389話 「キング・オブ・クズ選手権 後編」


 新たな金貨の登場により、キング・オブ・クズ選手権は佳境に入る。


 男の肌と肌がぶつかる音。流れ飛び散る汗。むせ返るような熱気と臭い。


 どれも絶対に味わいたくないものであるが、そんな中にトットが取り残されていた。



「アーー! くさいー! 助けてぇえーーー!」



 さすがのトットも、あまりの男臭さに転げ回る。


 金を積まれても嫌なのに、強制参加のうえに金まで奪われるという災難が襲う。


 今日彼は、自分が男に生まれたことをもっとも後悔しただろう。


 だが、嫌よ嫌よも好きのうち、とも言う。これがゲイなりの照れ隠しなのかもしれない。



(あの叫びは喜びの声だと思っておこう。さらばトット。ここがお前の墓標だ。役立ってくれてありがとう)



 トットを放置して監視を続けると、小太りの男がすっといなくなった。


 目的のものを手に入れたので、早いところ隠そうと逃げ出したのだろう。


 また、普段から慕われていないのか、こんな会話も聴こえてきた。



「あれ? あいつはどこに行った? さっきいたよな?」


「ああ? 誰だ?」


「あのデブのやつだよ。錆色の髪の毛の」


「そんなやついたか? まあ、どうでもいいんじゃね? いないほうが金貨を分け与えなくていいしな」


「それもそうか。あいつ、いつもヘラヘラして気持ち悪いんだよなぁ」


「シロをやっているやつなんて、そんなもんだろう。放っておけよ」


「ああ、そうだな。いないなら、そのほうがみんなのためになるしな」



 完全に仲間外れ的な発言だ。仲間内でも浮いていることがわかる。


 が、これは「わざと」であろう。



(普段から馴染めていないか、あるいは意図的に馴染んでいないか。どちらにせよ【裏切る準備】は常に整えているようだな)



 裏切る人間に総じて言えることだが、彼らは他人に対して心を完全に開かない。


 開いたふりはしても裏切ることが前提なので「へっ、そのうち裏切られるとも知らずに馬鹿なやつらだ」と、コケにしていることが多い。


 あるいは気の弱い人間ならば、裏切った時に自分が傷つかないように仲良くしないということもあるだろう。


 小太りの男は最初から絆を築かないタイプのようだ。その分だけ裏切るのも早いはずだ。


 シャイナの父親が持ち逃げしたあとに捕まっているということは、相手側もそれなりに予見していたことになる。


 つまりは、普段からこうして浮いていた可能性が高いのだ。だから「あいつはいつかやりそうだ」と目をつけられる。


 このことから、さらにあの男が怪しくなった。



(追うか。独りになったところを問い詰めよう)



 ズルルルッ キンッ


 アンシュラオンは身体の周囲に命気を放出し、屈折率を操作して鏡のように『全反射』状態にする。


 普通の移動でも自分の動きを見切れる人間はいないだろうが、念には念を入れて視覚面でも隠密活動がしやすいようにしたのだ。


 仮に誰かに見つかっても問題はないが、あの男を追い詰めるタイミングを失うのは困る。


 今こそが相手の弱みを握る最大のチャンスであろう。




 アンシュラオンは物陰から出ると、素早い動きで男たちの間をすり抜ける。



 高速移動なので誰も気付かない。一瞬何か通ったかもしれないと思っても、金貨に夢中なのですぐに忘れる。



 ガスッ



「いてっ! 踏まれたーーー!」



 途中、うっかりトットを踏んでしまったが、それもまた彼の試練だと思うことにした。


 ゲイには厳しく接しないといけないのだ。それが神の御心である。





 アンシュラオンは小太りの男を追跡。


 波動円でも把握しているので完全に捕捉して後を追う。



(これだけ雑な追跡でもまったく気付かない。完全に素人だな)



 隠れる場所が限られた通路なので、正直なところ相当雑な追い方をしている。


 もし相手がアーブスラットならば、こちらの追跡に簡単に気付いたことだろう。


 だが、小太りの男はまったく気付かない。その動きのトロさから武人でないことは確定である。



 男は通路を通り、いくつかの壊れた扉を抜けていき、一つの部屋に入る。



 チョロチョロチョロッ ザザァ



 部屋はかなり薄汚れていて汚く、時折水が流れる音がしていた。



(ここは…トイレか?)



 アンシュラオンも男に気付かれないように部屋に入る。


 そこで周囲を見回すのだが、どう見ても『トイレ』であった。


 ただし、地上にあるようなものとは違い、やや近代的な洋式便器に近いものが見受けられる。


 さらに定期的に水が流れているようなので、それによって水洗式が実現されているようだ。



 これによって二つのことがわかる。



(かつてここには人間が暮らしていた。そして、その形状は今のオレたちと変わらないということだ。やはり人間の形はすでに完成されているか)



 宇宙に人間は山ほどいるが、星によって人間の姿かたちはだいぶ異なる。


 場合によってはアメーバ状の身体をした人間もいるだろう。その星の環境と生態系に合わせているからだ。


 だが、この星は基本的に地球とよく似た性質を持っているので、人間の形もほとんど同じといえる。


 そもそもアンシュラオンが転生時にこの星を選んだのは、人間の形が地球と同じだからだ。そうでないと具合が悪いものである。


 姉がアメーバだったら、さすがのアンシュラオンも対応に困る。


 人界出身の神機も頭部と四肢を持つものが多いことからも、これは想定していたことだ。


 精神的、霊的側面を除き、人間の肉体面はすでに完成されているのだ。



(二つ目は、水の存在だ。こうした地下水があるからこそ、最低限の衛生環境が保たれているということだな。飲み水にするのは怖いが、生活用水として活用できるのは大きい)



 閉鎖的な空間では、伝染病や感染症などの病気が一番怖い。


 人数が少なく細かな配慮ができるマザーのグループならばともかく、どう考えても掃除などはしなさそうな奥の連中の間では、コレラやペスト等の危ない病気が流行りそうだ。


 汚物の処理もなかなか大変なので、排泄物から感染する赤痢も同様に危険である。


 そうした危険性を常に考えているアンシュラオンからすれば、地下がどうやって衛生力を維持しているのか疑問であった。



 その答えは、単純に遺跡の遺された機能を使っているから、である。



 かつては高度な文化がこの大地にもあったことは間違いない。同様に、それが廃れた原因があるはずだ。



(しかし、いまだに遺跡の機能が残っている点も気になる。これだけの技術がありながら、それを放置しているという点もな。さすがにこれだけのものを見てしまうと無意識に利用しているとは思えないな。誰かが管理維持している可能性は極めて高い。…そろそろ根幹に近づいてきたかもしれないな)



 漠然と感じてきたグラス・ギースの【根幹】のヒントが、ここにあるような気がする。


 マシュホーのように実際に長く住んでいると慣れてしまうが、外から来たアンシュラオンには強い違和感として映し出されるのだ。



 すでに自分の中では、ある程度信憑性の高い推測が固まっている。



 ソブカやプライリーラと出会い、さまざまな情報を得てきたからこそたどり着いた答えがある。


 が、それを大見得切って突きつけたところで何の意味もないだろう。


 重要なことは実際に持っている力であり、これから確実に得るであろう実利だけだ。


 自分は探偵でも救世主でもないのである。




 ゴトンッ がさがさ




 アンシュラオンが実に深い考察をしている間、小太りの男は淡々と浅ましい作業をこなしていた。


 トイレの床の一部を外すと穴が現れ、干し草が敷き詰められている様子が見て取れる。



 その中に―――【隠し金庫】があった。



 石で出来た単純な箱だが、こうして隠しているところを見ると金庫と呼んで差し支えないだろう。


 中には男が貯めたであろう硬貨がじゃりじゃりと入っていた。


 そこに今回くすねた金貨が追加される。



「へへへ…貯まってきたな。そろそろ頃合だな」



 小太りの男は、おちょぼ口で笑うという気持ち悪い特技を見せる。


 なかなか苛立つ笑い方をするものだ。



「何が頃合なんだ?」


「へへへ、そりゃもう、こんな場所からおさらばする時期ってことさ」


「それが軍資金か?」


「まあ、そうだな。ほんと、長かったぜ。あんなクズ連中におべっかを使って油断させて、少しずつくすねて集めた金だからな…。だが、それももう終わりだ。へへへ」



 どうやら「へへへ」が口癖のようである。


 これもまた聞いている人間をイラつかせる嫌な韻だ。



「どうやって抜け出す?」


「へへへ、やり方はいくらでもあるさ。それはもう考えているんだ。おれは頭がいいからなぁ」


「床に金を隠すなんて娘と一緒だな」


「娘?」


「シャイナのことは気にならないのか? お前の代わりに売人をやっているそうだぞ」


「ああ、あいつか。へへ…どれくらい稼いだかな。少しは足しになればいいが…」


「娘の身は心配しないのか?」


「あぁ? うっかり出来ちまったやつだからな…まあ、いい身体に育っていたようだし、今だったら高く売れるのかぁ? なんにしても出て行った嫁の代わりに、もっと働いてもらわないとな…へへへ」


「なるほど。お前が【優勝】だ」


「へへへ、優勝? 何が―――ぎゃふんっ!」



 ドガスッ!


 アンシュラオンが、小太りの男の尻を蹴っぱぐる。




「うおおおおおっ! オオオオオオオ!」




 男はあまりの痛みに這いつくばって身悶えている。


 尾てい骨を狙ったので相当痛いはずだが、痛いようにしたので予定通りだ。


 それからさらにもう一度蹴り、男を仰向けにひっくり返す。



「ぐぎゃっ…ひーー! いてーー! ひいいいー!」


「おい」


「ひーー! 許してー! 違うんです! これは違うんですよーー! けっして盗んだものじゃなくて! そ、そうだ! さっき見つけたんです! 誰かが盗みをやっていた証拠ですよ!!」



 ようやく他人がいることに気付いたのか、小太りの男はパニックに陥る。


 人間、秘密を見られるというのはショッキングなものだ。慌てふためくのは当然だろう。



 そんな愚かしい小太りの男を冷ややかに見つめ―――再度宣言する。




「おめでとう。キング・オブ・クズ選手権の優勝者はお前だ」


「へへ? キング? クズ? はぁ?」


「聞いていた以上のクズっぷりだ。遠慮なくチャンプの称号を受け取るといい。誰も文句は言わないだろうしな」


「…だ、誰だ、お前は! 子供…!?」


「質問に答えろ。お前がシャイナの父親だな?」


「へ、へへへ! びっくりさせやがって! なんだ、ガキじゃねえか! 大人の秘密を見ちまったらどうなるか、思い知らせてやるぜ!」



 小太りの男は、アンシュラオンが少年だと知ると態度を豹変させる。


 相手が子供ならば勝てると思ったのだろうか。これまたなんとも愚かである。



「誰にもしゃべられないようにしてやるぜ! へへへ!」



 小太りの男が殴りかかってきた。


 アンシュラオンより少し身長が高い程度なので、たいした迫力もない。


 むしろ歳をくっているせいか、一般成人男性よりも動きは鈍かった。



 もちろん、すっと回避し―――



「へへへ!!!」



 男の口癖を真似ながらカウンターをかます。


 ドンッ


 アンシュラオンの拳が、軽く小太りの男の腹に叩きつけられた。


 とてもとても優しく、猫を撫でるくらい穏やかに触れた。



 たったそれだけで―――真っ青。




「うぐっ!!! おぼぼぼぼおおおおおおっ!!! おおえええええええ!」




 急激に込み上げてきた吐き気に耐えられず、嘔吐。


 ふらふらっ ばたん


 ドバドバと胃液を吐き出してよろめき、倒れる。


 まるで深夜の路上で倒れているゲロ塗れの駄目サラリーマンの姿を思い出す。実になさけないものだ。



「げぼおおっ! おおええ! ひーーー! ひーーーー! いてーーよ!」


「弱すぎるだろうが。よくそれで勝てると思ったな。せめてナイフくらいは持ってこいよ」


「こ、このガキが…大人を甘く見るなよ…!」



 ギラリ


 金庫があった穴に隠してあったのだろう。男が果物ナイフを取り出した。


 そして武器を持った途端、勝ち誇った笑みを浮かべる。



「へへへ、謝るなら今のうちだぞ…! こう見えても、おれは元マフィアの構成員だったんだぞ!」


「ふーん、どれどれ、ちょっと拝見」


「おい! この妖刀を甘く見るなよ! 触れただけで指なんて簡単に落ちるぞ! へへへ!」


「へー、そうなんだ」



 そう言いながら、アンシュラオンが人差し指と中指で刃先を掴み―――



「はい、ポッキン」




―――へし折る




 いとも簡単にナイフが半分になった。


 アンシュラオンからすれば竹細工より柔らかい。



「うおおおええええええ!? ナイフが折れたーーー!」


「妖刀じゃなかったのか? ずいぶんと脆いな。というかナイフだから刀じゃないだろうが。この馬鹿が」



 手品で初めてスプーンが曲がった瞬間を目撃した幼児のような反応で、折れたナイフを凝視する。


 まったくもって弱い。そこらのチンピラより弱いだろう。


 だが、そのまま何もしないのでは、キング・オブ・クズに失礼である。



 折れたナイフの刃先を持って―――肩に押し付ける。



 ザクッ



「ひぎゃっ!! ひーーー! さ、刺しやがった! こいつ、刺しやがったよおおおお!」


「先にナイフを出したのはお前だろう。陳腐な台詞だが、刺される覚悟もなしに刃物をちらつかせるなって」


「ひーー! なんだお前は…! そ、そうだ、金を分けてやろう! それで見なかったことにして―――」


「うるさいやつだな。人の話を聞け!」



 ドンッ バキィイイッ ビシビシッ


 アンシュラオンが軽く拳を壁に叩きつけると、大きな亀裂が入った。


 壁から始まった亀裂が天井まで走って広がり、パラパラと小さな破片が落ちてくる。


 すでに半壊している遺跡の壁であるが、やれと言われても簡単にはできないことだ。



「ひっ…ふひぃいいいいい」



 ドスンッ


 男が驚き、尻餅をつく。


 視覚的にも迫力があったのだろう。さきほどまでの威勢は完全に失われていた。




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