383話 「レイオンとファン・ミャンメイ 後編」


「兄妹なら結婚できるじゃないか。なぁ?」


「だからおかしいだろう!」


「なぜだ? オレは姉ちゃんと毎日セックスしてたぞ。普通のことだ」


「どういう日常だよ!!」


「逆に訊くが、姉とエロいことができない人生に意味なんてあるのか? お前はそんな冷たく苦しい世界で暮らしたいのか?」


「意味はあるんじゃないの? ないの? ねえ、ないの?」


「無いな。姉がいない人生は死と同義だ」


「こいつ、駄目だ! 考え方がおかしい!」


「なんだと! アーー!にだけは言われたくないぞ! この害虫が、死ね!」



 バシンッ



「いってーーーーー!」



 トットの額を布で引っぱたいて制裁。


 この布はさっき彼の尻を叩いたものなので、きっと満足してくれただろう。


 変態の気持ちなど理解したくもないが。



(ああ、もう久しく姉ちゃんに触れていないな…。せっかく忘れかけていたが…やはり姉がいない生活は寂しいもんだ)



 アンシュラオンは姉が欲しいから転生したようなものだ。


 姉の温もり、姉の癒しを人生の指標として生きてきた。それ以外の動機はない。


 それが無くなるということは実に哀しいことだと改めて痛感するのであった。



「くっ、駄目だ! 心がざわついて、どうしようもない! こうなったら妹パワーを補充するしかない!! すーーーはーーー! すーーーーはーーーー!!

 くーーーー! イイネ!!」



 サナの髪の毛に顔をくっつけて、サナ吸いを敢行。


 仮面がないといつでも吸うことができるので、気軽にパワーの補充が可能だ。素晴らしいことである。


 幸いながら周囲の人間には妹を可愛がっているように見えたのか、ドン引きはされていないようだ。


 そういう意味でも過ごしやすい場所である。




「ほら、ミャンメイちゃん。用事があって来たのではなくて?」


「あっ、そうでした。トット君、食材は持ってきてくれた?」


「ああ!! そうだった! 忘れてた!!!」


「それじゃ、トットはもう一度食材を取りに行ったら、ミャンメイちゃんのお手伝いね。ニーニアは食卓の準備と、他の子たちの面倒を見てあげてね」


「うん! わかった!」



 マザーがタイミング良く話しかけたことで、張り詰めていた空気が霧散。


 すぐさま日常の気配が戻ってきた。


 そもそもトットは食材を取りに倉庫に行っていたので、再び料理作りのお手伝いに戻る。


 ニーニアは、ラングラスエリアにいる他の子供たちの世話のために動き出す。



「それじゃ、わしらも準備でもするかの」


「そうですねぇ」



 それを見た老人たちも静かに動き出す。



 こうなると逆に、アンシュラオンとレイオンのほうが取り残された気持ちになるから不思議だ。



 アンシュラオンは、そんなマザーに感嘆する。



(へぇ、見事なもんだな。『空気を読む』っていうのかな。本当に間合いを読んでオレの流れを断ち切ったよ。なかなかできることじゃない。…この人も普通と違う感じがするんだけど、単純に経験かな?)



 これもまたアンシュラオンがやったような『間合い』に関連するテクニックである。


 戦闘と会話という大きな違いはあるが、間合いは両者に共通するものなので、マザーもまた自分の間合いでアンシュラオンを呑み込んだことになるのだ。


 こうしたことからもマザーからは、年上というだけではない落ち着きと強さが感じられる。


 初対面なので彼女のことは何も知らないが、強い魔獣をたくさん見てきた自分には、彼女も一般人とは少し違うように思えるわけだ。



「せっかくだ、オレも料理を手伝うよ」


「いいんですか?」


「こう見えても少しは心得があってね。独り暮らしも長かったからさ」


「ありがとうございます。助かりま…」


「ミャンメイに近寄るな」



 それを見たレイオンが立ち上がる。


 こうしてみると、やはり大きい。アンシュラオンが本当に子供に見えるほどだ。



「お前はまだそんなことを言っているのか。妹ならば、オレがどうしようがいいじゃんか」


「誰がそんなことを認めたんだ」


「オレが決めたんだよ」


「俺は認めていない」


「負けたなら負けた人間らしく、おとなしくしていろって」


「それとこれとは話が別だ」


「なんだよ、シスコンなのか? だが、根暗なシスコンは嫌われるぞ。堂々としないと、ただの痛いやつだぞ」


「誰が根暗で痛いやつだ!」


「ふふふ…」


「なんだ? 何が可笑しい?」



 その二人の様子を見て、ミャンメイが笑う。



「だって、兄さんがこんなに饒舌だなんて久しぶりだったから…。ここに来てからはいつもつらそうだったし、少しだけ嬉しいな」


「むっ…」


「ホワイトさん、こんな兄ですが、どうかよろしくお願いいたします」


「うーん、君にそう言われると強く出られないな。まあ、使えないわけじゃないし、少しは気を配ってあげるよ」


「はい、ありがとうございます」


「ふんっ…」



(ミャンメイは笑顔のほうが何倍も可愛いな)



 初めて見たときは悲痛な表情だったが、こうして笑うと本当に可愛く見える。


 やはり女性には笑顔は不可欠である。



(しかし、兄妹…か。これが普通の関係なんだよな。…ちらり)



 隣にいるサナに目を向ける。



「………」



 相変わらずサナはしゃべらないし、表情の変化もない。


 変化の兆候はあるが、まだまだ普通の妹という感じではない。



(意思が強くなればサナも変わるのかな? うーん、まだ想像できないな。ただ、今のオレには今のサナのほうが合っている気がするしね。おかげで姉ちゃんのトラウマも少しは和らいだし…)



 ツンデレ妹にも憧れるものだが、あれはあれで面倒かもしれない。


 通常時ならば平気でも、まだ自分の心の中には姉から受けた激しい痛みが残っている。(それと『唾液の甘み』も)


 言ってしまえば治療中のようなものなので、今は穏やかな空間が必要なのである。


 しかしながらこれだけの騒動を起こしていても、あの姉の激しい存在感と愛情表現に比べれば「適度な刺激」にすぎないとは怖ろしいものである。




 しばらくするとトットも戻ってきて食材が集まる。


 それを隣の部屋に設置された厨房に持っていって調理が始まるのだが、そこで最初に思ったのが―――



「すごい手際の良さだね」



 トントントントン シュッシュッ


 トットが持ってきた野菜が簡単に捌かれ、流れるように調理されていく。


 包丁の扱いに慣れているアンシュラオンも、それには驚きであった。



「そんなことありませんよ。普通じゃないですか?」


「いやいや、オレも料理をするからわかるけど、かなりすごいね。プロレベルだ」



 慣れている人間と本職の違いというのは、素人にはわかりにくいものだ。


 だが、その間には歴然とした差があるもので、見る人間が見れば一目でわかってしまう。


 ミャンメイの手並みは、明らかに一般人とは違う。


 単なる包丁が名刀のように滑らかに動いていく光景は、見事の一言でしかない。



「そこまでではないと思いますが…たしかに料理は好きですね。昔からよくやっていますし」


「君はレイオンとずっと一緒に暮らしていたの? 料理もそれで上達したのかな?」


「一度離れた時期があって、その間に本格的に料理を学びました」


「いろいろと事情がありそうだね。よかったら聞かせてよ」


「たいした話ではありません。みんなと比べれば幸せだと思います」



 それからミャンメイの生い立ちを聞かせてもらう。


 ミャンメイとレイオンは、意外にもグラス・ギースの生まれらしい。


 しかし、閉鎖的な空間では仕事もあまりないので、両親が祖父母を残して他の都市に移住することを決めた。


 それからしばらくは『東』で暮らしていたという。



「東? 南じゃなくて?」


「はい。南を経由しながら、少しずつ東に移住していったんです。それからしばらく東の都市で暮らしていました」


「東の都市というと…ロフト・ロンだっけ?」



 以前、ラブヘイアから聞いた東にある独立都市である。


 規模としてはグラス・ギースに匹敵し、近年では自衛のために軍備を拡充しているという話を思い出す。



「そこにも一時期滞在していたこともありましたが、税金が高くてまた東に移住を繰り返して、最終的に『ゴウマ・ヴィーレ』という【国】に暮らしていました」


「国? 国って国家のこと? このあたりに明確な国はないって聞いたけど…」


「私も詳しくはありませんが、東には国家というものがあるみたいです。ゴウマ・ヴィーレもその一つで、一番最初にたどり着いた国でした」


「国…か。興味深いな。どんなところだったの?」


「とても素晴らしい国でしたよ。あんな場所があるんだってくらい平等で静かで、落ち着いて暮らせたところは初めてでした」



 ゴウマ・ヴィーレは、非常に小さな国家である。


 規模もグラス・ギースが二つ分くらいで、人口も三十万に満たないという。


 これぐらいの規模だと大型都市と呼んだほうがよいのかもしれないが、ここは間違いなく国家である。



 このあたりは何をもって国家とするかが問題となる。



 グラス・ギースも土地と住人が存在し、領主やグラス・マンサーが実効支配をしているので、ほぼ国家と呼んで差し支えないだろう。


 強いかどうかは別として領主軍という防衛隊もいるし、今はもう倒れてしまったが戦獣乙女という戦力もあった。軍隊も有していたのだ。


 となれば、独立都市と独立国家を分けるものは何であるのか。



 それは―――




「ゴウマ・ヴィーレには、【法】がありました。それまで意識はしませんでしたが、それが国家というものなのですね」


「法…法律か。もっと言えば憲法かな? たしかに重要なことだね。慣習ではなく、明文化された法があるというのは国家として重要な要素だ」



 ゴウマ・ヴィーレにあってグラス・ギースにないもの。



 それは―――【法】である。



 グラス・ギースにも約束事や決まりはある。暗黙の了解も数多くある。


 アンシュラオンがマフィアに介入した時も、彼らはさまざまな慣例や慣習を盾にしようとしていた。


 だが、それでは明確な法とは呼べない。


 慣習法があるように、習わしも長く続けば法にはなるが、誰でもわかるようにはっきりと明示し、それを確実に遂行していく力があってこそ初めて法となる。


 できればそれを対外的にも知らしめるべきだろう。そうであってこその国家である。



「国王とかがいるの?」


「はい。王家の方がいますね」


「法があるってことは、それを守るための力もあるんだよね? 軍隊もあるのかな?」


「軍隊も強いみたいです。ちゃんと治安もしっかりしていました」


「なるほど、国家と呼ぶだけはあるか。防衛力は重要だからね」


「でも、あの国で一番重要なものは軍隊ではなく、【壁】なんだと思います」


「壁? 城壁のこと?」


「ここみたいな城壁ではなくて、もっとすごい長さの壁が広がっているんです」



 ゴウマ・ヴィーレは小さな国だ。


 いくら国王がいて法があり、軍隊がしっかりしているからといっても、それだけで安泰であるわけではない。


 昨今では東からの侵略も起こっており、ロフト・ロンなどの東の都市は警戒を強めている。


 だが、いまだに東で騒動を聞かないのは、ゴウマ・ヴィーレが東で食い止めているからにほかならない。



 それを支えるのが―――『白亜の刃山壁じんさんへき』である。




「白い壁がずらーっと長く続いていて、それで東と西を大きく分けているんです。だから東側からは攻撃を受けないで済むみたいです」


「迂回すればいいんじゃないの?」


「それが本当に長くて、山脈を囲むようにずっと続いているらしいんです。壁も少し特殊で簡単に登ったりもできないと聞いています」


「へぇ、それは面白い。壁を建造するだけでもかなりの労力だと思うけどね」



 地球の某国家でも、不法移民対策に壁を建設する話を聞いたことがあるような気がするが、本当にやるとなれば相当な手間と労力が必要になるだろう。


 だが、ゴウマ・ヴィーレには実際に壁があるらしい。実に興味深い話だ。



「そんな安全で快適な国なら、こんなところに戻る必要はなかったんじゃない?」


「祖父が亡くなって、祖母だけになってしまって…呼び寄せたかったのですが、あれだけの長旅には耐えられませんし、私たちが戻ったんです」


「そっか、大変だったね」


「そういえば、兄の話をしていませんでしたね。兄さんは…」


「あっ、お構いなく」



 レイオンの話はべつに興味がないので割愛である。


 ちなみにレイオンは、もともと武人の資質を有していたので、旅の間の護衛やゴウマ・ヴィーレでの力仕事、あるいは兵士見習いなどをして鍛練を積んだようだ。


 それから生活のために二人は別々に暮らし、ミャンメイは料理の仕事に就いたという。彼女の料理の腕前はそこで磨かれたのだろう。


 そして、グラス・ギースに戻るときに再び再会することになった。


 ただ、久々に会った兄がムキムキになっていたので驚いたという。



 これを『渡米プロレスラー現象』と呼ぶ。



 なぜか海外に渡って武者修行をすると、食べ物が違うのかムキムキになって戻ってくるレスラーが多いことから名付けられたものだ。


 これは冗談にせよ、より正確に述べれば、武人の因子が覚醒したことで肉体にも変化が起こったと思われる。


 それ以後、またいろいろとあって今に至るという。


 ちょっと割愛しすぎてまったく伝わっていないと思うが、男の扱いなので問題はないだろう。



「はい、出来ましたよ!」



 どうして地下にいるのか、なぜラングラス派閥にいるのかという重要な話を聞きそびれている間に料理が完成してしまった。



(ラングラスとかの話は聞けなかったが、まあいいか。サナも早く食べたそうだしな)



 見ると、すでにサナが食卓についているではないか。


 せっかくミャンメイが作ってくれた料理だ。まずは食事を堪能すべきだろう。



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