379話 「二人の出自」


 トットたちと出会った部屋には四つの扉があった。


 一つはアンシュラオンが入ってきた、西側にあるエリア全体の入り口につながる扉。


 二つ目が、南側にある『奥』につながる扉。


 三つ目が、北側の食料庫にある扉。


 四つ目が、ニーニアが入ってきた東側にある扉。



(四つに分かれた部屋それぞれに扉があるということか。だが、北側の扉は開かないな)



 この中の一つ、今アンシュラオンがいる食糧庫の先にある扉は、壊れているのか腕輪をかざしても反応しなかった。


 特に興味もないので、それは無視して、ニーニアたちのグループがいる東側の扉から出る。



 扉を出ると、また通路が続いていた。



 どうやらこの遺跡は、部屋と部屋を細かい通路が結ぶ「アリの巣」のような構造になっているようだ。



(ゲームのダンジョンもそういう造りになっていることがあるが…こうして実際に存在する以上、何かしらの目的があってこうなっているはずだ。人間が暮らすとなると少し不便に感じられるな。となれば、何かしらの実験場、あるいは工場や特殊な施設だった可能性も否定はできない)



 各部屋がこれだけ離れている理由は、『安全面』を考慮した結果だと思われる。


 たとえばこうして離れていれば、一つの部屋で何か大きな事故が起きても、他の部屋に影響を与えないといったふうに。



「ラングラスエリアと中央ホールを結ぶ扉は、あそこの一つだけかな?」


「はい、そうです」


「不便だね。出るときは遠いでしょ?」


「そうですね…。でも、私たちは普段あまり外に出ないので、そのほうが安全でもありますよ」



 試しにニーニアに訊いてみたが、彼女は呑気にそう答える。


 が、アンシュラオンの質問の真意はこうだ。



(意図的にアリの巣のような形状にしたとなれば…最悪は『入り口を封鎖すれば、エリアごと隔離できる』ことを想定したのかもしれない。エリアが四つに分かれていることからも、各場所で違うものを研究していたのかもな。もちろんこれはオレの勝手な推測だ。確証なんてない。しかし、遺跡ってのもいいじゃないか。空想や妄想が広がって楽しいよ)



 今までアンシュラオンは、地球時代も含めて遺跡や洞窟といったものに興味を示さなかった。


 たまに探検物のテレビ番組を観たこともあるが、ただ何気なく見ていただけだ。


 しかし、自分が関わるようになると見え方も違ってくるし、ニーニアたちは実際に生活しているのだ。


 知らずとはいえ、あんな凶悪なロボットと隣り合わせで。


 無知とは怖いものだが、そのアンバランスな状況が面白いと感じられた。




 通路をしばらく歩くと両側に扉があった。


 ニーニアたちは当然のごとく過ぎ去ろうとするが、アンシュラオンは一度立ち止まる。



「この二つの扉は?」


「それも開かないんですよ」


「開かない扉も多いんだね。この腕輪も万能じゃないってことか」


「そのあたりのこともよくわからないんです。『薬のおじいちゃん』も知らないって言っていましたし…」


「薬のおじいちゃんって?」


「あっ、すみません。えと、私たちのグループじゃないんですけど、薬に詳しいおじいちゃんがいて、すごい物知りみたいなんです。怪我をした時もすぐに治療してくれました」


「へー、さすが医療のラングラスだ。そういう人もいるんだね。医者かな?」


「わかりません。あまり自分のことは話したがらないので…普段は一人で違う場所にいることが多いんです。自分は医者じゃないとは言っていましたけど、手術とかもできるので、きっとお医者さんだったんだと思います」


「手術ができるの?」


「はい。急に倒れた人がいたんですけど、その…お腹を切っていろいろやっていたそうです。その人は数ヶ月後には完璧に治っていて…すごいと思いました」


「それは本当にすごいよ。オレも医療知識は素人だけど、グラス・ギースの医療技術で開腹手術ができるなんて、相当な腕前じゃないかな。もしかして、さっきの部屋にあった薬品類はその人のもの?」


「はい。最初からあったものもありますけど、薬のおじいちゃんの指示で集めたものが多いです。ただ、危ない薬品はおじいちゃんが管理していますので、あそこにあるのは比較的普通にあるものらしいです」


「へー、面白い話だね」



(すごいな。こんな地下でそれだけの治療ができるとは、本物の医者ってやつだな。思えばオレは命気で治すから、実際にグラス・ギースの医者が治している光景は見たことがないな。だが、スラウキンに聞いた限りでは、開腹手術はかなり難しいらしい)



 スラウキンに出会ってから、いろいろと医療事情も聞いている。


 外傷による異物混入や、程度の大きな剥離骨折の除去手術などは例外としても、基本的に外科手術は限定的であるという。



 その理由は主に【血液】の問題だ。



 この世界の人間同士では、輸血にはかなりのリスクが伴うのだ。


 前にも述べたが血の覚醒率が違うからだ。だから失血こそが一番怖れるべきものとされている。


 上手く対応すれば輸血なしでも手術は可能だが、それでも失血死の可能性もあるので手術は難しいのだ。


 そうして執刀数が少なくなれば医者の質も向上せず、知識も蓄積しない。


 その結果としてグラス・ギースでは医療技術が成長しないのである。



 一方の医療技術が進んでいる西側では、日本の病院でも手術前にやるが、『自己血輸血』というものが主流のようだ。


 文字通り自分の血を蓄えておき、手術時に輸血するやり方である。


 ただ当然、血を保存するのは非常に難しい技術であり、武人の血ともなればそれだけで強い力を持っているので、誰でも簡単にできるものではない。


 少なくともグラス・ギースの医療技術では不可能だろう。



(そんな状況で手術ができることは驚異的だ。オレなんかよりも確実に名医だな。しかし、地下にいるってことは犯罪者の可能性が高い。何かしら後ろ暗いことがあるのかもしれないな)



 だが、医者は医者であり、技能は技能だ。


 他派閥も含めて、どうしても治しきれない怪我を負ってしまった者が、その人物を頼ることも多いらしい。


 その対価として食糧などを受け取ることで、一人で暮らすことが可能になっているようだ。


 地下にもいろいろな人間がいるものである。




「ところで君たちは、どうして地下にいるんだい? その歳で地下送りはないだろうから、何かしら理由があるんだろう? まあ、トットはゲイだから仕方ないけどな」


「ゲイだから地下送りってのはやめてよ!!! 差別じゃないか!」


「それを世の中では区別と呼ぶのだ」


「ひでぇ!」


「極めて正しい判断だ。というか、ようやく認めたのか?」



 その口ぶりだと、自分で認めているようにも聞こえる。


 常時五メートル以上は離れてほしいものである。



「で、どうしてここにいるのかな?」


「私たちは…行き場がなくて…」


「地上よりこっちのほうがましだもんな」


「上がそんなに嫌だったか? まあ、お世辞にも良い場所とは言えないが…」


「私たち、この都市の人間じゃないんです。だから厳しいことも多くて…」


「ん? よその都市から来たってこと?」


「…はい。いろいろあってグラス・ギースにたどり着きました。しばらくは都市内部の外れにいたんですが、仕事もなくて…身の危険も感じたので、マザーと一緒に地下に来たんです」


「いろいろと気になる情報だね。都市の外れってのは下級街?」


「いえ、もっとずっと北のほうです」


「北? 北って何かあったっけ?」


「はい。私たちみたいな外から流れてきた人がいる街があるんです」


「それってもしかして…【貧困街】?」


「そう呼ばれているみたいです」



(そういえばソブカが言っていたな。都市の北側には難民たちが集まって作った街…というか集落みたいなものがあるって)



 前にプライリーラとソブカとの会話でも出た『貧困街』または『移民街』である。


 アンシュラオンもそれとなく聞いてはいたが、今まではっきりと意識したことはなかったので、軽く驚く。



(基本的に都市には誰でも入れるが、中では自分で生きねばならない。だが、全員がまともに生きていけるとは限らない…か。働き手は下級街の連中だけで十分だし、それ以上となると…なるほどな。たしかに身の危険は感じるだろうな)



 普通の働き手になれない以上、あとは自分そのものを資源として利用するしかない。



 その代表例が―――スレイブだ。



 ロゼ姉妹でさえ、あっさりと懐柔されてスレイブにされたのだ。


 貧困街という人権さえまともにない場所にいれば、それこそ女子供は危ないだろう。モヒカンたちの恰好の標的だ


 彼女たちが逃げるように地下に来たことも頷ける話だ。


 ただ、もう一つ気になることがある。



「地下に来てからどれくらい経つの?」


「五年くらいです」


「かなり長いね。君たちみたいな子供が簡単に地下に入れるもんなの? よく地下の情報を仕入れられたね」


「専門の人たちがいるみたいで、快く案内してくれました。実際に調べてきてくれたのは、同じ貧困街にいたおじいちゃんでしたけど…あっ、こっちは本当のおじいちゃんです。同じグループにいるんです」


「君たちのグループは、子供とお年寄りの集まりって感じなのかな?」


「はい」



(うむ、完全にブローカーだな。スレイブではなくて地下専門の斡旋業者がいるんだ)



 アンシュラオンとサナが注目を浴びたように、若い男女というのは非常に貴重である。


 だが、地下だけで産まれる子供だけでは数が足りないし、いろいろな問題も出てくるので、定期的に上から供給を行うのだろう。


 自分から行きたいと願う者がいるのならば、地下を維持したいと考える者たちにとっては願ったり叶ったりである。


 こうして両者の利害が一致し、簡単に地下に行くことができるわけだ。


 ただし、戻ることはかなり難しいだろう。最悪は一生ここにいることになるので、スレイブより困難な道かもしれない。



(貧困街の存在は放置しておくと危険な問題になりそうだな。地球だって難民や移民には苦慮していた。こんな城塞都市ならば、なおさらだろう。まあ、そのあたりはソブカが勝手にやるだろうから、オレには関係がない…と思いきや、なかなか面白い話ではあるな。それだけ手付かずの人材がいるってことだ)



 上質なスレイブが簡単に転がっているわけではない。


 多くの数の中から厳選に厳選を重ねて、ようやく手に入るものである。


 サリータやシャイナのようにたまたま関わった者もいるが、サナやロゼ姉妹などはしっかりと厳選されているので、女性としての質も高い。


 やはり母数は多いほうがいいだろう。数が増えれば当たりも増える。宝くじだって数を買えば当たる確率が高まるはずだ。


 もしかしたら貧困街は、自分にとっては宝の山になる可能性もある。



(いやいや、焦らないほうがいいな。今はそういう場所もあるってことだけを覚えておいて、一つずつ物事を進めていこう。何事も一つに集中しないと力が分散する。まずは今あるものを大切にしよう。それにしても、この開かない扉の中には何があるんだ? またロボットがいるのか?)



 閉まっている扉をコンコンと手で叩いてみると、かなり頑丈な素材で造られていることがわかる。



(かなり硬いな。本気で殴れば破壊はできそうだが…逆に言えば、本気でなければ壊せないほど硬い、というべきかな。そこらの魔獣より硬そうだ)



 周囲の壁の材質も探ってみるが、扉と同じ素材で出来ているのか、やはり硬そうだ。


 本気の自分でも、数十発は殴らないと壊せないかもしれないので、撃滅級魔獣の鱗に匹敵するレベルだろう。



 それよりも問題は―――



(ずっと気になっていたが、この壁は【戦気を遮断】しているな。これが一番厄介だ)



 アンシュラオンが扉を開ける前にサナに盾を装備させたが、そこにはしっかりとした意味が存在している。


 この扉や壁の中心部には、戦気を吸収してしまう何かしらの素材が使われている。


 直接強力な攻撃を叩き込めば問題はないのだろうが、波動円などの微弱の戦気はすべて吸収されてしまい、向こう側の情報がわからないのだ。


 まさにレーダー無効化とも呼べる技術が使われている。



(あのロボットにも戦気を軽減するための技術が使われていた。なぜそこまで戦気にこだわる? 戦気は人の可能性なのに、それを否定するような技術ばかりだ。まるで【怖れている】かのように…)



 戦気が人の可能性であることは間違いないのない事実だ。


 それを扱える武人は、強い肉体と精神エネルギーを使いこなし、生身で山すら叩き割ることができる超人たちである。


 が、それを怖いと思う者たちもいるだろう。


 特に力の無い一般人からすれば武人の存在は脅威でしかない。



あやまった人類を殺すために人工知能が反乱を起こす、って話は地球でもよく映画の題材にされていたな。たしかに武人は危険な存在だ。使い方を間違えれば人類が滅びる可能性だってあるだろう。だが、それくらいの力と可能性がなければ意味がない。弱い力では何も起きないしな)



 強い力だからこそ意味がある。


 たとえば、他人を殺せるくらい感情が強い人間は、無関心で怠惰な人間より何倍も見所がある、ということだ。


 その強い力が有益な方向に向けば、大成功する可能性があるからだ。


 しかし、そういったプラス思考ではなく、『マイナス側の可能性』を危険視する人間がいれば、こういった遺跡が生まれても仕方がない面はあるのかもしれない。


 当然、アンシュラオンには理解はできない話だが。



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