391話 「シャイナの父親 後編」


 がしっ!



 アンシュラオンがカスオの首を掴む。



「…へへ?」



 カスオはその行動の意味がわからず、状況を黙って見ている。


 アンシュラオンもアンシュラオンで、ごくごく自然にそれを行っていることも原因だろう。


 だが、それはけっしてスキンシップでもなければ優しさを伴ったものでもない。



 ぐぐぐぐっ



 その証拠に、首を掴んだ手に少しずつ力が加えられていく。



「えと…その……これは…? ぐべっ…! あまり強く握られると…い、息がその……」


「………」



 相手の意見などは無視して、アンシュラオンはさらに力を入れていく。


 ぐっ ぐっ ぐっ ぐっ


 リズミカルにゆっくりと、一ミリずつ狭まっていく。



「うっ…おっ……うおお…えっ!」



 最初は穏やかだったカスオの表情も、徐々に首に強い圧迫感を感じるようになって強張っていく。


 それが自分に危害を与えるものだと気付いたのだ。


 リズミカルに機械的に絞まっていくからこそ恐怖もまた強くなる。



「ぐぇっ!! な、何を…ぉぉ……ごぼぼお……! 息が…ごおお!」



 いきなりのことに驚き、カスオは必死に抵抗する。


 が、どんなに力を入れてもびくともしない。それどころか少年の白い手は、依然として締め付けを強めてくる。


 そんな脆弱で矮小な男を、ひどく冷たい赤い目が射抜く。



「どうした? 苦しいのか?」


「ぐべええ…ぐ、ぐるぢいい!」


「そうか。苦しいか。だが、オレが味わった不快感に比べたら微々たるものだな」


「ひーーひーーー! な、何か粗相を…! あいつが何か…ごぼぼ! や、やらかしたのならば……ぶへへへ! も、申し訳……ぐえええ」


「そうだな。たしかにシャイナの世話は大変だったよ。ワガママだし自分勝手だし、すぐにキレるしな。そのくせ危険なことを平然とするし、見守るほうの気持ちも考えてほしいと何度も思ったさ」


「そ、育て方を…まちがえ……て……父親として……謝罪を……」


「なぁ、カス。そこのところから勘違いしているんじゃないのか?」


「か、かんちがい…!?」


「そうだ。お前を捜しにわざわざやってきたのは、オレが預かっているどうしようもないくらい馬鹿な飼い犬のためだ。妹が気に入っているせいもあるな。間接的にはその子のためでもある。だからこんな臭い場所にまでやってきたんだ。好きでこんな場所に来ると思うか? なぁ?」


「そ、それは…ご、ごくろう…さまです…ぐががが」


「べつにな、お前がどんなクズだろうがカスだろうがかまわん。どうしようもないやつってのは、どこにでもいるものだからな。だが、自分の飼い犬が利用されているのを知って、黙っていられるほど温厚じゃないぞ。あいつは馬鹿だとは思う。間違いなく馬鹿だろう。が、そんな馬鹿だから可愛いんだよ」



 シャイナは馬鹿である。頭が悪いし、要領も悪い。


 だが、真面目に生きてはいる。馬鹿は馬鹿なりに懸命に生きている。


 だからこそアンシュラオンも「どうしようもないな」と思いつつ、手助けしてやろうという気持ちになるのだ。



 そして何より―――それが自分の【所有物】だからだ。




「お前は血縁上は父親かもしれないが、所詮はそれだけの存在にすぎない。いいか、すべての立場には【資格】ってのが必要なんだ。父親には父親たる資格ってやつがな。その条件を満たしていないやつが、偉そうにオレの飼い犬の父親面か? ふざけるなよ」



 ぐぐぐぐっ


 アンシュラオンが握る手を強める。



「ぶほおおっ…!!」



 さすがに圧迫が強くなってきたのだろう。顔が真っ赤になってきている。


 汗も噴き出し、口からよだれが溢れ出るが、それでもアンシュラオンは手を離さない。



「飼い主には飼い主の義務がある。そいつの生活、つまりは生命と自由と財産を守ってやる義務だ。だからこそ支配する権利を得るんだ。お前が犬を飼うときだってそうだろう? そいつに餌を与えて、住む家を与えてやる。散歩だってしてやる。そして、愛してやる。これらの義務が伴って初めて飼い主になれるんだ。少なくともオレはそうしているつもりだし、まだ足りないと思うから今も努力している」



 アンシュラオンは支配欲の塊のような男だが、そこには明確な強い信念と矜持が存在する。


 自分の所有物であるスレイブ、あるいはそれに準ずる者に対して、できるだけの幸福を与える、というものだ。


 普通の一般家庭で育ったならば、動物を飼ったら最期まで面倒を見てあげなさい、と習うはずだ。


 ペットショップで買おうが道端で拾おうが保護しようが、一度手にしたならば捨てることは許されない。


 死ぬその瞬間まで面倒を見て、最悪は自分が飢えてでもその犬には食べ物を与えてやる責務がある。


 サナに対してすべてを捧げるように、アンシュラオンにもそれなりの覚悟があるわけである。



「だが、お前はどうだ? ろくに面倒も見ず、ただ利用しているだけだ。放っておいたものがたまたま芽吹いたから、あとになって甘い蜜だけを吸おうと現れる。オレはそういうやつらが死ぬほど嫌いなんだよ」



 親が子供の才能を信じず、応援もしないで罵倒ばかりしておきながら、大人になってから有名になると、いきなり手の平を返して褒め称えることがある。


 親としては「自分が育てたんだ」という気持ちが強いのだろうが、子供からすれば「なんだこいつ? 最低のクズだな」としか思わないだろう。


 シャイナが魔人であるアンシュラオンに拾われたのは、この世のすべての富に勝る幸運ではあるのだが、それはシャイナ自らが掴んだものだ。


 けっして何もしなかった父親のおかげではない。



「お前がやっていることはオレへの侮辱に等しい。相応の痛みを味わえ」


「ごぼぼぼ…おおおっ…っっ!!」



 すでにカスオの顔は酸欠で真っ青になっている。


 このままあと数十秒絞め続ければ簡単に死ぬだろう。



「ごぼぼっ…ぢ、ぢぬうう! お、おだずけええええ…ごぼぼぼっ……」


「…ふん」



 ブンッ ドガッ



「ぎゃふっ…げほげほっ…コーーホーーーー!! ホーーーー!」



 アンシュラオンが壁にカスオを投げつけると、倒れたまま貪るように空気を吸う。


 その首には、くっきりと『青紫色の手の跡』がついていた。


 まるで痣のように首にまとわりついている。



「その首の手の跡は二度と消えないと思え。それがお前に与えた【罰】だ」


「ひーーーひーーーーー!!!」


「本当はここで殺すのが最善策だとは思うが、仕方なく助けてやる。だが、勘違いするなよ。お前のためじゃない。オレの所有物のためであり、オレ自身のためだ。もう一度勘違いしてみろ。生きたまま魔獣に食わせるからな。毎日少しずつ削るように食わせてやる」


「ふひーーーふひーーー!」


「おい、わかったのか! ゲシッ」


「ひーーー! わ、わがびばじだだあああああ!」


「ふん、クズが」



 尻を蹴っぱぐると、芋虫のようにウネウネと身悶える。


 まったくもって不快な生き物だが、一応は父親だ。資格がなくても父親である。そこがまた厄介なのだ。



(シャイナは事実を知らない。知らないほうがいいと思うし、感情では殺したいが…ここで殺してしまうと利益が半減しそうだ。より最大限の結果を得るために我慢しよう。そう、ここまで来るのに相当な労力を使ったんだ。シャイナは完全にオレの支配下に置かねば割りに合わないよな。あいつがばっさりと売人を辞めるためにも、この男が必要になるだろう)



 自分の個人的意見としては「父親は死んでいた」で片付けたいところだが、それでは逆に父親への想いが強くなってしまうかもしれない。


 ならば、あえて父親の本性を教えることで、きっぱりと未練を断ち切らせたほうがいいだろうと考えたわけだ。


 これだけのクズならば、さすがのシャイナも見限ることできるはずだ。



(飼い犬一匹引き入れるためにこれだけやるとは…ペットを飼うのは思った以上に大変なんだよな。改めて思い知るよ。さて、こいつを助けるのは最終日でいいだろう。…ふむ、そうだな。それまでの間はそこそこ痛い目に遭ってもらうか。すべて自業自得だしな)




「お前のようなクズにオレが手を下すのはもったいない。どうせなら同じクズ同士で揉めていろ」





 息を大きく吸い―――





「おーーーーい! ここに金貨を盗んだやつがいるぞーーーーーーーーー!! 誰か来てくれーーー! カスオがやりやがったぞおおおおおお! また裏切りやがったーーーーー!!」





 大声で叫ぶ。



 かなりの声量なので、金貨を拾っている者たち全員に聴こえたはずだ。




「じゃあな。またそのうち迎えに来る。それまでがんばって生きろよ」


「ひぃいいいい! な、なんてことを!! どうしてこんな…!!!」


「それがわからないから、お前は真性のクズなんだよ。さすがは優勝者だ。脱帽だな」



 シュッ


 そう言ってアンシュラオンは消える。




「はっ! か、隠さないと…! 金を隠さないと…!!」



 状況を理解したカスオは、慌てて金を隠そうとする。



 が―――もう遅い。



 ドドドドドド



 アンシュラオンと入れ替わるように、さきほどカスオに話しかけていたガタイのいい男、グリモフスキーがお供を連れてやってきた。


 その顔は怒りに満ちている。



「てめぇ! カスオ!! なにしとんじゃーーーー!!」


「ひーーー! こ、これはグリモフスキー様。そんなに慌てて、いったい何事でしょう!」


「おいカスオ、このやろう! 今の話は本当か!!」


「は? へ? な、何のことやら…何かあったのでしょうか? へへへ…」



 いつもの愛想笑いと手揉みで出迎えるカスオ。


 嘘をつき慣れていることもあって、なかなか迫真の演技である。何も知らなければ騙されてしまいそうだ。


 そして、その裏では足を使って瓦礫を動かし、金庫を隠そうとする狡猾さも持ち合わせている。


 だが、グリモフスキーは最初からカスオを疑ってかかっているので、その怪しい挙動にすぐに気がついた。



「なんだそこは? 穴があいているのか?」


「ああっ、いえいえ! これはたいしたことではないのです! ちょっと壊れていたので修理しようと思いまして…すぐに終わらせますので、どうぞ外に出てお待ちください」


「怪しいな。見せろ」


「いえいえいえいえいえいえいえ!!! トイレ掃除はわたくしめの仕事でございます。このような汚い場所でグリモフスキー様のお手をわずらわせるわけにはまいりません! なにとぞご理解のほどを…へへへ」


「うるせえ! 見せろって言ってるだろうが! おいっ、調べろ!」


「はい!」


「アーー! 駄目です! そこはまだ掃除がぁぁああああ!」


「うるさい。どけ!!」


「ぎゃっ」



 お供の二人の男がカスオを強引に突き飛ばし、穴を調べる。



 そこにはもちろん金庫があったわけだが―――




「っ! 兄貴! 金貨がたっぷり入った革袋がありますぜ!!」


「なにぃいいい! 何枚ある!?」


「三十…四十…すげぇ、もっとあります!」



 その隣には金貨が大量に詰まった革袋が置かれていた。


 アンシュラオンが消える寸前に、お土産として置いてきたものだ。


 そしてこれがさらなる災難をカスオにもたらす。



「てめぇ、カスオ…この金貨、どうした?」


「へ? え!? そんなに多くの金貨は持っておりませんが…え?」


「この嘘つきが。ここに証拠があるだろうが。こんな山盛りの金貨をどこから持ってきた? …さては、さっき盗んだな? そうでなければ説明がつかない」


「ちちちち、違います!! わたくしがそのようなことをするはずがありません!」


「では、この金貨はどうした?」


「そ、それはその…わたくしが集めたとしか言いようが…」


「製造番号を調べろ」


「へ? 製造番号?」


「大陸通貨には製造番号があるだろうが。硬貨にだってばっちりと彫られている。…どうだ?」


「はい、兄貴。さっき拾ったものと番続きのものがありました」



 この大陸通貨の製造番号は、各大陸、各地域にまとまって大量に流通させたために、同じ地域の通貨では宝くじの番号のように数字が続いている場合が多い。


 特に東大陸では物流が西側ほど盛んではないので、より顕著に表れる。


 お釣りをもらえば、その硬貨全部が番続きということもあるくらいだ。さらにそれを使えば、また番続きで固まることになる。


 もちろん流通の過程でバラバラになることも珍しくはないが、金貨の希少性を考えれば偶然とは考えにくい状況だ。


 アンシュラオンは硬貨に興味はなくても番号には興味があったので、なんとなく数字を並べて管理していたことも大きな影響を与えたようだ。



 これによってグリモフスキーの顔つきが、さらに険しくなる。



「おい、どういうことだ?」


「こ、これは何かの間違い……偶然としか言いようが……いや、これはまさか! わたくしを貶めるために誰かが陰謀を―――」




「ふざけるなあああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――!!!」




「ひっ!」


「てめぇに誰が陰謀かますってんだぁ? お前みたいなカスを貶めて楽しいやつなんているのか? あ? そんなに価値がある人間か、てめぇは!!」


「うぐうっ」



 グリモフスキーがカスオの胸倉を掴む。


 さほど大きくないとはいえ、大人一人を片腕で持ち上げるのだから、たいした腕力である。



「自分の立場がわかってんのか? ああ? クソレイオンが来たから仕方なくこうして穏便に接してやっているのに、その恩も忘れやがって…! この盗人が!! てめぇが組織を裏切ったことを忘れたわけじゃないだろうな!!!」


「そ、そそそそ、そのようなことは!! 日々反省しておりますうううう!」


「口と行動が伴っていないようだな。おい、この男に裏切りの代償がどれだけ高くつくか思い出させてやれ。盗みが発生したなら、クソレイオンだって文句は言わないだろう」


「へい」


「ま、待って…! どうかお待ちを―――ぶべっ!! ぶごおおおっ!!!」


「遠慮するんじゃねえぞ。とことんやってやれ」




 ドゴッ ボゴッ!! ガス!!


 ドゴドコッ ボコボコッ! ドガッ! ガスガスッ!


 ドゴッ ボゴッ!! ガス!!


 ドゴドコッ ボコボコッ! ドガッ! ガスガスッ!




 カスオがフルボッコにされていく。


 組織における最大の罪は、やはり裏切りである。


 上でも裏切って下でも裏切れば、もうその人間を信用する者は誰もいない。


 グリモフスキーは、レイオンが来るまではラングラスエリアのトップに君臨していた男である。


 その不満もあってか、暴行は三十分近く続いた。



「うべべ…べぇ……」


「ふん、肥溜め野郎が。さっさと捨ててこい。目障りだ」


「はい」



 ボロクソになったカスオがゴミ捨て場に投げ捨てられる。


 当然ながら治療などもされず、そのまま放置である。


 瀕死の状況ではあるが、レイオンの統治下ということもあってか殺すまでには至っていない。


 それが幸せかどうかはわからないが。




 そして、その一部始終を陰から見ていた者がいる。




(この程度で済ましてやるんだ。感謝するんだな。しかし、思った以上にクズだったな。あれが本当のクズなんだな。勉強になったよ)




 カスオのリンチを見届け、アンシュラオンはサナが待つグループへと戻っていった。




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