371話 「無制限の試合会場」


 武器の試合はキング・ジュンユウの勝利に終わる。



(これはシナリオうんぬんより、単純なレベル差が大きかったな。一発でも受けたらアウトという条件だから、あっさり決まるのは仕方がないことだ)



 レイオンはあえて技を受けていたが、あれとは条件がまったく違うので、ジュンユウの圧勝は仕方がないだろう。


 客もそれがわかっていながら賭けているのだ。


 もちろん利率や割合は多少変動するだろうが、一回でも挑戦者が勝てば負けた分は戻ってくるのだ。その日を夢見てまた賭けるに違いない。


 それもまた運営側の思惑通りだ。淡い期待を抱く客はいつだって損をするものである。





 続いてアンシュラオンたちは『無制限』の試合会場に赴く。



 ここも他の会場と同じような造りではあるが、はっきり言えば無制限の会場は「余った部屋」に設置されている。


 無手と武器の会場には条件を限定する術式がかかっているが、無制限にその必要はない。


 それゆえに術式がかかっていない適当な部屋を選んで造られた、といったほうが正確であろう。


 そして、ここでもアンシュラオンは見学に徹することにする。



(…普通の試合といったところか。さして見栄えするものではないな)



 この会場では制限がないので、無手と武器使いが戦うこともある。


 が、それだけだ。


 通常の戦闘において、戦士が剣士と戦うことはざらにある。


 一般人からすれば武器の有無は大きな戦力差になるだろうが、武人の世界ならば無手もさほど珍しくはない。


 基本無手のアンシュラオンからすれば、ここの勝負も素人のお遊びに近いものであった。


 その点に関しては少々残念だ。少なくとも自分が相手をするに相応しい相手は皆無である。



(地下だから優れた武人がいるかと期待したが…地上のほうが上だな。プライリーラやアーブスラットはもちろんのこと、オレの裏スレイブに匹敵する人材はほとんどいないな。せいぜいレイオンとジュンユウというやつくらいか)



 アンシュラオンが火怨山を下りてから戦った『一番強い人間』は、おそらくアーブスラットだろう。


 守護者込みでいえばプライリーラも強かったが、攻撃の質という意味では始末屋をやっていたアーブスラットが数段上であった。


 そんな彼と比べるのはかわいそうだが、今のところ地下での有望株は少ない。


 所詮は寄せ集めの地下闘技場なのだろう。他の武人のレベルが低すぎる。


 ここでならばソイドビッグでさえ、そこそこの成績を収められるだろう。つまりはその程度の場所だ。



 ただし、ここでもまったく収穫がないわけではなかった。




「続きまして本日のメインイベント、キング・セクトアンク戦を行います!」




 無制限の会場でもスペシャルマッチが行われていた。


 登場したチャンピオンのセクトアンクは猫背の小柄な男で、目元だけがわずかに見える全身黒装束を着ていた。


 ラーバンサーの覆面拘束服よりはましだが、完全に忍者の格好だ。


 闇に紛れるから忍者は目立たないのであって、明るい場所に出てくるとこれほど目立つ者もいない。


 ただ、周囲はまったく気にしていないので、あの服が彼の勝負服なのだろうと思われた。



(あまり凄みは感じないな。圧力もない。武人としての格は明らかにレイオンのほうが上だ。しかしあの男がチャンプってことは、それなりに秀でたところがあるのだろう)



 アンシュラオンはセクトアンクを強いとは思わなかった。


 もし隠しているとすればたいしたものだが、武人としての雰囲気がまるでない。


 アーブスラットにあるようなプレッシャーもないし、ラーバンサーから感じるような不気味さもなく、裏スレイブから感じる殺気もない。


 はっきり言えば凡庸な武人だろう。特に目立ったところは今のところ感じない。


 だが、こういう相手こそ気をつけねばならないことを長年の経験で知っていた。


 魔獣でも弱そうな相手ほど厄介な攻撃を仕掛けてくることは往々にしてあることである。




「スペシャルマッチの条件はいつもと同じく、チャンピオンには道具の制限が設けられます! では、ボディーチェックを行います!」




 係員がセクトアンクのボディーチェックを行い、他に道具を持ち込んでいないか調べている。


 それが終わると、セクトアンクは並べられていた道具を確認して身につけてから、ゆっくりとリングに上がった。



(この戦いは道具の制限が条件か? …これは案外不利だな)



 一見すれば道具の制限は、今まで見たスペシャルマッチよりもハンデが少ないように思える。


 それならばジュンユウの一撃でも受ければ負け、のほうが厳しい条件に見えるだろう。


 しかしながら、相手側があらゆるものを持ち込むことができる条件下では、これは極めて不利になる。


 しかもセクトアンクは、自分が何を持っているかを相手に知られている。


 相手に自分の手を知られるというのは、一撃必殺の世界にいる武人たちにとっては大変なことだ。


 いかに相手に手の内を知られないかが勝負の決め手になるので、見た目以上に不利であることがわかるだろう。



 事実、対する挑戦者は、遠くから見てもわかるような『重装備』である。



 これは鎧を着込んでいるという意味ではなく、服の至る所が膨れているので、明らかに大量の道具を持ち込んでいるという意味だ。


 一方のセクトアンクが持っていたのは、ナイフが三本、術符が三枚、球体のようなものが一つだけだ。





「試合開始だぁああああーーーーーーーーー!!」





 カァーーーーーーーンッ!




 試合開始のゴングが鳴る。


 ただし、無手と武器の二つの会場と違って、今回は両者共に動かない。


 武人は互いの手を見るために睨み合いをよくするが、これはどちらかといえば【将棋】に似ているだろうか。


 素人は何も考えずにさくさくと打ってしまうが、上級者になればなるほど先を読むので思考のほうが長くなり、一時間に一手という速度になりがちだ。



 こうしてリング上では、一分間の沈黙が続く。



 武人にとって六十秒は相当長いので、まさに手を読みあっている最中なのだろう。


 これも周囲に絶対に敵がいないことが前提となる試合ならではの状況だ。



(対戦相手もゴリゴリの武闘派じゃないようだな。どうやらこのスペシャルマッチは、いかに道具を使って相手を倒すかに焦点があてられているようだ。これはこれで面白い趣向かな)



 武人の戦いは素の能力の違いで大勢が決まってしまうので、一般人の観客の中には面白みを感じない者もいる。


 体術や剣技のガチンコ対決も面白いが、観客は頭脳戦も見たいと思っているはずだ。


 たとえば格闘技や護身術を学んでいない一般人同士の対決では、知識や道具の扱いが極めて重要になる。


 その使い方が自分にも参考になるので共感しやすいのだ。


 そのせいか野次が飛ぶこともなく、観客はじっとリングのやり取りに集中していた。



 直後、ついに挑戦者が動いた。



 両手に術符を持って、二つ同時に発動。


 放出された炎を風の刃が包み、爆炎のカマイタチとなって襲いかかる。



(おっ、二つ同時起動か。あれはなかなか難しいんだよな。しかも風鎌牙と火痰煩かたんはんの複合術式だ。大丈夫か? 客に被害出るぞ)



 術式の中で一番危険な組み合わせと言われているのが、火と風の複合術式である。


 これは大納魔射津にも使用されているものなので、室内で使うと広範囲に広がって大惨事を引き起こす。


 リングやホールは広いが、近くで見ている人間には極めて危険だろう。



 セクトアンクは一直線に真横に飛び跳ね、転がるようにリングの隅に避難。


 爆炎が襲いかかるも腕で顔を隠して直撃を避けて耐える。



 爆炎はそのまま場外へと伸びていくが―――



 ボシュンッ



 リングから飛び出た炎が掻き消える。



(リングの境目に何か術式が仕込まれているのか。かなり強力な結界だ。あれも遺跡の術式なのかな? 城壁のものよりも強そうだ)



 どうやらリングの外に被害が及ばない設計になっているようだ。


 結界術式はかなり高度なものなので、地下の人間が設置したとは考えにくい。あれも遺跡にもともとあった装置だと思われた。


 観客もそれを知っていたのか、視線はリング上に向けられたままである。




 試合は続く。




 挑戦者の追撃。


 今度は術符と同時にカプセルを取り出した。


 術符を発動させてからカプセルを投げる。



 ブンッ! ガンッ ゴロゴロッ



 挑戦者が投げたものは爆破術式がかかったカプセルである。


 リングの上で爆発すれば衝撃はリング上一帯に及ぶだろう。


 自分が被害に遭わないために、挑戦者は最初に術符で自分の周囲に障壁を張ったようだ。



(大納魔射津…いや、狐面が使っていた劣化版か? だが、あのエリアで爆発すればかなり危険だぞ)



 アンシュラオンが思っていたより、いきなりハードな展開になっている。


 何でもありになれば道具も何でもありなので、こうなるのは自然なことだが、道具の経費も含めて少々意外であった。


 地下では術具も貴重だろうし、このレベルの術式になると死人も出るだろう。今までとは試合のおもむきが違っている。


 その甲斐もあってか、無手の殴り合いとはまったく違う様相に観客も夢中になっているようだ。


 爆炎やら爆発が飛び交う戦場を間近で見ているので興奮して当然だろう。かなり刺激的な娯楽である。



 それはそうと、セクトアンクがどうやってこの事態に対処したかといえば―――



 タタタタッ



 逃げるでもなくカプセルに向かって走り出すと、器用に蹴り上げて宙に浮かしてからナイフを一閃。


 スパッ


 驚くほどの切れ味を見せたナイフが、カプセルの表面を切り裂き、中のジュエルを剥き出しにする。


 そこに取り出した術符を押し当て、発動。



 ジュボンンッ!! ボオオオオッ!



 風に押し出されたジュエルが途中で爆発し、さきほど挑戦者がやった風と火の複合術式のような形となって襲いかかる。


 剥き出しになったジュエルは酷く不安定で、少し触れただけで暴発する危険性がある。だからカプセルに入れて安全に起動させるのだ。


 だが、セクトアンクはそれを利用して爆炎にした。手数が限られているので相手の攻撃を有効利用した形である。



(なんて器用なやつだ。少しでもジュエルに刃が触れれば、その場で爆発だ。爆弾処理班も驚きだな)



 アンシュラオンが同じことをやれと言われればできるだろうが、ピンセットとカッターで細かい作業をするようなものだ。やりたいとは思わない。


 それを平然と試合中に『精確』にやってしまうのだから、その度胸と器用さには舌を巻く。



 そして、驚いたのはアンシュラオンだけではなく挑戦者も同じだった。



 いきなりの反撃に面食らい、まともな対処ができないでいる。何かをしようとするのだが、慌ててしまって手につかないのだ。


 ズボンをまさぐったり、胸のポケットに手を伸ばしても思考が追いつかず、そのまま爆炎に呑まれる。


 常人が受けたならば確実に焼死という一撃だ。強い武人ならばともかく、挑戦者程度の武人でもただでは済まないだろう。



 ジュオオオオッ



 挑戦者は、身体全体が見えなくなるほどの爆炎に包まれた。


 ただ、事前に張っておいた障壁が機能して、ダメージを七割方カットする。


 ブスブスと服が焼け焦げたが、中にまでダメージは到達していないようだ。



 爆炎の嵐が過ぎ去り、冷静になった挑戦者が道具を取り出そうとするが―――



 グサッ!!



「がっ!?」



 挑戦者の腹にナイフが刺さる。


 こんな大きな隙をセクトアンクが逃すわけがない。ナイフの仕掛けを使って刃先を飛ばしたのだ。



(スペツナズ・ナイフというやつだな。地球では実際にあったかどうかは不確定なところはあったが、この世界では実在するようだ)



 火薬などで刃先を飛ばすナイフのことである。実用性の観点から実際にあったかは定かではないが、この世界ではあるようだ。


 風のジュエルを使えば銃弾の要領で飛ばすことができるらしい。


 その上、ただ刃を飛ばすだけではない。


 バチバチバチッ



「っぐがっがががあ―――!!」



 刃先に雷のジュエルが仕込まれていたのか、感電する。


 挑戦者は動けない。


 それを見たセクトアンクは一気に勝負を決めにかかろうと、挑戦者に突っ込んでいく。


 しかし、挑戦者のほうも伊達にチャンピオンに挑戦しているわけではない。


 ゴロゴロゴロッ


 事前に置いていたのだろう。挑戦者の足元に球が転がっていた。



 術式が―――発動。



 キュイイイイインッ



 球が輝きを帯び、周囲に【磁力】を発生させる。



 ギギギイッ ガキンッ


 腹に刺さった刃先が抜け、球に吸着した。


 刃先に血は付いていないので、大量に身にまとった道具が盾になってくれたのだろう。だから簡単に抜けたのだ。



(あれは…磁石か? あんな術具があるんだな)



 どうやら強力な磁場を発生させる術具のようだ。それによってナイフと雷の力が半ば無効化される。


 このことからも挑戦者は、相手の手の内を知って事前に対策を練っていることがうかがえた。


 やはり手の内を知られるのは不利であることがよくわかる。



 ガキン ガキンッ



 強力な磁力によってセクトアンクが持っていた予備のナイフまでもが吸い寄せられ、全部球に吸着する。


 ナイフが肩に軽く付けられていたところを見ると、これもまた簡単に吸着できるように仕組まれたハンデだと思われる。



 これで勝ったと思ったのだろう。感電から復帰した挑戦者はゆっくりと術符を取り出す。



 諦めたのか、セクトアンクは立ち止まって動かない。



 それを目で牽制しながら、挑戦者が術符を発動させようとした時―――




 ゴツンッ




 何か硬いもの同士がぶつかる音が聴こえた。



「…?」



 挑戦者が真下に目を向けると、【球が二つ】あった。


 自分が足元に置いた球とまったく同じものが、そこにあったのだ。


 この球は一時的に強力な磁力、あるいは磁場を生み出すものだ。それによって金属製のナイフが吸着した。


 だが、もう一つの特徴がある。


 同じ磁場を生み出す球同士がぶつかると【性質が反転】する。



 バンッ!! ブスブスッ!



 今まで吸着するものだった球の性質が、突如反転。


 今度は金属を遠ざける力が発生し、吸着されていたナイフが凄まじい勢いで弾けた。


 セクトアンクは事前に予期していたのか、悠々とそれをかわす。


 が、真下で弾けた挑戦者は回避ができない。


 足と太ももの内側にナイフがぶっ刺さる。



「―――っ!!!??」



 いきなりのことに混乱する挑戦者。再び慌ててしまって身動きが取れない。


 その間にセクトアンクは急接近。


 足払いで挑戦者を転ばせると、相手の腰にあった術符を奪って顔に突きつける。




「そこまで!! 勝者、キング・セクトアンク!!!」




 そこで試合終了。



 チャンピオンの勝利である。




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