400話 「サナが選ぶ武器」


 二人は無手の試合が終わると武器の試合会場に移動する。


 移動と着替えの時間を除けば、残された時間は三十分程度しかない。


 アンシュラオンはサナの身体を触りながら損傷箇所を調べる。



(身体中に打撲はあるが…骨折はない。しっかりと防御できていた証拠だ。ただ、やはり防御力には難があるな。防御していても相手のパワーに押されてダメージを受けてしまうんだ。…それも仕方ないか。体格的に劣っているうえに、もともとが生粋の戦士ではないからな)



 サナはデータ上では『剣士』である。


 剣士は肉体能力に劣る傾向にあり、よほどの実力差がなければ普通は戦士と生身で戦ったりはしない。


 それを考えれば、サナがロックアルフに勝ったことは驚異的なのだ。


 観客の多くは武人の知識もあまりないだろう。彼女がいかにすごいことをしたかに気付いていない。



(まずは回復だな。準備時間は短いが、オレには命気がある。問題はない)



 サナの怪我を命気で癒す。


 本当は自分で練気を行って癒す方法も学んでほしいが、今は戦闘経験を優先することにする。


 こうして身体は万全になった。それよりは精神面が心配だ。



「サナ、落ち着いたか?」


「…こくり、ふー、ふー」


「深呼吸をしてごらん。すーーーーはーー、すーーーーはーー」


「…こくり。すーーーーはーー、すーーーーはーー」



 少し酸素を多めに取り入れさせて心を落ち着かせる。


 だが、まだサナの興奮状態は続いているようだ。顔が赤いし、心臓も激しく鼓動している。


 そして、それが微妙な疲労感を与えている。誰でも覚えがある【精神的な疲れ】というやつだ。



(ついにサナにも精神的な症状が出たんだ! 嬉しいなぁ!! あれがお前の感情なんだな。お兄ちゃんは嬉しくて涙が出そうだよ)



 ずっとサナに感情を与えようとしてきた。すべてはそのために用意した劇である。


 あの激情こそ、サナが最初に覚えた感情であることは明白だ。こんなに嬉しいことはない。


 興奮しているサナのなんと美しく可愛いことか。より人間らしくなって、さらなる魅力に溢れている。



(感情があるから人間なんだ。喜怒哀楽は人間にとって邪魔なときもあるが、だからこそ美しい。サナは着実に成長しているんだ。苦労した甲斐があったな…。だが、こうなるとマイナス面も気にしなくてはいけないようになる。サナは意思の力が乏しい反面、一度感情が表に出ると制御できなくなる傾向にあるようだ。普通の人間だって感情の波に呑まれるんだ。慣れるまではこういう状態が続くんだろうな)



 自分の感情が制御できないのはサナに限ったことではない。多くの者がそうだ。


 それを乗り越えるからこそ美しい存在になれるのだ。マイナスがあるからプラスがあるのだ。


 ただ、武人は精神を制御することで力を生み出す存在でもある。一般人とは違って、精神が直接的な力となってしまう。


 激情は爆発力にはなるが、それだけ力のロスも大きくなって戦気の消耗も激しくなる。


 特にサナは持続力に難がある。さきほどの戦いの疲れを引きずるのも仕方がない。


 そもそも連戦させる意味が、ここにあるわけだ。



(試合形式だからこうして休めるが、これが本当の実戦だったら、そんな余裕さえ与えてもらえないようになる。魔獣や敵がこちらが回復するのを待っているわけがないからな。これも鍛練だ。甘やかしていたら強くはなれないからな。心を鬼にするんだ)



 これもまた持続力を高める鍛練である。


 自分が今まで戦ってきて一番痛感したことが、『継戦能力』の重要さである。


 どんなに強くてもすぐにガス欠になれば、次の瞬間には死ぬ運命にある。戦場では続々と違う敵がやってくるからだ。


 瞬間火力も大事だが、より長く戦い、できるだけ損害を少なくするほうが生存率が高くなる。


 アンシュラオンがサナに教えたいのは、相手を打ち倒す力以上に【生き残る力】なのである。


 可愛いサナに何かあったら困る。だから強くしてあげたいと心から願っている。




(よし、気持ちを切り替えよう。次はサナの本領が発揮できる武器の試合だ。こちらが一番重要だ)



「サナ、次の試合は武器が使えるぞ。どれを使う?」



 控え室には何種類もの武具が置いてあった。


 長剣、短剣、斧、槍、ハンマー等々、大小さまざまなものがある。


 武器の優劣で勝敗が決しないように、試合では定められた武器を使わねばならないルールとなっているため、この中から選ばねばならない。



「…じー」



 サナは武器類をじっと見つめている。


 ここで自分は余計な口を出さないように気をつける。



(サナ自身が選ぶことに意味がある。オレが選ぶと可能性を摘み取ることになるかもしれないしな。本当は盾を選んでほしいが…行動が制限されるから難しいところだな)



 自分としてはサリータと被るが、盾を装備して生存率を上げてほしいとも考えている。


 やはり防御は重要だ。ダメージを受けなければ死にはしないのだ。


 かといってそれで重量が増すと、サリータのように鈍足になってしまうから悩みものだ。


 サナは咄嗟の行動で状況を打開できるので、長所が消されることになるかもしれない。迂闊に勧めないほうがよいだろう。


 剣士なので、自分の武器は自分で選ぶほうがいい。こういうときは当人の直感で選ばせるほうがいいものだ。


 過保護な兄は黙って見ているほうが吉と判断する。



「…じー」



 しばらく武器類を見ていたサナが、突然動き出した。



 スタスタスタ



 視線が一点に定まり、一直線に【それ】に向かって歩いていく。




 長剣がある。


 いわゆる直剣、ロングソードというものだ。


 ガンプドルフとラブヘイアも使っていたが、攻撃力も高く堅実なので、剣士にもっとも好まれる武器の一つである。


 が、それは通り過ぎる。


 この武器を扱うには成人男性程度の身長と体格、そして腕力が求められる。


 今のサナには扱いづらい武器だろう。




 短剣がある。


 いわゆるダガーやナイフに該当するものだ。


 この系統にはレイピアなどの少し細めの刀身の剣もあるので、蛇双などを含めてサナがもっとも扱いやすい武器だろう。


 暗殺者もよく使っているのでファテロナもこの類の剣を愛用しているし、ソブカやファレアスティのような腕力に劣る剣士にもよく好まれる。


 が、それも通り過ぎる。


 扱いやすい反面、攻撃力に乏しいため、防御に優れた相手には不利な傾向にある。


 扱い慣れた蛇双が使えるのならばともかく、この場で慣らすには時間も足りない。




 斧とハンマーがある。


 いわゆる重武器に該当する大型のものだ。


 重武器と呼ばれているだけあって重く、扱うには両手で使う場合が多い。


 メッターボルンのような大きな身体の武人か、サリータのように全身を使って振り回すのならば使えるが、一撃が重い分だけ外すと決定的な隙を晒すだろう。


 小ぶりのものもあるが、サナにはあまりに負担が大きい。


 これも当然、通り過ぎる。




 それからモーニングスターやメイスなどの棍棒類にも見向きもせず、サナはスタスタと部屋の隅っこに歩いていく。


 そこには大きな箱があり、いくつもの武器が乱雑に投げ込まれていた。


 多くの選手は今挙げた武具の中から選ぶので、ここにあるのはそれ以外の人気のないものばかりなのだろう。


 ろくに手入れもされていないようなボロボロの武具も、投げ捨てるように入れられている。



「…ごそごそ」



 ガチャガチャッ


 サナがその箱を漁る。


 すでに半分見えていたので、目的のものはすぐに見つかった。



「…ぐいっ」



 【それ】を取り出す。



「サナ、それがいいのか?」


「…こくり」


「オレが言うのもなんだが、けっこう扱いづらいぞ」


「…こくり、ぎゅっ」


「…そうか。そうなんだな。わかったよ。好きに使うといい」



 サナは、ぎゅっとそれを抱きしめる。


 まるで最初から自分のために存在していたといわんばかりに、大事そうに抱きしめる。




 それは―――




(【日本刀】か。こんなところに埋もれているとはな。運命的なものを感じるよ)




 日本刀。


 いわずもがな、日本人が愛してやまない反りのある片刃の剣である。


 ヤキチもポン刀を使っているので系統的には同じものだといえるだろう。


 ただしこちらの刀は、まさに我々がイメージする日本刀そのものだ。黒い鞘、黒い柄のシンプルな刀である。




 ああ、サナが選んだものは―――日本刀だったのだ。




 それに対して強い既視感を覚える。



(あの時、白昼夢で見た光景と同じだ。サナ、お前はそれを選ぶんだな。見た目が立派なものでも強そうなものでもなく、魂がそれを選ぶんだな)



 サナと契約した際に見た映像を思い出す。


 大人になった彼女も刀を持っていた。そこに運命的なものを感じてならない。


 彼女は自らの意思で日本刀を選んだ。ならば、その意思は絶対的に尊重されるべきものである。




「サナ、見せてくれるか?」


「…こくり」



 サナから日本刀をもらい、刀身を抜く。


 ゴリリッ ジュリリ


 鞘と刀身がこすれて不快な音を立てる。



(刀身が曲がっている。刃先も欠けているな。扱い方を知らない人間が力任せに振ったんだ。これでは刀が泣いているな)



 刀には詳しくはないが、日本刀の扱いが難しいことは知っている。


 ロングソードなどは「ぶっ叩く」こともできるので、かなり乱暴に扱っても攻撃が成立する。


 これは鎧の上からでもダメージを与えられるように、半分は鈍器的な扱いを想定して造られているからだ。


 もちろんガンプドルフのような達人になれば、鎧を切り裂くことも容易だが、それでも相当な腕力と遠心力を使って叩きつけているはずだ。


 一方の日本刀は反りがあるので「引き斬る」ことが重要な要素となってくる。


 より斬ることに重点を置いた武器だといえるだろう。


 その分だけ扱いが難しく、切腹の介錯で慣れない人間が扱うと、なかなか斬れなくて逆に苦痛を与えてしまうという。



(だが、刀身は死んでいない。芯の部分はまだ生きている)



 誰が打ったかは、当然わからない。どんな意図があって打ったのかもわからない。


 しかしながら、いいかげんに打ったものではない。



(不思議だな。オレも剣士の因子があるせいか…なんとなく【剣の意思】がわかる気がする。こいつはまだ死んでいない。まだ戦いたがっている)



 折れ曲がった刀身でも、その意思は何も変わっていない。


 ただ【彼】を使った人間が悪かっただけだ。適当に振り回して上手く斬れなくて、ゴミのように捨てられてしまっただけだ。


 彼自身に非はない。ただただ刀であり続けるだけの存在だ。すべては扱う人間に問題がある。



「オレは鍛冶師じゃないから自己流だけど、見よう見まねで命を吹き込んでやる。少しだけ戦える力を与えてやる。だからサナを守る力になってくれ」



 ツツゥ―――パキンッ



 アンシュラオンが折れ曲がって「死んだ刃先」をへし折る。


 それから指先で折れた箇所をゴシゴシと研磨していく。それによって新しい剣先が生まれていく。



「まだ傷みがあるな。生物ではないから命気が効くかどうかはわからないが、試してみよう」



 ごぽぽっ


 刀身全体を命気で覆い、再びじゅりじゅりと磨いていく。


 汚れを取るだけではなく、表面の細かい傷を埋めるように命気が内部に染み渡っていく。



 それを続けること数分。



 美しい刀身が蘇った。


 つばや柄はボロボロだが、刀身の部分は見違えるように綺麗になった。



「ほら、持ってごらん」


「…こくり、ぎゅっ」



 ギラリ


 サナが刀を掲げる。


 折ったせいで長さは少し短くなったものの、サナが持つと大型の太刀にさえ見える。


 子供の彼女が使うには向かない武器だと誰もが思うだろう。自分もそう思う。


 だが、他人から見て良いとか悪いとかは関係ないのだ。


 自分が好きかどうか。扱いたいと思うかどうか。これに勝るものはない。


 周りから強制されて他人と同じようにしかならないのならば、生きている意味がない。存在している価値がない。


 他人がやらないようなことをするから、その人生に意味があったといえるのだ。


 だからこそ、サナには刀がよく似合う。



「武器は整った。鎧を着ようか」


「…こくり」



 これまたサナ用に赤い鎧が用意されていたので、それを着る。


 選んだ得物が刀だったこともあり、可動域を阻害する部分は取り除いておいた。


 仮面はそのままのものを使えばいいだろう。ただの兜なので、これくらいは問題ないはずだ。





「黒姫選手、時間です」



 そうこうしていると、すぐに試合の時間になった。


 アンシュラオンはサナに付き添って通路を歩く。



「………」



 サナは何も語らない。


 しかし、刀を持って嬉しそうなことがわかる。


 歩いている姿全身から「好き」という感情が湧き出ているようだ。



(サナが物に感情を示すのは珍しいな。これも一つのきっかけになるかな)



 シャイナやサリータ、ミャンメイのような人間に対しては以前から興味を示していた。


 他方、物に関しては淡白で、命気水以外では駄々をこねたこともない。料理も食べられれば何でもいいようだ。


 だから、この刀はサナが初めて自分から欲した物なのかもしれない。



(サナには刀を作ってあげよう。デアンカ・ギースの素材もあるしな。サナのためならば何でも用意するぞ。全財産を注ぎ込んでも惜しくはない)



 忘れていたわけではない。単に使う機会がなかったにすぎない。


 そして、できれば腕のいい鍛冶師に打ってもらいたいものだ。


 サナだけの刀、サナが生涯愛していけるような愛刀を。



「今回もお兄ちゃんが言うことは何もない。好きにやってごらん」


「…こくり」



 サナがリングに向かう。



 日本刀を持ったサナの試合が始まろうとしていた。




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