384話 「ミャンメイの能力」


「わーん、キシューがぼくのお芋とったー!」


「のこしておくからだろー。食べてやったんだ。かんしゃしろー」


「えーーーん!」


「こらー、キシュー! 人の物を取ったら駄目でしょう! 悪い大人になって、レイオンさんに怒られちゃうぞ!」


「えー、やだー!」


「嫌なら、ちゃんと謝りなさい!」


「うわー、ニーニアおねえちゃん、ルミーがおしっこしてるー!」


「あー! 大変! ほら、こっちきて!」


「あうー、あうー」



(…すごいことになっているな)



 アンシュラオンの目の前では混沌が発生していた。


 いつの間にか食卓には数多くの子供たちがおり、思いのままに行動するので無秩序な空間が広がっているのだ。


 それをニーニアが必死でお世話している状況である。


 目の前の食事よりもそちらが気になって仕方がない。アンシュラオンも、ただただその光景を見つめていた。



「驚いたでしょう?」



 対面に座っていたマザーが話しかけてきた。


 その顔は穏やかで、子供たちへの愛情に満ちている。


 どうやらこれが、ここの日常のようだ。



「まあね。思ったより子供が多いから驚いたよ。しかも年齢もバラバラだ」



 おしっこを漏らした赤ん坊から、自我が芽生えたばかりの三歳前後の幼児に加え、遊び盛りの七歳くらいの子供までいる。


 アンシュラオンから見ればニーニアはまだ子供だが、この中にいれば十分お姉さんという扱いになるだろう。


 こうした中で育っているからこそ、なかなかしっかりとした性格になっているようだ。


 ロリ子ちゃんも家族のためにスレイブになったと言っていたので、女性は逞しいものである。



「この子たちも貧困街から来たの?」


「半分くらいはね。残りはここで産まれた子たちよ。他にもグループがあって、そこはまだ若い既婚者の人たちがいるの。彼女たちも大変だから、時折しばらく預かることがあるのよ。あとはここで親を亡くした子もいるわね。試合で死んでしまう人もいるしね…」


「そっか、かわいそうだね」



(試合よりも危険なロボットがすぐ隣にいるけどね。しかし、あのロボットたちは他の人間に危害を与えていないようだな。オレだけ狙うなんて不公平だろうに)



 もし被害があればマザーからも忠告や警告があるはずだが、今のところまったく話題にも上らない。


 あんな目立つ奇異な存在を意図的に無視するはずもないので、やはりあれは自分にだけ起こったことらしい。



「それにしても、これだけの子供の面倒を見るのは大変でしょう?」


「そうね。でも、レイオンが助けてくれるから大丈夫よ。ほら、さっき荷物を運んでいたでしょう。あれが今日の『収穫物』なの」


「ああ、あの箱か」



 あの後、料理場ではレイオンはやることがないので、おとなしく自分の作業に戻っていった。


 それから持ってきたのが、一メートル大の木箱六つに詰め込まれた生活物資である。


 ここで言うところの生活物資とは、食糧とは別の服やら下着やら玩具やらの嗜好品が大半となる。


 人間には「衣食住」が必要であるが、どうしても「衣」の部分は食べ物に比べると疎かになるし、健やかに生活するうえでは精神的な気晴らしも必要不可欠だ。


 そうしたものを中心に差し入れが行われるのである。


 現に今のニーニアは、最初に出会った時のようなボロボロの衣類ではなく、新品同様の綺麗なワンピースに変わっている。


 着るものが変わるだけで印象もがらりと変わる。今の彼女たちは一般家庭の子供たちと何ら遜色はない。



 そしてこれは、レイオンが試合で稼いだ金で買った子供たちへのプレゼントである。



 当人はまた見回りに行ってしまって不在だが、子供たちからは感謝されていたものだ。



「あいつ、いつもこんなことをしているの?」


「試合で勝ったあとは必ず持ってくるわ。おかげで助かっているの」


「ミャンメイを賞品にしているのは、それだけの金が必要だからか。普通にやっていたら、たいした金は手に入らないだろうしね。ただ、あいつの実力ならこの地下では問題ないとは思うけど…そこまでする理由は何かな? はっきり言えば自分とは関係のない人間でしょう? そのために自分の妹を危険に晒す理由がわからないな」


「人を助けるのに理由はいらない…というのは少し卑怯な言葉かしら。彼には彼の事情があるのよ。他人のことだから気軽には言えないのだけれど…」


「どんな事情?」


「おばあ様が入院中なの。それでラングラスには借りがあるという話だわ」



 すごい気軽に言った。実にあっさりと口を滑らしたものである。


 これはしょうがない。人間たるもの、他人の事情ほど話していて楽しいものはない。


 それが苦労話や不幸話ならば、なおさらであろうか。



「病気なの?」


「詳しいことは知らないけど、ご高齢だから仕方ないわね。それで高額の治療費が必要になって、この地下にやってきたというわけよ。三年ほど前かしら?」


「あいつ自身が犯罪を犯したわけじゃないの?」


「そういう理由もあったそうよ。ただ、彼が安易な気持ちで犯罪を犯すとは思えないし、ミャンメイちゃんから聞いた話でも、彼女を守るためにマフィアと揉めてしまったとかなんとか…。ほら、彼は妹想いだもの。そのためなら一人や二人くらい殺しちゃうわよ」



 これもまたすごい発言である。


 どうやらミャンメイに声をかけた男を半殺しにしたら、それがマフィアの構成員だったようで、借りを返しにきた相手を何人か殺してしまったらしい。


 殺しが専門ではない彼も、本気で殺しに来られたら反撃するしかない。不幸な事故だったのだろう。



 だが、憎しみは憎しみの連鎖を呼ぶものだ。



 さすがに死人が出れば組織も動くしかない。再び報復で狙われることになった。


 自分独りならばいいが、ミャンメイも祖母もいる状態では危険と判断してラングラス側に相談した結果、地下に行けば帳消しにしてくれるという話になったという。


 地下ならば報復もされないし、一応は収監されているという名分が立つ。一番穏便に解決できる方法なのは間違いない。



(しかし、それくらいで殺すなんて短気なやつだなぁ。中途半端なシスコンってのも気持ち悪いな)



 この男のように直線的な愛情表現をするようになったら終わりであろう。


 しかもサナに目を向けただけの戦罪者をあっさり殺しているので、何も言えた立場ではないはずだ。


 アンシュラオンとレイオンとの最大の違いは、ここでもやはり【力の有無】でしかない。


 自分は力押しで物事が解決できるが、それができない人間は苦労するのだ。



「レイオンはいいけどさ、ミャンメイはそれを納得しているの? 少し間違えたら大変だよ」


「自分のために地下に入ることになったのだから、そこに負い目もあるのではないかしら。おばあ様の治療費も稼がないといけないし、それこそ他人が関われる領分を越えているわね。人それぞれ独自の考えと感情があるものですから」


「それはそうだね」



(理由としては問題ないが…それだけか? あのレイオンのギラついた目…まだ何か動機がありそうだけどな。それとミャンメイも今のままだと危ないよな)



 レイオンの様子を見る限り、ただ地下で生き延びるために必死、というだけでは微妙な動機に思える。


 それならば試合で見せた暴力性に説明がつかない。


 彼は何か特定の目的があってここにいる。あくまで勘だが、そんな感じがするのだ。



 そして、ミャンメイもこのままでは駄目だろう。



 自分のものにするかどうかは別としても、あまりに危険すぎる。


 少なくとも賞品にすることだけは早めに終わらせてあげるべきだ。レイオンが負ける可能性もゼロではないのだから。




「あらあら、お話ばかりしていたらシチューが冷めてしまうわね。ミャンメイちゃんの料理は美味しいのよ。ぜひ味わってみて」


「おっと、そうだった。まずはこっちが先だね。では、いただきます」



 ずずっ


 アンシュラオンがシチューをすする。



(そういえば昼間はラーメンを食べたんだったな。彼女たちの慎ましい生活を見ると、なんだか申し訳ないよ。今度上から美味しい料理でも持ってきて―――)



 ふと、昼間食べたラーメンのことを思い出した。


 さすがに店を出しているだけあって、あの店主はそれなりの腕前である。


 地球で言えば「家系ラーメン」に近いものがあるだろうか。日本人の味覚でも十分満足できるものに仕上がっている。


 いくらミャンメイの料理の腕前が優れているからといって、そこまでは期待していなかった面があったのは否定できない。



 今思えば、それはまったく失礼な話であった。





「っ―――!」





 ぴたり


 シチューを口にしたアンシュラオンの手が、しばし止まる。


 それから何度か口の中で転がして味を確かめ、飲み込む。


 数秒経ってスプーンを皿に戻すと、それを使って軽くシチューを掻き混ぜてみる。


 まるで中に何が入っているのかを確認するような不自然な行動である。



 だが、これにはしっかりとした目的がある。




(―――うまい。美味すぎる。なんだこれは?)




 アンシュラオンが不審な行動を取ったのは、シチューがあまりに美味しかったからだ。


 これを口に入れた瞬間、雷にでも打たれたような衝撃を受けた。



 これは―――サナの出会いと同じだ。



 人間は運命の出会いを果たすと雷撃に似た衝撃を受ける。


 サナの場合は、魂そのものが惹かれたような激しい求愛感情であったが、今回は単純に味覚が持っていかれた。


 おかげで昼間食べたラーメンの味が、もう思い出せない。


 直前まで覚えていたはずなのに、今この瞬間では完全に抹消されている。


 なぜならば、これと比べれば完全なる無価値な存在だからだ。それだけの差があると言わざるをえない。



(ただのシチューがこれほど美味いとは驚きだ。…だが、それだけでオレがここまで反応はしない。そう…この料理には何かが入っている。まさか変な薬でも入っているわけじゃないよな? って、オレに薬は通じないか。ならばもしや…!! これが―――【愛】なのか!?)



 よく最高の調味料は『愛情』などと言われる。


 たしかに何事も愛がなければ良いものは生まれない。食べる相手のことを考えるから創意工夫が生まれるのだ。


 だがしかし、これはそういう類のものではない。


 もっと直接的な何かが起こっているのだ。



(この料理からは何かしらの力を感じる。波動というかオーラというか…まるで力を分け与えられているような。駄目だ。これ以上はわからない。…しょうがない。潔く見るか)



 少し離れた席で子供たちと一緒に食事をしているミャンメイに対し、『情報公開』を使用。


 彼女もスレイブ候補なので、しっかりと確認しておくべきだろう。



―――――――――――――――――――――――

名前 :ファン・ミャンメイ


レベル:8/30

HP :105/105

BP :150/150


統率:F   体力: F

知力:F   精神: E

魔力:E   攻撃: F

魅力:C   防御: F

工作:D   命中: F

隠密:F   回避: F


【覚醒値】

戦士:0/0 剣士:0/0 術士:0/0


☆総合:評価外


異名:奥様志望の料理人

種族:人間

属性:

異能:愛情料理でアップアップ、料理活性化、迅速調理、中級料理人、若奥様願望

―――――――――――――――――――――――



(ふむ、スキルの大半が調理関係で、異名も料理人となっているな。そして、なんだか軽快なネーミングのスキルがあるぞ)



 一番最初に表記されていることから『愛情料理でアップアップ』は、おそらくユニークスキルだと思われる。


 これだけだと効果は不明瞭であるが、だいたいの推測は可能だ。



「ねえ、ミャンメイの料理はいつも食べているの?」


「そうね…恥ずかしい話だけど私はあまり料理が得意ではないので、けっこう甘えているわね。ほとんど毎日食べているわ」


「地下の衛生環境ってどうなの?」


「悪くはないけれど良くもないわね。ここが遺跡なのは聞いているかしら? 何かしらの力が働いているのか空気の流れはしっかりしているけれど、やっぱり太陽を浴びないと人間らしい生活とは言えないわね」


「病気になる人もいるんだよね? 前に開腹手術をしたことがあるって聞いたし」


「ええ、もちろんよ。あれはたしか奥の人だったかしら?」


「ミャンメイが来てから病気になった人っている? 彼女の料理を食べている人限定で…たとえば子供たちとかは病気になったことがある?」


「…? そう言われてみると…病気はしなくなったわね。前はすぐ熱を出したりしていた子も丈夫になったわ。成長の証だとは思うのだけれど…それがどうかしたの?」


「ああ、いや。元気が出る料理だなーって。こんな美味しい料理を食べていれば、病気になんてならないような気がしてね。これに慣れたら、外じゃご飯を食べられなくなるよ。オレが保証する」


「ふふ、そうかもしれないわね。彼女が来てくれたことは本当に嬉しいわ」



 どうやらマザーは気付いていないようだが、アンシュラオンにはこれで確信したことがある。



(明らかに力が湧いてくる。『ステータスが向上』しているんだ)



 元気が出る、というのは精神的な話ではない。


 実際にステータスが上がる効果が料理にあるのだ。


 これはアンシュラオンにしかわからないくらい微妙な上昇効果だが、もし本当に上がっているのならば極めて珍しい現象である。


 今までグラス・ギースの料理を食べてきたが、このような状態になったことはない。


 ホテルにいた料理人の腕も良かったはずなので、ミャンメイと遜色はないはずだ。


 ならばスキルの影響としか考えられない。



(情報公開の数値では大雑把すぎてよくわからないが、間違いなく上がっている。それに病気にならないという話から、バッドステータスの予防や保護の効果もあるのかもしれないぞ)



 よくRPGゲームなどでは、料理にはステータスが上昇する効果があるものだ。


 地味だが、やるとやらないとでは大きな差が生まれる。


 特に強敵相手との戦闘で、HPが1残るかどうかのギリギリの勝負では極めて有効になるだろう。



「…ぱくぱく、もぐもぐ、ごっくん」



 見ると、サナも夢中になってシチューを食べている。おかわりもしている。


 相変わらずの食べっぷりだ。それだけ美味しいのだろう。



(サナがこれほど食いつくとはな。オレの料理とは反応が違う…)



 いつも見事な食べっぷりではあるのだが、アンシュラオンが作った料理とは食いつきがまったく違う。


 彼女は何も言っていないが「これが本当の料理か!」と言われているような気がして、少しだけショックを受けたりもした。



 が―――これは大収穫だ。



(サナの食事に関してはずっと考えていた。外食では栄養が偏るし、オレが作っても所詮は素人の男料理だし、ホテルで暮らすにしても【専属料理人】は必要だ。そう、ずっとオレは料理人が欲しかったんだ)



 子供にとって食事は重要だ。とりわけ成長期の子供にはしっかりとした愛情料理が必要なのだ。


 可愛いサナのために何度か料理人を雇おうかと思いつつ、なかなか機会がなかったので先延ばしにしてきた問題である。


 その最上の解決策が目の前にあるのだ。これほど嬉しいことはない。



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