368話 「収監砦 賭け試合見学 中編」


 アンシュラオンとサナが試合会場に入る。


 表よりは小さいが、やや広めのホールに三つのリングが設置されており、観客たちがそれぞれ囲むように観戦している。


 広いとはいえ人と人が密集していて、明らかに室温が上がっているので、砂浜のライブハウスに入った時に似た妙な圧迫感と息苦しさを感じる。




―――ワァアアアアアアア!!




 直後、人々の熱気渦巻く声が耳をつんざく。


 観客の誰もが血走った目でリング上での戦いを見守っていた。


 当然、普通の格闘技イベントのようにお上品に座って見ているわけではない。



「やれーーー! ぶっ殺せ!!」


「ふざけんな! 負けそうじゃねえか!! 死んでも勝てよ、この野郎!!」


「いくら賭けていると思ってんだ!!! 死ぬ気でやれ!! んなもん痛くねえだろう!!」


「ちんたらやってんじゃねえぞ!! やっちまえ!!」



 『死ね』だの『殺せ』だのという汚い言葉が普通に出てくる。


 ただの格闘技イベントならばここまで熱中しないが、これは【賭け事】なのだ。客も必死である。



(競馬やパチンコをガチでやるやつの目に似ているな)



 アンシュラオンもギャンブルをやったことはあるが、そこまで興味があるわけではないので軽く付き合う程度だった。


 だが、世の中にはそれに全財産を注ぎ込む人間もいれば、借金をしてまでやる依存症の者もいる。


 ここもそんな世界と同じ、欲望渦巻く『賭け試合』の世界であった。




「ここじゃ見づらいだろう。見晴らしのいい場所に行くか」



 マシュホーは二人を少し離れた場所に案内する。


 そこはリングより少し離れているものの段差があり、イベントホールの二階のように全体を見通せるところであった。


 ここも観客用スペースなのだろう。お世辞にも綺麗とは言えないが椅子があったので、三人が腰掛ける。



「人の数って、今日は多いほう?」


「普通かな。大きなイベントのときは、ここが満杯になるくらいに膨れ上がるが…今日は通常のスケジュールだからな。そこまでじゃない」


「そっか。ところで、もうここって封印術式内じゃない?」


「おっ、わかるのか?」


「うん。入り口を通った瞬間に圧迫感を感じたからね」


「武人ってのは、そんなこともわかるんだな」


「まあね。おっ、本当だ。ポケット倉庫から出せないや」



 試しにポケット倉庫を使おうとするが、がま口はがっしり閉まっていて、うんともすんとも言わない。


 マシュホーが言っていた遺跡の封印術式が発動しているようだ。



「どのホールも封印されているの?」


「試合会場の中で完全に封印されていないのは、最後の無制限のところだけだな。武器ありのところはリングの上だけ制限がかかっている。この無手の場所は全域がそうなっているようだぜ」


「不思議だね。会場別に分けてあるんだ」


「この場所自体が昔の拳闘場だったんじゃないかって話だ。だから道具を持ち込ませないように術式がかけられているんだろう。俺たちはお古を使わせてもらっているだけさ」


「それは面白い話だね。昔の人間も同じように楽しんでいたってことかな」


「もし同じように楽しんでいたとしたら、人間ってのは罪深い生き物だな。進化がない。遺跡があった頃と何も変わっていないことになる」


「たしかに暴力性という意味ではそうだろうね。逆に言えば、いつの時代も武は大切だってことじゃないのかな。いつだって自分を守るのは力だからね」


「なるほど…当然の話だな。生きる以上、その現実から目を背けることはできないってことか。まあ、せっかく来たんだ。ゆっくりと見ていくといいさ。どうせやることもないしな」


「ああ、そうするよ」



 アンシュラオンは試合会場に目を向ける。


 三つあるリングの上では薄着の男たちが殴り合いを続けていた。


 どれも似たようなものだったので、その中の一つに注目してみる。




 浅黒い男が黄色肌の男を殴る。


 バチーンッ


 男がよろけるが、持ち直して反撃。掴みかかって放り投げる。


 どーーんっ


 大きな音を立てて落ちるも、浅黒い肌の男はふらふらと立ち上がって再び殴りかかる。


 バチーンッ バチーンッ バチーンッ


 そこから両者の殴り合いが始まった。


 防御もないようなノーガードの打ち合いである。




 それに熱狂する観客たち。


 両者に賭けた人間から応援やら罵声が飛び交い、場は熱狂に包まれる。


 しかしながらアンシュラオンは冷めた目でその試合を見ていた。



(本気で殴り合っていないな。芯をずらしている)



 バチーン、バチーンッと肌と肌がぶつかる大きな音がするものの、その実態は「スカスカ」である。


 本当に相手を倒すつもりで放った一撃は、そんなに派手な音はしない。すべての衝撃が相手の内部に伝わるからだ。


 アンシュラオンが戦っている時に大きな音がするのは、攻撃が速すぎて周囲の大気が弾ける音であって、ぶつかりあって生じるものではないのだ。


 こうして外に音が漏れるということは、それだけ芯がずれて衝撃が逃げている証拠である。




 これは―――【プロレス】だ。




(プロレスラーが本気で戦えば、もちろん強いだろう。だが、彼らは【魅せる】ことを仕事にしている。大きな技の掛け合い、テクニック、パワーを客に見せて楽しませるんだ。これはそれと同じ『ショー』だな)



 たびたび格闘漫画でも登場するプロレスラーだが、彼らは戦いを『魅せる』ことが仕事だ。


 そのためにわざと技をくらうことも多く、本気で芯を当てにいく攻撃はあまりしない。


 彼らのテクニックの大半が『受け』によって構成されているのも、派手な技をくらうために必要だからである。


 目の前のリングで行われていることも、やはりプロレスに近いショーであると考えるべきだろう。本気で相手を倒そう、あるいは殺そうと思っている者はいない。



(こうなると勝敗も決まっている可能性があるな。八百長疑惑が正しければ、間違いなく浅黒い肌の男が勝つだろう)



 プロレスでも勝者が決まっていることはよくある。人気レスラーが負けないのはそのためだ。


 観客はそうと知りながらも、自分たちが望むシナリオを見て楽しむのだ。


 それはそれでいい。そうした娯楽があってもいいだろう。



 そして予想通りというべきか、試合は浅黒い男の勝利で終わった。



 黄色肌の男は、最初から勝つつもりがなかったのだ。


 彼らもそうとは悟られないようにはしているが、達人を超えた超人であるアンシュラオンには一目でわかる。


 また、観客の多くも「やっぱりそうなったか」という表情を浮かべているので、客も結末を事前に知っていた可能性が高い。



「ねぇ、これで賭けが成立するの? 最初から勝敗が決まっていたら賭ける意味がないじゃん」


「もう気付いたのか? 本当にすごいな。ますますうちに欲しくなる」


「それはいいから、カラクリを教えてよ」


「そうだな…あいつら二人が同じ派閥同士ってのも大きな要因だ。個人戦で潰し合いをするわけにはいかないだろう。説明した通り、派閥は家族みたいなものだ。全力では戦えないさ」


「それはわかるけど、観客はわかって賭けているっぽいね。その理由は?」


「同じ派閥の個人戦とはいえ各人によって事情も違う。選手当人が賭けている場合は金も欲しいだろうし、たまたま事故が起こることだってある。場合によっては【意図的にシナリオを無視】することもあるんだ。それを期待しているのさ」


「裏切ったらまずいんじゃないの?」


「個人間で仲は悪くなるだろうが…リング以外では暴力行為は禁止だしな。それで割に合うと考えればやるやつもいる。鞍替えを検討しているやつなら、なおさらさ」


「なるほど、鞍替えが自由にできることも一つのポイントなんだね。ところで選手も賭けられるの?」


「ああ、自分にだけだけどな。ただし観客が賭けるものとは違って、運営側が対価を支払うシステムになっている」


「自分が勝つとわかっていれば丸儲けじゃない?」


「それは運営側だってわかっているさ。それを見越してオッズやレートを管理している。仮にシナリオがある場合は、負ける側のオッズは極めて高く設定されているんだ。逆に勝つ側は極めて低くなるように調整されている」


「もし負ける側が勝てば大儲けってことか。それって選手の裏切りを誘発しているってこと?」


「そうだ。だから観客も本気で賭けることができるし、その葛藤を楽しむこともできる。もし負ける側の選手が賭けていたら怪しいだろう? そういったところを含めて楽しむのさ」


「なかなかえぐいね」


「人間ドラマが一番の娯楽だからな」



 ドラマや映画にしても、いつだって見所は【人間そのもの】である。


 彼らが織り成す人間模様を楽しむための娯楽である。この賭け試合にも、試合を盛り上げるためにいろいろな要素が仕込まれているようだ。



「…何か金以外のものも配られているね」


「賭けるものは金以外でもいいんだよ。それに見合うものならばな」



 アンシュラオンが配当を受け取る観客たちを見ていると、金以外のものをもらったり支払っている者たちがいた。


 地下では物も貴重なため、実際の金と同価値として扱われるようだ。



「物の価値は需要で決まるの?」


「そうだな。ある程度決まっているが需要が高まれば価値も高くなる。そのあたりは上と変わらない。…と、そろそろメインイベントが始まるぞ。退屈しているようだが、今度のは面白いぞ」


「へぇ、それは楽しみだ」




 左右の二つのリングの戦いが終わると、観客がぞろぞろと中央のリングだけに集まっていく。


 蒸し暑さを超えた熱量が発生し、汗を掻いた多くの男が集まった時に発生する「すえた臭い」が周囲に充満していく。


 そんな臭いにも負けず、観客の男たちの目はさらに血走り、リングの一点を見つめていた。




「みなさん、お待たせいたしました。本日のメインイベントが始まります。どうぞ中央にお集まりください!」




 そこに、他の試合ではいなかったリングアナウンサーが登場。


 といっても、すでに観客の大半は中央に集まっているので、この戦いの注目度がいかに高いかがうかがえる。




「まずは挑戦者をご紹介いたします。西側から現れるのは、ハングラスのアイアンマンこと、黒拳のブローザー! かつてはその拳で数多くの武人を屠ったといわれている豪腕の猛者でございます! さぁ、アイアンマンの入場だぁあああああーーーーー!!!!」




―――「ウオオオオオオオオ!!」




 コールアナウンスと観客からの大歓声を受けて西側から登場したのは、いかにも強面といった顔つきのムキムキの男だった。


 上半身は裸で下はズボンだけというラフな格好であるも、重要なのは中身である。


 その筋肉はとことん鍛えられていて大きく盛り上がっているが、『魅せる』ために作られたものではなく、ちゃんと使うための筋肉であることはすぐにわかった。



(さっきの連中とは明らかに違うな。あいつは『武人』だ)



 アンシュラオンが最初に見た男たちは、あくまでパフォーマーに近かった。筋肉の鍛え方も実戦向けではなく見た目重視のものだった。


 しかし、今度現れた男は『武人』と呼べるラインにまで到達した者である。


 その両拳は叩きすぎたせいか、すでに皮膚が黒く変色している。なるほど、たしかに「黒拳」だ。



「おおお!! ブローーザーーーーー!! ぶっ殺せ!!!」


「絶対に勝てよおおおおおお!!!」


「お前だけが頼りだぞおおおおおお!」



 ブローザーは両腕の筋肉を盛り上げて観客に応える。


 ボディービルダーでいうところの『フロント・ダブル・バイセップス』である。


 上腕二頭筋をアピールするためのポーズだ。




「続きまして、チャンピオンの登場です!!」



「ブーーーー!!」


「死ねーーー!!」


「さっさと負けろーーーー!!」


「くたばれぇえええええ!!」



(ん? チャンピオンは人気がないのか?)



 まだ名前すらコールされていないのにブーイングの嵐である。ブローザーとは大きな違いだ。


 その様子に違和感を覚えながら見ていると、東側から一人の男が出てきた。


 体格としてはブローザーよりもやや小柄だが、十分大きな体躯をしており、近くにいるリングアナウンサーが小さく見えるほどだ。



 それより気になったのが、そのいでたちである。



 ボロボロになったサバイバルジャケットのような上着を着ており、肩より長く伸びた青い髪の毛も薄汚れていて、あまり衛生的には見えない。


 頬もどこか煤けており、登山で遭難して一週間後に保護されたと言われても信じてしまうほどである。




 だが―――強い。




(あいつ、強いな。少なくとも豚君よりは強い)



 『情報公開』で見なくてもわかる。



 あの男は、強い。



 ジャケットの隙間から見える筋肉の付き方、歩き方、周囲に対する警戒の仕方、すべてが他と違う。


 実力的にはマキより強いわけではないが、地上にいる彼女とは違って【獣のようにギラギラ】している。


 どちらかといえば裏スレイブに近い雰囲気がある。が、かといって殺人者特有のドス黒さは感じられない。


 楽しみで人を殺すような男ではない、ということだ。





「チャンピオンのご紹介です。ラングラス所属、キング・レイィイイイイイイイイオン!!」





(ラングラス所属…だと? この男、ラングラスなのか?)



 ラングラスにソイドファミリー以外の強いイメージがなかったので、この紹介にはアンシュラオンも驚きである。


 しかし次の瞬間、さらに驚くことになる。




「続きまして、今回のスペシャルマッチの『賞品』の登場です!! みなさんご存知、ファン・ミャンメイ、二十一歳!! もちろん独身で処女の女性です!!!」





―――「ウオオオオオオオオオオオオ!!」





 その瞬間、今日のどの試合よりも激しくホールに熱狂が渦巻いた。




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