403話 「刀の意思 後編」


「…?」



 サナは周囲をきょろきょろと見回す。


 この謎の声がどこから来るのかを捜しているのだ。



(…どうした? なぜ来ない? 返されることがわかるからか?)



 ニットローは、そんなサナの様子を怪訝そうに見つめていた。


 玉砕覚悟で向かってくるように見えたのに、なぜか途中で止めた。


 一度ならばともかく、それが二度続けばおかしいと思うだろう。



 ここで、あの声がニットローには聴こえていないことが判明する。



 あれはサナだけに聴こえている声なのだ。



(…どのみち勝敗は決まっている。ゆっくりと時間をかければいいさ)



 ニットローは、スポーツマン&イケメンらしい考えで、ゆっくりと待つ。


 今までの戦いを見る限り、目の前の少女に打開策はない。どうやっても自分の防御を崩すことはできないとわかるからだ。


 そう思った彼を責めることはできない。これまでの流れを見ていれば誰だって賛同するだろう。



 しかしながら、この段階でニットローは最大のミスを犯していた。



 戦いに温情は必要ない。武人たるもの、勝負を決めるときは一気に終わらせねばならない。


 なぜならば、武人は【成長し続ける存在】だからだ。


 その身体に宿る可能性は無限大。人間の進化は無限大。


 それを体現する者こそ、武人という存在なのだから。






―――「右手はしっかりと持って。左手は軽く添えて」





 少年の声が聴こえる。





―――「腕で振るんじゃない。腰で振れ、腰でな!!」





 オッサンの声が聴こえる。





―――「感じなさい。刃の感触を。あなたが命を託す大切な仲間の心を」





 穏やかな青年の声が聴こえる。






「…きょろきょろ」






―――「外ではありません。中を見るのです。あなたの中に私たちはいます」






 優しい女性の声が聴こえる。






「…じー」



 サナは刀を見る。


 どうやら非常に近い場所から聴こえてくるようだ。そこで思わず手元を見たのだ。


 ならばこの声は武器から出ているのだろうか?


 否。


 声は【内側から反響】しており、けっして外から出ているものではないのだ。


 ただし、筋肉や脳といった臓器から出ているものでもない。




 ドクンッ




「―――っ!!」



 心臓が跳ね上がる音が聴こえる。



 ドクンドクンッ ドクンドクンッ!


 ドクンドクンッ ドクンドクンッ!


 ドクンドクンッ ドクンドクンッ!



 血が脈打つ。ボコボコと血管内で暴れるように自らの意思で蠢く。


 身体が熱い。焼けるようだ。頬が紅潮し、浅黒い肌も赤みを帯びていく。


 40度、50度、60度、70度と、どんどん血液の温度が上昇していき、ついに100度を超える。


 身体の中に熱湯が巡っているような感覚だ。灼熱の中にいるような気分である。


 それはとどまることなく、さらに上がっていく。



 ジュオオオッ



 流れる汗がその場で蒸発するほどの熱量が、サナの中で発生。



「…ふーー! ふーー!!」



 熱い、熱い、身体が熱い。


 熱い暑い厚い


 熱い暑い厚い熱い暑い厚い


 熱い暑い厚い熱い暑い厚い

 熱い暑い厚い熱い暑い厚い


 熱い暑い厚い熱い暑い厚い

 熱い暑い厚い熱い暑い厚い

 熱い暑い厚い熱い暑い厚い


 熱い暑い厚い熱い暑い厚い 熱い暑い厚い熱い暑い厚い 熱い暑い厚い熱い暑い厚い 熱い暑い厚い熱い暑い厚い 熱い暑い厚い熱い暑い厚い 熱い暑い厚い熱い暑い厚い 熱い暑い厚い熱い暑い厚い 熱い暑い厚い熱い暑い厚い 熱い暑い厚い熱い暑い厚い 熱い暑い厚い熱い暑い厚い 熱い暑い厚い熱い暑い厚い 熱い暑い厚い熱い暑い厚い 熱い暑い厚い熱い暑い厚い 熱い暑い厚い熱い暑い厚い 熱い暑い厚い熱い暑い厚い 熱い暑い厚い熱い暑い厚い 熱い暑い厚い熱い暑い厚い




 あついぃいいいいいいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!




 熱くてたまらない!!!


 熱いといったら熱い!! 熱いのだから熱い!!! 熱いものは熱い!!!



 ガコンッ ブンッ ゴンッ



 突如、サナが着ている鎧を脱ぎ始めた。脱ぐときに邪魔なので仮面も投げ捨てる。


 観衆の目などおかまいなしにどんどん脱ぎ捨て、仕舞いにはアンダーだけの姿になった。


 顔は下に布を巻いていたので完全に見えていないが、こんな布切れ一枚では、ほぼ防御力がない状態である。



 ぐいっ ビリビリビリッ



 それすら暑いといわんばかりに引っ張って破き、ほとんど半裸のような状態になってしまった。


 観客もいきなり幼女がストリップを始めたので、呆気に取られて言葉が出ない状態だ。


 もしここで「ヒュー、もっとやれー」とかいうロリコンがいたら、アンシュラオンに殺されていただろうから、そんな犠牲者が出なかったことは実に幸運であろう。


 まあ、ロリコンが一人減るので世界平和には一歩近づくかもしれないが。




「な、なにが…!! 何をしているんだ!?」



 そして、その様子に一番驚いたのがニットローである。


 ただ見ている人間より、実際にリングの上で対戦している人間のほうが驚くものだろう。



「ふ、服を着なさい!! はしたないよ!」



 幼い少女とはいえ女性なので、律儀にも目を背ける。


 なかなか紳士というか、あまり女性慣れしていないのだろう。


 実にキモい男だ。「男たるもの、女の裸くらいで動じてなんとするか!」と説教したいくらいだ。


 しかし、そのせいでサナに起こった異変にまだ気付いていない。


 今、目の前では非常に重要なことが起きているのだが、彼はまだそれを知らない。




「…はーー、はーーー!!」



 トトッ トットトトトトッ!!


 そんなニットローのことなどお構いなしに、サナが駆ける。


 日本刀を両手でしっかりと握り、正面から向かってきた。



(くっ、半裸になって撹乱する戦法か? だが、そんなお色気作戦など通じないぞ! 私は子供に興味など…興味などは……!)



 と言いつつも戦いなので、サナを見るしかない。


 赤黒い肌をした美しい少女が向かってくる。



(興味などは…ないが……美しい)



 顔は半分隠れているが、少し見えただけで相当な美少女だとわかる。


 これだけ美しければ、将来は怖ろしいまでの美女になるだろう。だからこそ困惑する。



(防具なしで怪我なく終わらせることができるか? いや、できる! しなければならない! 私ならばできるはずだ! まずは攻撃を盾で捌き、無防備になったところを剣の腹で叩いて気絶させればいい!)



 結局のところ、やることは同じだ。


 いつもの通りに盾でいなし、剣で倒す。突きを打撃に変えればいいだけだ。


 混乱する頭を整理して自分のやることを明確にする。それもまた武人の資質である。




 サナが間合いに入り、刀を振るう。



 ブーーーンッ



「そんな攻撃など、通じは―――」



 ニットローは余裕をもって待ち構える。


 サナの太刀筋はすでに見ている。


 難なく捌けると思って前がかりになった時―――





―――ギュンッ!!





 刀が―――伸びる。



 まるで加速したように伸びてきた刀身が、前と同じ感覚で盾を構えていたニットローを襲う。



 ズガンンッ!!!



「ぐっ!!」



 ニットローは、かろうじて盾で防ぐ。


 だが、最初のように受け流すことはできなかった。


 衝撃で思わず数歩よろけ、後ろに下がる。



(なんだ今の斬撃は…!! お、重い!!)



 明らかに衝突音が違った。


 受け流すことができなかった最大の要因は、攻撃が重かったからだ。


 今までのものは子供が手で振り回しただけの軽い一撃だったが、今回のものは日本刀の重さが十分に乗った鋭い一撃だった。


 しかもただ当てるのではなく、引き斬る力が加わったことで、より斬撃の威力も上がっていたのだ。



(何が起こった? コツでも掴んだのか!? この短期間で!!? と、ともかく防御だ! これを受けてはまずい!)



 この斬撃のレベルならば、直撃を受ければニットローでも無事では済まない。


 状況を確認するために、さらに防御の姿勢を強めて警戒する。




 で、肝心のサナである。



 一度下がった彼女は、不思議そうに刀を見つめていた。


 特別なことはしていない。最初と同じように思うままに刀を振っただけだ。


 ただ、【感覚】がまるで違う。


 刀が自分の身体の一部になったように動く。より正確に言えば、どうすれば刀が効率よく扱えるのかが、なんとなくわかる。


 これらの異変が起こったのは、すべて声が聴こえてからだ。


 その声は依然として身体の中から反響して伝わってくる。


 


―――「まだ無駄な力が入りすぎておるぞい。刀の重心を上手く利用するのじゃ」



―――「刀の声を聴きなさい。剣士にとって武器はただの道具ではありません。腕の延長であり、自分自身であり、魂そのものなのです」



―――「わかるだろう? 身体の内側から出る力が。そう、俺たちは君の中にいる。君の【血の中】にいるんだ」



 ドクンッ ドクンッ

 ドクンッ ドクンッ

 ドクンッ ドクンッ



 身体の中、血の中―――【因子】の中。


 サナの身体の中から声が響いていた。あらゆる人種、あらゆる容姿、あらゆる声、老若男女問わず、数多くの者たちの意思が感じられる。



「…こくり」



 サナは、頷く。


 良識があればあるほど、この謎の現象に困惑して深みにはまってしまうものだが、子供かつ聡明な彼女はすべてをそのまま受け入れる。


 かつての偉大なる剣士たちの声に耳を傾ける。


 初めて会う存在だが、どこか懐かしい。ずっと昔から知っているような気分だ。





―――「さあ、走りなさい。駆けなさい。あなたの中にある私たちの知識と経験を使いなさい」





 トトトッ ザッザッザッザッ!!



 サナの走り方が少しずつ変化していく。


 ただ無造作に走るのではなく、より刀を振りやすいように構えながら走る。


 頭で考えるのではない。身体で感じるのだ。このほうがいいと。こうしたほうがいいのだと。


 そして、がっしりと盾を構えているニットローに斬撃を繰り出す。


 ズバンンッ!!


 大気を切り裂く音が聴こえるほどの鋭い斬撃が繰り出される。



「くっ! また!!」



 ニットローは盾でガードするが、受け流すことはできない。防御するだけで精一杯だ。


 逆に言えば、この鋭い斬撃を防御できるだけでたいしたものだ。それだけで見事といえる。



 ズバンンッ!! ガキン!


 ズバンンッ!! ガキン!


 ズバンンッ!! ガキン!



(駄目だ! 受け流すことは無理だ! 今までの彼女ではない! この数十秒で何かが彼女に起こったのだ!! いいだろう、それは認めよう! 世の中には理解できないこともある! それを受け入れてこその人生だ! だが、私とて伊達にここまで勝ち上がってきたのではないよ!)



 今までは受け流して反撃する形にこだわっていた。だからこそ不意の成長に対応できないでいる。


 しかし、それだけが彼の武器ではない。


 ニットローは盾を腕で固定しつつ、ロングソードを両手で握る。


 迎撃仕様から『攻撃仕様』に変更したのだ。


 剣と盾の組み合わせは、従来はバランス型であり、攻防の重きを自由に調整できるのが強みだ。


 自分が迎撃が好きだから多用しているが、それだけで勝ち上がれるほど甘い世界ではない。



(受けていてはやられる! 半分はダメージ覚悟で防ぎながら、こちらも全力で攻撃する!!)



 ズバンンッ!! ガキン!



 ニットローが盾でサナの斬撃を受ける。


 それと同時に前に踏み出し、半ば盾を放り投げる形で攻撃に移る。



「これならば、どう―――」



 攻撃のために相手の姿をしっかりと確認しようと視線を向ける。


 そこにいるはずの少女を見ようとする。



 だが―――いない。



 攻撃の態勢に入ったときには、サナの姿は消えていた。



「っ!!!」



 次の瞬間、足元に気配を感じて咄嗟にロングソードを引く。


 そこに下段からの斬撃が襲う。


 ガキィイイインッ!!



「ぐううううう!!!」



 鋭い一撃に腕が痺れる。


 どうやら自分が踏み込んだ時には、すでに彼女は死角に移動していたようだ。


 防御から攻撃に移る際に発生する一瞬の隙にかち合ってしまったことも重なり、防ぐだけで精一杯であった。



(しまった! たまたま挙動が合ってしまったか! だが、もう一度―――)



 ズバンンッ!! ガキン!



 再び斬撃を防御して、また攻撃に移ろうとするが―――



 ガキィイイインッ!!


 ガキィイイインッ!!


 ガキィイイインッ!!



 少女は攻撃の直後、その場にとどまることはなかった。


 斬った瞬間に、いや、斬ると同時に移動を開始している。斬りながら移動している。



 サナが上段で斬りかかる。


 ガキィイイインッ!!


 かろうじて防ぐ。だが、直後には右に走っており、横薙ぎの一閃。


 ガキィイイインッ!!


 慌てて盾を引いてガード。


 なんとか立て直して反撃したいと思うが、気付くとサナが足元にいた。


 そこからの斬り上げが迫る。


 ガシュッ!!


 剣でのガードが間に合わず、剣先が兜の鼻先を掠めた。


 ブシャッ ボタボタッ


 兜の中から血が流れる。兜の防御力を剣気が上回って切り裂いたのだ。



 ザザッ ガキィイイインッ!!



 移動しながら斬る。



 ザザッ ガキィイイインッ!!


 ザザッ バシュウッ


 ザザッ ガシュンッ!!



 サナの動きがさらに滑らかになるにつれて、防御が追いつかなくなってきた。鎧の所々に傷が入っていく。


 彼女からすれば重いはずの日本刀を持ちながら移動し、鋭い斬撃を放ってくる。


 それが途切れなく続くので思考が間に合わないのだ。


 これにはいつも冷静なニットローも、思わずパニックに陥る。



(な、なんだ! 何が起こっている!! 剣筋が…変わっている!? これはまるで…熟練者の動きだ!! 刀を熟知している者の戦いだ!! 馬鹿な! この試合中でサムライソードの使い方を覚えたというのか!! 剣の修行はそんな簡単ではない!! ありえない! 私が剣と盾のコンビネーションを覚えるまで七年はかかったのに!!)



 ニットローとて、すぐに盾の使い方を身につけたわけではない。


 マタゾーが毎日欠かさず鍛練を行ったように、長い時間を費やして身体に覚えさせたものだ。


 努力だ! 汗と涙の結晶だ!! たった数十秒で覚えたものではない!!


 だからありえない! 少女の急成長がまったく理解できない!!






―――「そうです。それが【刀の意思】ですよ。あなたにはもうわかってきたようですね。【彼】がどうやれば力を発揮できるのかを理解し始めている」





 サナの脳裏に、ひときわ強く大きな声が響く。


 けっして大声で叫んでいるわけではないのに、はっきりと聴こえるのだ。


 そのわりにとても優しく穏やかで、深みがあって慈悲深い。



「…じー」



 サナがじっと宙を見つめると、うっすらと姿が浮かび上がる。



 白と赤の着物を来た女性―――否、黒髪の美少年の姿が見えた。



 ただ、身体から発せられる輝きが強すぎて完全に見ることはできない。




―――「あなたがた【子供たち】の中には、いつも私たちがいます。その中に宿った因子は、母から与えられた無限の可能性です。そして、剣の因子は私の血肉を与えて生まれたもの。さあ、剣の愛に浸りなさい。剣を愛し、人を愛するのです」




 ドクンドクンッ ドクンッ!


 ドクンドクンッ ドクンッ!


 ドクンドクンッ ドクンッ!



 サナの剣の因子が燃え上がる。


 【偉大なる者たち】から与えられた可能性が輝きだす。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます