386話 「奥へ 後編」


 アンシュラオンとトットは、サナたちをグループに残し、奥へと向かう。


 まずは資材置き場に戻り、南側の扉を開ける。



 ウィーーンッ ゴロゴロゴロ



 ここの扉も腕輪で簡単に開いた。


 扉を潜ると、また長い通路が続いている。



「エリアの入り口に資材を置いておくのは危険じゃないのか? 奪われるだろう?」



 ずっと疑問だったことをトットに訊いてみる。


 アンシュラオンが最初に「おや?」っと思ったのは、入り口を抜けた先が倉庫だったからだ。


 そこに食糧庫もあるので、仮に他の派閥が入り込んだ時には、簡単に資源を奪われてしまう危険性がある。


 特に食糧は地下では重要なので、普通はもっと奥に隠すように配置するものだ。そうした事態を憂慮すると管理が甘いように思える。


 それにはトットも同感だったのか、頷きながらも事情を説明してくれる。



「たしかにそうだね。おいらが来た五年前は、あそこは倉庫じゃなかったんだ。それまでは奥の連中が牛耳っていたからさ。食糧とかもあいつらが独占していたんだよ。でも、レイオンが来てからそれが終わったんだ」


「レイオンが倉庫の場所を指示したのか?」


「最初はマザーが言い出したのかな? 不満が溜まると危険が高まるから、あいつらにも分けてやれるようにしたほうがいいって。うちらがいる側に置いておくと印象が悪いし、こっちにやってくるようにもなるだろう? 子供も多いから危険だってさ。レイオンもいつも見ているわけじゃないし、思いがけない事故だってあるしね」


「ふむ、合理的だな。相手を殺さないのならば、それも仕方のない措置だ。しかし、単なる博愛主義でないところがいいな」



 これが宗教上の都合による博愛が目的ならば足元をすくわれる可能性もあるが、マザーはしっかりと現実が見えているようだ。


 奥の連中も生きている。生きているからには食糧などの物資が必要となる。


 今まで独占されていたのだから今度はこっちがする番だ、と思う気持ちもわかるが、この閉鎖的な空間で相手を追い詰めるのは危険である。


 もちろん、アンシュラオンならばさっさと殺してしまうので心配する必要もないが、あくまで生かしておくのならば、その手段は悪くないという意味だ。


 自分たちが合理的に生きているからといって、相手がそうとは限らない。


 自分が赤信号で止まっても相手が止まらなければ、交通事故は起きてしまうものだ。それを危惧してのことだろう。



「奥の連中の物資はどうやって供給しているんだ?」


「基本的にはレイオンが届けるね。できない場合は、さっき通った扉の前に置いておくようにしているよ」


「十分な量は与えているのか?」


「そのはずだけど、たまに倉庫で盗みを働くやつもいるんだ。おいらたちは会いたくないから、見つけたら隠れるか逃げるけどね。そのあとにレイオンに言いつければ殴ってくれるし」



(トットは十分な量とは言っているが、もともとラングラスは豊かではない派閥だ。最低限だと思ったほうがいいな。奥にいる連中の大半は大人の男たちだ。消費も激しいだろう)



 それでも奥の者たちが不満を言わないのは『抑止力』があるからだ。


 すべてはレイオンが来てから変わった。


 このラングラスエリアの秩序は、レイオンただ独りによって維持されているといえるだろう。


 キング・レイオンとは無手試合のチャンプという意味合いもあるが、ラングラス地下派閥における『王』を意味するのかもしれない。



(お山の大将になりたいやつもいるが、好き好んで薄汚れた地下の王になりたいと思うやつは少ない。それがレイオンが地下に留まる理由ではなさそうだな。…と、この臭いは…)




「臭うな」



 突如、アンシュラオンが立ち止まる。


 そして、何度か匂いを嗅ぐ仕草をする。



「な、なんだよ! おいらはしていないぞ!」


「そっちのことじゃないが…お前が言うと【不潔】だな」


「不潔はやめろよおおおおお!」



 不潔はやめてあげてほしい。


 汚い、不潔、臭いは、年頃の男子には禁句である。事実なのが哀しいが。


 だが、アンシュラオンが止まった理由はトットが原因ではない。



「少し黙っていろ。くんくん…うむ、やはりな。これは【麻薬の匂い】だ」


「麻薬?」


「ああ、そうだ。あっちに続いているな」



 アンシュラオンは匂いを追いながら通路を早足で歩いていく。



「地下では麻薬も売っているんだよな?」


「おいらはそっちには詳しくないけど…そういう話も聞いたことはあるよ。マザーからも駄目だって言われているから、どこで売っているかは知らないけどね」


「教育もしっかりしているようだな。悪を知らないでいるよりは知ったほうがいい。知識は力だ。身を守る力になる。もし誘惑に負けて溺れるようならば、所詮そいつはその程度だったというだけの話だ。…一応警告しておいてやるが尻に麻薬は突っ込むなよ。ヤバイらしいぞ」


「絶対にやらないよおおおお!」


「誰でも最初はそう言うんだ。次は見捨てるからな。覚悟しておけ」


「だからやらないって!」




 しばらく歩くと、道は二手に分かれていた。


 真っ直ぐに行くルートと右に曲がるルートがある。


 それに合わせるかのように、匂いもくっきりと分かれていた。



(真っ直ぐ進んだ先に甘い匂いが続いている。間違いない。コシノシンだ。そして、右側の道に続いてるのは…非常に微量だが、こちらも麻薬だ。匂いが薄いということはコシノシンではない麻薬、おそらくはコッコシ粉かコーシン粉だな)



 ラングラスエリア内部に入った時に感じたように、コシノシンには独特の甘い匂いがある。


 それ以外の下等麻薬だと基本は無味無臭だが、優れた嗅覚を持つアンシュラオンには感知が可能である。


 この場所に来るまで両方の匂いが混じりあっていたが、ここにきて二つに分かれた。


 これが意味することは―――



「右側が奥の連中がいる場所だな?」


「え? なんでわかったの?」


「簡単だ。クズどもがコシノシンを買えるわけがない。買えるとしても、せいぜいが劣等麻薬程度だろうさ。だから右だ」



 すでに実権を失っている奥の連中は、当然ながら金もないはずだ。


 コシノシンの値段は、最低でも三等麻薬であるコーシン粉の三倍以上はする。


 地上でも高くて売れにくいのに、この地下ならばなおさら高級品だ。駄目人間どもが気軽に買えるものではない。



(右が奥なのはいいだろう。では、真ん中は何だ? なぜコシノシンの匂いがする? そして、もう一つの特徴的な匂いがする。これは…『キノコ』か?)



 真ん中の道にはコシノシンに加え、やや強めの菌類の匂いもする。


 口で表現するのが非常に難しいが、まさに「キノコくさい」といった濃厚なものだ。


 この匂いが付いたパスタソースを「キノコ祭り」と称して売り出せば、味はともかく売り文句に偽りなしだと話題になるだろう。


 それだけのキノコ臭が漂っている。



(キノコは入り口の通路で見たものだろう。匂いがさらに強くなっているから、日数が経ったものなのか? しかし、なぜキノコだ? まったくわからん)



「あのキノコは何に使う? 食べるのか?」


「キノコ?」


「毒々しい色のキノコだ。入り口の通路にあっただろう?」


「ああ、あれか。食べてはいないよ。何に使うのかもわからないな…」


「わからないのに置いてあるのか? 完全に栽培しているように見えたぞ」


「うーん、いきなりレイオンが作り始めたんだよな。たまに来ては育ったキノコを採っていく感じかな。何に使うかはわからない。訊いても教えてくれないしね」


「レイオンが? なぜだ?」


「それもわからないな。地下に来てからすぐに栽培を始めたよ」


「ふむ…謎だな。キノコ栽培が趣味なのか? そういうやつもいるが…似合わないな」



 あのいかにも戦士タイプのレイオンがキノコ栽培に勤しんでいる。


 趣味はそれぞれなので問題はないのだが、なんとも奇妙な光景である。違和感しかない。



(気になるのは、コシノシンと一緒に匂いが続いている点だ。となると、コシノシンを仕入れているのはレイオンということになる。…なるほど、どうりで金が必要なわけだ。子供の服や玩具程度であれだけの金を使うわけがない。麻薬に注ぎ込んでいるんだな)



 レイオンが催したスペシャルマッチでは、かなりの額の金が動いていたはずだ。


 あれだけの金が生活物資だけで消えるとは思えない。




 その答えが―――【麻薬】であった。




(あの男が麻薬に手を染めるとは意外だが…まだ目的がわからないし、推測の域を出ないな。ひとまずこの一件はオレの中にとどめておこう。今はそれより奥を優先しないとな)



「では、行くぞ」


「な、なぁ、ここまで来たんだから、おいらはもういいだろう?」


「なんだ、怖いのか?」


「べ、べつに怖いってわけじゃないけど…必要性がないというか…いてもいなくてもかまわないというか…」


「いや、お前は必要だ」


「…えっ!?」


「オレは無意味なことは嫌いでな。必要があるから連れてきている。そうでなければお前のようなゲイとは一緒に来ないさ」


「ほ、本当なのか? おいらにも価値があるのか!?」



 後半のゲイの部分が気にならないほど、ゲイという言葉に慣れてしまったようである。慣れとは怖いものだ。



「ああ、お前だけが頼りだ。その時が来たら頼むぞ。お前にしかできない仕事だからな。すべてはお前の働きにかかっていると言っても過言ではない。オレはお前の可能性を信じているぞ」


「お、おいら、こんなに他人に必要とされたことは初めてだ! わ、わかった! おいらも男だ! やるときはやるさ! 任せておけ!」



 かわいそうに。普段よほど他人から疎まれて生きているのだろう。


 ちょっと言葉巧みに誘導しただけで、すっかりとやる気だ。ちょろいものである。



(まあ、囮くらいには使えるだろう。こいつはオレと違って顔を知られている。それが逆に道具になるかもしれないしな)





 アンシュラオンは右側の道を進む。



 途中で分かれ道もあったが、トットの案内と麻薬の匂いを頼りに進んでいく。


 人間とは出会わなかったものの、目に見えて通路が汚くなっていった。


 その最大の原因が、そこらに転がる廃棄物、破壊された木の板や瓦礫のようなものだ。



「なんだこりゃ? ゴミ捨て場にしても乱雑すぎるだろう」


「これは奥の連中が立て篭もった時の残骸だね」


「立て篭もった?」


「レイオンが来た時の話はしただろう。その時に抵抗した跡さ」


「それはいいが…片付けくらいできないのか。まったく、クズどもめ」


「片づけができるようなやつが地下には来ないよ」



 トットにしては、なかなかごもっともな発言である。



 そして、進むにつれて徐々にゴミは増えていき、次第に通路の下半分が廃材で埋まるようになってきた。


 邪魔なのはもちろんゴキブリに似た虫もおり、衛生的にも非常に悪質な場所だ。


 アンシュラオンは微弱の戦気を保護膜として展開しているので、触れるゴミは消えていくのだが、ゴミの中を歩くのは気分が悪いものである。



「ちっ、面倒だな。まとめて消すか」


「ちょっと待ってよ。これはあったほうがいいんだって」


「なぜだ? 汚いだけだろう」


「こうして歩きにくくするだけで、あいつらもこっちにあまり来なくなるんだ」


「それで問題の解決になっているのか? ゴミってのはな、しっかりと処分しないと周囲に悪影響を与えるだけだぞ。ここが閉鎖されている以上、燃やすしかないだろうな」


「そうかもしれないけど…気付かれるって」


「気付かれてもまったくかまわないが…うむ、そういえば『標的』は隠れている可能性があるんだったな。強硬策は危険か」



 門番のピアスの男が知らなかったところをみると、シャイナの父親は偽名を使っている可能性が高い。


 一網打尽にするのはたやすいが、それだけでは誰が誰だかわからなくなる。


 木を隠すならば森の中とはいうが、クズの中にクズを隠すとは、なかなか上手いやり方だ。



 ここはトットの案を採用して、ひとまず道なりに進むとする。



 すると、通路の先に一人の男が立っていた。



 道は微妙に傾斜したカーブになっており、お互いにまだ姿は見えないが、アンシュラオンは波動円でしっかりと相手を確認していた。


 そして、立っている男の情報を取得する。



(おっ、あいつは…また出会ったな)



 なんと、そこには今しがた話題に出た門番の男、ピアスがいるではないか。


 身体はボロボロかつ、顎のピアスが取れているので、当人で間違いないだろう。


 入り口で気絶させたはずだが、あれからしばらく時間が経っているので、ここにいても何ら不思議ではない。


 問題があるとすれば向こうのほうだろう。また最悪の訪問者がやってきたのだ。



(せっかく出会ったんだ。もう一度確認しておくか)



 すると何を思ったのか、アンシュラオンがポケットから銀色に光るピアスを取り出す。


 これはピアスから取ったピアスだ。


 文章にするとわかりにくいが、あの男の顎にあったピアスがたまたま服に引っかかっていたので、そのまま持っていたというだけのものだ。


 こんなものは要らないので、相手に返すことにする。



 アンシュラオンが微弱の戦気でピアスを覆うと、遠隔操作でひとりでに動き出す。



 ゴミに埋もれた床を這うように、ごとりごとりと移動を開始。




 コンコンコンッ コンコンコンッ




「ん? 何の音だ?」



 廃材にピアスが当たる音が響き、ピアス男が不審そうに周囲を見回す。



 コンコンコンッ コンコンコンッ



「んっ…んんっ! え? ピアス! ピアス…なのか!? …ピアスが…動いている?」



 それは実に奇妙な光景である。


 事情を知らなければ完全なる怪奇現象だ。


 しかも奇怪なことはそれだけにとどまらない。



「オトウサン、タダイマ」


「っ!! だ、誰だ!?」


「ボク、ピアスダヨ」


「なっ…まさかピアスがしゃべっているのかよ!!」


「ソウダヨ。ボク、ピアス。オトウサンノ、アゴノピアスダヨ」


「嘘だろ、おい! 俺のピアスがしゃべってるぞ! す、すげー! これがピアスの帰巣本能ってやつなのか!」



 そんな怪奇現象に対して、なぜかピアス男は感動しているようだ。


 当たり前だがピアスがしゃべるわけがないので、これはアンシュラオンの声である。



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