372話 「サナの補完者たち」


 こうして三つの会場の試合を見た。


 たしかにアンシュラオンからすればレベルは低かったが、そもそも地下闘技場に興味を持ったのは自分のためではない。



「黒姫、見ていたか?」


「…こくり」


「オレの援護がなくても、あいつらに勝てるか?」


「…ふるふる」


「うん、今はそれがわかるだけで十分だ。レイオンもジュンユウもセクトアンクも、それぞれに特徴のある強い武人だった。そして何よりも、お前に【足りないもの】を持っている」



 まずレイオンである。


 彼は生粋の戦士であると思われるので、タイプとしてはマキやソイドビッグに近いだろう。


 耐久力もあるようだし体格も優れている。打たれ強い肉体能力に長けた相手だ。


 一方のサナは、子供ということを差し引いても体格や耐久力には難がある。


 女性なのだから当然だ。残念ながら女性の武人は、基本的にはパワーには劣る傾向にある。


 マキはそれを踏み込みの速さと強さによってカバーしていたが、密着した状態での力勝負ならばマサゴロウには到底勝てなかっただろう。


 そんな力の弱い女性が、無手でどうやって大男に勝つのか。


 実際の戦闘では武器を失うことも珍しくはないので、素手で対処できる方法を編み出さねばならない。



(レイオンの強さはそれだけではない。あのギラついた目、【闘争本能】だ。言い換えると『一瞬にかける気迫』ってやつかな。勝負所を見極めた瞬間に猛攻を仕掛ける力だ。サナにはそれが圧倒的に欠けている)



 意思が希薄なので、相対的に一撃にかける気迫も薄いと言わざるをえない。


 たしかに技は教えた。殴り方は教えている。だが、それだけだ。



 サナには―――【決め手】がない。



 ルアンとの殴り合いを見ても、結局は消耗戦の末に勝ったようなものだ。


 最初に不意をついたからこその勝利であり、決定打を与えたわけではない。


 素人相手にも苦戦したのだ。より強い武人が相手に生半可な攻撃は通用しないだろう。



(勝負に勝つには必ず『とどめの一撃』が必要だ。そのあたりの練習相手としては最適だな)



 もしレイオン相手に何か有効打を与えられるようになれば、他の相手にも優勢に戦えるようになるだろう。


 仮にそれができずともレイオンから吸収できるものがあるはずだ。


 こればかりは教えるだけで学ぶことはできない。実戦で肌で感じてこそ武人は強くなるのだ。



(オレはサナを殴れない。いくら鍛練とはいえ、こんな可愛い子を殴ることなんてできないよ。せめてもう少し強くならないとレベルが違いすぎて練習相手にもなれない。だからそれまでは他人を使わせてもらおう)



 アンシュラオンは、ただ黙ってつまらない試合を見ていたわけではない。


 サナの【養分】にするための使えそうな道具を見定めていたのだ。


 その意味では三人とも合格だ。大収穫と言っていい。




(二人目のジュンユウは、持続力と正確に一点を貫く集中力が持ち味だ。当然それには戦気の『集中維持』も重要になってくる。サナにとっては一番の苦手分野だな。しかし、だからこそ鍛える意味がある。これは努力でなんとでもなる領分だからな)



 レイオンのような高い肉体能力は、持って生まれた資質が大きく左右するので、鍛えたくても鍛えられない。


 だが、ジュンユウの力は修練次第で身につけることが可能だ。


 すでに述べたが、戦気術の基本をひたすら繰り返すことで、高い集中力と持続力を身につけることができる。


 根性論ではないが、やる気と根性があれば最低限の力は身につくのだ。


 百点を取れとは言わない。これは難しい。しかしながら七十点ならば、がんばれば誰でも取れる。


 応用問題がどうしてもできなくても基本問題を完璧にできるようになれば、それくらいはいくものだ。


 今のサナに必要なものは、ひたすら反復すること。それを戦いの中でできるようにすることだ。


 さらにジュンユウは剣士という意味でも貴重な相手である。



(正確に一点を打つためには武器の扱いにも慣れていなくてはならない。ジュンユウは武器の熟練度も高いんだ。だから剣一本だけでやれているし、それを貫く覚悟がある)



 剣がなければ剣気が出せないのだから、剣士が自分の剣に命を託すのは当然でもある。


 それゆえに剣士は、死んでも剣を手放さないことも珍しくはない。


 だが、実情を鑑みれば、徐々にそうした剣士は減っているようだ。


 特に西側では近代兵器の台頭が著しく、多くの騎士たちが重火器に頼る戦いをしている。


 それは衛士隊の麻薬工場制圧を見ればわかりやすい。弱い人間でも重武装すれば、それなりに強い兵士に早変わりするのだ。


 紛争が多い地域では、一人ひとりの武人を育てている暇はなく、民間人がすぐに強くなれる方法を安易に選択する傾向にある。


 また、戦いで優れた武人が死ねば、さらにその傾向が助長されることになるわけだ。



 されど、やはり武人の本質は自らの力にこそある。



 武器の質も人の知恵だが、それよりも重要で価値があるのが人間の可能性である。そこで諦めてしまったら一生たどり着けない領域があるのだ。


 サナが剣士タイプならば、ぜひ剣の扱い方をしっかりと学ばせてあげたいと思っている。


 それこそが強者への道だ。避けては通れない。



(サナに剣を教えたいが、オレ自身が適当だから教えられない状況だ。ならば生粋の剣士と戦わせることで何かしらのヒントを与えてやりたい。サナの苦手分野克服も含めて、ジュンユウは非常に参考になる相手だろう)



 まだサナがどんなタイプの剣士かは不明だが、まず最初に目指すのはバランス型だ。


 攻防の基本技術を身につけたあとに自分に適した戦い方を見つけるほうが安全だろう。


 ジュンユウは試合を見る限りは防御型の武人であるが、基本技術をしっかりと体得しているので参考になるはずだ。


 彼から剣士のエッセンスを余すことなく吸収してほしいものである。




(そして、セクトアンク。あいつも非常に素晴らしい素材だ。サナにとって学ぶべきポイントは多くあるだろう。サナは今まで機転を利かせて状況に対応してきたが、やつは戦術のレベルが数段違う)



 サナは頭の回転が非常に良く、その観察眼も相まって、相手の予想外のことをして戦況を有利に動かすことができる。


 多くの者たちは「まさかあんな少女が」という油断もあり、見事にサナの戦術に引っかかってきた。


 それはつまり、明らかに相手がサナより強かったからだ。


 大の大人が幼稚園児にびびったりはしないだろう。体格差を見た瞬間、「負けることはないな」と思う。


 その過信によって上手くいってきたのだ。



 しかし、セクトアンクは違う。



(ああいうタイプは自分が弱いことを認識している。だからこそ常に先を読んで行動しているんだ。さっきの戦いも数手先を常に読んで動いていた。磁石の球も『最初に置いていた』し、すでにあいつは終局まで読みきっていたんだ。始まる前から勝っていたのさ)



 挑戦者にはわからなかっただろうが、最初の爆炎を避けた段階で、セクトアンクは磁石の球をリングの上に置いていた。


 そう、挑戦者よりも早く。


 そして、カプセルを切って爆炎を生み出し、相手の目が眩んだ瞬間に球を蹴った。あのタイミングでぶつかるように調整して、だ。


 もし挑戦者が磁石球を使わねば意味がない行動だったし、見つかったら対応されていただろう。


 しかし、わざと自分に隙を生み出すことで相手の視線を誘導し、そこに気付かせないようにしていた。


 たまたま上手くいったからあっさり決まっただけで、仮に見つかった場合にもいくつか対応策は考えていただろう。


 慎重な人間は、少なくとも常時三つ以上の打開策を用意しているものだ。



(道具の知識、戦術眼、度胸の良さ。まるで相手から見たサナと同じだ)



 セクトアンクは何をするかわからない怖さがある。


 対戦する者からすれば、何かやっても返されるのではないかと思うだろう。



 それは―――サナと同じ。



 サナに不覚を取ったアーブスラットならば、再び彼女と対峙した時、すぐには動けないだろう。


 「また何か仕込んでいるのか?」と疑うに違いないからだ。


 だが、サナはあくまで場に対応しただけにすぎない。その場で機転を利かせただけだ。それではいつか限界がやってくる。


 その点、セクトアンクはしっかりと戦術を組み込んで戦っているし、道具の扱い方にも習熟している。


 サナがより高度な戦術を学ぶためにも最適な相手といえるだろう。いろいろと参考になるはずだ。



(サナが将来、オレの国の女王として君臨していくのならば、最低でもプライリーラ以上にはなってもらう必要がある。そうして有名になっていけば、もっと強い相手がうじゃうじゃ集まるに違いない。世の中には強い相手は山ほどいる。身を守るためにも、もっともっと強くしてあげないといけないな)




「なんだ、思ったより楽しそうだな」



 仮面を被っているので表情は見えないだろうが、ニヤニヤしているのがわかったのだろう。マシュホーが話しかけてきた。


 すでに試合は終わり、多くの人々が出口から退出している最中であった。



「うん。楽しかったよ。いい試合だった」


「それならよかったよ。葉巻の礼くらいにはなったな」


「あのセクトアンクの派閥はどこ?」


「あいつはうちのところ、ハングラスだよ」


「やっぱりそうか。あれだけ道具に精通していると納得だね。えーと、レイオンはラングラスで、ジュンユウはマングラス、セクトアンクはハングラスだね。となると…あれ? ジングラスは? たしか地下だと二位だって話だよね? 誰か強い武人でも擁しているの?」


「ああ…ジングラスか。あそこはな…うん、ちょっと特殊でな。個人戦には出てこないんだよ」


「そうなの? まあ、プライリーラたちが主力だったみたいだし、個の力はたいしたことはないのかな?」


「…人間はそうだな」


「人間は? 不思議な言い方をするね。もしかして『魔獣』とかいるの?」


「相変わらず察しのいいやつだな。なんで知っているんだ?」


「こう見えてもジングラスには多少縁があってね。そっちの事情にも詳しいんだよ。どんなやつ? 七メートル以上もある手の生えた馬みたいなやつ?」


「なんだそりゃ!? そんな怪物じゃねえよ。もっとこう…獣っぽいやつだ。大きいのは大きいが、三メートルくらいか?」


「へー、そんなのがいるんだね。誰かが操っているの?」


「うーん、ジングラスのことはよくわからないんだが、昔から地下にいるらしいぞ。それで代表戦になると出てくるんだ。魔獣だから強くてな。それでジングラスが二位をキープしている」


「そういう事情があったんだね。プライリーラも知っているのかな?」


「さてな。ここは外に近いようで、やっぱり地下なんだ。地上とはいろいろ勝手が違うし、下のことはさして気にもしていないだろうさ」


「ふーん、そうなんだ。…ところでさ、ずっと気になっていたんだけど【上に人がいる】よね?」



 アンシュラオンが、ホールの上部に目を向ける。


 そこは不自然に出っ張っており、ホールの内周をぐるりと回るように設置されていた。


 普通の人間ならば、そういった造りのホールなのだと見逃すところだが、アンシュラオンにはすべて筒抜けだ。



 あの部分には―――人がいるのだ。




「あそこも『観戦席』ってことだね。ただ、上にあるってことは馬主の…たぶん特別な人間だけが見られるような場所なんだろうね。あれって向こう側からは透けて見える造りなんじゃないの?」


「…すごいな。本当にすごいぞ、お前。どうやってわかるんだ?」


「そんなの簡単さ。ずっとね、オレを【見ているやつ】がいるんだよ。無手の試合会場からずっと見ている。武器のところでも、ここでもね。そんなに見られたらオレも意識しちゃうよ」



 実は無手の試合会場に入った瞬間から、ずっと自分を見ている者がいたのだ。


 その者は気配を隠そうともしない。上の観戦席から試合も見ずに自分だけを見ていた。



「あそこは地上の連中が地下の様子を見るための場所さ。オレたちは『監視室』って呼んでいるがな」


「一応は囚人だもんね。そのほうがしっくりくるかも。…でも、うーん。これは知らない視線だな。初めて感じる気配だ。いったい誰なんだろうね」


「それこそ俺にはわからねえな。そもそも地下には問題があるやつしか来ないぜ。お前も知らないところで恨まれていることがあるかもしれないぞ」


「ははは、身に覚えがありすぎるよ」



 そう笑いながらも、アンシュラオンは気配の主を追っていた。



(ここの連中とはレベルの次元が違う。剣士のおっさん…じゃない。だが、それに近い圧力を感じる。何者だ?)



 自分を見る視線は、妙に熱がこもっているように思える。


 ただし、女性が自分を見るような感覚ではない。もっと純粋に興味を持った人間のものだ。



 そして―――相当強い。



 ガンプドルフ級の圧力を感じる。それだけの実力者が上にいる。



(どういうつもりか知らないけど、いつでも来いよ。相手をしてやるさ)



 アンシュラオンも、その視線に挑発的な視線を返す。


 互いに壁を挟みながら視線が交錯する。




 数秒それが続き―――気配が消えた。




 少なくとも今は戦うつもりはないのだろう。敵意もなく消え去った。


 それを感じて、アンシュラオンは笑う。



(サナの鍛練になればいいかと思っていたけど…オレ自身も退屈しないで済むのかな? そんなに見つめられると期待しちゃうね)



 こうしてアンシュラオンたちの地下生活が始まる。


 さして長居するつもりはないが、実りある時間になってほしいものである。



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