396話 「本物の刺激」


 試合を終えたアンシュラオンとサナが、試合会場から出る。


 今日はレイオンの試合がないので、これ以上いても無意味だろう。


 あのあと少しだけちらっと見たが、サナの試合と比べると他の試合は単調でつまらなかった。


 見る価値もないような凡戦ばかりかつ、前の試合に萎縮してしまって、より茶番が目立つ内容になったのだ。


 もともとつまらなかった試合がさらにつまらなくなった。これならば昼寝していたほうが幾分かましに思えるほどだ。


 それは観客も同じだったようでブーイングの嵐であった。


 あの戦いと比べてしまうと、今までの試合があまりにお粗末に感じられるのだろう。


 それも仕方がないことではあるのだが、金がかかっている以上は見過ごせないポイントである。




「サナ、よくやったな。偉いぞ」


「…こくり」



 改めてサナを褒める。


 重要なことはサナが勝ったということだ。



「やるべきことをやったほうが勝つ。やっても勝てないことはあるが、やらないと勝つ可能性すら生まれない。最初の段階で勝敗は半分決していたな」



 アカガシはけっして弱い相手ではなかった。勝ったことにはいくつかの要因が存在する。


 すでに述べたように、準備の段階からサナは圧倒的優位に立っていた。


 この優位性はアカガシの怠慢によるものでもあったが、それ以上に彼女が【勝つ】という明確な目的をもって臨んだことが大きい。



「殴り方も悪くなかった。一撃で倒す拳ではなく、ダメージを蓄積させるためのものだった。大振りではなくコンパクトに当てて、しっかりと芯に響かせる。練習通りにできていたぞ」


「…こくり」


「手は大丈夫か? 手首は痛まないか?」


「…さわさわ、こくり」



 シャイナがそうだったように殴り慣れていないと拳を痛めることもあるが、サナはしっかりとしたフォームで打っていたので反動はないようだ。



(サナも本当の本気で打ったのは最後の一発のみだ。自分に体力がないことを知っているんだな。やっぱり頭がいいよ。ただ、肉体能力で劣るのは間違いない事実だ)



 サナの背中に触れる。


 まだまだ小さな身体で華奢である。


 武人の中にはアンシュラオンやマタゾーのように小柄な者もいるが、長年の鍛練によって鍛えられているので、このサイズであっても強固で強いのだ。


 それと比べると、サナの場合は根本的な強さが全然足りない。


 いくら戦気で強化できるといっても、元の肉体が弱ければ限界があるものだ。



「今回は好きに打たせてもらったからな。それも大きなアドバンテージになった。まあ、それを含めて最初から臨み方が違うんだけどな。すべての違いはその点にあったな」



 何よりも【質】そのものが違った。


 アカガシたちが『試合』をしていたのに対し、サナは『仕合い』をやっていた。


 心構えも拳の違いも、そこにこそ今回の本質が宿っている。



(ここから地下闘技場は変わることになる。シナリオが決まっていた『ごっこ遊び』から、本当の闘争になるんだ。ごくごく当たり前の世界が戻ってくるだろう。これで緩んだ空気が戻ればいいがな)



 アンシュラオンの目的は、闘技場に本物の戦いを持ち込むことだ。


 リングの上なので限界はあるが、武人と武人がいつもやっているような命をかけた戦いを見せたかった。


 どうせ見るのならば本気の勝負のほうが面白いだろう。そこにこそ「生」というものが存在するのだ。


 もちろん、こんなことは当初の予定にはないことだ。


 地下に来たのはあくまでシャイナの父親を見つけるためだった。それ以上のことは望んでいない。


 しかし、武人として黙っていられなかった面はあるだろうか。


 以前からグラス・ギースの武人の質の悪さを嘆いていた自分にとって、あんな試合は認めるわけにはいかなかった。




 そこで、サナという爆弾を投下したのだ。




 これは当たった。


 自分がやっても実力差がありすぎて劇的な展開にはならなかったはずだ。


 それでは逆にインパクトが足りない。実力が近いサナだからこそよかったのだ。


 また、客の大半が男なので異性である点も重要だった。アイドルは同性よりも異性のほうが惹かれるだろう。



 こうして初戦は大成功。



 サナの鍛練にもなったし、目的を果たすことができた。及第点といえるだろう。



「戦気術の粗さとか改善点は山ほどあるが、今日はこれで十分だ。まずは実戦の勝利を祝おう」


「…こくり、ぐっ、さわさわ」



 さりげなくサナも嬉しそうだ。


 さっきからずっと自分の拳を触っている。痛いのではなく、フィニッシュブローの感触を思い出しているのだろう。



(そうだよな。自分の力だけで勝ったんだもんな。嬉しいよな)



 思えば、これが誰の援助もなく初めて勝った戦いである。


 今までも戦ってはきたが、アンシュラオンの命気による保護はもちろん、サリータや戦罪者などの護衛付きでのものであった。


 今回は命気も忍ばせられなかったので正真正銘、彼女の力だけで勝ったのだ。


 それは彼女も理解しているのだろう。嬉しくないわけがない。



(観客の拍手や歓声ってのもいいよな。サナにとっては初めてのものだしな)



 感情面においても新しい刺激があったはずだ。


 戦罪者たちに褒められることはあっても、結局それは裏の世界でのことだ。


 同じアイドルならば、地下アイドルより普通のアイドルのほうがよいに決まっている。


 地下とはいえ観客たちは一般人寄りなので、その声援も明るさを伴ったものが多い。


 ギャンブル狂であっても人殺しよりはましである。そうした温かい声援も彼女に今までと違う感覚を与えたはずだ。



(他人から認められたり褒められるのは嬉しいものだろう。スレイブが褒めるのでは意味がない。他人が褒めるから意味がある)



 ホロロやサリータが褒めるのは本音であっても、『身内補正』が入るのは当然のことであろう。


 近しい間柄ではどうしてもそうなってしまうものだ。そうなると慢心したり勘違いすることもある。


 だが実際に金を賭ける他人ならば、実力だけが厳しく評価されることになる。


 そこで勝利を勝ち取り、声援を浴びることは彼女にとっても新しい経験だ。


 だからこそアンシュラオンは、あえて目立たせるようなことをやったのである。





「おーい! いたいた!!」



 サナを褒めていると、マシュホーが走ってきた。


 彼も試合を観ていたのだろう。かなり興奮しているようだ。



「やぁ、試合は楽しめた?」


「楽しむってレベルじゃないぞ! 凄いことをやらかしやがって!」


「もしかしてトラブルになってた? おじさんに紹介してもらったからね。迷惑をかけていないといいけど」


「ああ、そっちは問題ない。実際に試合を組んだのは運営側だしな。あっちはかなりテンパっていたが…まあ、あんな試合をやられれば仕方ないだろうな。しかしまあ、とんでもなかったな」


「刺激的だったでしょう?」


「そりゃ刺激的だったさ。あんな試合を観たら俺でも心躍る。若い頃を思い出したよ」


「あれでもまだ生温いけどね。楽しんでくれたようでよかったよ。ところで剣の試合は組まれていなかったんだね」


「無手の試合だけで精一杯かと思ったからな…。というか同じ日に連続で出るつもりだったのか?」


「もちろんだよ。明日からはそうしてほしいな」


「たしかにダメージはなさそうだし、今日の試合内容からすれば実力的には問題ないが…」


「何か問題でもあるの?」


「問題はない。ないが…物事にはいろいろとあるんだ。なんというかな、地下では『協調』ってのが必要なんだ。周りと合わせることも重要になる」


「八百長のこと?」


「端的に言ってしまえばそうだな。明日も組むとなれば、そういう話があるかもしれないぜ」


「それは全部断るつもりでいるよ。というか無視するかな? 無視すると試合を組めなくなったりするの?」


「うーむ、そこまではわからないが、あまり派手にやると目を付けられるかもしれないな」


「すでに十分狙われているから大丈夫さ。おじさんだってもう知っているでしょう? オレってかなりのお尋ね者だからさ。これ以上前科が増えても問題ないんだよね」


「ったく、しょうがねぇな。そこまで肝が据わっているんじゃ頷くしかない。わかった。明日は二試合だな。話だけは通しておくさ」


「ありがとう。それとジュンユウとセクトアンクのほうもよろしくね。代表戦が始まるまでには戦いたいからさ」


「無茶を言いやがるな」


「金なら出すからさ。無理を通してよ」


「わかった、わかった。お嬢ちゃんの試合なら運営側も嫌とは言えないだろうな。外堀から埋めてみるわ」


「さすがだね。期待しているよ」



 仮にジュンユウやセクトアンクが難色を示しても、運営側からどうしてもと言われれば受けるしかなくなる。


 あるいは派閥側からのお願いとして交渉していく方法もあるだろう。


 どこの世界も金があれば、ある程度は思い通りにできるのだ。


 当然ながら最良の方法は、相手に興味を持ってもらうことである。そのためには実力で示すしかないだろう。


 ともかくレイオンを含めた三人とは、ぜひとも対戦させてやりたいと思っていた。



(代表戦は四日後だ。明後日には誰かしらのキングと戦わないと日程的には厳しいよな。サナの場合は命気があるから当日連戦も可能だけど、相手側の都合もあるだろうしな。最悪は代表戦で戦えればいいけど、重要な戦いだから勝ちに来るだろう。上手くサナと当たるかはわからないな…)



 代表戦が四日後なので、それ以外の試合が行われるのは明日からの三日間しかないことになる。


 それに加えて、キングたちが代表戦の前にどれだけ本気で戦うか、という問題も残されている。


 大事な試合なので前日は休む可能性も否定はできない。前哨戦で疲れてしまっては意味がないだろう。


 となれば、明日は日程調整的に無理なので、実質二日間でキングたち三人と戦わねばならないことになるのだ。


 代表戦で戦う選択肢もあるが三人での団体戦となるので、相手側も勝利することを前提にオーダーを組むだろう。


 そうなると確実に戦えるというわけではない。できれば通常の試合で戦いたいものである。



(そこはなるようにしかならないか。今日は鍛練に費やして明日の試合にそなえよう)






 マシュホーと別れたあとはグループに戻り、サナの鍛練に時間を費やすことにした。


 マザーたちと語らい、ミャンメイの料理を食べて英気を養い、子供たちと戯れる。


 こういう時間もサナには貴重だろう。特に子供たちとの触れ合いは違う刺激になるはずだ。



 今日もレイオンは来なかったので、特に何事もなく時間が過ぎていった。



 唯一の変化といえば、トットの寝床が麻袋になったことくらいだろうか。


 ニーニアの誘いも断り、独りで麻袋に入って違う部屋で寝ていた。


 多感な年頃である。独りになりたいときもあるだろう。


 ゲイの気持ちなどわからないので、そのまま放っておいた。



 報告は以上である。







 翌朝。



 ラングラスエリアに運営から連絡があり、入り口まで行ってみると、スタッフから今日のスケジュール表を渡された。


 予定通り、無手の試合と剣の試合が組まれている。



(無手の次が剣の試合。多少の調整時間はあるが、ほぼ連戦だな)



 試合終了後から次の試合まで四十分程度しかない。移動や着替えの時間を含めれば、もっと短いだろう。


 ただ、これに悪意はないはずだ。単純に試合開始時間の問題である。


 地下に来た初日に試合を観戦した際も、無手の試合のあとに剣の試合が行われていた。


 つまりは無手と剣の試合は同時に行われないのだ。これは多くの人間に賭けに参加してもらうための配慮といえる。



 そして、サナが昨日勝ったことで評価が上がり、試合時間が少し遅れることになった。



 ランクが上がるほど後ろの試合になるのは仕方がない。それだけ注目されている証拠だ。


 事実、昨日の最終試合では大半の観客が退出しており、売り上げも下がったという話を聞いた。


 あの刺激的な試合を観てしまった直後なので、普通の生温い試合には気分的に戻れなかったようだ。


 ギャンブラーは儲けだけを求めているわけではない。心の衝動を欲しているのだ。


 ワクワクしない勝負には金を出し渋るのも当然であろう。


 そうしてサナの試合が後半に用意されることになったというわけだ。


 というより最終試合の一つ前なので、ほぼメインと同じ扱いである。



「レイオンは?」


「今日の試合予定はありません」


「いつ出るの?」


「まだ詳細は決まっておりませんので、何とも言えません」


「相手がいないなら、うちが受けるよ。スペシャルマッチは申し込んだはずだよね? 金は出すよ」


「キングとまだ連絡がついておりませんので…申し訳ありません」


「まったく、何をやっているんだか。あいつと連絡がついたら、いの一番で伝えておいてね」


「はい」



(まさか逃げているわけじゃないよな? だが、オレならばともかく相手がサナならば逃げる必要もない。どうしても会えないようなら奥に行ってみるかな…。レイオンは同派閥だから代表戦では戦えないしな。ミャンメイのこともあるし、多少無理をしても戦わないといけないな)



 実力的にはレイオンが数段上なので、サナを怖れる理由はないだろう。


 単純に試合で金を得たばかりだから無理に戦う必要がない、と考えている可能性もある。


 あるいはミャンメイの身の安全を最優先に考えているのかもしれない。どちらにせよ、いないものは仕方ない。



「まずは試合に集中しよう。今日も勝つぞ」


「…こくり」



 サナの二回目の無手試合が始まろうとしていた。



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