370話 「武器の試合会場」


 メインイベントのキング・レイオンの試合が終わり、無手の会場からは蜘蛛の子を散らすように観客たちがいなくなっていく。



「ちっ、やっぱりレイオンのやつが勝ちやがったな」


「ブローザーが最初に油断しすぎだぜ。普通にやればわからなかったはずだ。あいつも最初からゴング無視で襲いかかればいいのによ!」


「それでもレイオンには通じないだろう。ムカつくが、やっぱり強いぜ。あーあ、これでまたスッちまったよ。このまま賭け続けても意味がないんじゃないのか?」


「諦めるのか? 貴重な若い嫁さんだぞ。俺はもう熟女を相手にするのは嫌なんだよ。お前だってそうだろう?」


「そりゃそうだが…金がな……」


「しょうがねえ。『ガラクタ集め』でもして、また貯めるか」


「臨時で外に呼んでくれればな…金を調達することもできるんだけどよ」


「それだったらもう地下に戻ってきたくねえよ」


「それもそうか。はぁーあ、だりーな。何か良いことねえかなー」



 やはり賭けに負けると気分は悪いものだ。


 競馬中継のテレビの出演者でさえも、自分の予想が外れた時は心なしかテンションが低いものである。


 実際に本気で賭けていた観客たちならば、ショックもまた大きいだろう。一様に肩を落としながら消えていった。


 その様子を観察していたアンシュラオンは、静かに思案する。



(あの茶番を見抜いていないのか? では、少なくともレイオン戦に限っては、観客はシナリオを知らないということになるか。たしかにシナリオがあるとは限らないし、レイオンが勝手にそうやっていた可能性もある。…いろいろと疑問は残ったが、おかげで地下で何が起こっているかはだいたいわかったな)



 ここで得た最大の情報は、形式が何であれ旨みがあれば賭けが成立することと、女性が多大な価値を持つことである。


 これはなかなか貴重な情報だ。後々活かせるに違いない。



「他の試合も見るか? 順番にやるから、まだまだ見られるぞ」


「うん、見たいね。案内してもらえるかな」


「おうよ。任せておけ。次は武器ありの試合だな」





 アンシュラオンたちは気持ちを切り替え、武器ありの試合会場に移動した。


 そこでもやっていることは似たようなものだ。互いに致命傷を負わせないように配慮していることがわかる。


 今回は武器を携帯しているので、よりその傾向が強かったといえるだろう。


 なにせ両者ともにがっしりとした鎧を着て打ち合うのだ。ガッキンガッキンと金属同士が当たる音がするだけの『チャンバラ』である。


 五試合くらい見たが、その中には「刃が無い」武器を使っている者たちもいたくらいだ。


 いくら試合とはいえ、これにはアンシュラオンも辟易する。



(これは酷い。芸能人の剣道ごっこを見ているようなものだな)



 仮にアンシュラオンが真剣の達人だとすると、今見ているものはテレビでやるような竹刀を使った剣道遊びの試合でしかない。


 何か言いたいのだが、特にコメントが浮かばないのだ。それくらい酷いということである。


 仕方ないので情報収集に集中することにした。



「リングの上は術式がかかっているんだっけ?」


「武器は二つまで、防具は五つまでだったか? それ以上になると入れないようになっているらしいぞ。俺は入ったことがないからわからないけどな」


「武器はメインとサブ、あるいは両手に一つずつ。防具は頭、胴体、腕、腰、足かな? 全身鎧だと一つで済むのか」



 無手が拳闘場ならば、こちらは『剣闘場』と呼ぶべきだろうか。


 リングの上には封印術式がかかっており、決められた数の武器と防具しか持ち込めないようだ。


 それ以外の道具があると結界が発動して入れないらしい。



(この条件だと暗殺者は少し厳しいかな? やはり剣士のための闘技場と考えたほうがいいか)



「ここで剣と無手は戦えるの?」


「うーむ、見たことがないな。ルール上は武器の持ち込みは任意だから問題ないだろうが、エントリーするやつは武器を持っていることが普通だ。だいたいは武器を失ったら負けになるしな。もしその対戦が見たい場合は『制限なし』のほうでやっているぜ」


「なるほどね。無制限のほうがメインコンテンツってわけだ。だから無手であんなスペシャルマッチを組んでいるんだね」


「そうだな。単純な殴り合いが好きなやつもいるが、一番の花形は普通に戦うほうだな。そのほうが面白いからな」



 言ってしまえば、無手は空手の大会、剣は剣道の大会、無制限は異種武闘大会である。


 空手が好きな人は空手を見て、剣道が好きな人は剣道を見ればいい。


 しかしながら「空手と剣道のどっちが強い?」「ムエタイとレスリングは?」という話題には、格闘技ファンならず一般人も興味が湧くだろう。



 結果的には無制限の何でもありのほうが面白いわけだ。



 そのため無手や剣のコンテンツは、やや下火の状況が続いているらしい。


 さきほどのスペシャルマッチは、無手の会場を盛り上げるための余興と思われる。


 女性を餌にするだけであれだけの客が集まるのだ。十分な儲けが生まれるだろう。



(仮にチャンピオンが負けたら女性は誰かの手に渡り、あのイベントはできなくなる。挑戦者がすぐに売りに出すのはおかしいし、処女でなくなったら価値が下がるしな。最初の不意打ちはシナリオにはなかったかもしれないが、最後のあたりは【臭かった】な)



 肩を落として帰っていく観客には申し訳ないが、女性が渡ってしまったらイベントが開けなくなる。そのあたりも計算されていそうだ。


 ただ、アンシュラオンにはレイオンのギラついた目が脳裏に焼き付いている。


 あれは八百長で満足するような男の目ではない。



(あの男も好きでやっているわけではないだろう。生活のためか金のためか、どちらにしてもアンバランスな感じだったな。…と、こっちでも何か始まったな)



 アンシュラオンが視線をリングに戻すと、こちらでもメインイベントが始まろうとしていた。




「さぁ、今日もキング・ジュンユウのイベントが始まるぞ! ルールは至って簡単だ! 一撃でもキングに入れられたら挑戦者の勝ちだ! しかも賭けた者全員に特別配当が出る! 今までキングが得た賞金額全部が上乗せだあぁあああああ!」




―――ウオオオオオオオオッ!!




 そのアナウンスに観客が興奮する。


 こちらも観客参加型のスペシャルマッチらしく、通常の配当に加えて、今まで全員が賭けて失ってきた額が全部山分けになるというものらしい。


 たとえるならばカジノのジャックポットや、ロトクジなどのキャリーオーバーみたいなものだろう。


 こちらは女性ではなく単純に高額配当を餌にしているようだ。



(ふむ、それぞれでいろいろと考えるものだな。さっきの無手と共通しているのが、客を参加させるタイプであるということだ。地球でもテレビ番組の再編期にこういうのが流行ったな)



 一時期のテレビ低迷期には、視聴者を意識した番組構成が流行ったものである。


 視聴者にもボタンで回答させて、当たった人にプレゼント、というやつである。


 ここにいる者たちは自分から好きで賭けているのでオマケに近い感覚だが、こういう特典があれば積極的に賭ける者も出てくるだろう。



(それだけ地下では『退屈』が嫌われているのかもしれない。こうした閉鎖空間では倦怠感も厄介な相手だ。今のグラス・ギースと同じだな)



 閉鎖的な空間で一番怖ろしいのが暴力の氾濫であるが、次に怖ろしいのが倦怠感や退屈である。


 未来への希望がない、何をやってもつまらない、どうせ俺たちは地下の人間だ。


 そういったネガティブで非生産的な感情はマイナスにしかならない。人間が生きるという意味をすべて否定するに等しいものとなる。


 それを防ぐために地下も必死なのだろう。


 レイオンがどれだけ協力的なのかは不明だが、闘技場全体では客を巻き込んで盛り上げようとがんばっているようだ。


 ただ、内容が少し気になる。



(一撃でも入れたら勝ちだと? ほぉ、面白い。ここのキングもそれだけ自信があるってことか。お手並み拝見だな)




 コールアナウンスが行われて挑戦者が登場する。


 挑戦者はジングラス所属の剣士で大きな斧を持っていた。こちらにはしっかりと刃が付いている。


 さらに身体はがっしりと防具で固められていて、防御力もそこそこありそうである。




「続いてマングラス所属、キング・ジュンユウの登場だぁあああああ!!」



「ジュンユウ!! 今日は負けろやーーー!」


「すっ転べーーーー!!」


「下痢になれーーー!」



 こちらもレイオンと同じく客の野次が飛ぶ。


 キングが負ければ旨みのある話になるのだから仕方がない。



 そんな中、出てきた男は―――剣一本だけを持っていた。



 身体にまとったのは「服」であり、鎧ではない。


 特に術式も付与されていないので、剣で斬られれば簡単に裂けてしまうようなものだ。


 顔もそのまま素顔で、痩せて頬がこけた顔にウェーブがかかった黒い髪の毛が特徴的だ。


 少し悪く言えば、薬でもやっていそうなドクロっぽい顔付きである。


 派手な衣装を着せてギターでも持たせれば、ヘビメタバンドにいても不思議ではない暗めの雰囲気であろう。




 が―――強い。




(あの男も強いな。タイプが違うから比較は難しいが…レイオンに近いレベルだ。耐久力の低い剣士のくせに薄着という点にも矜持を感じるな。あの剣一本でやるという気迫がある)



 ジュンユウが持っている剣は、細身の刺突剣に近い形状をしている。


 叩きつける、切り裂くというよりは、突き刺すことを念頭に造られたもののようだ。


 この点はファテロナが持っていた『血恕御前ちじょごぜん』に似ている。あくまで形だけは、であるが。




「試合開始だぁああああ!!」




 カァーーーーーーーンッ



 剣の会場では不意打ちもなく普通に試合が始まった。



 ドドドドッ ブンッ!!



 開始のゴングと同時に挑戦者が突っ込んでいき、持っていた斧をフルスイングする。


 この男の作戦は極めて単純だ。


 大きく振り回すことでひたすら攻撃を続けるのだ。そうすれば一回くらいは、どこかで掠るだろうという算段である。


 実際に武器を持った相手と戦うとわかるのだが、一番怖いのがフルスイング、ぶん回しである。


 そこに大きな隙があっても、いざフルスイングの体勢に入られると踏み込めないものだ。


 一撃で仕留められないのならば、その直後に凄まじい一撃がくるのだ。普通は回避するほうを選択するだろう。安全が第一だ。


 しかもチャンピオンは一発でも当たれば負けである。まずは相手の攻撃の射程外に出るのが最優先だ。



 しかしながら―――下がらない。



 ジュンユウは静かに剣を構えて、むしろ前に出た。


 そして、挑戦者の肩に突きを入れる。



 ガキィイイインッ



「ぐっ…!」



 斧をフルスイングしようとしていた挑戦者は、回転運動の途中で剣を突き入れられたので動きが止まってしまう。



(上手いな。ギリギリのラインで止めたな)



 重い荷物を載せた滑車を動かす際もそうだが、動き始めが一番大変である。


 一度流れに乗れば惰性運動で何とか進めるが、それまでが力のいる作業となるだろう。


 このフルスイングという動作も、一度回転運動に乗ってしまえば鋭く重い一撃が入るのだが、それまでに止めてしまえば小さな力でも簡単に止めることができるのだ。



 ジュンユウは一度下がり、再び剣を構える。



 挑戦者はまた攻撃に入ろうとするが―――



 ガィンッ ガイィイインッ


 ガィンッ ガイィイインッ


 ガィンッ ガイィイインッ



 その都度、鋭い一撃が肩や肘、あるいは腰といった箇所に入って攻撃が阻害される。


 狙う箇所も的確だが、そのすべてがギリギリのタイミングを狙って行われていた。



(あの男、わざとあのタイミングで止めているんだ。本当ならいつでもやれるが、これも客に対するパフォーマンスなんだろうな)



 ジュンユウの実力ならば、挑戦者に何もさせずに一方的に攻撃できるだろう。


 しかし、こちらも観客を盛り上げるためにわざと動きを遅くして、ギリギリの間合いで止めるようにしているらしい。


 これもまた高等技術である。それだけの実力差がある証拠だ。



「うおおおおお!」



 挑戦者が勝負に出て、突進。


 強引に打ち込みに出た。



 それをジュンユウは―――迎撃しない。



 ブゥウウンッ スカッ


 今度は止めるのではなく回避するというパフォーマンスを見せる。



 ブンブンブンッ ブンブンブンッ



 挑戦者の斧が唸る。が、すべて紙一重でかわしていく。



「ちくしょう! 全然当たらない!」


「相変わらず、なんて素早さだよ!!」


「もっと振れ!! 強引に行けよ!! そんなんじゃ一生当たらないぞ!!」



 観客はジュンユウの速度に注目しているようだ。いつもこんな感じなのだろう。野次にも慣れが感じられる。


 だが、アンシュラオンは別のところに注目していた。



(空間認識能力が高いんだ。自分の中に間合いを持っている。あれは『心眼しんがん』系の技だな。そして、何よりも優れているのが『集中力』だ)



 剣王技の中に『心眼』と呼ばれる技がある。


 一般的に心眼というと、心の眼と書いて字のごとく、目に見えない物事を把握する能力を指すのだが、剣王技でいう心眼は【防御・カウンター技】を意味する。


 自身の周囲に【剣域】を生み出し、絶対の防御陣を敷くのである。


 その間合いに入り込んだものをすべて迎撃、あるいはカウンターを入れるという完全防御系の技である。


 これを極めるとあらゆる技を無効化できるといわれているが、さすがにジュンユウ程度の武人がそこまで到達しているわけがない。


 彼が使っているのは初歩的な段階の心眼であり、無限抱擁に近いレベルのものだ。


 それでも使えること自体がすごいといえるだろう。彼がその気になれば、いつでもカウンターを入れられるはずだ。



 それを支えているのが―――【集中力】。



 心眼も剣気を展開して生み出す技なので、持続するには多大な集中力が必要になる。


 ジュンユウが優れているのは速度ではなく、技を継続する力であり、一点に力を集約する能力である。


 おそらく彼自身は力があまり強くないのだろう。それを補うために力の集中を磨いたのだ。


 高い集中力で相手の動きを完全に見切り、もっとも最適なポイントに最大限(あるいは最小限)の力を打ち込んで無力化する。実に優れた技能だ。



(マタゾーとは違う意味で一点の力を磨いた男だ。ここまでレベル差があれば結果は見えたな)



 アンシュラオンの予想通り、試合は当然の帰結を迎える。



 ガキィイイインッ ブーーーンッ ガランッ



 ジュンユウの放った一撃が、斧を振り上げた挑戦者の手を直撃。


 斧が宙を飛んでいき、地面に落ちる。




「勝負あり!! 勝者、キング・ジュンユウ!!」




 試合はジュンユウの勝利で終わる。




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