390話 「シャイナの父親 前編」


(やれやれ、ようやくおとなしくなったか。面倒くさいやつだ)



 こういう騒がしいクズは、見ているだけでイライラするものだ。


 もし聴取が目的でなければ即座に排除しているのだから、それだけでも相当我慢しているといえる。



「おい、質問に答えろ。嘘をついたり答えなかったりしたら、今度は足にナイフを突き刺すぞ。その次は尻の穴にぶっ刺す。わかったな?」


「ひーー! お、お許しを!! 知らぬこととはいえ、あまりに無礼でございました! さぞやご高名な御方に違いありません! どうかご慈悲を賜りたく存じます! うへぇー!」


「…なにか急に態度が変わったな」



 ここがトイレであるにもかかわらず、男は平然と土下座をする。


 その変わりようも見事だが、あまりの小物ぶりにアンシュラオンも辟易してしまう。


 これもクズの特徴である、強い者には媚び、弱い者には威張る症状であろう。


 ともかく会話ができる状況になったことはありがたい。質問を続けることにする。



「単刀直入に訊くが、お前はシャイナの父親か?」


「えー、シャイナと申しますと…」


「金髪の乳がでかい女だ。今は麻薬の売人をやっている。名前はシャイナ・リンカーネンだ」


「ほー、それはそれは、なるほど」


「なるほど、じゃない。ガスッ」


「ぎゃーー!! いたっ! いたっ! 足がーー!」


「さっさと答えないからだ」



 男の足先を踏む。


 巻き爪だったら最悪だろうが、ぜひそうあってもらいたいものだ。



「質問に答えろよ。あまり気が長くはないぞ」


「ひーー、ひーー! 申し訳ございません! 本当にちょっと考え事をしていたのです!」


「そんなことは訊いていない。質問にだけ答えろ。ぐりぐり」


「あぐううううう!!! 肩がぁあああ!」



 今度は肩に刺さったナイフの刃先をさらに押し込んでやった。


 こういうタイプは、すぐに嘘をついたり論点をずらして煙に巻こうとするものだ。


 あるいは答えないことで誤魔化そうとするので、はっきりと身体に教えたほうがよいのである。



「で、答えは? 次は目にするか?」


「は、はい! それならば間違いなく、わたくしの娘でございますぅうう!!!」



 アンシュラオンの圧力に屈し、男はついに白状する。


 だが、できればそうあってほしくないという気持ちも大きかったので、若干のショックを受ける。



(この男がシャイナの父親…か。正直嘘であってほしいと思うが、事実ならば仕方ないな。本当に仕方ないことだ。これからこいつと話すと思うだけで気が滅入る)



 この段階でファーストインプレッションは最悪だ。ついつい横文字になってしまうほど最悪だ。



 まず何よりも、クズである。


 どこからどう見ても、クズである。


 そしてまさかの、キング・オブ・クズである。



 自分が認定してしまったので受け入れるしかない。この男は間違いなくクズだ。


 こうしてアンシュラオンは、見事シャイナの父親を発見するに至るのであった。




(いつまでもここにいるわけにはいかない。事実を受け入れて質問を進めよう)



「もう一度確認するぞ。お前がシャイナ・リンカーネンの父親だな?」


「へへへ、そうでございます」


「名前は何だ?」


「えー、ちんけな『カスオ』でございます。へへ…」


「偽名だな。嘘を言ったらどうなるか、まだ理解していないようだな」



 アンシュラオンが自前のナイフを取り出す。


 ここではポケット倉庫も使えるので、武器類ならばいくらでもある。



「あまり拷問は好きじゃないんだが…まあ、仕方ない」


「ひっ!! う、嘘ではございません! ここではカスオで通っているのでございます!」


「クズなのにカスとは…どんなネーミングセンスだよ。なぜ偽名を使っている?」


「地下では上の経歴を詮索しないのがルールではありますが、明るみに出ることも多く…安全のための配慮でございます」


「嘘は言っていないようだな。まあ、お前の本名などに興味はない。カスオでいいさ。…で、今のお前はどんな状況だ?」


「へへ、どんな状況と申されますと?」


「麻薬を持ち逃げした罪でラングラスに幽閉されている状態なのか?」


「幽閉と言われれば…あっ、そうです! その通りです! わたくしは無実の罪でここに入れられ、いわれなき理不尽な理由でこき使われているのです! そのお力で、どうか哀れなわたくしをお助けくださいませぇええ!」


「麻薬を持ち逃げした罪で囚われたと聞いているぞ」


「それは向こうの勝手な言い分です! けっしてそのような悪事は犯しておりません! へへへ」


「おい、こっちを向け」


「ははぁ―――ぎゃっ!」



 ザクッ


 アンシュラオンがナイフで、カスオの耳を半分切り裂く。



「ぎゃーー! 耳がーー! あつあつっ! あつううう!」


「耳ぐらいで騒ぐな。死にはしない」



 ボタボタと血が流れ落ちる光景を見て、慌てふためくカスオ。


 それを極めて冷静に見つめるアンシュラオンとの対比がすごいものだ。



「お前な、何度も言わせるなよ。嘘をつくなと言っただろうが。ったく、面倒くさいにも程があるぞ」


「ひー! ひーー! ほ、本当なのです! わたくしは無実で…」


「そうか。片耳生活も悪くないか」


「ひーー! 麻薬は持ち逃げしました!!」



(やれやれ、根っからの嘘つきのようだな。嘘だとすぐにわかるが、本当ならばもっと痛めつけてやりたい気分だ)



 アンシュラオンも嘘をつくが、カスオの場合はつき方に嫌悪感が伴う。


 それはこの男から『利己主義』の臭いがぷんぷんとするからだろう。


 他人を騙して自分だけ儲けようと思っているから、すべての言葉が薄っぺらくなるのだ。


 こういうところでも人間性が出るから、人間とは面白いのである。




「自業自得で地下送りになったわけだな」


「そ、それは…そうとも言えますが、わたくしにも理由があったのです」


「どんな理由だ?」


「それはその…お金が欲しかったからです」


「誰だってそうだろうが。その金を何に使うつもりだったんだ? たしかお前の奥さんは逃げ出したんだよな。その金を元手に真面目に働いて、よりでも戻すとかなら…」


「へへへ、実はおいしい儲け話がありまして。木材が高騰するという情報があったので、それを買い占めて一儲けしてやろうかと思っておりました。へへ…」


「………」



 完全に駄目なパターンだ。さすがのアンシュラオンも言葉が出ない。


 カスオには、第四グループの「目先のことしか考えない」クズ要素もあったらしい。


 さらにクズのレベルが上がったといえるだろう。



「お前がクズなことは、もうわかった。だが、一つ気になることがある。お前が地下に入れられた理由だ。上の牢屋でない理由があるのか?」



 事前の情報では、人質扱いにされる者は地下送りにされることがあると聞いている。


 だが、麻薬の持ち逃げ程度で地下送りになるのは過剰反応であるし、人質だけならば上の牢獄でもまったく問題ないはずだ。


 いくら地下が人不足とはいえ、これ以上クズが増えると治安の悪化も心配だろう。


 そのあたりが気になっているところである。



「へへへ、それはその…利用価値があると思ったからではないでしょうか。こう見えてもわたくしは有能な男ですからね」


「有能な男は、ここに入らないと思うがな」


「能ある鷹は爪を隠すのですよ。へへへ…」


「隠す…か。ところでお前、【盗んだ麻薬】はどうした?」


「はへ?」


「盗んだ麻薬は全部没収されたのか? それとも一部だけか? まさか隠してないだろうな?」


「そ、そんなことはありません! へへ、全部差し出しましたよ。当然ではありませんか!」



 明らかに動揺している。


 誰でもそうだが、いきなり予想していないことを訊かれると戸惑うものだ。


 特に嘘つきは事前に答えを用意していることも多いので、想定外のことに対して激しく動揺することがある。


 同じ嘘つきでも、ソブカのように肝が据わっている人間は少ないものだ。



(どうやら捕まる前に隠したようだな。さすがに全部ではないだろうが、それなりの量をどこかに埋めた可能性はある。ラングラスもそれを疑っているのか。シャイナを売人にした理由もそのあたりにありそうだ)



 シャイナのような豊満な身体の女性ならば、ホステスや娼婦にしたほうがいいだろう。


 教養はないのでトークは無理でも、身体で客を楽しませることはできるはずだ。


 そうにもかかわらず売人として使っているのは、父親が隠した麻薬に近づくためなのかもしれない。


 これも嘘なので制裁してもいいのだが、また時間がかかるのでやめておいた。




「ところで、あのガタイのいいやつが監視役か? さっきお前に話しかけていたやつだ」


「へへ、そうです。グリモフスキーっていうチンケな元売人の男でして、ここに来る前は少し上の立場だったからって、ここでも上だと勘違いしてやがるやつなんですよ。あなた様のお力で、ちょちょいと捻ってやってくれませんかね? へへへ」



 シャイナに命令をしていた斜視の男がいたが、グリモフスキーは彼と同じような立場だったと思われる。


 地下送りになった元売人たちのまとめ役と同時に、地上との連絡係を務めているのだろう。


 上で組織を裏切るようなやつが出てくれば、地下側の人質を始末する役割も負っているはずだ。



「不満があるならレイオンに言えばいいだろう。あいつがここの支配者のはずだ」


「レイオン!! あんな偽善者など信用できません! あいつが来てから、ほんとつらい日々が続いているんですよ。こっちにはろくに物資も提供せずに、自分だけ贅沢な暮らしをしています。最低のクズですな!」


「あいつもお前にはクズ呼ばわりされたくないとは思うがな」



 キング・オブ・クズにクズ呼ばわりされるというのは、いったいどんな気持ちだろうか。なかなかレアである。


 そして、ここから本題に入る。



「お前、ここから出たいか?」


「へへへ、そりゃもう」


「さっきは自分だけでも出られるようなことを言っていたが、あれはどういう意味だ?」


「へ? そ、それは…その……そんなこと言いましたかね?」


「ああ、言ったな」


「き、聞き間違いですよ。そんなことはできやしませんからね。へへへ…」


「それはオレの耳がおかしいと言いたいのか?」


「ひーー! そういう意味ではありません!! 誰にでも間違いはあるものです!」


「間違いだらけのお前に言われる筋合いはない! バシッ!」


「いたーーーー!!」



 頭を引っぱたく。


 どうにもこの男は見ているだけで苛立ってくる。さすがキング・オブ・クズだ。



(どうしても言いたくないようだが、何かしら出る方法があるんだな。たしかにマシュホーの説明を聞く限り、ここも完全に閉じ込められた空間ではない。上との交流だってあるだろう。…が、こいつの場合は少し話が違う。簡単に出られるとは思えないな)



 上に行くことができるのは、あくまで「忠義を尽くした使える人材」だけである。


 組織のために汚名を背負ってでも、自らを犠牲にして地下に入る「お勤め」をしている人間が対象となる。


 そういう人間の場合は、地下に入っても上との絆は切れていない。むしろ強まる可能性すらある。だから助けられるのだ。


 が、カスオの場合は組織に仇為した者であり、存在そのものが害悪でしかない。


 そんな人間をリスクを負ってまで上に戻す理由がないのだ。



(おおかた危険な方法を選ぶつもりだったのだろう。見つかったら死ぬ可能性だってあるはずだ。このタイミングで見つけられたのは幸か不幸か…)



「はぁ、本当は捨てていきたいところだが、シャイナがお前のことを心配している。あいつは真面目で不器用だからな。父親の件が解決しない限りは先に進めないんだ。仕方ないから助けてやる」


「へへへ! そりゃありがたい! その…娘とはどういうご関係で?」


「たまたま拾ったのさ。今はオレの飼い犬になっている」


「ほほーー! それはまた! 海老で鯛を釣るとはこのことですな! へへへ! あんなやつでも使い道はあったもんです! あなた様を一目見たときから、さぞや立派な御方だとは思っておりました! そんな御方に拾われるなんて、これはもう最高でございますな! 父親のわたくしも、どうぞご贔屓に!」


「シャイナのことは心配していなかったのか?」


「そりゃ心配していましたよ! いやー、こうして身になったようでなによりです! へへへ」



 カスオからは、シャイナに対する心配の念はまったく感じられない。


 自分の役に立つかどうか、それだけで物事を判断していることがうかがえた。



「あいつのことなら煮るなり焼くなり好きにしちゃってくださいよ! こういう日のために大切に育てたんですからね。その代わり…へへ、こっちのことはよろしくお願いしますよ」


「………」


「へへへ…」


「思えばさ、オレってけっこう苦労しているんだよな」


「…は? へへ、それはその…お疲れ様です」


「冷静に考えれば、あいつから全部が始まっているんだ。そのせいで本当に苦労したな。自分のスレイブでもないのに一生懸命やってきたよ。いやほんと、オレなりにいろいろと配慮してたんだぞ。だからこんな場所までわざわざやってきたんだ」


「へへへ…それはなんとも…懐が深い御方で安心いたしました。ぜひわたくしめにもご温情を…」


「ほんと、わざわざやってきて出会ったのが、こんなクズとはな」



 トコトコ


 アンシュラオンがカスオに近寄る。


 カスオは相変わらず揉み手をしながら、ヘラヘラと笑っている。


 まったくもって自分の状況を理解していないようだ。




 そのカスオに手を伸ばし―――首を絞める。




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