373話 「ラングラスエリアへ」


「序列の順位を決める団体戦っていつ?」


「今回は五日後だったか?」


「五日か…それくらいなら大丈夫かな。今日みたいな試合って毎日やっているんでしょ?」


「ああ、そうだ。よほどのことがなければ開催されるな。地下じゃ天候の変化も無いからな」


「その試合さ、この子も参加できるかな?」


「えっ? その嬢ちゃんがか?」


「うん、そう。この子」


「…こくり。ぐっ」



 サナも拳を握ってやる気のポーズ。



「どう? 強そうでしょ?」


「いや、どう見ても普通の女の子なんだが…」


「さっきも言ったけど、これでも武人の端くれなんだ。せっかく地下に来たんだから、この子をもっと強くしてあげたいと思ってね。試合があるなら出てみたいよね」


「その気持ちはわかるが、賭け試合となるとどうかな。賭けが成立するかどうかが問題だな」


「オレがこの子に賭ければいいんじゃない?」


「観客が納得する形になるかどうかだな。この試合の目的は観客の娯楽でもあるし、色物がないとは言わないが色物すぎても困る」


「『闘い』という意味ではオレが太鼓判を押すよ。きっと今日よりも面白い試合になると思うけどね。そのあたり、おじさんの協力でなんとかならないかな? どうせ運営側ってハングラスが大部分を占めているんでしょう? ちゃんと報酬も出すからさ」


「うーむ」


「この子に何があってもオレが全責任を負うからさ。ねっ、いいでしょ?」


「しょうがないな…打診だけだぞ? 駄目でも恨むなよ?」


「大丈夫だよ。申請は通るさ。こんな小さな子が出場すれば、話題性に欠ける試合に華が添えられる。それだけでも価値があるはずだよ。そのチャンスを逃すとは思えないな」



 低迷していたゴルフ界に若いゴルファーが登場して人気が再燃したり、競馬界に女性ジョッキーが登場して売り上げが三割増しになったりと、若さと女性というキーワードはどの業界でも必要とされているものだ。


 そのうえ賭けるからこそ「お気に入りの選手」が求められることもある。


 最初は損得勘定で動いていたものが、不思議なことにそれを度外視することが多くなるのが人間というものだ。


 もちろん強さも求められるが、一番必要とされるのが【魅力】である。


 サナの魅力数値はすでにアンシュラオンと同じ「A]になっているし、出場すれば多くの観客を味方につけることができるはずだ。


 実際こうして観戦しているだけで、男たちの視線がたびたびこちらに向くものだ。


 アンシュラオンが睨みを利かせてあしらっていたが、そうした魅力は溢れ出るものなので仕方がない。



「この子の輝かしい将来がかかっているんだよ。絶対に通してよね」


「わかった、わかった。運営に弟分がいるからなんとかしてやる。ったく、地下に来たばかりなのに物怖じの一つもしやがらねえ。たいしたもんだよ」



 そして、アンシュラオンの魅力も相まって、マシュホーも断れない。


 魅力の数値は交渉事にも影響を与える重要な要素なのだ。



「ありがとう! あっ、そうだ。スペシャルマッチってどうやって申請するの?」


「相手と運営側が許諾すれば大丈夫だが…もしかして、やるのか?」


「普通の相手なら問題ないだろうけど、チャンピオンと戦うには特別なものが必要だと思うんだよ。やっぱり餌がないと大きな魚は釣れないからね」


「おいおい、いきなりチャンピオンとやるつもりか!? 試合を見ただろう? あれでもまだ本気じゃないぞ!」


「わかっているよ。でも、それと戦うからこそ意味があるんだ。段階は踏むつもりでいるから安心してよ。最初は雑魚相手でいいや。それで勝っていけばチャンピオンも無視はできないだろうしね」


「怖ろしいやつだな。しかし、こっちから提案するとなると、最低でも今日と同じくらいの賞金や賞品が必要になるぞ? 用意できるのか?」


「そっちも大丈夫。用意するよ。で、試合参加の申請は前日で大丈夫? 明日には出たいんだけど」


「普通の試合なら大丈夫だ。スペシャルマッチのほうは調整が必要だから二日以上はかかるがな」


「そのほうが都合がいいかな。こっちもまだ地下の状況を全部把握していないしね。その間に用事も済ませておくよ。おじさんとの連絡ってすぐに取れるの? 互いのエリアって別々になっているんでしょう?」


「各エリアの入り口に見張りがいるから、そいつに名前と用件を言えば呼んでくれるぜ。ハングラスのところに来て『マシュホーに試合の件で用事がある』って言えばいいさ」


「そうなんだ。あっ、オレの名前を言うのを忘れていたね。オレはホワイト、こっちは黒姫だよ。偽名だけど、よろしくね」


「ははは、よろしくな。まあ、偽名の連中なんて山ほどいるさ。気にするな」



 どうやらマシュホーには気に入られたようだ。


 単純に魅力が高いこともあるが、アンシュラオンの物怖じしない姿が元筋者として清々しかったのだろう。


 なぜかこちらの業界の人は、男気や胆力といったものに対する尊敬の念が強いので、アンシュラオンのような人間はすぐに気に入られるのだ。





 三人は再び上の階の中央ホールに戻ってきた。


 すでにホールに人影は少なく、店の多くも片付けを始めていた。


 地下では試合を中心に物事が動いているらしい。試合が終われば人もいなくなるのだろう。



「ラングラスはあっちだ。足りないものがあれば言ってくれ」


「うん、ありがとう。またね」


「いつでもこっちに来ていいからな」



 マシュホーはハングラスのエリア、北側の通路に戻っていった。



「オレたちは東だな。さて、どんなことになっているのか気になるな」



 アンシュラオンとサナは、ゆっくりと東の通路に向かう。


 通路は相変わらず幅も高さもあって広いが、いくつかの道が潰れていることもあって、道中は多少回り道をしながら東に向かうことになった。



(えーと、収監砦に戻ったのが昼過ぎだったから、現在の時刻は…午後六時過ぎか。グラス・ギースでは夜といってもいい時間帯か)



 ここに太陽はなく、時計もない。


 そんな場所で時間を計るのは難しいが、アンシュラオンは体内時計がかなり優れているので、意識すれば秒単位で時間がわかる。


 今は午後六時過ぎ。グラス・ギースの生活事情では、家庭によっては八時か九時に寝るところもあるので、すでに夜に入った時間帯である。


 そのせいか東側の通路を歩いている者は自分たち以外には誰もいなかった。




 しばらく通路を進むと、門らしきものが見えた。



 衛士がいた扉とは違い、この門はすでに遺跡の一部らしく、造詣も普通の門とは違う。



(城壁の門に似ているな。いや、逆なのか? 年代を考えれば、遺跡の門を真似て城壁が造られているのかもしれないな)



 仮に神機が製造された時代のものだとすれば、最低でも一万年は経過していることになる。


 となれば、こちらのほうがオリジナルといってよいだろう。造詣も城壁にあるものより立派で重々しい。



(なかなか硬そうだな。オレでも壊せるのかな? と、誰かいるな。あれが見張りか)



 その門の前にはマシュホーから聞いていた通り、一人の見張りが立っていた。


 特に装備らしい装備はしておらず、普段着のまま立っている。


 ただ、男の容姿は普通とは言いがたい。


 所々が破れたレザージャケットを着ているのはまだいいが、大量のピアスを鼻と口に付けている。



(うわー、ヤバイのがいるな。あれでカッコイイとか思ってんのかな?)



 と思ったものだが、こんな仮面を被っている人間には言われたくないだろう。


 アンシュラオンとサナが近寄ると、男はじろっとこちらを見つめる。


 その男が口を開く前に―――



「鼻ピアス、死ねよ」


「なんだいきなり!?」


「あっ、しゃべられるんだね。口にピアスをしているから話せないのかと思った」


「喧嘩売ってんのか、てめぇ!?」



 アンシュラオンが、いきなりディスる。


 これに理由はない。単に茶化したかっただけだ。



「ピアス、さっさと門を開けろ」


「初対面でピアス呼ばわりはやめろ!」


「だって、ピアスじゃん」


「そうだが…馴れ馴れしいぞ」


「お前程度がオレと馴れ合えると思うなよ。えいっ、ゴンッ!!」


「ぎゃっ!?!」



 アンシュラオンが仮面で、顎にあったピアスに頭突きをする。



「ぐおおおっ!! 顎がーーー! 顎のピアスがずれたぁあああ!」


「ぎゃはははは! 望まれないで生まれてきたやつみたいになってるぞ!」


「どういう意味だ!?」


「お母さんに詫びろ!! ゴンッ!!」


「ぎゃっ!!!」



 再び頭突き。


 当人の発言を分析するに、お母さんからもらった身体を大切にしない人間への罰であるらしい。


 たしかにその通りかもしれないが、この男が罰を与える権利はない。



「ぐおおおっ! ピアスが取れたーーー! 皮膚ごと取れたぁああああ!」


「ねえ、さっさと門を開けてよ」


「こんなことをしておいて、なんでそんなお願いができるんだよ!!」


「うわっ、お前…臭いな。ちゃんと風呂に入っているのか?」


「さっきからなんなの!? 訳がわからねえ!! つーかお前、初めて見るツラだな! 新入りかぁ?」


「新入りだが、お前が生まれた時より上にいる男だ。ひれ伏せ」


「なぜか態度がでかすぎる!! くっ、いいか、新入りのお前に教えておいてやるが、この扉は簡単に開けられるもんじゃないんだよ! 軽々しく言うな!」


「じゃあ、どうやれば開くんだ?」


「ほれ、そこに箱があるだろう。それに『貢物みつぎもの』を入れるんだ」


「貢物? なんだそれ?」


「言葉通りの意味だ。中に入るには金か物が必要だ。ちゃんと入れたら開けてやる」


「開けてやるってことは、貢物なしでも普通に開けられるんじゃないのか?」


「それがルールだ。嫌なら外で暮らすんだな」


「他の派閥でも同じ仕組みなのか?」


「よそのことは知らん。ラングラスではこれが決まりだ」



(なんだ。ただのカツアゲか)



 この見張りは、他の派閥が入らないようにすることは当然だが、同じラングラス派閥から金を巻き上げるために存在しているようだ。


 ただ、マシュホーはそんなことは言っていなかったので、ハングラス側では貢物システムは無い可能性が極めて高い。



(地下では派閥に入らないと生きてはいけない。生活するにもエリアに入る必要があるからな。やれやれ、たしかに吹き溜まりのようだな。子供相手にカツアゲとは、所詮ピアスだな)



 なぜか男が付けるピアスに偏見があるらしい。


 これにも明確な理由はない。完全なるレッテルである。



「あの箱に入れればいいのか?」


「おっ、案外物わかりがいいな。そうだ。価値があるものを入れろよ」


「じゃあ、馬糞を入れよう」


「お願いだからやめて!? なんでそんなもんを持っているんだ!!」


「非常に珍しい魔獣の糞だぞ。価値があるだろう?」


「そうかもしれないけど、誰も求めていないから!! ここの人間に価値のあるものじゃないと駄目だぞ!!」


「なんだよ、せっかくとっておいたのに」



 輸送船を掃除した時に見つけたギロードの糞である。


 何かあったとき(嫌がらせ)にそなえて保管していたのだが、相手からすれば実に迷惑な話である。


 もし中に食べ物が入っていたら全部が台無しになるところだった。



「それなら石でいいか」


「だから価値あるものにしろよ!」


「警戒区域から採取した石だぞ。貴重だ」


「そういう貴重さはいらねえんだよ!!! 金とか宝石とか食い物とか、そういうのにしろよ!」


「石は食えるぞ。ガリッ」


「えぇぇえーー! 石を噛み砕いた!?」


「くらえっ! 石つぶて! ぺぺっ!!」


「ぎゃーーーー!! 目がーーー!」



 顔に散弾のように砕いた石を噴き出してやった。


 理由はない。相手が嫌がることをして楽しんでいるだけだ。



「ピアスの相手も飽きたから、さっさと開けてよ」


「絶対開けねえ!!」


「そうだ、お前。リンカーネンという中年の男を知らないか?」


「だから人の話を聞けよ!!」


「じゃあ、水をくれてやる。水は地下だと貴重だろう?」


「地下水もあるが…まあいいだろう。五リットルは入れろよ!」


「そんなみみっちい真似をするか。百リットルでも二百リットルでもくれてやるよ」


「おっ、そんなにか! さっさと出して―――」


「はい、どうぞ」



 ドバーーーー ごぽごぽごぽっ


 男の足元から水が生まれ、一気に足下から頭の上まで『浸水』する。


 覇王技、水泥牢である。



「ぶぼっ!! ごぼぼっぼっっ!?!」


「ほら、水だ。せっかくだから風呂にでも入れてやろう。綺麗にしてやるんだから感謝しろよ」


「ぼぼぼっ!! ぶぼぼぼっ!! っ!? っっ!?」



 何か言っているが聞き取れない。たぶん喜んでいるのだと思われる。


 当然ながらこれは水気なので、浸かるだけで皮膚が焼けていく。


 男の自慢のジャケットもさらにボロボロになり、ピアスも一気に腐食して溶けていく。



 十秒後―――



 パンッ ブシャーーーーー



 水泥牢が破裂し、半裸になった男が流れ出てきた。



「ぶはーーー、ごほっごほっ…」


「うむ、少しは臭いも取れたか。…ついでにイメチェンもできたようで何よりだ」


「ぎゃーー! 肌がただれてるーーー! お、お前! 暴力行為は禁止なんだぞ! 入る時に署名しただろう!! 血判の証を甘く見るなよ!」


「安心しろ。あれはオレたちの血じゃない。こんなこともあろうかと、ちゃんと他人の血を用意してある」


「いきなり不正だよ!! しかも怖い話じゃねえか―――ぎゃっ!!」



 ゴンッ!! ぐりぐりっ!


 倒れた男の髪の毛を掴んで、頭を門に押し付ける。



「ぼ、暴力は…き、きんし…」


「ただのスキンシップじゃないか。そんな大げさに考えるなよ。ほら、さっさと質問に答えろ。次は髪の毛を全部むしるぞ。それとも尻の穴にピアスを付けてやろうか? ああん?」


「ぐえええっ! わ、わかった! わかったから…!」


「リンカーネンはどこだ?」


「り、リンカーネン? だ、誰だ…!」


「知らないのか? ここにいるはずだぞ」


「偽名を使っているやつも多い…。と、特徴を言ってくれないと…」


「知らん。オレも見たことがないしな」


「し、知らないって…そんなんで探していたのかよ!」


「ええい、うるさい! 知らんもんは知らん!!」



 ゴンッ!



「ぎゃっ! ―――がくっ」



 自分の過失を指摘されてイラッとしたので、男の頭を門にぶつけて気絶させる。


 けっして自分の間違いを認めない男。それがアンシュラオンである。



「ふん、使えない男だ。さて、どうやって中に入るか…」



 と思った瞬間、腕輪が光っていることに気付く。


 それと同時に門にはめられた「赤いジュエル」が点滅していた。



「もしかして、これがカギなのか?」



 試しに近づけてみると―――



 ウィーーーーーンッ ゴロゴロゴロッ



 妙に機械的な音をさせて扉が開き出した。


 どうやら最初に配られた腕輪があれば誰でも簡単に入れるらしい。やはり単なるカツアゲだったようだ。


 だが、相手をよく見ないでそんなことをすればこうなるのだ。それも自業自得である。



「よし、中に入るか」


「…こくり」


「入り口がこの有様じゃ、中もあまり期待できないがな…」




 アンシュラオンはラングラスのエリアに足を踏み込む。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます