376話 「ラングラスエリアの実情 前編」


 ウィーーン ゴロゴロゴロッ



 重そうな扉がゆっくりと開いていく。その光景はやはり自動ドアだ。



(腕輪のジュエルと反応していることはわかったが、ここの住人はどれだけ凄さを理解しているんだろうな)



 これだけの重い扉が自動で開くというのは、地球でも滅多にお目にかからない状況だろう。


 グラス・ギースの建造物の大半が木と石で構成されていることを思うと、この地下の技術体系は異常である。


 マシュホーは地下生活が長いので慣れていそうだが、初めて上から地下に来た人間はびっくりするはずだ。



(ロボットの件を含めて、実際にここにいる連中に話を訊けば早いか。だが正直なところ、意図的にオレを襲わせた可能性はゼロに近いがな)



 もしそんなことができれば、この力を使って地上の都市を制圧できるだろう。おとなしく地下で暮らす必要はないのだ。


 あるいは地下から出られない等、何かしらの制限がある可能性もあるが、普通の人間があれを制御しているとは思えなかった。


 ただ、油断はしない。いつ何時も警戒はするべきだ。




 アンシュラオンが周囲をうかがいながら、扉を抜けて奥に移動する。




 すると―――




「うっ、くさい!?」




 突如、何かの臭いを感じた。


 仮面を被っているのに鼻の奥にまで、むわっと染み入るような刺激臭だ。


 ロボットがいた部屋が衛生的(無機質)だった反動か、より一層強い臭いに感じてしまう。



(何の臭いだ? 消毒液みたいな薬品の臭いもするが…すえた臭いもする)



 まず最初に感じたのが、消毒液などから発せられるアルコール臭だ。


 ラングラスは医療関係の派閥なので消毒液の臭いがするのは頷けるが、病院でもない限りはあまり嗅がないものである。


 頻繁に通路をアルコール消毒しているのならばわかるが、周りは薄汚れた遺跡の壁なのでその可能性は低いだろう。


 次に感じた臭いが、不衛生の臭いというべきか、腐ったようなすえた臭いである。


 この臭いの原因はすぐにわかった。



(なんか変なものがあるな。あれは…キノコか? 腐った木材にキノコが生えているな)



 かなり薄暗い通路の壁端にはボロボロの木材らしきものが置いてあり、そこから赤地に白の斑点がいくつもあるキノコが生えていた。


 長さは十五センチくらいで、傘を含めれば横幅もある大きなものだ。それが一つの木材から四つほど生えている。


 キノコの知識などはないが、明らかに身体によくなさそうな色合いである。



(こんな場所にキノコ? 遺跡に勝手に生えているものとは思えないし…この木材の配置からして、人間が【栽培】している可能性が高いな)



 等間隔で配置されていることから人為的なものに間違いないだろう。


 色は怪しくても食用の可能性も残っている。地下では食糧不足なので自給自足をしていてもおかしくはない。


 やや疑問ではあるが、キノコはいいだろう。それよりも気になることがある。



(二つの臭いに混じって気付きにくいが…この甘い臭いは【麻薬】だな)



 アンシュラオンの優れた五感を誤魔化すことはできない。


 常人ならば二つの臭いに鼻が負けて何も感じないが、この中には『コシノシン』の香りが漂っている。


 劣等麻薬のコッコシ粉や三等麻薬のコーシン粉は臭いはしないのだが、蒸留を重ねた際に香りが付くのか、コシノシンからは微量の甘い匂いがする。


 燃やすとそれがより顕著になる。クッキー屋の前を通ったような強い甘みのある香りでむせ返るに違いない。



 この通路に麻薬の臭いがする。



 ここで使用したか、あるいは持ち込んだか。どちらにせよ麻薬があることは間違いないようだ。


 マシュホーから麻薬の存在は聞いていたので驚きはしないのだが、嫌な予感しかしない。



(消毒液にキノコに麻薬か。なんとも不穏なスタートだな。しかし、人がいないな。なんでこんなにいないんだ?)



 アンシュラオンたちはさらに通路を進むが、いまだピアス以外の人間に出会っていない。


 それだけこの遺跡が広いということもあるのだろうが、マシュホーの話では二千人以上はいるはずなので、もう少しいてもよいはずである。





 そのまま二分くらい歩くと、ようやく通路の終わりが見えてきた。


 そこにも今までと同じ扉があった。



「扉ばかりで嫌になるが…サナ、念のために警戒レベルを上げよう。いきなりレーザーが飛んでくるかもしれないから盾を持ってもいいかもしれないな。衛士の盾があっただろう? あれに戦気をまとわせればマシンガンくらいは耐えられる。試しに持ってごらん」


「…こくり」



 地上の衛士たちの武器庫から盾も接収したので、それをサナに装備させてみる。


 ここには封印術式は施されていないらしく、ポケット倉庫も問題なく使えた。


 サナは魔獣の皮と合金で補強された盾を手に取って構え、戦気を放出して強化する。


 無人殺戮兵器まで出てきた以上、本当にマシンガンやロケット砲があるかもしれない。それにそなえてのことだ。


 戦気で強化されていない攻撃ならば、この盾でも十分対応は可能であろう。それだけ戦気とは優秀な道具なのである。



「そうやって維持するだけでも疲れるだろう。だが、それでいい。その繰り返しで強くなっていく。できる限り維持してごらん」


「…こくり」



(試合になってからが本番だと考えていたが、思わぬ訓練になったな)



 サナは、まだまだ武人初心者である。


 その彼女にとって危険が伴う場所は、実戦でありながらも絶好の訓練場なのだ。


 ロボット襲撃は完全に予想外であるも、そういう意味では嬉しい誤算だ。



「行こう」


「…こくり」



 アンシュラオンたちが扉を開ける。


 ここも問題なく普通に開いた。



 扉の先に広がった光景は半ば予想していたものだったが、一つだけ予想外のこともある。




(…人がいないな)




 そこは今までの部屋とは一転して、『生活空間』と呼べるものが広がっていた。


 そこまで綺麗とは言いがたいが、人間が生活するのに必要な道具類が数多く見られる。


 さっき通路で見かけた木材(廃材)やら棒切れやら、石臼いしうすや鍋などの調理道具、物資が入っているであろう木箱、丸められた布のテント等々、一気に生活感が滲み出ている。


 そして、消毒液などの臭いも強くなった。


 見ると、端っこには薬品が並んだ棚が複数置いてあり、開き戸が開きっぱなしになっているところもある。



(どうやらあれから臭っているようだが…まだ奥にも臭いが続いているな。人が住んでいることは間違いないが…姿は見えないか)



 いかにも人がいそうだが、ここにも誰もいない。


 あくまで見た限りは、であるが。



(やれやれ、これで【隠れた】つもりか? 雑だな。雑すぎる。が、サナの鍛練にはちょうどいいか)



「サナ、わかったか?」


「…?」



 サナは不思議そうにアンシュラオンを見返す。


 どうやら臭いに気を取られて気付いていないようだ。



「臭いに鼻が刺激されて難しいだろうが、感じてごらん。魔獣の中には異臭を使って相手を惑わすものもいる。そういうときの訓練になる」


「…こくり」



 最低限の情報しか伝えていないが、サナは内容を理解したようだ。



 鼻をつまんで臭いを抑え、口で静かに呼吸をしながら周囲を探る。



 まずは部屋全体の感覚を掴む。


 この部屋は二十メートル四方の比較的小さな部屋であるが、前と左右にもそれぞれ同じような部屋があるので、実際はロボットがいた部屋より大きい。


 ゆっくりと室内に肉体オーラを広げながら、周りと同調して物質の気配を感じ取っていく。


 次に、置いてある物に意識を集中させる。


 当たり前だが物は動かないし、呼吸もしない。わずかにオーラが出ているが、それだけだ。普通の有機物とは感覚がまるで違う。


 その感覚を覚えながら、またゆっくりオーラを広げていく。


 そうしていくことで無機物と違う感覚を見つけやすくするのだ。


 たとえば目隠しをした状態で、触覚だけで周囲を調べるとする。その際、硬い感触の中に突然柔らかいものがあれば誰だって気付くだろう。それと同じである。



(まだまだ稚拙で遅いが、波動円の形になりつつあるな)



 波動円は戦気術の基礎である『展開』を使った技である。


 身体に強く覆えば攻防の戦気になるが、こちらは広範囲に膨らませて自分のエリアを拡大するものだ。


 どうやらコツを呑み込んできたようなので、完全に修得する日も近いだろう。さすが天才かつ早熟である。



(集中するのは苦手でも、周囲に広げたり拡散させたりするのは得意なのかな? 単体攻撃よりも遠距離の範囲攻撃を得意とする武人もいるが…サナの方向性は迷うな。できればバランス型がいいが器用貧乏になっても困るしな)



 このあたりは難しい選択である。


 近距離の単体攻撃に優れた武人はやはり強いし、遠距離で敵を制圧できれば自身を危険に晒す頻度も減る。


 その両方ができる武人が一番だが、両方中途半端になっては強敵に対応できなくなる。


 『進路選択』は実に難しく、もどかしいものである。


 一番よいのが「全部が最強クラス」なのは当然であるも、そんな化け物はパミエルキ以外には存在しない。



(まずはいろいろやらせてみるしかないかな。単体の敵への強い攻撃手段、中遠距離の敵への道具の使用等々、試合で学べればいいが…)




「…ぴくっ」



 と、アンシュラオンがサナの育て方の思案をしていた時、彼女に変化があった。


 どうやら【発見】したようである。



「見つけたようだな。あとは好きなようにしてごらん」


「…こくり」



 スッと、サナが音を立てずに蛇双の一本を抜く。


 そして、呼吸を止めながら忍び足で静かに移動を開始。


 今いる部屋は素通りして、左側、北側にある部屋に入る。


 そこは食料庫なのだろうか。乾燥した肉や穀物等、いろいろな保存食材が詰まった袋がいくつか置かれていた。



 しかし、サナはそれらに一切興味を示さず、ただ一点だけを凝視している。



 その場所、壁の角にはいくつもの木箱が積み上げられていた。


 一見すれば、そこには誰もいない。



「…しゅっ」



 だが、サナは迷うことなく―――剣衝を放った。



 昼間、地上で練習したばかりの技である。


 覚えたばかりなので、まだまだ未完成といってよい代物だが、それはあくまで武人の世界での話だ。


 武人初心者のサナであっても、剣士因子1を使って発せられた一撃は―――



 ズバンッ!!



 重ねられた木箱を簡単に切り裂く。



 ゴトッ ドドドドドドドドッ!



 そして、斬られた複数の木箱から大量の物資が下に雪崩れ落ちていく。


 これだけ見れば、単なる器物破損でしかない。ここでは貴重な物資を破壊する意味などないように思える。


 しかし、サナが無意味なことをやるわけがない。



 直後―――




「ぎゃぁあああああああ!!」




 木箱の裏側から叫び声が上がる。



 そう、この木箱の裏側には、誰かが【隠れていた】のだ。



 それを察知したサナが、上にあった木箱を破壊して中身で押し潰したのである。


 アンシュラオンは部屋に入った瞬間には気付いていたが、あえてサナにやらせたのだ。


 ただ、やり方が少し甘いように感じられた。



(サナのやつ、わざと外したな。そういうところはオレに似ないな。相手が男なんだから気にすることはないのにな。腕の一本や二本くらい切り落としても問題ないさ)



 アンシュラオンだったならば、遠慮なく相手の本体に向かって攻撃を仕掛けている。


 素性がわからないので手加減はするが、隠れているくらいだ。多少痛い目に遭わせても気にならない。


 もちろん、それが【男】であることを知った上で、である。


 もし女性ならば、もっと優しい対処をしただろう。男だけには厳しいのがアンシュラオン流だ。




「ひーー、ひーーー!」



 そして、木箱の裏側から必死に這い出てきた者がいた。


 追い立てられて壁の隅っこから出てくる姿は、たとえるならば『ゴキブリ』だろうか。実に惨めな姿である。



(男…まだ子供か。ルアンと同い年くらいかな?)



 その人物は、まだ十二歳前後くらいに見えた。


 ぼさぼさの茶黒髪で、額にバツ印の傷がある少年である。


 女性は十二歳くらいから結婚することも珍しくはないが、男の十二歳はまだ子供といった様相だ。まだまだ幼さが見受けられる。



「げほげほっ…ううっ、何が起こったんだ…」


「おい」


「…え?」



 その少年に対してアンシュラオンが取った最初の行動は―――



 ブシャーーーーーーーッ




「ぎゃーーーー! 今度は何だ…ぶぼぼぼぼっ!?! あっちっ! あつつうううう!! ごぼぼぼぼっ! げぼっ!! これあっちぃい!!」




 いきなり顔面に水流波動をお見舞いである。


 普通に出したら死んでしまうので、威力は相当低めかつ、消防車の消火ホースのように押し出すだけにしておいた。


 ついでに火気を多少使って温めておく温水サービス付きだ。


 ただし、六十度くらいの温度にしたので、触れるとけっこう熱いに違いない。お風呂の適温が四十度前後と考えれば、かなり熱いことがわかるだろう。



 少年は、訳もわからずに放水を受け続ける。



「ひーーー! バタバタッ!!」



 いきなり背中に荷物が落ちてきたと思ったら、今度は顔面に放水である。パニックになるのも当然だろう。


 またもやゴキブリのように手足をばたつかせ、慌てふためいている。



 その放水は五秒間続いた。



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