378話 「ラングラスエリアの実情 後編」


(ロボットのことはいいだろう。今のところはたいした脅威でもないし、サナにとっても勉強にはなる。なかなかロボットを見る機会もないからな)



「では、次は君たちについて訊こうか。君たちはラングラス派閥の人間で間違いないね?」


「はい。私もトットもラングラス派閥です」



 二人の手にはアンシュラオンとサナがしているものと同じ腕輪がある。その中央には赤いジュエルも見えた。


 偽る理由もない。二人がラングラスの人間であることは間違いないようだ。



「なんでこの場所にいたんだい?」


「ここは資材置き場なんですけど、トットが食材を取ってくるように言われて…料理のためです」


「たしかに食材があるね。大人もいるってことかな?」


「はい」


「何人くらいいるんだい?」


「私たちのところには六人くらいです」


「六人? 随分と少ないな」


「は、はい。そうですね…」



(通路の閑散とした様子から、ラングラス派閥の人間がかなり少ない可能性は考慮していた。だが、六人とはな…思った以上に少ない。この子の表情から察するに事情がありそうだな)



 この質問をした時、ニーニアの表情に少しかげが差した。


 大人の数があまりに少ないことからも何かしらの事情、あるいは問題がありそうだ。


 それに関係するキーワードをいくつか思い出す。



「『マザー』って誰だい?」


「あっ、えと…私たちの面倒を見てくれている人です」


「マザーっていうからには…女性かな?」


「はい」


「年齢は?」


「うーん、どうなんでしょう。訊いたことはないですけど…たぶん五十歳後半くらいです」


「そうか…」


「あの…年齢が何か?」


「いや、ちょっと気になっただけだよ。ここの情報をまるで知らないからね。年齢層の把握も重要かなと思ってさ。たとえばそう、若い男女なら食糧の消費量も増えるだろう? そういう計算の問題だよ」


「あっ、そういうことですか。頭がいいんですね」


「まあね」



 否定も謙遜もしないのは、男気ゆえだろうか。



(そりゃ、確率からいっても若い女は少ないよな。試合であれだけ男が集まったのは若い女が貴重だからだ。絶対数は少ないはずだ)



 当然、年齢を訊いたのは個人的興味からであるも、六人の大人の中に若い女が交じっている確率は高くはないだろう。


 しかも若いというだけでも駄目だ。若いだけの女なら上に山ほどいるのだ。


 どんな場所でもスレイブ探しに余念がないのは見事であるが、さすがに場所が悪い。マザーは除外だ。



 そして、もう一つ気になる言葉があった。今度はそれを訊いてみる。



「『奥の人』というのは?」


「えっ!?」


「さっき言っていたよね。『また奥の人たちが来たの?』って。それってどういう意味かな?」


「それは…その……」


「ほら、腕輪を見てごらん。オレたちも同じラングラス派閥だ。君たちの仲間なんだよ。それにオレの妹は君たちよりも年下だ。注意すべき情報があったら知っておいたほうが安全だと思わないかい? 若い女の子は特にさ」


「っ! そ、そうですね。はい。そうだと思います!」



 身に覚えがあるのか、ニーニアが強く頷く。


 若い女性の範囲は人それぞれだろうが、この地方では十二歳から結婚しても悪いことではないのだ。


 となれば、ニーニアも狙われる対象になる可能性がある。



「その様子だと、君も言い寄られたことがあるの?」


「は、はい。お酒に酔った人とかに…でも、暴力は禁止なので無理やりはないですけど…」


「それでも危ない状況だね。自衛はしている?」


「自衛…ですか?」


「武器とか持っていたほうがいいんじゃない?」


「でも暴力は禁止ですし…」


「駄目駄目。君がいくら規則や正論を持ち出しても、相手は欲望に塗れたオスなんだよ。いつでも対応できるようにしておくべきだ。ほら、このダガーをあげよう。これで身を守るんだよ」


「えええっ!? こ、こんなの無理です!」


「包丁と同じさ。握ったことはあるだろう?」


「は、はい。ありますけど…」


「何事も最初は怖いけど慣れれば大丈夫だよ。オレが教えてあげよう。ほら、遠慮しないで」


「は、はい…」


「なぁ、ちょっといいか?」


「こうやって持つんだよ。それで相手が襲いかかってきたら、こう構えて…」


「え? こうですか?」


「そうそう、しっかり握って…」


「ねえ、さっきからさ、おいらだけ蚊帳の外のような気がする―――」


「こう刺すんだ」



 ザクッ




「ぎゃーーーーーー!」




 ダガーを持ったニーニアの手がアンシュラオンに誘導され―――トットの額を刺す。



 予想通り、額のバツ印に命中である。


 今のところ命中率は100%だ。



「あっ! ご、ごめん! トットがいきなり顔を出すから!!」


「ニーニアまで酷いよ! つーか、さっきからおいらのことを無視しているだろう! なんでおいらには訊かないんだよ!」


「だって、汚物だし」


「汚物とか言うなよーーーー!」



 アンシュラオンはずっとニーニアに顔を向けて話している。


 トットには一度も視線を向けていないどころか、存在そのものを無視していた。


 答えは明白。ゲイの疑いが晴れていないからだ。



「おい、ゲイ。話しかけるなよ。バイ菌が移るだろう。それと、あとであの棒は洗っておけよ。他人に汚い菌が移ったらどうするんだ。バイオテロと同じだからな。自覚しろよ」


「やめろよおおおお! 誤解が広がるだろう! ゲイって言うな!」


「ホモがいいのか? それとも『アーー!』にしてやろうか? そういえば中学生の頃、学校にゲイの人が来て講演をやっていたが…いまだにあれの真意がわからないな」



 アンシュラオンが中学生の頃、なぜか学校にアメリカ人のゲイが来て講演をやっていた。


 あまり説明したくないが、男のアレを飲んでエイズになった、という話であった。


 その際、誰かが質問コーナーで「ホモなんですか?」と訊いたら「私はゲイです。ホモという言葉はないのです」と言っていたのが印象的であった。



 だからなんだ、というお話である。




「おい、アーー! 近寄るな」


「アーー!だけはやめてくれよおおお!」


「お前の性癖に構っている暇はない。ゲイだろうがアーー!だろうが同じだろう」


「同じじゃないよ! 大きな問題だよ!」


「じゃあ、ゲイな」


「やめてくれーーー!」



 二択なのだから、どちらを選ぼうが不幸しか訪れないのだ。



「そういえばお前も言っていたな。『奥の連中』ってのは誰のことだ?」


「エリアの中はけっこう広くて、それぞれの場所に特定の班っていうのか、いくつかのグループがあるんだよ。その中の一つのグループが一番奥にたむろっていてさ、だから『奥のやつら』とか『奥の連中』って呼んでいるんだ」


「お前が隠れたのは、そいつらが来たと思ったからか?」


「そうだよ。他の扉から入ってくるなんて、そうとしか考えられないしね」


「どんなやつらだ?」


「どうしようもない連中さ。上で悪さをやってここに入ってきたんだけど、地下でも馴染めなくて奥に引き篭もっているんだ。それだけならまだましで、たまに出てきて食糧とかを盗んだりするんだ。ちょっかいも出してくるしさ」


「そいつらは全員が大人なのか?」


「そうだよ」


「何人くらいいる?」


「わからないな。あっちとは関わってないから…。でも、そこそこはいると思うよ。たまに他の派閥からもやってくるからね。そういうのは本当に迷惑なんだよな…」



(他の派閥を追われたやつら、ということだな。最後に行き着くのがラングラスとは、まさに掃き溜め、吹き溜まりだな)



 いろいろ渡り歩くのだが、各派閥で問題を起こして追い出され、行き場がないので最終的に最下位のマングラスに集まってくる。



 はっきり言ってしまえば、奥とは「ゴミ捨て場」であろうか。



 しかも人間なので処理されなければどんどん溜まっていき、食料まで消費する厄介者となる。


 この倉庫を見ただけでもハングラスの物量とは明らかに劣る。食糧の奪い合いだって起こるだろう。


 いるだけで迷惑なのだから、トットが毛嫌いするのも当然だ。



「そうなると、さっきニーニアが言っていた大人が六人というのは、お前たちのグループでの話か?」


「そうだよ。おいらたちのグループにいるのが六人だ」


「予想だが、子供はもっと大勢いるんだな?」


「え? …よくわかったね」


「マザーってのはオレのいた国でも聞くからな」



 宗教や宗派によっていろいろな意味があるが、一般的に『マザー』と呼ぶ場合は女性の『保護者』や『守護者』を意味することが多い。


 ニーニアが「面倒を見てくれている」と言ったことから、だいたいの想像はつく。



「お前たちのグループにリンカーネンという男はいるか?」


「へ? 誰それ?」


「元麻薬の売人の中年の男だ。おそらく年齢は四十代後半だろう」


「うーん、前に何をやっていたかとかは知らないけど、そもそもうちにはその年齢の男の人はいないよ」


「…ふむ、そうか」



(間違いない。シャイナの父親がいるとすれば―――『奥』だな)



 シャイナの父親はクズだと聞いている。子供が子供と一緒に暮らすように、クズはクズで寄り集まるのが昔からの習わしである。


 おそらくそこにシャイナの父親がいるはずだ。



「奥はどこだ?」


「あっちの南側の扉から出て、ずっと進んだ場所だけど…危ないよ」


「そうだな。危ないな。その連中がな。くくく、クズなら死んでもいいよな。サナ、いろいろと実験しような」


「…こくり」


「お、おい! まさかまたあんなことを…!! や、やめたげてよ!!! あれだけはやめたげて!!」


「そいつらのことは嫌いなんじゃないのか?」


「同じ男だもの!!」



 なにやら人類愛に目覚めるトット。


 どうやら男として一生忘れられない思い出|(トラウマ)になったようだ。


 ただ、奥に行くことはニーニアも反対であった。



「暴力行為はその…やめたほうが……レイオンさんがいますし」


「ん? レイオン? キング・レイオンとかいうやつ? 試合を見たよ。そこそこ強いやつだよね」


「は、はい! あの人が来てからだいぶ良くなったんです。奥の人たちもレイオンさんには逆らえないですし…子供にも優しいですし」


「愛想は良くないけどな」


「あれが優しさなのよ。トットだって、レイオンさんを見て『うほっ』って言ってたでしょう?」


「ちょっ!? あ、あれは、試合を観て興奮しただけで…」


「オレは興奮しなかったぞ。お前、マジでヤバイな」


「違うんだよ!! 誤解なんだ!!」



 「うほっ」とか言うやつは危ない。言い逃れできない証拠だ。



「レイオンが来るまでは危なかったの?」


「はい。暴力を振るう人もいたんですけど、レイオンさんがその…ボコボコにしてからは、あまり来なくなりました。それからレイオンさんの命令で、エリア内での暴力行為は厳しく罰せられるようになったんです。本当に助かりました」


「ずっと思っていたけど、暴力禁止って機能してるの? ここはレイオンがいるからいいとして、他の派閥は?」


「そこまではわかりませんけど…ハングラスさんとかは大丈夫みたいです。物も一杯あるみたいですし…」


「金持ち喧嘩せず、か。たしかに裕福なら喧嘩をする必要性はないな」



 地下なので水準がかなり低めだが、ハングラスは生活上の物資が大量にあるので無意味な暴力行為は発生しないのだろう。


 もし迂闊に暴れてしまい、村八分にされて干されたら、それだけで極刑に等しい罰だ。


 ハングラスにいるということ自体が幸せなので、誰かが腕っ節で押さえつけなくても暴力は氾濫しないわけだ。


 ジングラスには魔獣がいるという話であるし、マングラスにはジュンユウもいる。彼らが各エリアの治安を守っている可能性が高い。



(しかし、血判まで押させてこの程度の抑止力とは、若干押しが弱い気がするな。オレのように破ろうと思えばいつでもできるものでは意味がないだろうに。レイオンが来るまではここでもそうだったというしな…)



 暴力に対しての忌避感がかなり強いのは、地下だから当然である。


 ただし、それに対する強制力が伴っていない。破ろうと思えばいつでも破れる。


 そのあたりに妙な違和感と矛盾を感じてしまうのだ。



(そこで気になるのが、あのロボットの存在だ。あの戦闘力は、一般人にとってみれば相当な脅威だろう。もしかしたら、あれを刺激しないための措置なのかもしれないな。あくまで仮説にすぎないがな)



 今しがた戦ったばかりなので、その存在の異常性ばかりが気になっている。


 もしあのロボットが暴れ出したら、それこそ地下は一瞬で血の海だ。


 この地下収容所がいつからあるのかは不明だが、昔の人間が何かやらかして、それを教訓に非暴力の掟が出来た可能性もありえる話だ。


 ともあれ、このラングラスエリアでは、レイオンが暴力禁止の抑止力になっているという。



「レイオンはどこにいるんだい? 試合が終わったから戻ってきているだろう?」


「今は見回りに行っていると思いますが…詳しい場所までは…」


「あいつはどこのグループなの?」


「一応中立なので、どのグループでもないです。ただ、よく私たちのグループには顔を出してくれます。困ったことはないかとか…」


「いいやつみたいだね」


「はい!」



 ニーニアの表情には『信頼』の二文字が見受けられた。


 それだけ以前が酷かったのかもしれない。助けてくれたレイオンには相当感謝しているようだ。



(子供たちには慕われているようだな。しかし、人助け…か。試合でのイメージとはまったく別に感じられるが…まあ、実際に会ってみればわかるか。どうせ試合を申し込まないといけないしな。今はこの子の顔を立てておくかな)



 ちなみに「この子」にトットは含まれていない。


 あくまでニーニアのためにそうするのだ。ここは重要である。



「じゃあ、奥に行くのはあとにしよう。レイオンに会わずにオレが突っ走ったら君たちも困るだろうしね。まずは君のグループに案内してもらおうかな。ほら、妹もいるしさ」


「わかりました。どうぞ!」



 ニーニアは難色を示すこともなく、素直に受け入れてくれた。


 これもサナの効果だろうし、アンシュラオン自体も見た目は子供の部類に入るので、同じグループに行っても問題ないと判断されたのだろう。



「えーー! 仲間に入れるのかよ!?」


「安心しろ。仲間にはならない。いや、なれない」


「え? そうなの?」


「ああ、オレたちが入る代わりにお前がグループを抜けるからな」


「うえええ!? なんでだよ!!」


「お前が『アーー!』だからだ。アーー!はアーー!のグループに行けよ」


「だからそれはやめてよおおおおおおおおお!」


「ニーニアだって、ゲイは嫌だよね?」


「えっ? そ、その…嫌というか…少しは許容できますけど……あまり近寄ってほしくないかなーとは思います。そ、その…バイ菌が…怖いし……衛生的じゃないですよね」


「というわけで、二対一で可決だ。お前は来るなよ」


「仲間に入れてくれよおおおお!! 多数決は平等じゃないって!!」


「ええい、うるさい。来るな!」


「アーー!! 待ってよーー!」



 泣き叫びながらついてくるトットに石を投げながら、アンシュラオンとサナはニーニアたちのグループに向かうのであった。



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