374話 「謎の小部屋とロボット 前編」


 アンシュラオンとサナが扉に入ると、向こう側にも扉が見える大きな部屋に出た。


 今入ってきた背後の扉と前方五十メートル先にある扉。出入り口はその二つだけである。


 周囲は遺跡の壁で覆われているだけで何もなく、他の見張りもいない。


 特に何もないのだからそのまま先に進めばよいだろう。見張りもいないので、さきほどと同じ要領で扉も開くはずだ。


 しかしながら、この場所に妙な違和感と圧迫感を感じたアンシュラオンは、一度その場で立ち止まる。



(なぜ人がいない? 物も置いていないし…明らかに不自然だな)



 三十×五十メートル程度の大きな空間である。


 わざわざ表に見張りがいたわりには生活感がまるでないし、あえて空っぽにしておく必要性が見いだせない。


 もしここに簡易ベッドやら机や椅子などがあればよかったのだが、本当に何もないのだ。


 そのうえ、この部屋だけ妙に綺麗だ。壁には汚れの一つも見受けられない。


 それは上の倉庫で見た、人間が小まめに掃除をしているものとは違う『整った綺麗さ』がある。


 そうした生活感のなさが強烈な違和感として感じられるのだ。



(まるで無菌室…エアシャワーとかがある洗浄室みたいだな)



 病院や研究所などでは部屋に入る前に、埃を飛ばしたり雑菌を消毒する工程があるだろう。


 無菌室などに入る場合、余計なものが入り込まないように事前に除菌するわけだ。


 ここはどこか、そうした場所に似ていた。


 アンシュラオンがそう思ったのは、単なる印象からだ。何かを知っていたわけではない。


 だが、こうした『直観』こそがアンシュラオン最大の武器なのかもしれない。


 長く生きているから優れているわけではないが、長く生きなければわからないものがある。




 その予感は―――現実となった。




 ウィーーーンッ ガコンッ



 機械的な音を立てながら、壁が動いた。


 まるでカラクリ屋敷の回転扉のように、壁の一部がくるりと回ったのだ。


 その壁の裏側には『四角い物体』が張り付いていた。



 ウィーーンッ ガション ガション



 再び機械的な音をさせながら、四角い物体が伸びたり縮んだりを複数回繰り返し、ようやく一つの形状を生み出す。


 それをなんとたとえればよいのだろう。


 頭は四角く、胴体は丸みを帯びた平べったい形をしている。四角い頭にはモノアイの赤い光が宿っており、ぐるぐると左右に動いて周囲を見回している。


 円盤状の胴体から出ているのは、自身の重量を支える四つの脚だ。垂直に出ているのではなく、蜘蛛のように曲がった形で接地している。


 最終的な高さは二メートル半程度だろうか。人間の大人より高くて横幅もあるので、それなりの大きさといってよいだろう。




(…あれは何だ? ロボット…だよな?)



 アンシュラオンは突然のことに驚き、しばしその存在を凝視する。


 自分の知識でいえば、近未来系のアニメや漫画で出てきそうな四脚のロボットでしかない。


 魔獣やら武人やら剣やら術式やら、ファンタジー感のある世界にどっぷりはまっていた自分からすれば、少なからずショッキングな光景である。


 が、アンシュラオンとて、この星のことをすべて理解しているわけではない。むしろ知らないことのほうが多いのだ。


 そう思って気を取り直す。



(たしかにびっくりしたが…思えば神機もロボットって話だしな。この星では珍しいものではないのかもしれないな。師匠の話でも昔はそういう文明があったって聞いたし、今でも巨大戦艦がある世界だ。ロボットくらいはいいだろう。…それがグラス・ギースでなければ、だが)



 ロボットは受け入れた。神機は実際に戦っているから問題ない。


 巨大地上戦艦が荒野を走っており、砲撃だってしてきたのだ。クルマだってあった。機械文明があってもいいだろう。


 アンシュラオンは知らないが、衛士隊の重装甲服だって簡易パワードスーツなので機械的といえば機械的だ。


 ただし、それがグラス・ギースにあることは驚きである。



(あれに人間が入っている可能性はゼロに等しい。明らかに自律している。地球にも人工知能があるが…あれと同じ仕組みか? どちらにせよこんな高度なものが、こんな寂れた都市にあること自体が驚きだ。もしオレが領主ならば、これを解析して技術力向上につなげるが…根本の技術レベルが違いすぎて分析すら無理かもしれないな。普通に考えれば遺跡の産物ってやつか?)



 生活レベルが発展途上国程度のグラス・ギースには似合わない代物だ。


 そこから分析するに、これも遺跡に組み込まれた装置の一部だと思ったほうがいいだろう。



 ウィーン ガション ガション



 アンシュラオンがそんなことを考えている間に、関節のサスペンションを利かせながらロボットが近づいてくる。



「サナ、オレの後ろに下がっていろ」


「…こくり」



 ロボットの目的が不明だ。万一にそなえてサナを後ろに下がらせる。


 アンシュラオンはいつでも動けるようにしているが、こちらが警戒していてもロボットは構わず一直線に向かってきた。


 そして、二メートル程度離れた場所で止まると、頭部のモノアイがアンシュラオンを捉える。



「ピピッ…ガガッガガッ…チェック……静止……シテ…クダサイ…ピーガー」



 今ではネットラジオなどがあってクリアな音声で聴けるが、一昔前はノイズだらけのラジオを我慢して聴いていたものだ。


 それと同じような、雑音のあるくぐもった音声がロボットから発せられた。



「こいつ、音声機能があるのか? だが、ノイズが酷いな。おい、お前は何だ?」


「…ピーーガーー、チェック……シマス。静止……クダサイ…ガー」


「駄目だな。会話が通じない。半分壊れているのか? それとも何か変換機能が破損しているのか? しかし言葉はオレにも聞き取れるな。いつの時代のものだ?」



 このロボットがいつ造られたかがわかれば、かなりの情報を掴むことができるだろう。


 たとえばロボットが発した大陸語は、およそ七千年弱前に全世界を統一した『大陸王』によって生み出されたものだ。


 それを使えるということは、この機械がそれ以後に製造された可能性が高まるからだ。


 造られた時期がわかったらなんだ? と言われればその通りだが、なぜロボットがここにいるのかを含めて、このあたりの情報は案外重要なポイントになるのかもしれない。


 あくまで考古学者がグラス・ギースの過去や遺跡を調べたいのならば、だが。



(静止しろって言っていたな。こんなロボの言うことを聞く義理はまったくないが、さっき少しやりすぎたばかりだ。ここはおとなしくしておいてやるか)



 ピアス(すでにそれが名前になった)をボロクソにしたばかりなので、これ以上の騒動は避けようと思ったのだ。


 アンシュラオンの目的は、シャイナの父親を探すことだ。それと同時にサナの鍛練のために試合に出ることである。


 今騒動を起こしてしまえば全部が台無しになる。父親はどうでもいいが、サナの修行ができなくなるのはつらい。



 ということで黙って立っていたわけだが、この直後、予想しないことが起こる。



 ウィーンッ カパッ



 ロボットの胴体部分が開き、網目状の装置が出現する。



 ビィーーーーーー



 そこから赤い光が放射され、アンシュラオンの身体を照らす。


 光自体は照らされても熱も感じない。こうしていれば、ただの光と変わらない。


 照射はじっくりと足から始まり、徐々に上がっていく。



「ガガ…【因子チェッカー】……起動。ピピッ……ジーーーーー」


「…?」


「パターンチェック……ピピ…ピピピピピ…」


「っ……っ……!」



 しかし、一回全体を照らし終え、再度足に光が照らされた瞬間―――悪寒が走った。



「チェック……チェック……ピーーーピーーー」


「て、てめぇ…何……してる?」



 ぞわっ ゾワゾワゾワッ!!


 光がアンシュラオンの身体に触れるたびに、何かが中に入ってくるような強烈な違和感を覚える。


 蛆虫のように、うねうねと身体の中を這いずり回る感覚がするのだ。



 直後、機械にも異変が起きる。




「ピピピピピピッ!! ピーーーー! ピーーーー!! 危険因子…危険度SSS……ピーーーピーーーーー!! マジン因子……確認。覚醒率23.68999%。再チェック必要性99.999999999999%。ピーーーガーーー!!」




 頭がグルグルと急速回転し、機械なのにパニック状態に陥る。


 科学者が大発見をして興奮し、頭を掻きむしる光景に似ているだろうか。



 何やら騒いでいるようだが―――不快感に襲われているアンシュラオンの耳には届かない。



 頭が物事を判断する前に怒りが爆発。





「何してるって―――言ってんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」





 バギャアアアアアアアアアアアア!!!



 アンシュラオンがロボットの胴体を蹴り飛ばすと、足が光を放射していた機械を圧砕した。


 それによって光は明滅を繰り返し、最後は儚く消えていく。



「ピガッ…ガガガガガガガガガッガッッ!!」


「なんだ…この気持ち悪さは!! てめぇ!! 機械の分際で…オレの中に入ろうとしやがったな…!! このガラクタがぁああああああああああああ!!!」



 アンシュラオンがさらに追撃。


 掌を押し当て、発気。



 ボシュンッ ゴトゴトゴトッ



 放出された戦気に機械の身体が耐え切れず、四足だけを残して蒸発してしまった。


 古代文明の機械だろうが何だろうが、アンシュラオンの攻撃に耐えられるわけがない。当然の結果だ。


 しかし、こうしてロボットは消えたものの、身体に残った不快感は消えない。



(くそっ、なんだ今のは!? オレの身体の中を調べようとしやがったぞ。筋肉とか臓器とかじゃない。…もっと中の…奥の部分を……っ! そういえば『因子チェッカー』とか言っていたな。まさかこいつ、因子を調べる機能があるのか?)



 ロボットの音声から察するに、赤い光は因子の内容を確認する装置だと思われる。


 アンシュラオンの『情報公開』も因子を調べられるが、これ自体はなかなかレアな機能だといってよいだろう。


 ただし情報公開は相手に何の違和感も与えないが、こちらは身体の中をまさぐられたような強い違和感が残る。


 ロボなので性別はないのだろうが、誰かに因子を触られるのは最低の気分だ。


 武人にとって因子は非常に重要である。心の奥のデリケートな部分に無造作に触れられるのと同じなので、激しい拒絶反応が起きるのだ。



 だが、事態はまだ収まっていない。




 ピーーーピーーーーピーーーーーー!




 ウィーーーーンッ ガタンガタン



 部屋に警報が鳴り響くと、次々と壁が回転して、さきほどと同じようなロボットがさらに出てきた。


 しかも今回のものは形状が少し違う。


 高さはさっきのロボットより低いが、より前傾姿勢になっており、カブトムシのように尖った頭には【穴】があいていた。


 ウィーン ガション ガション



「ピピピッ。危険因子、排除命令。攻撃開始」



 そのロボットが尖端をアンシュラオンに向け―――発射。



「っ!!」



 アンシュラオンは水泥壁を展開して防御。


 戦艦の砲撃すら受け止めた防御膜である。普通の攻撃ならば簡単に止められる。



 が―――貫く。



 小さく細く放射された光は水泥壁を貫通して、アンシュラオンに直撃。



 バジジュウウウウウウ!



 咄嗟に腕で防御したので胴体には当たらなかったが、腕が焼け焦げた。


 着ていたスーツは真っ黒になって炭化し、白い肌にも焦げた痕跡がはっきりと見受けられる。



「これは…レーザーか!?」



 アンシュラオンが真っ先に脳裏に浮かべた単語が、レーザー。


 いわゆる『レーザービーム』というやつである。


 これもよくアニメやゲームで見かけるものだが、地球でも実用化が進んでいる技術である。


 まだかなりの問題があるが、一部の防衛兵器に搭載実験が行われているくらいには研究が進んでいるらしい。


 そのうち巡洋艦に搭載された対空レーザーでミサイルを迎撃、という光景が見られるのかもしれない。



 と、地球のことは置いておくとしても、目の前のロボットがレーザーを放射したのは事実である。


 さらにアンシュラオンの水泥壁を貫通し、肉体防御力まで貫くことに成功している。普通の人間ならば確実に死んでいただろう。



(やれやれ、魔獣の次はロボットか。オレを傷つけるやつは基本的に人間以外だな)



 山を下りてから最初にアンシュラオンを傷つけたのは、デアンカ・ギースであった。


 それから強い人間とも戦ったが、まともにアンシュラオンに傷を付けた相手はほとんどいない。


 それもまた油断だったのだろう。たかだかロボットふぜいに不覚を取ってしまった。



「なんでお前たちが突っかかるのかはわからんが、オレはイライラしているんだ。まずはそれを解消させてもらうぞ」




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