくるサナの一撃をニットローが盾で防ぐ。



(太刀筋は凄まじい! だが、腕力そのものが強化されたわけではない! 耐えられるはずだ!)



 何度も攻撃を受けたことで、ようやく状況を認識できるようになった。


 少女の動きは良くなったが、けっして身体能力自体が劇的に向上したわけではないのだ。


 血の沸騰は身体能力を十倍に引き上げるので、結果的に身体に致命的な負荷をかける。だから死に至る。


 しかしながらグランド・リズリーンは、知識や経験を一時的に借り受けることはできるが、ただそれだけにすぎない。


 あくまで刀の感覚を自然と掴むことができるだけだ。扱い方が上手くなるだけだ。


 たとえるならば、自由自在にペンを動かせるようになっても、どんな絵が描けるかは当人の力量次第なのと同じだ。


 その人間が描くものは、当人が決めるのだ。


 刀を使って何がしたいのか、どう戦いたいのかは自分で決めねばならない。それこそが意思なのだ。




 そして、サナが選んだ戦い方は―――




 ガシュンンッ!! シュンッ!



 斬ると同時に駆け抜ける。



 ガシュンンッ!! シュンッ!



 そのまま動きを止めずに、流れるままに斬りかかる。



 ガシュンンッ!! シュンッ!

 ガシュンンッ!! シュンッ!

 ガシュンンッ!! シュンッ!

 ガシュンンッ!! シュンッ!



 右に左に、上に下に、サナはけっして足を止めることはなかった。


 防御のことなど考えずに怒涛の攻撃を仕掛ける。



 ガシュンンッ!!

 ガシュンンッ!!

 ガシュンンッ!!

 ガシュンンッ!!

 ガシュンンッ!!

 ガシュンンッ!!

 ガシュンンッ!!

 ガシュンンッ!!

 ガシュンンッ!!



 止まらない。止まらない。止まらない。


 ブレーキが壊れたクルマのようにアクセルを踏み続け、加速し続ける。



(ぐううう!! この勢いは…! 手が出せない!!)



 たかが少女の腕力とはいえ、全力で日本刀で斬りかかるのだ。その圧力は相当なものである。


 ここでロングロードを出しても、きっと弾き返されるだろう。これが片手剣と両手で扱う武具の最大の違いだ。



 武具の攻撃力そのものが違うので、そうやって亀のようにじっとしているだけでは―――



 ザシュンッ ガキィイイイインッ!!




―――ピシッ




 その猛撃に、ついに盾が悲鳴を上げた。大きな亀裂が入る。


 盾が丈夫でも物質である以上、受け続けていれば限界が来て破損するのは仕方がない。


 ついにサナの攻撃がニットローの防御を打ち破ったのだ。



(駄目だ! このままではやられる!!)



 ニットローが後ろに下がった。


 盾が破損してダメージを負うことを本能的に怖れたのだ。



 この瞬間、ニットローは完全に主導権を失った。



 カイトシールドは、大盾のように防御だけに特化したものではない。前に出て受け流してこそ真価を発揮する。


 そうした自分の戦い方を貫くことで常時主導権を握っていた彼が、今ここで完全にサナに明け渡す形になってしまったのだ。


 人間は何か不測の事態が起こると、ただひたすらに身を守ろうとしてしまう。


 防衛本能があるので仕方がないことであるが、そこで思考力が停止してしまうことが一番怖ろしい。



 ぶわっ



 ニットローは無意識のうちに盾で上半身を庇った。一番攻撃されたくないところを守ったのだ。


 だがそれによって、がっしりと床に押し付けられていた盾の下に空間が生まれた。



 サナはその一瞬の隙を見逃さない。



 身を深く沈め、刀を上ずった盾の下に潜らせた。



 ズバアアアアッ! ブシャッ!!



 足を―――切り裂く。



 刀がすね当てを切り裂き、そのまま足を抉った。防具を破壊し、骨を斬り砕く。



「ぐっ!! しまった! なんと迂闊な!!」



 防御を主体としてきたニットローには、自分の行動があまりに軽率に見えたのだろう。


 なぜ、盾を上げてしまったのか。隙を作ってしまったのか。


 しばらく無敗だったからこそ、そうした後悔の念が生じる。完璧を求めてしまったがゆえに動揺も大きい。


 だが、今は試合中だ。戦闘中だ。実戦中だ。


 油断していい場所ではない。



(また続けて攻撃がくる! 盾を構えろ! 相手の動きをよく見るんだ!)



 少女はまた体重移動をしながら、流れるように攻撃を続けるだろう。


 それを予測して盾を引き戻すが―――




 視線の先には―――刀だけがあった。




(…?)



 なぜか刀だけが宙に浮いている。


 こちらに攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、普通に浮いている。持ち主がいないのだから当然だ。


 その状況に再び思考が停止する。



「ど、どこに…」



 かろうじてそれだけを呟いたが、時すでに遅し。



「…しゅっ」



 刀を宙に放り投げて視線を誘導したサナが、彼の死角に潜り込んでいた。


 そこから怪我を負ったニットローの足を―――


 バキャァッ! ボキンッ


 完全にへし折る。


 すでに刀で大きな裂傷を与えていたので、蹴りを入れるだけで簡単に折ることができた。



 そして跳躍して、宙に浮かんだ刀を取り、そのまま―――渾身の斬撃。




(盾は…駄目だ! これでは防げない! 剣は…ああ、駄目だ……間に合わ…ない)



 足が折れた体勢では力が上手く入らない。


 中途半端に盾を構える暇もなく、かといって片手剣ではこの斬撃を防ぐことができない。


 結果を見るまでもなく剣士ならばわかるのだ。



 これは―――防げない




 ズバァアアアッッ!!




 刀がニットローを袈裟がけに斬り裂く。


 鎧を破砕し、刀は中にまで侵入。肉を切り、骨を断ち切る。



「…ふーーー!!!」



 サナは最後まで刀の使い方を間違えなかった。


 叩きつけたあとに懸命に引っ張り、声に教えられたように「引き斬り通した」。



 ブシャアアアアアアッ! ゴボボッ



 刀は綺麗に通り抜け、刃に付いた血が遠心力で円月状に宙に舞い散り、美しい紋様を生み出す。


 ああ、刀とはなんと美しいものだろう。なんと幻想的なものだろう。誰もがそう思ったに違いない。


 だが、斬られたほうはたまったものではないだろう。



 ふらふらっ ガタンッ



 ニットローが力なく床に倒れた。


 その身体からは大量の血が噴き出し、リングを赤に染める。


 まさに渾身の一撃。勝負を決める一撃であった。



「…ふー、ふーーー! はー、はー!」



 ゴトンッ ガラガラ


 サナが脱力したように刀を手放す。


 斬ったことにショックを受けたのではなく、単純に肉体の限界だったのだろう。


 指がふるふると震えている。もはや柄を握ることすらつらいのだ。




「担架! 担架だ!!」



 それを見たレフェリーがリングの上に入ってきた。


 ニットローはぴくりとも動いていない。明らかに危険な状態だ。



「勝利者コールはどうした?」



 そんなレフェリーにアンシュラオンが声をかける。



「それどころじゃない!! 早く運ばねば危ないぞ!!」


「コールが先だ」


「なっ…! 命を助けるほうが先だろう!」


「武人同士の戦いだ。覚悟くらいはできているだろう。それより、さっさとコールをしろ。そのほうがそいつのためだ。そうしないと…本当に死ぬぞ」


「…ふーふー、ふらふら…」



 ふらつきながらも、サナが倒れて意識不明のニットローに近寄っていく。


 武器は持っていないが、まだ拳を握ろうとしている。


 彼女は知っている。勝負は終わっていないと。相手が死ぬまで終わらないと。



「馬鹿な…! まだやるのか! 終わりだ!」


「だからコールをしろと言っているんだ。勝負が決まるまであの子は戦いをやめないぞ。それが本当の武人だからな。これは『試合』だろう? ならば、お前の声で終わらせることができるはずだ」


「………」



 サナの勝利は明白である。誰が見てもニットローに勝ち目は残っていない。


 しかし、そこで油断してしまうと痛い目に遭うのは、目の前のニットロー自身が証明してくれた。


 だからサナは戦いをやめない。コールがないのならば、相手が死ぬまで油断はしない。そう教えられているからだ。



 審判は壮絶なサナの様子に恐れおののきながらも、自分の仕事を果たす。






「勝者、黒姫ぇえええええええええええ!!」






 このコールによってサナの勝利が確定した。




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