398話 「無手試合 『激情の拳』 中編」


 動けないサナにロックアルフが突っ込む。


 その巨体を生かした、ぶちかましタックルだ。



「…ごほっ!」



 サナが強引に息を吹き出し、硬直から復帰。


 すかさず床を強く蹴って飛び退く。



 ドーーンッ



 直後、ロックアルフの巨体が見えない壁に激突した。


 これだけの体格差なので、ただの体当たりでも非常に危険だ。


 回避が間に合って命拾いである。



 だが、これで終わらない。


 さらにロックアルフの追撃は続く。



 ブンブンブンッ ブンブンブンッ


 ブンブンブンッ ブンブンブンッ


 ブンブンブンッ ブンブンブンッ



 豪腕が右に左に吹き荒れる。


 サナはちょこまか動いて必死に回避。


 しかし、そこに地旦打が打ち込まれる。



 バーーーーーンッ!



「…!」



 今度は事前に知っていたおかげで反応が早かったが、周囲に放出される力に押されて再び壁にまで吹き飛ばされる。


 ロックアルフの追撃。


 こちらもさきほどと同じタックルだ。



 ドーーーンッ!



「…っ!」



 ロックアルフの肩がサナを掠めた。


 かろうじて回避はできたが、明らかに反応が遅れていた。


 まだ呼吸が完全に回復していないので練気が万全ではないのだ。


 今回は相手が大きく、その足元になんとか滑り込む形で回避したにすぎない。


 サナの小柄な体型が生きた場面だろう。



 ブンッ!!



 が、完全に距離を取れていないため間合いが近い。


 まだロックアルフの腕が届く距離だった。



 バンッ!!



 ロックアルフの張り手がサナにヒット。


 まるでバネでも仕込まれているかと思うほど、サナが弾け飛んだ。


 そのまま十メートルほど吹っ飛んでいき、床に当たってゴロゴロと転がる。




「あああ! 当たっちまったぞ!!」


「だ、大丈夫なのか!? あんな大男にはたかれてよ!!」


「てめぇ、ロックアルフ! 女の子なんだから手加減しろよ!!」




 あまりにサナが吹っ飛んだことで観客も心配になる。


 人がこれほど吹っ飛ぶ光景など、地下闘技場でも滅多に見ないからだ。



「…むく」



 そんな心配をよそに、サナはむくりと立ち上がった。


 そして何事もなかったかのように構える。




「おお、無事だぞ!」


「防御したのか!? すげぇな!!」


「がんばれよ!! あんなやつに負けるなよ!!」



「…こくり」



 サナは声援に応えるかのように軽く頷く。


 観客の大半は彼女に賭けていることもあって優しい応援が続いていた。


 そうした彼らの意思も彼女に何かしらの力を与えているはずだ。


 アンシュラオンが自ら作った流れでもあるが、なかなか良い傾向である。



 しかしながら、状況はまだ何も変わっていない。




 ブンブンブンッ ブンブンブンッ


 ブンブンブンッ ブンブンブンッ


 ブンブンブンッ ブンブンブンッ



 バーーーーーンッ!




 ロックアルフが猛攻を仕掛け、サナが必死に逃げる構図が続いていく。


 このシーンだけ見れば変質者に追われる幼女の姿でしかない。一方的な展開だ。



 これもまたアンシュラオンの予想通りになっている。



(仕方がない結果だな。サナには具体的な技の知識を教えていないから、相手の攻撃を予測することができない。だから受けに回るしかないんだ。知識は力なのだと改めて思い知るな。座学も大切な修練だ)



 覇王技に精通するアンシュラオンならば、モーションや戦気の流れを見て技を推測することができる。


 これは非常に大きなアドバンテージだ。そのおかげで一秒以上は早く動けることを意味するからだ。


 技には特定のモーションがあるので、相手が弱ければそのままカウンターを合わせることもできるだろう。


 相手の攻撃の時間を削り、こちらの手数をさらに増やせるのならば、これほど素晴らしいことはない。


 知識は力だ。単に力任せの攻撃だけが強さのすべてではない。


 だからこそ陽禅公は座学も重視し、さまざまな戦闘知識をアンシュラオンに与えたのだ。



 一方のサナの場合は覇王技の知識がないので、地旦打を予測することは極めて難しかった。


 そこで先手を取られたせいで試合のペースを完全に握られてしまう。



(さっきの一撃は自分から跳んで衝撃を軽減したが、あれだけの体格差とパワー差だ。まだダメージが残っているだろう。表情に出ないサナだから何もないように見えるだけだ。それが回復するまでは逃げるしかないな)



 サナは今までの戦いを見ているので、緊急回避の際は自ら跳ぶことを知っている。


 だからこそ今回は命拾いしたが、もし直撃だったならば相当なダメージを負っていただろう。


 実はかなり危ないシーンでもあったわけだ。相手は見た目通りにパワーもある。幼い彼女には厳しい相手だ。


 だが、苦戦する理由はそれだけではない。



(戦気術が未熟なせいで防御で手一杯なんだ。不意をつかれると、まず反撃にまではいけないな。そのせいで相手の攻撃を見切ることもできていない。明らかな修練不足だろう)



 彼女の持ち味は『観察眼』だ。


 相手の弱点や隙を見い出し、咄嗟の反撃を思いつく意外性である。


 だが、アーブスラット戦でそれができたのは、アンシュラオンのサポートがあったからだ。


 命気足が自動で攻撃を防いでいてくれたので、ゆっくりと考える時間が生まれたわけだ。


 それと比べて、今は自分で防御を行わねばならない。身を守るだけで精一杯で、相手をまともに見る余裕がない。



 こうしてサナは長所を封じられることになってしまったのだ。



 どんなに優れた技能を持っていても生かせなければ意味がない。


 机の上では優れた知能が使えても、走りながらそれができなければ武人としては失格だ。


 これは単純に修練不足であり、【実力差】でもある。



(4.3倍と2.5倍。それが現状での差だ。これだけ正しいオッズも珍しいものだ。オレが実際に見て決めた倍率だからな)



 昨日と違って対戦相手の情報が朝には伝わっていたので、アンシュラオンは事前にロックアルフを調べていた。


 早めに会場の前で張っていたことで、通りがかった彼をちらっと見ることができたのだ。


 そのときに『情報公開』を使ってデータを調べて、今日のオッズを決めていた。




 単純な実力においてロックアルフは、サナの【約1.7倍強い】。




 詳細な情報がわかるアンシュラオンのお墨付きである。


 これほど公正かつ公平で、平等な倍率はないと断言できる。



(サナはまだ子供で成長途上だ。成長曲線が上がり始めたばかりの新人だ。そのうえ本格的に修練を始めて一週間も経っていない。柔道だったら完全に見習いだな。まだ受身を教わっている頃だろう。対するあの男は、すでに成熟している。武人としてはピークな状態だ。この状況も当然の結果だな)



 生まれたばかりの子猫と、すでに大人になったネズミ。


 潜在能力という意味ではサナが勝っていても、たいした抵抗ができない相手ならばネズミにだって勝ち目はある。


 これはそういう勝負なのだ。


 アンシュラオンもそれがわかっていて続けさせている。



 では、サナに勝ち目がないかといえば、そうではない。



 劣勢でも彼女の目つきはまったく変わっていない。


 もともと感情を表に出さない子でもあるが、その中に眠る激しい情動の鼓動が聴こえる。



(オレの知らない間にサナは戦気を出せるようになっていた。意思が無い人間に戦気は扱えない。ならば、あの子の中にはすでに『その感情』が宿っているはずだ。さあ、サナ。オレに見せてくれ。お前の心をお兄ちゃんに触れさせてくれないか。噛み付いていいんだぞ。そいつは餌だ。お前が喰らう存在だ。かじって、抉って、食い散らかせ)





 ブンブンブンッ ブンブンブンッ


 ブンブンブンッ ブンブンブンッ


 ブンブンブンッ ブンブンブンッ



 バーーーーーンッ!



 何度も見た光景が繰り返される。


 地旦打によってサナが体勢を崩され―――



 ブンッ



 ロックアルフの掌が迫る。



「………」



 サナはよけない。よけられないのか。


 だが、それでも相手の掌が止まることはない。




 バンッ!!





―――激突





 ドンッ ゴロゴロゴロッ


 吹き飛ばされたサナが、床を転がっていく。




「あああああ! やべぇええ! 今のはまずいって!!」




 観客の一人が叫ぶ。


 サナは後ろに下がることもなく、跳ぶこともなく攻撃を受けた。


 むしろ自分から当たりにいったようにも見えたので、衝撃の大半が彼女に襲いかかったに違いない。



 ついにサナが直撃を受けてしまった。



 今回はまともに受けたので簡単には立ち上がれない。絶体絶命のピンチだ。




「黒姫ちゃん! 逃げてぇええええ!」




 この観客の言葉も正しい。


 サナのピンチであるということは、ロックアルフからすれば最大のチャンスである。



「………」



 ぴたっ


 しかし、ロックアルフはなぜか立ち止まる。


 今追撃をすれば間違いなくノックアウトできる。上にのしかかるだけでも十分脅威だろう。



 そんな状況にもかかわらず―――彼は動かない。



 一瞬、誰もが「シナリオ」のことを思い浮かべる。


 これも演出なのだろうか? じわじわとなぶるのが今回のテーマなのか。


 『壊し屋』の異名を持つロックアルフならば、なくはない設定だ。


 そう思って、誰もがしばし二人を見つめる。



 が、違う。



 彼が動きを止めたのは、自らの意思ではないのだ。




 【それ】に気付いたのは、最前列にいた観客だった。




「あれ? 何か…変じゃないか?」


「何がだ?」


「ひー、ふー、みー、よー、いつ。人間の指って…五つだよな?」


「当たり前だろうが。いまさら言うことか? 何年人間やってんだよ」


「あ、ああ、そうだよな。でもよ、あれ…ほら、あれ!」


「え?」



 男が『その箇所』を指差す。



 指差したのは、ロックアルフの手。その真ん中の部分。



 指が―――【四本】しかない。



 親指と人差し指、薬指と小指と左右には二本ずつあるが、真ん中にあるべきはずの【中指】が存在しない。



「え? あれ? なんで…!?」



 言われた男も思わず自分の手を見て確認する。


 当たり前だが指は五本ある。


 中には生まれつき本数が違う人もいるが、ロックアルフの指は五本だったはずだ。




 それが四本になっているということは―――




「…むくり」



 その間にサナが回復。立ち上がり、すっと拳を構えた。


 さすがに直撃を受けたので身体が重そうだ。ダメージも引きずっているだろう。



 しかし、彼女の目は死んでいない。



 布と布の隙間から、エメラルドの瞳が静かに輝いているのが見える。


 その美しい目が、ロックアルフの手に向けられていた。




 自分の拳が―――【叩き折った指】を。




 客席からでは角度的に見えなかっただろうが、ロックアルフの中指は根元からへし折れており、手の甲側でぶらんぶらんしていた。


 完全に骨と肉が砕けており、皮一枚でつながっている状態だ。


 体重をかけて引っ張れば、子供だって引き千切れてしまいそうなほどプラプラしている。



 そう、激突の瞬間、サナも拳を放っていたのだ。



 アンシュラオンには、その一部始終が見えていた。


 サナがまったく怖れず踏み込み、相打ちで指を拳で貫いたのだ。


 恐怖という感情がない彼女だからこそできたが、普通だったら躊躇してしまうだろう。



(あんな大きなモーションだ。打ち込む隙はいくらでもある。だが、サナにとっては危険な行動でもあった。あえて危険に飛び込んで活路を見い出す。それもまた武人の戦いだな)



 なぜ戦いの際に人は拳を握るのか。


 その答えは、指を取られると【折られる】からである。


 女性の暴漢対策でも、金的と同時に指を取れと教わることもあるだろう。


 全体の腕力では敵わずとも、指一本ならば全体重をかければ折ることも難しくはない。


 相手がこちらを捕まえようとしていることを逆手に取った形だ。





「…ちぃっ」



 ロックアルフは自分のミスに気付き、折れていない左手を拳に握りかえる。



 ブンッ!



 今度は拳を使ってサナを攻撃。



「…しゅっ」



 サナは逃げることなく迎え撃つ。


 自分の二倍はありそうな拳に対して、小さな拳を繰り出す。



 バキャッ!!




―――激突




 両者の拳と拳が衝突した。


 大人と子供である。普通ならばロックアルフが勝つと思うだろう。そして、サナが吹き飛ばされると。


 が、今回のサナは飛ばされることなく、しっかりとその場に立っていた。




 これが意味することが何かといえば―――




「ぐああああ!!」



 突如ロックアルフが叫びながら、左手を引き戻す。


 その手をよく見ると、形が変だ。


 慌てて手を開くと、人差し指と中指が折れていた。


 右手に引き続き、左手まで指が折れてしまったのだ。


 しかし今回は、拳と拳だ。条件が違う。




「なんだぁ!! どうなったんだ!?」


「どうしてロックアルフが打ち負けるんだよ!!」


「おいおい! 演出にしてもやりすぎだろうが!」




 あまりの奇怪な出来事に客はシナリオだと思ったようだが、違う。



 本当にサナの拳が勝ったのだ。



 当然、その理由をアンシュラオンは知っている。



(前の試合もそうだったが【拳の質】が違う。相手を吹き飛ばすための一撃と、相手を破壊するための一撃には大きな差があるんだ。大きな拳であっても力は一点に集中されていない。そんなものは怖くもなんともないね。ただの的だ)



 サナはコンパクトに拳を打ち出している。


 アンシュラオンが教えた、敵を破壊するための『実戦の拳』である。


 たしかにサナのほうが体格的には圧倒的に不利だが、その質の差がここまで決定的な違いを生み出すのだ。


 フォームが綺麗だからこそ、身体全体が一直線に固定されて強固となる。力がしっかりと集約されている。


 そこに相手が体重をかけて【緩い拳】を打ってきたため、相手自身の力も加わって折れてしまったのだ。


 通常ならば簡単に折れてしまうシャープペンの芯も、真っ直ぐに立った状態ならば指に刺さってしまうだろう。



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