392話 「サナの無手試合 前編」


 アンシュラオンはシャイナの父親を発見。


 真性のクズではあったが、これで収監砦にやってきた目的の半分は達成したことになる。



(やれることはやった。十分な結果だろう。あとはサナの強化だな。むしろこちらのほうが重要だ)



 シャイナのことが終われば、次はサナのことである。


 彼女の武人人生は始まったばかりだ。あらゆる経験が貴重な糧になることだろう。


 この収監砦での戦いで、ぜひとも成長してもらいたいものである。



「…うう…もうお婿に行けない……」



 帰り道の途中、ズボンを奪われて尻が丸出しになったトットを発見。


 すでに周囲には誰もおらず、金貨もなくなっている。残されたのは、この哀れな残骸だけだ。



「すっかり忘れていたな。元気だったか?」


「穢されちゃった…穢されちゃったよぉ……」


「お前はもともと汚れているだろうが」


「うう…ひでぇや……ぐすん」



 ゲイはこれ以上汚れることはない。今がマックス汚れなので、ぜひ安心してほしい。



「ほら、帰るぞ。それともここに残るか? オレは一向にかまわないが…」


「帰る」



 ただ一言だけ呟く姿が、どことなく哀愁を感じさせる。


 このままだと視覚的に最悪なので、ポケット倉庫から出した麻袋に突っ込んで持ち帰ることにした。


 ちなみにこの麻袋はルアンを巻きにしたときに使ったものである。


 基本的に少年のような汚いものを包む際に使うので、いらない雑巾のようなものだと思ってくれていいだろう。それ専用の袋だ。





 帰りは特に異変もなく、普通に元の場所にまでたどり着いた。


 ロボットに襲われることもなかったし、他の男たちと遭遇することもなかった。


 ラングラスエリアの住民の大半は奥のエリアに集中しているので、それ以外はガラガラなのである。


 逆に言えば、それだけこの遺跡が広いともいえるわけだ。



「ただいま」


「お帰りなさい」



 戻るとマザーが出迎えてくれた。


 ズルズルッ ボトッ


 そして、麻袋から下半身が露出したトットを放り出す。



「はい、トットを返すね」


「役立ったかしら?」


「かなりね。こいつは使えるやつだよ」


「あらあら、よかったわね。ズボンも脱いで涼しそうだわ。開放的ね」



 こんな雑な出し方をしても、マザーはまったく気にした様子がない。


 普段からこんな扱いなのだろう。誰もがゲイに対して距離を取っていることがよくわかる。



「妹は? ミャンメイもいないけど…」


「他の子供たちが寝てしまったので、一緒に寝ているみたいよ。随分と疲れていたみたいね」


「そっか。いろいろと修行もしたから、しょうがないかな」



 アンシュラオンが命気の波動を辿って、サナのいる方向に目を向ける。


 二つほど離れた大きな部屋は寝室になっており、大小さまざまなベッドが用意されていた。


 老人は老人たち、子供は子供たちで寝ているようで、子供部屋ではサナとミャンメイが一緒になって寝ている。


 アンシュラオンが言いつけた「ミャンメイを守る」を忠実に実行しているようで、ほぼ抱きついた形で寝ているのが微笑ましい。



(本当にサナはミャンメイが気に入ったようだな。ミャンメイもサナのことを受け入れてくれているようだ。よかったな)



 サナもミャンメイを守っているという満足感から、その日はゆっくりと眠りに入ることができたようだ。


 昼間からずっと鍛練だったので精神的にも疲れたのだろう。そのままゆっくりと寝かせておくことにした。


 二人の愛らしい顔を見ていると、キング・オブ・クズ(シャイナの父親)と出会った不快感が癒される。


 やはり自分が気に入った女性は素晴らしいものである。



 寝顔を見て安心したので、マザーのところに戻る。



「あれ?トットは?」


「あの袋の中に入ったわよ」


「…気に入ったのかな? まあいいけど」



 トットは傷心を癒すためか、再び自ら麻袋の中に入ったらしい。


 あれはそのまま彼にあげることにした。ゲイが入った袋はもう使えないし、使いたくもない。



「レイオンは?」


「戻っていないわ。というよりは、彼はここで暮らしているわけではないの」


「どこがねぐらなの?」


「さぁ、わからないわ。彼が寝ている姿を見たことがないし…」


「いつもふらふらしているって感じかな? でも、ミャンメイはここにいるね」


「彼女は子供たちの面倒を見るのが好きみたいね。ほかよりは良い環境だからレイオンも何も言わないわ」


「そうだね。あんな奥の連中と近い場所よりはましかな。…ねえ、あの真っ直ぐ行った奥には何があるの?」


「分かれ道の? あそこには『先生』がいるわ」


「先生? 医者の?」


「ええ、何か異変がなければ出てこない人なのよ。心配になるから一緒に暮らそうとも言ったのだけれど、無視されちゃったわ」


「無視…か。偏屈な感じなのかな?」


「お医者様にはそういう人も多いと聞くわね。…と、医者であることも当人は否定しているけれどね」


「ふーん、レイオンもそこにいるのかな?」


「どうかしら? 私たちもエリア全部のことを知っているわけではないし…普段の彼の行動もよく知らないのよ」


「試合のことでいろいろと話したいこともあったんだよね。でも、いないなら今日はいいかな。駄目元で待ってはみるけど」


「無理はしないでね。私も寝させてもらうわ」


「うん、夜番は任せておいてよ。こう見えても丈夫だからね」


「ありがとう。おやすみなさい」


「うん、おやすみ」







 しかしその夜、レイオンが戻ってくることはなかった。


 朝になっても戻ってくる様子はない。



(そういえば、あいつは奥にもいなかったな。あれだけの騒ぎがあれば出てこないとは思えないから、違う場所にいたんだろう。やっぱりあの真ん中の通路の先かな)



 ほかにもグループはあるのだろうが、人がいそうな場所はあの通路の先くらいしか思いつかない。


 そうなるとレイオンが医者と接触している可能性はかなり高い。


 何よりもレイオンが育てているというキノコ臭がそれを証明している。あんなものを好き好んで持ち運ぶ者は、ほかにいないだろう。



(医者…か。元医者ならば医師連合に所属していた可能性もある。スラウキンに確認してもいいが…さすがに状況的に無理だな。それ以前に、そこまでする理由がない。そいつがレイオンとどう付き合おうが自由だしな。ふむ、もしレイオンと会えなくても、試合の調整はマシュホーに任せればいいか。とりあえず今日はサナの試合が組まれているはずだ。そちらを優先しよう)







「みんな、朝ですよ! 起きなさい!」


「ううーん」


「まだ眠い…」



 マザーが子供たちを起こしている声が聴こえる。


 地上の朝日を表現してか、明かりをたくさんつけて叩き起こしていた。



「…むくり、ごしごし」



 その声でサナも起きる。



「…ぐいぐい」


「ううん…あれ? いつ寝たのかしら…? おはよう、黒姫ちゃん」


「…こくり」



 それからミャンメイを起こし、他の子供たちも起こしていく。



「…ぐいぐい」


「うー、まだ寝るー」


「…ぐいっ!」


「あー、布団がーーー! 黒姫ちゃん、ひどいー!」



 抵抗する子供は布団ごと引っぺがす等、なかなか荒療治だ。



(へー、サナも面倒見がいいじゃないか。歳が離れた子がいるとお姉さんぶるのかな? ラノアも妹的ポジションだが…もっと離れた子も情操教育にはいいかもしれないな。しかし、子供が地下で暮らすのは違和感しかないな。地下世界をなくす…か。できなくはないが、さて、どうするかな。この子たちくらいは助けてあげてもいいが…)



 人間の身体は太陽の下で生きるように設計されている。いつまでも地下で暮らすことはできないだろう。


 アンシュラオンの力が地上でも強まれば、この子たちを助けることも可能ではあるが、それは同時に重荷を背負うことにもなる。



(安易な気持ちの人助けは無責任かもしれないな。それが言い訳でも、な。まだ時期ではない。ならば考える必要はないだろう)



 自身が考えるスレイブ帝国に思いを馳せながらも、今はぐっと耐えるのみである。




 その後、ミャンメイが料理を作り、サナと一緒に堪能する。


 再度確認してみたが、やはり彼女の料理には特別な力があるようだ。


 今朝食べたパンは、肉や野菜を挟んだだけの簡単なものだったが、それでもHP上昇効果があった。


 これは情報公開で確認したので間違いない。一時的に上限をオーバーしてHPが表示されていたものだ。


 何も知らないで見たらバグかと思うくらいの表示である。


 改めてミャンメイは手に入れようと誓うのであった。






 午後二時過ぎ。


 無手の試合会場の前でマシュホーと出会った。


 律儀にも待ってくれていたようで、アンシュラオンが来たのを見かけると声をかけてくれた。



「来たか。地下の生活はどうだ? 帰りたくなったか?」


「普通に慣れたよ」


「順応性が高いな!!」


「こっちにはミャンメイがいるからね。快適だよ」


「くっ、そうだったな…。若い子はいいよな。あんな嫁さんが欲しいぜ」



 どうやらミャンメイは他派閥からも人気のようである。


 そうでなければ、あれほどの客は寄り付かないだろうから納得である。



「それより試合のほうは組んでくれた?」


「ああ、ちゃんと組んでおいたぞ。だが、本当に大丈夫なのか?」


「そのあたりは大丈夫だよ。試合を見ればわかるさ」


「ううむ…心配だぜ。女の子は貴重だしな…怪我がないといいが…」


「妹をそういう目で見ないでほしいな。まあ、アイドルになれば嫌でも他人の目に留まるから、それも宿命みたいなものだけどね。ところで明日も試合って組んでいいの? 代表戦も含めて毎日やりたいんだけど」


「ここはそんな細かいルールがあるわけじゃない。相手が用意できて、双方が納得すれば即興で試合を組むこともできる。…というか、本気か? すでに勝つことが前提みたいだが…普通は毎日はやらないぞ?」


「平気平気。そんな生温い鍛え方はしていないさ。ちゃんと剣士のほうも組んでね。最低二試合はやるからね」


「そっちがいいならかまわんが…」


「今日はレイオンの試合はあるの?」


「いや、試合の翌日は必ず休みだな」


「へー、キングでもそうなんだ」


「そういうわけじゃないが、スペシャルマッチの調整もあるし、キングともなると対戦相手にも苦労するのさ。昨日はブローザーが潰れたからな。簡単に対戦相手は見つからないさ」


「そうなんだ。なら、妹が対戦するのも簡単そうだね」


「キングが受ければな」


「金を積めばいいんでしょう? どうやらレイオンは金が定期的に必要みたいだから、乗ってくると思うけどね」


「そりゃその通りなんだが…気軽に言うもんだな」


「金ならあるからね。金で解決できるなら安いもんさ。ジュンユウとセクトアンクのほうはどうなんだろう?」


「あいつらは金銭的に困っているわけじゃないな。ジュンユウは強さという意味で相手がいないし、セクトアンクのほうはよくわからないが…面白そうな相手としかやらないって話だぜ」


「ほほぉ、そいつは興味深い。なら、この子が実力を証明すればいいわけだ。試合は三時からだっけ?」


「ああ、今日はメインがないからな。特に制限もなく流動的に試合が流れていくはずだ。そうそう、お嬢ちゃんの相手はスキンヘッドのアカガシってやつだ。そんなに強くはないが、それでも武人であることには変わらない。気をつけてな」


「…こくり」



 サナもマシュホーの言葉に頷く。


 それからマシュホーは、サナが被っている仮面を指差す。



「無手の試合では仮面は被れないから注意してくれよ。防具だと判定されるからな」


「覆面とかはいいの? セクトアンクみたいなやつ」


「術具でないのならば問題はないな。あとはせいぜい拳を保護するテーピングくらいかな。女の子だから裸はまずいから、子供用の武術服を用意しておいたぜ。控え室に置いてあるから着るといい」


「いろいろとありがとう。助かったよ。お礼をしないといけないね」


「べつに礼なんていらないぜ」


「そうはいかないよ。お金がいい?」


「おおっぴらにもらうとまずい。物資の管理もやっている立場だからな」


「そっか。じゃあ、キング戦はともかく普通の試合は全部妹に賭けてみてよ。できるだけ大きな金額をね。そうすればけっこうなリターンになると思うよ。それじゃ、また試合が終わったらね」




 そう言うと、アンシュラオンはサナを連れて控え室に行ってしまった。


 その口ぶりからは、妹の勝利をまったく疑っていない様子がうかがえる。



「お嬢ちゃんに賭けろ…か。ううむ、まさにギャンブルだなぁ。だがまあ、たしかに何かやらかしそうな気はするぜ」



 数多くの人間を見てきたマシュホーには、『特別な存在』というものが見分けられる。


 世には百人に一人、千人に一人、万人に一人、他とは絶対的に違うオーラを発している人間がいる。


 武だけに限らずどの分野においても、明らかに他者とは異なる波動を持っている者がいるのだ。


 アンシュラオンからは、ビンビンとその波動を感じる。



「あのボウズは間違いなく異質だ。隠しても隠しきれないオーラがある。…ただ、あのお嬢ちゃんはよくわからねぇな。言うなれば、底知れない…ってところか。まったく読めないぜ。それが逆に怖いけどな。だが、せっかくだ。今日は俺も楽しませてもらおうか」




 こうしてサナの無手試合が始まるのであった。




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