397話 「無手試合 『激情の拳』 前編」


 二人は昨日と同じように控え室で待っていた。


 そのまま時間が経過し、試合時間が迫る。



(打診があると思ったが…こないな。マシュホーから話が伝わったせいかもしれないな)



 マシュホーが言っていたように、二戦目なので何かしら演出の打診があると考えていた。


 が、特に異変もなければ通知もない。


 となれば、マシュホーから「演出には協力しないみたいだ」という話も通っている可能性がある。



(それは問題ない。楽なだけだ。ただ、そうなると【相手側で調整】するんだろうな。試合を盛り上げるために相応しい相手を用意するはずだ。今日の対戦相手はロックアルフという男だ。さて、どんな試合になるか楽しみではあるな)



 こちらに打診がない以上、運営と相手側で勝手に調整を行っているはずだ。


 実際のところ、シナリオ通りに話を進めるのに相手側の承諾は必要ない。


 演出に適した相手を用意することで、嫌でもそうなるように仕向ければいいのだ。


 つまりはそれだけ危険が増えることになる。それも含めてサナの鍛練になるだろう。





 そして、試合開始の時刻になった。



 前日と同じように通路を通って会場に向かう。







「本日も素晴らしい時間がやってまいりました!! みなさん、お待ちかねぇええええ!! 先日華麗な勝利を見せてくれた異国から来た亡国の姫、黒姫選手が、まさかまさかの連日参戦だあぁああああああああああああ!!」







 トコトコトコ



 サナがリングの西側から歩いてくる。



 すると―――





―――オオオオオオオオオオオオ!!





 パチパチパチパチッ!


 グラグラグラグラッ!



 会場が拍手に包まれながら揺れている。


 いい歳をしたおっさんたちがジャンプをして出迎えているのだ。遺跡は揺れなくても、用意された椅子やら机やらが揺れている。


 これがアイドルのコンサートならば相当引くが、ギャンブルなのだから普通の現象だ。


 日曜日の競馬のメインレースでも似たような光景が見られるので、ぜひ見ていただきたい。だいたいの雰囲気がわかるだろう。




「待っていたぜ!!」


「今日も見られるなんて最高だ!!」


「くろひめちゃーーーーんっ!!!」


「今日は絶対に賭けるからな!! 儲けがなくても賭けるぞ!!」


「いやー、若いのにたいしたもんだ。最近は連日で出るやつらも少なくなってよー。随分とやわになったと思っていたんだ。拳闘士たるもの、やっぱりこれくらいやらないとな!!」




 昨日の一戦が刺激的だったのか、客から声援が飛ぶ。


 たびたび競馬にたとえて申し訳ないが、最近の競馬もレース間隔が伸びて、一年に数回のレースにしか出ない馬も多くなっている。


 昔はかなりタイトなスケジュールで出ていた馬もいたそうだが、近年は馬の調整に時間をかけるようになっているらしい。



 それは地下闘技場でも同じである。



 一度試合に出ればしばらく休み、また調子が上がってきてから戦う。


 戦略としてはなんら問題がないように見えても、ファンからすれば味気ないものだ。


 脂が乗っている時期ならば、せっかくならば何度でも見たいと思うものである。


 自分勝手な願望であっても、それがファン心理であろう。



 また、結局のところ試合間隔を空けても怪我をするリスクは変わらず、むしろ多くなることもある。



 特に武人は戦えば戦うほど強くなる生物なので、厳しい環境下こそが彼らにとって一番快適なのだ。


 昔の拳闘士を知っている古いファン層からすれば、今の現状は嘆かわしいのだろう。


 だからこそサナが映える。


 あんな幼い少女が昔ながらの厳しいスケジュールをこなしていれば、応援したくなるのは自然なことだ。



 こうしてサナに固定ファンがついたことで、さらに会場は盛り上がりを見せていた。






「たくさんのご声援ありがとうございます! そして、その黒姫選手を迎え撃つのは、マングラス所属、ロックアルーーーーーフッゥウウウウウウウウ!!!」






 東側からやってきたのは、先日のアカガシよりも大きな体躯をしたゴツイ男だった。


 体格的にはレイオンよりも大きく、腕も丸太のように太い。いかにも腕力が強そうな相手だ。


 もしアンシュラオンが名付けるならば「イワオ」であろうか。そんな感じの印象である。




「ロックアルフが相手か。今度は運営もやる気だな」


「ああ、『壊し屋アルフ』だからな。見ているほうは面白いが…エグイ真似をしやがるぜ。あんな小さな女の子にあいつを当てるなんてよ」


「あいつには何人も壊されている。あの子も壊されないといいがな…」


「何言ってんだ。黒姫ちゃんは今日も勝つだろう!! 応援するんだよ!」


「だが、オッズが低いとな…」




 応援はする。応援はしたい。


 だが、ギャンブルというものは金がかかるものだ。金がかかる以上、現実を見なくてはならない。


 そのあたりでまだ迷いがある。世の中は厳しいものである。



 が、それを打ち破るアナウンスが響く。






「えー、本日の黒姫選手のオッズは、【4.3倍】となっております! ふるってご参加ください!!!」






「なにぃいいいいいい!!」


「嘘じゃないよな!? 本当か!?」


「賭ける! 賭けるぞおおお!!」




 オッズが公表されると、サナが4.3倍、ロックアルフが2.5倍になっていた。


 こうしたオッズは、本来は実際に賭けられた金額から算出されるものであるが、すでに選手特権を使ってアンシュラオンが裏で操作を開始していた。


 その結果がこれである。



(マシュホーにも儲けさせてやらないといけない。これくらいが妥当かな)



 初戦で劇的な勝利を収めた場合、熱心なファンが出来るのは当然としても、同時に懐疑的な人間も出来るものだ。


 そうなると次戦で強い相手と当たったとき「強いかもしれないが…この中ではどうかな?」という疑念が生じる。


 最初の一戦だけ強くて次戦以降はぐだぐだで、すぐに引退する者もいる。まだまだデータが少なくて判断が難しいのだ。


 それに加えて、人気が出てオッズがさらに低くなると旨みも少なくなる。


 それで買い渋りが生まれるとサナへの応援も減ってしまうため、今回は標準域にとどまるように調整しておいたのだ。



(オッズの操作は表向きは禁止されているが、実際はかなり露骨に行われている。ルールも金で曲げることができるし抜け道もある。裏側の世界は、こういうところがいいんだよな)



 規定上は選手も自分に賭けることができる。裏切りを誘発するシステムであると紹介したと思う。


 ただし、セコンドには制限がない。


 アンシュラオンが敵側であるロックアルフに金を出そうが問題はないし、その結果として選手が八百長に加担したとて罰則もない。



 どんなルールにも必ず抜け道があり、利益が生まれるのならば黙認されるものだ。



 それを含めてどちらに賭けるかは自分次第である。シナリオ通りにいくこともあれば裏切りが発生することもある。


 人間の裏側の事情をダイレクトに表現して楽しむ。それが地下の娯楽である。



(これでサナに賭ける人間は多くなっただろう。昨日とは反対の現象だ。普通はこうした変化が起これば緊張するものだが…あの子には関係ないか)



 サナはじっと対戦者を見つめている。


 彼女にとって賭けなどはどうでもよいのだろう。ただ言われた通り、目の前の敵を倒すことしか考えていない。


 しかしながら、対戦相手も昨日とは状況が違う。


 そのあたりでも違った展開になるのは必至である。







「それでは両者、前へ!!」






 賭けの時間が終わり、両者がリングの上に立って睨み合う。


 今回のロックアルフは特に何も言うことはなく、じっとサナを見ている。


 サナもロックアルフを観察している。それなりに緊張感のある雰囲気だ。






「試合開始だぁあああああああああああああああ!!」






 カァアアアアアアーーーーンッ!!




 ゴングが鳴り、試合が始まる。




「ぬおおおおおおお!!」



 ドスドスドスドスッ


 試合開始の合図が鳴ったと同時に、ロックアルフが猛然と突進する。


 その大きな身体を前面に押し出して、サナに掴みかかる。



「…じー」



 サナは相手を凝視していたので、不意をつかれることはなかった。


 シュッ


 右側に走って回避。大きな手が横をすり抜ける。



 ブンッ



 だが、逃げたサナを掴もうと、さらにロックアルフの腕が伸びる。



 パシュッ



 指先が武術服を掠めたが、ギリギリ間合いの外へ退避が間に合った。


 サナは転がりながら間合いを取る。



「おおおおおおお!」



 その立ち上がりを狙って、ロックアルフが追撃。



 ブンブンブンッ ブンブンブンッ


 ブンブンブンッ ブンブンブンッ


 ブンブンブンッ ブンブンブンッ



 次から次へと両腕を振り回してサナを捕まえようとする。



「…じー」



 ひょいひょい しゅっ


 サナはその小柄さを生かして素早く回避を続ける。


 ただし、最初の一撃が掠めた箇所を見ると服が破れていた。指の力もかなり強いことがうかがえる。


 その腕力で締め上げられても危険だし、床に投げつけられるだけでも危ない。


 一度でも捕まったら深刻なダメージを受けそうだ。今は回避に専念するしかないだろう。




 その様子をアンシュラオンは冷静に観察していた。


 すべてが予想通りだったので驚きはない。



(こちらも昨日とは逆の構図になったな。『壊し屋ロックアルフ』か。総合力としてはスキンヘッドの男とそう変わらないが、攻撃型の戦士という最大の違いがある)



 ロックアルフの異名は『壊し屋』である。


 今まで戦った相手のうち、三名を再起不能にまで追い込んでいるクラッシャーという話だ。


 ただ、彼自身が血に飢えた危ないやつというわけではない。


 もともとのスタイルが攻撃型ということもあり、派手で豪快なアクションを求められてきたがゆえに事故も起こりやすいということだろう。


 プロレスだって事故が起こり、死んだり半身不随になることもある。激しい戦いである以上、どうしても怪我が付いて回るものだ。



 そして、この試合でも彼に求められる役割は変わらない。



 見た目上は無傷で圧勝したサナに対して差し向ける【刺客】としては面白いだろう。


 『新進気鋭の幼い少女の危機!』、『異国の姫に襲いかかる壊し屋の脅威!』等々の売り文句が聴こえてきそうだ。


 運営の目論見通り、観客の多くは固唾を呑んで戦況を見守っている。


 いつサナが捕まるかヒヤヒヤして見ているようだ。その姿は子供を心配する保護者である。



(サナが見世物になるのは気に入らないが、攻撃型との戦いは良い経験になる。防御は戦闘の要だ。特にサナは耐久力が低いからな。防御面は高めておきたい。一発でももらったら終わり、という戦いでこそ得られる感覚があるんだ。これは実戦でしか身につかない)



 耐久値の低いサナにとって防御技術の向上は必須である。


 身長はいきなり伸びないが、技術は経験によって伸ばすことができる。


 どんなに強い攻撃もかわしてしまえばダメージはない。よほどの圧倒的な差がない限りは技術でなんとかなるわけだ。


 0.1秒でも早く反応し、一ミリでも上手くいなすことができれば、それだけで十分な効果が生まれる。


 アンシュラオンも攻撃型のパミエルキとの戦いで防御を磨いたものだ。


 防御しなければ即死級の攻撃をしてくるのだ。それはもう必死になってよけるしかない。


 その意味でもロックアルフは素晴らしい対戦相手ということになる。





 ブンッ!



 ロックアルフの掌が迫る。


 サナは回避。後ろに跳躍して無傷。


 だいぶ慣れてきたのだろう。余裕をもってかわせるようになってきた。


 このあたりは高い格闘センスを感じる。さすがは『天才』だ。


 この身のこなしも、そうしたスキルによる能力値の上昇も影響しているのだろう。




 だがその時、ロックアルフがニヤリと笑った気がした。




 掌はそのままサナを素通りし、床に叩きつけられる。




 ドオオオオオーーーーンッ!!




 ブワワッ!!



「…っ!」



 床に叩きつけられた手から戦気が迸り、周囲に展開された。


 覇王技、地旦打じだんだ


 手に集めた戦気を地面や床に叩きつけて、衝撃波を生み出して攻撃する技である。


 戦気掌の応用技なので因子レベル1で扱うことができる。これを足でやれば地踏打じとうだという技になる放出系の技だ。


 地面を使った攻撃なので、アンシュラオンが使った覇王土倒撃と同じタイプの技といえるだろう。


 わざわざ地面を強く手で叩く必要があるため、広い場所ではあまり使うこともないが、こうした狭いリング上では効果を発揮する。



 地面を這うように迫りくる戦気の波がサナを襲う。


 死に体かつ範囲技なので逃げ場がない。防御の戦気を展開してガード。



 ブオオオッ ドンッ!!



 準備をしていたので攻撃そのものを防ぐことはできたが、勢いの強さで吹き飛ばされてしまった。


 リングの端まで飛ばされ、見えない壁に衝突する。


 試合中のリングには結界が生み出されており、かなり強固な透明な壁が周囲に存在している。


 これはプライリーラが会議室で見た透明の壁と同じ術式なので、そう簡単に壊れるものではない。


 どちらかが戦闘不能になるか、レフェリーが叫ばないと解除されない仕組みになっているようだ。



「…っ」



 サナはまだ動けない。


 ぶつかった衝撃で呼吸が止まったのだろう。戦気を維持するだけで精一杯だ。



 ドドドドドッ



 そこにロックアルフが突っ込んでくる。





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