381話 「レイオンとファン・ミャンメイ 前編」


(話を聞いた限りでは、『カーリス教』というのはキリスト教をベースにしたような宗教だな。博愛の精神はまったくもって悪いものではないが…はてさて、実態はどうかな)



 宗教自体は、基本的に同じような誕生の仕方をするものだ。


 たとえば教祖となる指導者(自覚の有無にかかわらず)がおり、その周囲の者たちが広めていくといった形態をとることが多い。


 そして、頭がおかしい教義が生まれるのも、これが最大の原因となる。



 指導者と弟子あるいは取り巻きの間に、霊的覚醒レベルの多大なる相違があるからだ。



 指導者自体はそれなりの目的があって、その土地あるいは民族に適応する教義を説いていくのだが、周りはその本来の意図を理解できない場合が大半である。


 凡人に天才は理解できない。弱い人間に強い人間のことはわからない。


 それと同じような『乖離』が発生して、長い年月をかけて伝わるうちに意味不明なものが付け加えられていく。


 カーリス教がどんな組織かはまだわからないことも多いが、なんとなく硬質化したイメージを抱いたので、多分に漏れず変なことになっている可能性は高い。



(真贋を見極める目を持たないやつらは、それに騙される。教義や儀式に囚われて盲目になる。それも当人のレベルが低いから起こる現象だ。詐欺に遭うのは自分に見る目がなかったから、というやつだな。だが、彼女は自分の信念だけでここまでやってきた。そういう女性ならば価値はあるな)



 何を信じていようが、大事なのはその人間当人の質である。


 結局のところ素晴らしい人間というものは、どこにいても何をやっても素晴らしいのである。


 マザーがたまたまカーリス教にいるだけであり、違うところにいても彼女は依然として美しいだろう。それだけのことだ。



 そんなマザーに好感を抱きつつ、本題に入ることにする。



「そうそう、ソーターさんはリーダーなんだよね。試合に出るために派閥のリーダーの許可が必要って聞いたんだけど…」



 その後の自己紹介で、ニーニアのおじいさん(名前はソーターというらしい)が派閥のリーダーだということが判明する。


 当初は奥の連中たちが実権を握っていたが、レイオンが来て弱者に転落したので、今はソーターじいさんが代表になっているとのことだ。


 早々にリーダーに出会えたことはラッキーである。



「試合? もしかして代表戦のことかい?」


「そうそう、それだね。オレたちも加わりたいんだ」


「ほへー、そんな小さな身体で戦えるのかいな?」


「まあね。ラングラスの順位に興味はないけど、オレたちを出してもらえれば少しは貢献できると思うよ。少しどころか優勝は間違いないね」


「お、おい! いきなり何を言ってんだよ! 代表戦はいつもの試合とは違うんだぞ!」



 その発言にトットが驚きの声を上げる。



「ほぉ、さすが兄貴好きのアーー!だけはあるな。ちゃんと試合を観戦しているようだ」


「くそっ! 言い返したいが、試合が好きなのは事実だ。だからこそ言わせてもらうぜ! おいらは素人だけど、代表戦は場合によっちゃ死人も出るくらい危険なものなんだぞ!」


「それは素晴らしい。相手を殺していいなら、そのほうが気楽でいいな。手加減って面倒だし」


「どういう神経してるんだよ! それに派閥の順位がかかっているから、負けたら大変なんだぞ! 弱いやつに出られると迷惑なんだよ!」


「ラングラスは最下位だろうが。これ以上、どうやって落ちるんだ」


「最下位で負けてもペナルティがあるんだ。試合に出るにも物資を出さないといけないし…」


「相変わらず弱者に厳しいルールだな。しかし、レイオンがいるのに負けているのか?」


「…レイオンはいつも勝つよ。でも、団体戦だから…負け越すんだ」


「試合は何人でやる?」


「三人だね。両者戦闘不能とかの引き分けで勝負がつかない場合は延長戦もあるけど…基本的には、先鋒、中堅、大将で、先に二勝したほうが勝ちになる」


「このエリアにレイオンに匹敵する武人はいないのか?」


「そんなのいないよ。あの人のほかはクズな大人連中ばかりだしね。ラングラスではレイオン以外は個人戦にも出ていないし…」


「レイオン以外は役立たず、というわけか。だから試合があんな感じだったんだな」



 この地下では、数がかなりの力を有している。


 仮にレイオンが誰よりも強くても、他のメンバーが弱ければ「1-2」で負けてしまうのだ。


 相手側は普通のレベルの武人が二人いれば、十分勝てるという算段だ。


 団体戦では勝てないのだから個人戦で挽回するしかない。だからあれだけ必死だったのだろう。



「問題ない。それを含めて勝たせてやる。まあ、今回勝ったくらいで序列は上がらないだろうが、負けるよりはいいだろうさ。ソーターさん、オレと妹を入れてよ」


「ふむ…レイオンに聞いてみないとな……そっちのことは任せているからのぉ」


「じゃあ、レイオンがいいって言えば認めてくれるんだね?」


「そりゃかまわんが…大丈夫かの?」


「大丈夫だって。ちゃんとやる―――」




「あの~、トット君…いますか?」




 その時、部屋の入り口からひょこっと姿を見せた者がいた。


 青いストレートの髪を伸ばし、エプロンを着た【若い女性】である。


 その女性が手招きをしている。



「あっ、はい!」




 呼ばれたトットが女性に近寄ろうとするが―――




「トット、貴様ぁあああああ!」



 バシッ


 走り寄ろうとするトットに対して足を伸ばし、転ばせる。



「うおっ! ぶはっ!!」



 バチーーンッ


 ちょうど絨毯がない場所で転んだので、思い切り身体を床に打ち付ける。


 これは痛い音だ。事実、床にぶつかったトットの両手が真っ赤になっている。



「いてーーー! なにすんだー! めっちゃいてーー!」


「うるさい! 貴様、ゲイのくせに若い女にまで興味があるとは何事だ!! ゲイでアーー!でロリコンなら、それを貫かんか!! だから全部が中途半端なんだよ!」


「どういう評価なんだよ! それだけ聞いたら、おいら最悪じゃんか!」


「当たり前だ! お前は生まれた時から最悪だ!! こいつめ! 修正してやる! バシンッ バシンッ!」


「アーー! アーー!」



 手で触れるのは汚いので、近くにあった布で尻を引っぱたく。


 だが、叩けば叩くほどトットが変な声を出すので、逆に悦ばせているようで不快な気持ちになっていく。


 こんな気持ち悪い存在とは関わりたくないものだ。さっさと離れて女性のほうに行く。



「お嬢さん、あいつは変態ですから近寄らないほうがいい。バイ菌が移ってしまいますからね」


「えっ?」


「ここだけの話なんですが、あいつ…ゲイなんです。今だって尻を叩かれて喜んでいたでしょう? あなたの尻の穴だけが目的の変態なんですよ」


「えっ、その…はい。知ってました」


「え? 知ってたの?」



 まさかの発言である。


 それに対して逆にアンシュラオンが驚いてしまったほどに、はっきりと言った。



「トット君、そういうのが好きなのかなぁ…とは思っていました」


「なるほど、そりゃ気付くよね。あんな変態、気付かないほうがおかしい」


「そ、そんなぁ…! みんな、ひでぇよぉおおお!」



 領主のスレイブたちもそうだったが、「いつかやると思っていました」に近いものがある。


 それだけ普段の生活に問題があるということなので、ぜひとも反省していただきたい。




「…ん? んん?」


「…はい?」


「んー、ふーーーむ」



 断罪されて打ちひしがれているトットを尻目に、アンシュラオンがじっと女性を見つめる。


 食い入るように見つめる。



(見た感じ、オレより年下だな。サリータよりは下だろうが…シャイナよりは上くらいか? ふーむ、んん…どこかで見たことがあるような…)



 アンシュラオンがジロジロと青い髪の女性を見つめる。


 舐め回すように見つめて―――



「ちょっと失礼」


「ひゃんっ!」



 もにゅん。


 おもむろに胸に手を伸ばす。


 もみもみ もみもみ



「あっ、あっ!!」


「むっ、多少控えめではあるが…いい肉付きだ。なんだろうな、これは…そう、表面はパリっとしていながらも中身はジューシーで、揉めば揉むほど肉汁が出て味わい深くなるような…。そうか。弾力が一定ではないんだ。肉の付き具合が微妙に違うから、触っていて飽きさせない豊かな起伏を生み出している。…うむ、悪くないぞ! これはいいものだ!!」



 何を言っているのかよくわからないが、突如としてアンシュラオン先生のおっぱい査定が始まってしまった。


 女性の胸はあまり大きくはない。マキやホロロと比べると小ぶりだろう。


 だが、触ってみた感触はまるで別物だ。



(たとえるならば、そこらの露天で買った小さなたこ焼きを期待せず食べたら、非常に上質なタコが入っていて驚いたような、あるいは小さなシューマイを何気なく食べたら、その肉の上質さに思わず驚いたような意外性だ!)



 このたとえも若干意味不明だが、とりあえず大きさではなく中身が良かった、という意味だと思われる。


 そして、それがこの男に火を付ける。



「胸だけではわからん。もっと触ってみなければ! ここには宇宙が隠れているかもしれんからな!! 要チェックやで!! さわさわさわっ! もみもみもみっ! ぷるんぷるんぷるんっ!」


「あっ、その…あっ! そんな…あっ! あはんっ!」


「いいぞ、いい感度だ。身体も柔らかくてふわふわしているが、もちもちっと指を跳ね返す弾力がたまらない。君はいいぞ。素晴らしい! 尻はどうだ?」


「あっ、そこは…!」


「おい! ミャンメイ姉ちゃんに手を出すなよ!!」


「うるさいぞ、アーー! あっちに行っていなさい!! こっちは今忙しいんだ! ゲイにかまっている暇はない!」


「なんだと! もう許さないぞ! こうなったら力づくでも止めて―――」


「ふんっ!」


「ぎゃーーーー!」



 ボンッ ゴロゴロゴロゴロッ!



 力づくで止めに入ったトットだったが、逆に力づくで吹っ飛ばされた。


 もちろん簡単な発気で衝撃波を生み出しただけなので、さして強い攻撃ではないが、子供相手にも普通に暴力を振るうアンシュラオンはさすがである。



「と、トット君! 大丈夫!」


「大丈夫だよ。あいつ、ゲイだから」


「ゲイって…丈夫なんですか?」


「うん、ゲイだから」



 何の根拠もない持論である。


 だが、トットが介入したおかげでアンシュラオンの気が逸れ、ようやく正気に戻る。


 まじまじと顔を見つめると、ようやく記憶が蘇ってきた。



「あれ? 君って…もしかして試合会場にいた子? 試合の賭けに出されていた」


「は、はい。そうです」


「あー、そうだったのか!! どうりで覚えのある胸…じゃなくて、目だと思ったよ! お団子頭じゃないから気付かなかった。ストレートも可愛いじゃないか」


「あ、ありがとうございます。あなたは…初めての方ですよね?」


「ああ、そうだよ」


「初めまして、ファン・ミャンメイと申します」


「オレはホワイト。よろしくね」




 彼女は―――ファン・ミャンメイ。




 レイオンの試合で賭けの対象にされていた女性であった。



(髪の毛を下ろしていたせいもあるが気付かなかったな。まさかこんなところで出会うとは…いや、ラングラス派閥なんだから当然か。ロボットに襲われたせいですっかりと忘れていたよ。あと、無駄に濃いゲイのやり取りでな。しかし、見れば見るほど質のいい女の子だな)



 胸も意外といいし、何よりも雰囲気がいい。


 美しく輝く灰色の瞳には、相変わらず邪気というものがなく、いきなり胸を触ったアンシュラオンに対しても温和な態度のままだ。


 普通はいきなりこんなことをされたら、びっくりして身体が硬直してしまい、感情面でも変化が出るものである。


 しかし、ミャンメイはまったくの自然体のままだ。


 それはアンシュラオンのように鍛えて熟練したものではなく、最初からそういう性質なのだと思われる。



「うん、気に入ったよ。欲しいな…」


「え?」


「君、処女だったよね。オレのものにならないかい?」


「えっ、その…はい?」


「君の人生をすべてもらう代わりに、オレも君にすべてをあげよう。富も快楽も夢も希望も安心もあげよう。だからオレのものになってくれ」


「っ! そ、それは…もしかして……ぷ、プロポーズ…ですか?」


「それに近いかな。オレが君の主人になるって意味では同じだね」


「主人…! だ、旦那様…ですか?」


「おっ、いい響きだ!! それはいい響きだよ!! うむ!!」



 今までの人生で「旦那様」と呼ばれたことは一度たりともない。


 スレイブたちも、ホロロたちメイドは様付けか「ご主人様」だし、シャイナは「先生」だし、サリータに至っては「師匠」である。



 そんな中でやってきた―――旦那様。



 結婚していれば各種窓口や勧誘では言われることも多いだろうが、召使いでも雇っていない限り、独身男性が相手から直接言われることはない言葉だ。



 これは―――いいものだ。



 まったく予想していなかったが、こんなことを言われたら欲しくなるのがスレイブマニアというものである。



「さあ、オレのスレイブになってくれ。幸せにするから」


「そ、そんな目で見られたら…あぁ……綺麗。なんて優しそうな目なのでしょう…」


「ほら、おいで。気持ちよくしてあげるよ」


「…はい、旦那様…」



 何かに魅了されたように、ミャンメイがふらふらとアンシュラオンに近寄る。


 当然、アンシュラオンのスキルである『年下殺し(恋愛)』が発動しているのだ。


 ニーニアがそうであるように、仮面を脱いだアンシュラオンの魅力は半端ない。普通の女性ならばイチコロだ。


 ただし、あまりにいきなりなので、これにはミャンメイ自身にも問題があることを示している。



(やはりこの子は…危うい面があるな。すべてを受け入れてしまうということは、相手の気持ちや感情、思惑まで受け入れてしまうことだ。これなら簡単に支配できそうだ)



 ミャンメイを見た瞬間から、若干の危うさを感じていたものだ。


 言ってしまえば、受身の女性、というべきだろうか。言われた通りにしてしまう癖があるのだ。


 セノアの異名も『求められるままに生きる少女』であり、とてもよく似ているが、彼女にはまだ嫌気や拒否といった感情があるのでミャンメイのものとは少し違う。


 セノアはあくまで周りの目を気にして演じているにすぎない。本心は本心として、しっかりと存在するのだ。


 一方、その状況を受け入れて愛してしまえるという意味合いで、ミャンメイのほうが、よりスレイブとして高い資質を持っているといえるだろう。


 そうした従順性もアンシュラオン好みに映ったというわけだ。



 ふらふら ふらふら




 ミャンメイがアンシュラオンに身を委ねようとした瞬間―――





「何をしている!!!」





 強い声が部屋に響いた。


 今までの雰囲気をぶち壊す、とても強い声だ。




 見ると後ろに―――レイオンがいた。





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