402話 「刀の意思 中編」


 ニットローの一撃がサナの左胸に命中。


 当然ながらニットローも剣気を放出しているので、ただのロングソードであっても強力な一撃となる。


 普通の鎧くらいならば簡単に貫くだけの力があるだろう。


 サナも戦気で鎧を強化しているが、素の防御力が高いわけではないので危険な一撃だ。



 ガリリリッ ズバッ



 ただ、浅めの一撃だったおかげで剣が少し流れ、肩当を抉るにとどまった。



 サナは飛び跳ねるように後方に逃げる。


 ニットローは追わない。再び盾を構えて待つ。



「…さわさわ」



 追撃がないことを確認したサナは、突かれた肩を確認。


 肩当の表面は大きく損傷しているものの、中にまでダメージは到達していない。


 左手で盾を操りながらの一撃だったので、深く踏み込んでいないことが要因だろう。



「…ぐっ」



 サナは再び日本刀を構えて、ニットローに突っ込む。


 今度は走りながらいくつかフェイントを入れ、突然飛び上がってからの上段斬りを叩き込む。


 身体全体を弓なりにして力を溜め、一気に爆発させる。



 ブーーーンッ!!



 サナの渾身の一撃がニットローに迫る。



「多くの者が私にそれをやってきた。君よりも身体の大きな大人の男性がね!!」



 ガンッ!!


 ニットローは上段からの攻撃を難なく受け止める。


 それだけにとどまらず―――


 ザリリリリッ


 金属同士がこすれる独特の音を響かせて、剣が盾の傾斜を滑って受け流される。


 サナの体勢が完全に崩れた。



 そこに―――突き。



 ザクッ!!


 狙い澄ました一撃が、さきほどと同じ肩に命中。


 一度攻撃を防いで抉られた肩当ではダメージを吸収しきれず―――



 ブシュッ



 肩が引き裂かれて出血。アンダーシャツが赤に染まる。


 サナは転がるようにして間合いを取るが、ニットローは追わない。


 また盾を構えてじっくりと待つ。




 こうしてサナの攻撃はすべて防がれる。


 その後も何度攻撃を仕掛けても迎撃され、少しずつ手傷を負っていくことになった。


 アンシュラオンはその戦いを見ながら、改めてニットローの強みとサナの弱点を痛感する。



(ニットローは様子見ということもあるのだろうが、迎撃を主体とする防御型のようだな。予想通り、やりにくい相手だ)



 第一警備商隊に、サナが奪った蛇双を使っていたモズという男がいたが、彼も迎撃を主体とする剣士であった。


 モズは二刀流の変則タイプだったが、ニットローは盾で防いで剣で迎撃するので正統派と呼んでいいだろう。



(武人の中で誰が一番強いか、という問いは無意味だ。人それぞれ相性があって、得手不得手があるから決められない。だが、その中で唯一あらゆるものに対応できる存在がいるとすれば、それこそが『オーソドックス』だろう)



 あらゆる『道』には、昔からある伝統的なスタイルというものが存在する。


 新しいものが古いものを駆逐淘汰するのが自然のルールだが、その中で何千年も残っているものがあるとすれば、それが「最適解」であることを証明している。



 剣士の中での最適解が、剣と盾。



 今ニットローがやっているものと同じく、ダメージを負わないことを最優先にしつつ、ちまちまと攻撃もしていくスタイルだ。


 盾の操作を最優先にしているので反撃も小さなものだが、その積み重ねで相手を追い詰めていくのだ。


 派手さはまったくない。地味で作業的だ。時間もかかる。


 しかしながら負けにくい戦い方だ。そこには共感を覚える。



(師匠も言っていたが、武人の戦いは徐々に『防御主体型』に移ってきているという。昔は派手に攻撃することが武の花形でもあったわけだが、それで死んでは意味がない。武人の世界にも合理化の波がやってきたというわけだ)



 かつての武人の逸話の中には、攻撃主体の景気の良い話も多く見受けられる。


 一撃で山を砕く、大地を割る、空を裂く等々、たしかにやろうと思えばできることもいくつかある。


 だが、今の武人はあえてそれをやらない。エネルギーが100あるとすれば、その60以上を防御に割り当てるからだ。


 日本バブルが崩壊して人々の生活が改まってきたように、『かぶいて』ばかりはいられなくなってきたのだ。


 贅沢をせずに堅実に暮らし、日々少しずつ貯蓄して将来に備える。


 まったく面白みのないつまらない生き方ではあるが、そうしなければ生き残れないようになった。



 ただし、今の武人が過去の武人と比べて弱くなっていることは、見過ごすことのできない事実である。


 昔の武人は血が濃くて強かったので、あらゆる面で強靭だったのだ。


 今の武人の肉体が弱くなった結果、盾に頼るしかなくなったことも間違いない。


 それでも盾が有用な武具であることには違いない。これを正面から切り崩すのはかなり難しいだろう。



 さらにサナには致命的な弱点がある。



(サナが両手で操る日本刀を選んだ段階で、防御型でないことは明白だ。だったら攻撃力でなんとかしないといけないが…すべてにおいて劣っている。このままだと打開は不可能だ)



 力任せに攻撃する一撃など、ニットローは日常的に受けている。


 サナよりも大きな男たちの攻撃を受け流して生きてきたのだ。普通の攻撃では、まず致命傷を与えることは不可能だ。


 ならば、それを上回る一撃を繰り出すか、あるいは虚をつく攻撃をしなくてはならない。



 しかし―――体格は子供だ


 しかし―――性別は女性だ


 しかし―――刀の扱い方は素人だ



 なんてことだ!! 悪い点ばかりしか見つからない!!


 サナが攻撃重視の武器を選んだのはよいのだが、それを活用できるものが何一つないのだ。


 当然、そんなことは最初からわかっていることだ。



(お兄ちゃんは最初から全部知っているんだ。お前がここで苦戦することくらいわかっていたことだ。初めて水に触れる子供をいきなり競技用のプールに投げ入れるようなものだからな。溺れるのは仕方ない。しかしそんな状態でも、そいつを倒せるくらいに強くならないといけない。お前が手に入れるのは、そんな常識すら打ち破る力だからな。苦しいだろうが、なんとか打開するんだ)



 存在そのものがイレギュラーなアンシュラオンの妹なのだ。


 いくら正統派とて、この程度の相手を倒せないようでは上にはいけない。


 サナにとって、ここが試練の時である。





「…じー」



 サナがニットローを観察する。


 ようやくにして落ち着きが戻ってきたようだ。相手を見る余裕ができた。


 しかし、動かない。



 否、動けない。



 がっしりと身を固めて待ち構えているニットローに、隙がまったくないからだ。


 このまま突っ込んでいっても、また迎撃されてダメージを負うだけだとわかるのだ。



「………」


「来ないのかい?」


「………」


「理に適った状況判断だ。勝てない戦いはするものじゃない。でも、ここはリングの上なんだ。どちらかが勝つまで終わらない」



 ニットローがロングソードを構える。



「今度はこっちからいくよ」



 ブンッ!!


 剣を振ると、そこから剣圧が生まれた。


 剣衝がサナに迫る。



「…しゅっ」



 サナは落ち着いて剣衝の太刀筋を見極め―――


 ズババッ!!


 刀で迎撃。切り裂く。


 サナが子供といっても日本刀の一撃は、片手で扱うロングソードを上回るようだ。剣衝程度ならば問題なく切り裂ける。


 しかし、サナが迎撃している間にニットローは走っていた。サナに向かって駆けてくる。



「…っ!」



 サナは咄嗟に自らも剣衝を放つと同時に、間合いを広げるために逃げる。


 だが、ニットローは盾で簡単に剣衝をいなすと、逃げたサナを追尾するように追いかける。


 前を向きながら後ろや横に逃げるサナに対して、相手は前に駆けるだけだ。どうしても速度に差が生まれてしまう。



 ニットローがサナに追いつき―――




「ちょっと痛いだろうが、我慢してくれ」




 ドバーーーンッ!




 シールドバッシュをお見舞いする。


 剣士なので腕力はそこまで強くはないが、剣気で覆われた盾自体が非常に強固になっているため、衝撃でサナが吹っ飛ぶ。


 ドガッ ガスッ ごろごろっ


 透明の壁に衝突し、床に転がる。



「……っ…っ…」



 意識が混濁する。視界の上下ががくがくと揺れている。


 それでもまだ刀を放していない。攻撃をもらう寸前に刀でガードしたおかげで、昏倒まで至らなかったのだ。



「…ふーー、ふーー」



 サナは剣を杖代わりにしながら、なんとか立ち上がる。


 しかし、足に完全に力が入らないほどショックを受けている。


 鎧を着ていてもこのダメージである。剣士の攻撃力がいかに高いかがうかがい知れる一撃だ。


 無手の試合では高い耐久力に苦労したが、こちらでは相手の攻撃力に気をつけねばならないのだ。




「立ち上がらないほうがよかった。そのまま寝ていたほうがいい。女の子に後遺症を残したくないからね」


「…ふー、ふー」


「審判、これ以上は危険だと思う。チェックを要請する」



 ニットローがレフェリーにチェックを促す。


 地下闘技場ではレフェリーが続行不可能と判断すれば、その場で勝敗が決まる。


 これは武器の試合では特に顕著となる。体力が低いわりに攻撃力が異様に高い剣士同士の戦いでは、一撃で死亡ということもありえるからだ。



「黒姫選手、まだやれるか?」



 要請を受けたレフェリーが、一度試合を止めてサナに近寄る。


 この間は結界も消えるようで普通に中に入ってきた。実に高度な術式である。



「…こくり」


「目を見せて」


「…ふー、ふー」


「ふーむ…まだ焦点が合っていないが…試合を続行するかね?」


「…こくり」


「…そうか。選手の意思は尊重するが、もし次に有効打が一発でも入れば、そこで試合を止める。わかったね」


「………」



 サナはその言葉には頷かなかったが、レフェリーがそう判断するのならば仕方がない。




(甘い男だ。そのまま試合を決めることもできただろうにな。しかし、実力は思った以上かもしれないな。サナが試合の中で倒すのは難儀するな)



 アンシュラオンも甘いと思いつつ、サナの身の安全が最優先なので、特に口を挟むことはなかった。


 なぜならば、サナはまだ諦めていないから。


 彼女の瞳は、まっすぐに相手だけに向けられている。あの状態でも勝つつもりでいるのだ。



(そうだ。オレは負けていいなんて教えたことは一度もない。相手が甘かろうが辛かろうが勝つんだ。戦いの中で血を燃やせ。武人とは、戦えば戦うほど強くなる生き物なんだからな)





「…ふー、ふー」


「まだ諦めないのは見事だよ。好きに打ってくるといい。その時に決めてあげよう」


「…ぐっ」



 サナは刀を構える。


 たどたどしく、弱々しく、まったく手慣れていない様子が見てとれる。



(幼い子供がここまでやれるだけでもたいしたものだ。彼女には将来がある。次の一撃を受け流し、強撃を入れて気絶させて終わらそう)



 ニットローは盾を構える。


 攻めることもできるが、こうして迎撃する形が一番得意だからだ。


 せめて最後は自分も全力を出して終わらせてあげたいという、スポーツマンらしい考え方である。


 それもまた優位だからこそ許されることだ。このリングの上では、彼にその選択の権利がある。



「…ふー、ふー」



 サナが走り出した。


 彼女にできることは、無我夢中に刀を振るうことだけだ。


 誰にも剣を習っていないので、すべてが自己流の彼女には仕方がないことだろう。




 ふと、ここで一つの疑問が浮かぶ。




 アンシュラオンはたしかに剣の素人だが、もっとサナにいろいろと教えることもできたはずだ。


 当人がそう言っていても、剣士因子10のパミエルキとも戦っていた男である。


 剣の達人であるガンプドルフの攻撃も事前に予測できるほど、剣士相手に十分に戦うことができる。


 その彼ならば、もっとサナに的確なアドバイスくらいできただろう。


 では、なぜサナに無理に剣を教えなかったのだろうか。



 変な癖をつけたくないから?


 彼女の自主性を養いたいから?


 剣技をあまり知らないから?



 どれも正しく、どれも不正解だ。




 トトトトトッ



 サナがふらつきながら日本刀を引きずり、大振りしようとした瞬間である。






―――「違う!! そうじゃないっ!!!!!」






「―――っ!!?!」



 ピタッ


 突然の声に驚き、サナが刀を止める。


 そして背後に飛び退き、周囲の様子をうかがう。



「…??」



 サナが一瞬だけアンシュラオンに視線を向ける。


 だが、彼は何も言っていない。そもそも声が違う。


 では、誰なのだろうか。ニットローの声でもないし、レフェリーの声でもない。


 ましてや観客の声が、こんな間近で聴こえるわけもない。



「………」



 不審に思いながらも、サナは再び剣を持って突っ込む。



 そしてまた振ろうとするが―――






―――「止まりなさい。そのままいけば反撃を受けますよ」






「―――っ?!?」



 今度も声が聴こえた。


 しかし、声が違う。最初のものは男性だったが、今回は女性の声だ。


 周囲を見回すが、地下では女性そのものの数が少ない。観客の中にもごくごく少数しかいないし、ここまで声が届くとも考えられない。



「…?」



 サナは頭に「?」を浮かべながら、ただ剣を持って棒立ちになっている。


 この声は、いったいどこからやってくるのか。


 それがわからずに困惑しているのだ。




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