369話 「収監砦 賭け試合見学 後編」


(【賞品】…と言ったのか? あの子が?)



 賞品とは、基本的に何かの勝負に勝った者に与えられるものを指す。


 大きなイベントでは車などもあるが、ゲーム機や温泉旅行券などが賞品になるケースもあるだろう。


 であれば、聞き間違いでなければ、あの女の子がこの試合の賞品だということになる。


 アンシュラオンがそんな疑問を抱いていると、リングアナウンサーがしっかりと説明してくれた。



「今回もスペシャルマッチということですので、ルールの確認をさせていただきます。この戦いはチャンピオンであるキング・レイオンと、対戦者および観客の皆様との勝負形式になっております。もしチャンピオンが負けた場合は、ミャンメイ嬢の『所有者』を皆様の中から抽選で選ばせていただきます。挑戦者のブローザーが負けた場合は、皆様方が賭けたものがすべてチャンピオンに渡ることになります」



(随分と変則的だな。だから観客はチャンピオンに負けてほしいのか)



 なかなか変則的なルールのようなので簡単にまとめると―――



 あの女性はキング・レイオンが賭けた【物】という扱いらしい。



 そして、今回の勝負は運営側が調整を施す普通の賭け試合とは違い、『チャンピオン VS 挑戦者&観客』という構図になっているようだ。


 チャンピオンが負ければ彼女は当然ながら没収され、挑戦者および観客の中から抽選で『所有権』が与えられるという。


 逆にチャンピオンが勝てば、賭けた金や物の全部を手に入れることができるようだ。


 つまるところ「賭けたもの全部」=「ミャンメイ嬢」という等価値の図式が成り立つことになる。



「ねぇ、これってどういうこと?」


「驚いたか?」


「うん、驚いたよ。観客にも可能性があるってすごいね」


「おいおい、普通は女の子が賭けられていることに驚くだろう」


「それは少し驚いたけど、スレイブの売買には慣れているからね。さして珍しいことじゃないよね」


「それはそれで問題だな」


「で、あの子ってスレイブなの? 見たところ、スレイブ・ギアスはないようだけど…」


「ふーむ、スレイブ…か。どうだろうな。それとは違うと思うぞ。あの子は自らの意思で賞品になっているらしいからな」


「そうなの? 支配されたい願望でもあるの?」


「そこまではわからないな。とにかくこれはスペシャルマッチってやつでな。通常とは違う賭けの方式を採用している。というよりは運営と選手、観客が納得すれば賭けの形式は何でもいいんだけどな」


「要するに金になればいいってことね。でも、こうなると挑戦者って戦う意味がないんじゃないの? それとも優先権があるとか?」


「挑戦者のブローザーには七割がたの権利がある。それ以外の三割程度を観客に割り当てて、くじ引きでもするんだろうさ。その条件なら観客にだって十分勝機はあるだろう」


「じゃあ、賭けた金は参加費用ってこと……あっ、そうか、素直に抽選を待つ必要もないのか。挑戦者を観客の誰かが買収してもいいんだ。権利をあとから買ってもいいんだし、転売することもできる。…これは面白いやり方だね」


「客側からすればそうだろうな。ただ、そもそもこのスペシャルマッチは、金を全獲りするためにレイオン側が提案したものだ。それが受け入れられた形だな。こういうタイプの賭けは地下でもなかなか珍しいぞ」


「ふむ、勝てば全部を得る…か。腕に自信があるんだろうね。女性を賭けの対象にすることはよくあるの?」


「数自体が少ないから滅多にないな。すでに結婚している女も多いしな。そりゃ女房を賭けの対象にするクズもいるが、彼女のように若い女の子は貴重だ。しかも独身で処女だぞ。地下でこれほど貴重な存在は非常に珍しい。だからこれだけの客が集まるんだよ」


「そういえば人が増えてるね」


「ああ、嫁さんを探しにくる連中さ」



 この時間になって、入り口からぞろぞろと追加で客が入ってきていた。


 なかなか試合が始まらないなと思っていたら、このイベントのために来場する者たちを待っているようだ。


 いつしか試合会場はたくさんの男たちが集まり、次々と賭けに参加していた。



(賭けた金額に応じて確率も高まる仕組みだろうな。仮に公正に抽選が行われるのならば、希少性を考えれば少しでも賭けたいと思う気持ちも理解できるか。なかなか可愛い子じゃないか)



 アンシュラオンはファン・ミャンメイと呼ばれた女の子を見る。


 まず目を惹かれるのが、垂れ目で温和そうな灰色の瞳だ。


 その瞳の中には邪気や反抗心、敵愾心といったものは感じられない。


 こんな場所にいれば心が荒んでしまうものだろうが、彼女から他者に対する敵意がまったく感じられないのだ。


 今こうして賞品とされているにもかかわらず、である。


 こうした雰囲気はヤクザ者ほど敏感に感じるものだ。いつも誰かに怯えられてきたので、無警戒でいてくれる人間に好意を持つ傾向にある。


 この大盛況にも納得だ。それだけの価値があるのだろう。



 そうした内面に加え、外見もかなり可愛い部類に入る。


 群青色の髪の毛はお団子頭にまとめられており、その髪色がよく映えるチャイナドレスに似た綺麗な赤い服を着ている。


 身体つきは、地下にいるわりには少しふっくらしており、見ただけで柔らかいことがわかる。


 それを見る観客の男たちも下心丸出しの視線を隠そうともしていない。


 実際この場にいる者たちは全員が彼女目当てなのだ。スレイブかどうかはともかくとしても、単純に女性を手に入れるチャンスである。


 嫁不足も深刻化している地下では、若くて可愛い彼女の存在は極めて貴重だ。それが『新品』ならばなおさらだろう。


 当然ながら、アンシュラオンから見ても魅力的に映った。



(胸はそこまで大きくはないが…全体的には上質だな。衛生的な意味でもシャイナより綺麗なんじゃないか? あいつ、地上にいるくせに不衛生だからな。ぜひとも彼女を見習ってほしいものだ。…しかし、男のほうは酷いな。なんであんなに薄汚いんだ? それとも女性を綺麗に目立たせるための作戦か?)



 女性が綺麗に着飾っているせいか、キング・レイオンの格好がやたら汚く見える。


 他人からの視線を受けて、心なしかモジモジしているミャンメイとは対照的に、彼は黙って試合の開始を待っている。


 その感情に乏しい表情から心を読むことは難しい。


 淡々としているというべきか、淡々であろうとしているというべきか。


 少なくとも相手を怖がっている様子はないので、戦いに関しては自信があるのだろう。


 しかしアンシュラオンからすれば、ラングラスという言葉のほうが気になる。



「あいつはラングラス派閥なの?」


「ああ、そうだ。何度も誘っているんだが、ずっとラングラスにいる変わり者さ。何か事情があるみたいだけどな」


「あの女の子との関係は?」


「さぁ? 処女ってことだから恋人ではないかもしれないな。あの子もずっとラングラスにいるから情報が入ってこないんだよ」


「へぇ、そうなんだ」



 色々と疑問は湧くが、そろそろ試合開始の時間となったようだ。


 会場の明かりが一旦落とされ、改めてリングだけに光が集まっていく。これも遺跡にかけられた術式なのかもしれない。




「みなさん、今日もありがとうございます! それでは本日のメインイベントを開始いたします! 両者、前へ!」




 リングアナウンサーに促され、二人がリングの中央に立つ。


 ブローザーは観客に対して、いまだ筋肉をアピールしている。


 一方のレイオンはジャケットを脱いだだけで、じっと視線はブローザーに向けている。



(油断していていいのか? すでに戦闘態勢に入っているぞ)



 アンシュラオンの目には、この一秒後の光景が見えていた。


 それほどはっきりとした敵意のようなものが、あの男から発せられていたからだ。




「ゴングを―――」




 リングアナウンサーが試合開始を宣言しようとした直後―――アンシュラオンが思った通り、すでにレイオンは攻撃態勢に入っていた。



 アナウンサーの横を突風が通り過ぎるように駆け抜け、まだ戦闘態勢に入っていないブローザーの脇腹に拳を叩き込む。


 ダスンッ


 その音はけっして派手ではなかった。観客の呼吸にすら掻き消えそうな小さな音だっただろう。


 最初に見た試合で聴いたような乾いた音ではない。



 だからこそ―――効く。



 ミシミシィッ バキッ



「ぐっ…!」



 ブローザーは咄嗟に戦気を放出して防御したが、肋骨が折れてしまった。


 衝撃のすべてが相手に残るような重いパンチである。準備していても対応は大変なのだから、無警戒ではこうなって当然だろう。


 そのままレイオンは、受身になったブローザーに対してラッシュを仕掛ける。


 右の拳がブローザーの顔面に迫る。ブローザーはファイティングポーズを取ってギリギリでかわす。


 だが、その間にレイオンは懐に入り込んでおり、左の拳がみぞおちにヒット。



「ごふっ…!」



 浮き上がるような衝撃を受けたブローザーの顔が歪む。


 万全ならば防御くらいはできただろうが、最初の脇腹への攻撃を許したことが大きかった。


 明らかに反応が鈍い。骨が折れたために腕の動きに影響が出ているようだ。


 レイオンの攻撃はそれで終わらない。



 返す刀でテンプル(こめかみ)に右フック。



 ゴンッ


 硬い岩同士がぶつかったような音がする。衝撃がすべて頭に入った証拠だ。



(いい音だ。しっかりと振り抜いたな)



 アンシュラオンが聴いても悪くない打撃音である。


 レイオンの攻撃は、すべて実戦を想定して練り上げているものだ。そこらのパフォーマーとは比べられない。


 戦気を放出したあたりブローザーもそれなりに強い武人なのだが、いかんせん油断しすぎていた。


 ハングラスという最大派閥にいるせいか、果てはこの地下生活に慣れすぎたのか、敵を前にして隙を晒すという最大の失態を犯してしまった。


 たしかに試合形式という名目はあれど、武人と武人が出会ったら即臨戦態勢になるのが【礼儀】である。


 これは間違いなくブローザーが悪い。武人の世界ではそれが常識だ。



 ふらふら ばたん



 頭に受けた一撃が効いたのだろう。ブローザーがダウンする。




 レイオンはさらに追撃―――しようとするが、止められる。




「ストップ! ストップだ!! まだ開始のゴングが鳴っていないぞ!」


「………」


「下がって! 一度下がるんだ!!」



 レイオンは制止を無視する―――かと思いきや、意外にもそれに従って一度下がる。


 本来ならばここで決着がついていた勝負であるが、これは『仕合い』ではなく『試合』であった。


 試合だからこそ野次も飛ぶ。



「レイオン、てめえ!! 汚いぞ!!」


「ふざけんな、このやろう!! 死ねーー!!」


「いつも汚い手を使いやがって!! ちゃんと勝負しろ!!」


「………」



 罵倒や野次が飛んでもレイオンは黙って立っている。


 最初から気にしていないという様子だ。こういったものにも慣れているのだろう。


 むしろこの場で一番戸惑っている者がいるとすれば、アンシュラオンその人ではないだろうか。


 『試合』を見るのは地球生活以来だ。命がけの実戦が当たり前になっている今の自分からすれば、試合というものがいかに生温いかがわかる。


 その温度差についていけていないのだ。



(何を言っているんだ? これは戦いだ。油断するほうが悪いぞ。まあ、試合なんてそんなものか。それよりあいつ…【手加減】していたな。どうして仕留めなかった?)



 間違いなくレイオンは、この三撃でブローザーを【殺せた】はずだ。


 だが、あえてそれをしなかったのだ。


 もちろん試合ということもあるのだろうし、自分より格下の相手に奥の手を見せる必要はないが、その攻撃がいやに中途半端に見えたのだ。


 殺すまではいかずとも戦闘不能にはもっていけたはずだ。



 それをしなかったから―――昏倒から復活したブローザーが立ち上がる。




「ブローザー、やれるか?」


「…もちろんだ」


「少し休むか?」


「いらん世話だ。すぐに始めてくれ」


「わかった。では、試合開始だ!!」




 カーーーーーンッ



 改めてゴングが鳴らされる。


 こんな合図があることすら気持ち悪く感じるが、これが試合なのである。



 その後はアンシュラオンからすれば、特筆すべきこともない退屈な勝負が繰り広げられた。



 ブローザーの自慢の拳が唸る。


 それを何発か受けながらも反撃するレイオン。


 パーンッ パァーーーンッ


 音からしてもわかる通り、レイオンの攻撃は「スカスカ」になっていた。見た目は派手だがダメージはさしたるものでもない。


 一方、最初の三発が相当効いたのか、ブローザーの動きも鈍い。


 繰り出される拳にもキレがなく、直撃したように見えた一撃もレイオンはしっかりと防御をしていた。



 派手な乱打戦に対して観客が沸く。会場に欲望という名の熱気が渦巻く。


 しかし、それらはすべて茶番でしかない。


 何回かダウンしたものの、最終的にはレイオンが危なげなく勝利を掴んだ。



(見所は最初だけだったな。もともとの実力差がありすぎたし、あのレイオンという男も『あの瞬間』からパフォーマーになってしまった。さて、これにシナリオはあったのかな? すべてがやらせか、それとも止められなければ倒そうと思っていたのか…いろいろとすっきりはしないな)



 アンシュラオンからすれば退屈でしかない。


 少しはまともな武人が出てきたから期待した分だけ、逆に肩透かしをくらった気分である。


 それよりも印象的だったのは、やはりミャンメイという女の子であろうか。


 彼女は試合中ずっと、レイオンを心配そうに見つめながら妙に沈んだ顔をしていたものだ。


 自分が賞品になっているので当然だが、いろいろと事情がありそうである。



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