382話 「レイオンとファン・ミャンメイ 中編」


 入り口にはレイオンがいた。


 どうやらアンシュラオンが夢中になっている間に入ってきたようだ。


 といっても扉が開くのは感知していたので、その瞬間から彼がいることはわかっていたことだ。驚きはない。



(レイオン…か。いい雰囲気を持っているな)



 改めてレイオンを観察する。


 煤けて色を失いつつある青い髪に対し、濃いサルビアブルーの瞳は煌々と輝いており、アンシュラオンをしっかりと睨みつけている。


 身長はソイドビッグくらいはある長身で、しっかりと筋肉の鎧を身にまとっている。


 が、ビッグのように横にも広いわけではない。


 筋肉質ではあるが、プロレスラーのようにガチガチというわけではなく、空手家のように引き締まった身体つきをしている。


 服は試合会場で見たボロボロのサバイバルジャケットのままだ。


 その隙間から多少の痣が見えるが、すでにほとんどの傷は回復している様子がうかがえる。



(耐久力と回復力に優れた典型的な戦士かな。技を見ていないから実際の実力はまだわからないが…悪くはない。サナの相手としては上等だ。何よりもギラついている感じがいいな)



 アンシュラオンを睨みつける目は、今すぐにでも襲いかかってきそうなほど鋭く激しい感情を帯びている。


 それでも飛びかかってこないのは、周囲に女子供がいるからだろうか。それとも自分もそれに含まれているからだろうか。


 どちらにせよ武人としては悪くない人材だろう。



「あんたがレイオンか」


「ミャンメイから手を離せ」


「おいおい、挨拶くらいしようよ。人としての礼節だろう?」


「手を離せ」


「ふむ、そういえばあんたの『所有物』だったね。オレも他人の物に興味があるわけじゃないけど、どうやらこの子は愛されていないようだ。そういうのを見ると不憫でね。拾いたくなるんだ」


「お前には関係ないことだ」


「人の話を聞かないやつだなぁ。あんたがちゃんとかまっていればそうするが、要らないのならば、もらうよ」


「…死にたいのか。そいつに手を出そうとした人間がどうなったか聞いていないか?」


「聞いていないな。でも、聞いたところで結果は変わらないと思うよ。あんたはオレには攻撃できないしね」


「脅しではないぞ」


「こっちも冗談で言っているわけじゃないよ」



 スウウウッ



「うっ、さぶっ!」



 周囲の空気がやたら冷たくなった気がして、トットが自分の両腕を掴む。


 だが、本当に気温が下がったわけではない。



 レイオンが、凍てつくような冷たい【殺気】を出したのだ。



 トットは直接当てられていないのでまだ大丈夫だが、もし対面で睨まれていたら腰を抜かして、小便をちびりながら「アーー!」と叫んだことだろう。


 常人ならば耐えきれないほどの圧力だということだ。



 が、そんな殺気でも―――アンシュラオンには生温い。



 この圧力に晒されながらも平然としている。



(裏スレイブには届かない。あいつらの放つ喜々とした殺意とは別物だ。やはりあまり人を殺したことがないようだな)



 人と戦い、殺すのが好きな裏スレイブは脅すということをしない。だから殺気にも、すっきりとしたキレがある。


 一方でレイオンのものは大きくて重いが、それだけだ。相手を細切れにして殺そうというものではない。


 これは強い弱い、良い悪いの問題ではなく、性質のことを言っているわけだ。


 残虐性や残忍性もないので、この程度の殺気ではアンシュラオンは何も感じないのである。




 二人は―――室内で対峙。




 険悪なムードであることはわかるので誰も口を開かない。


 トットやマザーも見守るしかないようだ。



「どうした? 入ってきていいぞ。入れるものならばな」


「………」



 レイオンは軽く構えたまま立ち止まっている。


 こちらを牽制しているわけではない。待ち構えているわけでもない。




―――動けない




 のだ。


 アンシュラオンの周囲には、ジュンユウがやったような「間合い」が形成されていた。


 素人には何も見えないが、それなりの腕前の武人が見れば、そこだけ別の空間になっていることがくっきりとわかるだろう。


 間合いは球体として生み出され、すべての範囲を完璧に覆っている。


 無限抱擁を展開しているわけではない。普通にこの範囲がアンシュラオンの間合いにすぎない。



 レイオンが間合いに入れば、即戦闘開始、というわけだ。



 それはわかっている。すべて理解している。




 だからこそ―――動けない。




(突破できん…!)



 試合では汗一つ掻いていなかったレイオンから、じんわりとした汗が滲む。


 知らずのうちに呼吸が荒くなっていき、興奮して瞳孔が開いていく。



 この段階でレイオンは―――【三度敗北】していた。



 一度目は、飛びかかった。


 制圧しようと軽く拳を伸ばしたのだ。


 だが、腕が伸びきる前に腹に一発受けてノックアウトされた。



 二度目は、侮りがあったと反省して本気で殴りにかかった。


 試合で見せたようなギラついた野生の本能で、殺してもかまわないと思って突っ込んだ。



 結果、腹を抉られて―――殺された。



 人生は鏡だ。自分がやったことが自分にも降りかかる。


 自分が殺そうと思って突っ込めば、相手もそう思って反撃するだろう。


 その結果として、アンシュラオンの覇王技、羅刹によって腹を抉られて死んだ。


 抵抗する暇もない。よけることは不可能だ。速度が違いすぎる。



 三度目は、どうにかして打開しようと防御主体で間合いに近づいた。


 しばらくはそこで膠着し、何の動きもなかったが、飽きたアンシュラオンがずかずかと歩き出して間合いを広げ、あっさりと殺された。




「はぁはぁ、ちっ…」


「どうした? また来いよ。何度でも相手をしてやるぞ」


「くっ…」



 どさっ


 その圧力に屈したようにレイオンが膝をつく。



 じわぁぁ



 そして、触れてもいないのに彼の腹に痣のようなものが生まれた。


 当然ながら二人のやり取りは、想像上で起こったことだ。現実では一歩たりとも動いていない。


 そうにもかかわらず身体に傷が生まれたことには誰もが驚く。



「え? え? どうなってるんだ!!? どうしてレイオンの腹に傷が…」


「【聖痕せいこん】…と一緒ね」


「聖痕?」



 トットの言葉にマザーが答える。



「カーリス教では、偉大な死を遂げた聖人に敬意を払って祈りを捧げるのだけれど、たまに信者にも同じような傷が生まれる場合があるの。たとえば首に怪我を負って死んだ人を想うと、同じ場所に傷が生まれるという具合ね」


「なにそれ? 超常現象じゃん!」


「そう考える人もいるけれど…実際は自分の思い込みなのよ」



 地球の宗教でも、はりつけにされた指導者に祈りを捧げていた信者が、両手から出血するという現象が起きている。


 何も知らない人が見れば、まさにトットが言ったように超常現象ではあるのだが、これは単なる【精神の働き】である。


 たとえば絵画では手の平に杭が刺さっているが、実際にそれをやると手では耐え切れずにちぎれてしまうらしい。


 それゆえに本当は手首だったのではないか、と言われている。



 が、血を流した信者は手の平から出血している。そこに矛盾があるわけだ。



 答えは簡単。


 その信者が絵を見たことで「杭は手に刺さっていた」と思い込んでいるからだ。


 だから精神の効能によって、傷が手の平に生まれたにすぎない。もし肩ならば肩に、足ならば足に出来るだけのことだ。



(【イメージ戦闘】ができるだけ、たいしたもんだよ。精度もいい。そうやって痣ができるのは実際にシミュレートしているからだ)



 忘れてはならないことだが、武人の戦気は精神エネルギーを利用している。


 それによってこれだけの力を出すのだから、精神というものは実に怖ろしい兵器にもなりうる。


 レイオンのようにイメージの結果として自分の身体に傷をつけることも容易なのだ。


 それだけイメージがしっかり出来ていた証拠でもあるので、彼が優れた気質の持ち主であることを示している。



 これはファテロナもアンシュラオンとの戦いでやったことだ。


 あの時の彼女も事前に行動予測をしたのだが、何度打ち込んでも返されるイメージしか湧かなかった。


 だから勝負を途中で捨てたのだ。その差に気付くことが優れた武人の証明でもある。



「どうする? 本当にやるのならば、やってもいいぞ」



 今、アンシュラオンはレイオンを―――見下している。



 現実では戦ってさえもいないのに、目の前の少年に対して大柄な男が跪いているような構図になっている。


 歴然とした実力差が、ここにはあった。



「………」



 レイオンが、目を逸らした。


 動物の睨み合いではないが、やはり弱い者から目を背けるものだ。




 こうして―――屈する。




 これ以上の敵対行為を継続することを諦めた。


 アンシュラオンの実力を知っている者からすれば、なんら恥ではない。


 むしろ差を知っていながら挑む者のほうが愚かしく思えるだろう。レイオンの判断は極めて正しい。



(思った以上に早い出会いと決着だったが、オレが主役じゃないからな。こんなものだろう)



 すでに凄腕のアーブスラットたちと戦っているアンシュラオンである。いまさらレイオンと戦いたいとは思わない。


 それよりは話をスムーズに進めるほうが重要だ。


 もしレイオンが最後まで反抗するような者だったら厄介であったため、この決着は双方が望むものとなった。




「さて、負けを認めたな。ならば話し合いをしようか。面倒は嫌いだからスマートに進むと嬉しいけどな」


「お前は誰だ! ミャンメイが目的なのか! こいつは…やれん!」


「そういきり立つな。オレはお前と戦うつもりなんてないさ。ミャンメイを無理やり奪おうなんて気もない。それじゃオレも楽しくないしな。ただ、あんたには用事があるんだ」


「用事…だと?」


「代表戦が五日後にあるんだってな。オレと妹も出させてもらうぞ」


「妹…?」



 レイオンが、ここでようやくサナの存在に気付く。


 アンシュラオンの存在感が強すぎて見えなかったのだ。



「この子は?」


「オレの妹だ。まだ幼いが武人だ」


「………」



 レイオンがサナを観察する。


 これは武人が武人を測定する行動なので、ジロジロ見てもアンシュラオンは何も言わない。


 また、レイオン自身もそういった感情はなく、本当に実力だけを測っているようだ。



 そして、結論。



「代表戦は甘くないぞ。その娘では難しい」


「だろうな。ただ、オレとお前がいればラングラスは勝てるから、この子は試合で修行ができればいい。勝ち負けは二の次だ。悪い提案ではないだろう? 勝ちたいのならば受け入れることだ」


「………」


「お前のことは何一つ知らないが、試合は見せてもらったよ。まあ、なんというか…『おままごと』だったな。見ているほうは恥ずかしかったぞ」


「………」


「ずっと気になっていたが、お前は何の目的でここにいるんだ? ラングラスとどういう関係だ?」


「………」


「やれやれ、男のだんまりってのは最悪だな。ただ印象が悪いだけだ。じゃあ、こうしようか」


「あっ!」



 アンシュラオンがミャンメイを引き寄せる。


 身長はミャンメイのほうが少し高いので、胸を鷲掴みにするとちょうどよい感じだ。


 心地よい弾力が手の平に伝わって気持ちいい。



「っ! やめろ!」


「ミャンメイのことになると激情するな。そんなに好きなら自分のものにすればいいのに。それともインポか? その若さからとは…さすがに同情するよ」



 今で言うところの「ED」、つまりは勃起不全である。


 アンシュラオンも地球時代は、老化による急激な性欲減衰に戸惑ったものだが、若い頃にそうなったら生きる意欲そのものが失われるだろう。



(ミャンメイは魅力的だよな? 身体が健康なら普通は性欲を抱くと思うが…)



「あっ、あっ!!」



 もみもみもみ



「これは芝居だから我慢してね」


「え? あっ、はい」



 もちろん嘘であるが、そうミャンメイに言うだけで簡単に信じてしまう。


 このような女性なのだ。言葉は悪いが簡単に手篭めにできてしまえるはずだ。


 それをしないことがアンシュラオンには理解できない。



 が、答えは意外なところから出てきた。





「武人の世界では『近親婚』も多いと聞くけれど、カーリス教ではあまりお勧めはしていないわね」





「…え?」



 声が発せられたのはアンシュラオンの真後ろ、マザーからであった。



「今、なんて言ったの?」


「近親婚よ。だって、二人は【兄妹】ですもの」


「兄妹? 血が繋がっているの?」


「そう聞いているけど…そうよね?」


「は、はい。兄さん…です」



 アンシュラオンは、じっと二人を交互に見る。



(言われてみれば…髪の毛の色は似ている。ただ、レイオンが煤けて汚れているから鮮やかさが全然違うぞ!! それ以外は似ていないが…本当に兄妹なのか? いや、当人が言っているのならば間違いないか)



 二人は【兄妹】であった。



 この世界ではロゼ姉妹のように似ていない家族もいるので、そういった判断がとても難しい。


 そして、ここでもまた大きな認識の違いがある。





「兄妹なら結婚できるじゃん」





「おかしいだろう!!!」




 トットにツッコまれるという屈辱を味わうことになるのであった。



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