367話 「収監砦 賭け試合見学 前編」


 アンシュラオンとサナは男に連れられ、倉庫の奥にある扉に向かう。


 この扉も衛士たちがいた場所のように厳重な造りになっており、特定のジュエルに対応する割符結界式であった。


 貴重な物資を取り扱う場所なので簡単に入れないようにしているのだろう。やはりこの場で作業をしている人間は普通の囚人ではなかったようだ。



「俺はこっちの扉で、お前たちはあっちだ。この先はつながっているから、またそこで合流しよう」



 男が進んだ扉の中では、不正な持ち出しがないか厳重なチェックが行われていた。


 一度裸になってチェックを受けているほどなので、このあたりは刑務所らしい雰囲気が感じられる。



「オレたちはあっちだな。行こう」


「…こくり」




 二人は左側の扉を開けて入る。


 そこは小さな部屋になっており、壁には受付スペースが設けられていた。



「こっちで登録するから来てくれ」



 扉に入る前から二人の存在を感知していたのだろう。入った瞬間には受付に呼ばれる。


 この受付は安全を考慮したためか、パチンコ屋の換金所のように最低限の隙間しか開いていない造りになっている。


 さらに壁も大部分が鉄で補強されていて、かなり頑丈そうである。


 いくつか傷が付いている場所もあったので、ここで暴れる者もいるのだろう。それを防ぐための措置だと思われる。


 近づくと隙間からすっと二枚の紙が出てきた。二枚とも同じもののようだ。



「内容を確認してから署名して、最後に血判を押してくれ。所属している派閥もあれば丸をつけておけよ」



 出された書類にアンシュラオンがざっと目を通す。


 こんな場所の誓約書を律儀に守るつもりはないが、ひとまず確認だけはしっかりしておく。



(この紙自体は普通だな。特別な術式は付与されていないようだ。スレイブ・ギアスみたいに変な術式があったらと心配したが…問題はなさそうだ。さて、内容は…ふむ。ちょこちょこ書いてあるけど…暴力行為の禁止がメインみたいだな。あとは盗み厳禁かな。極めて当たり前のことばかりだ)



 書類の内容は、基本的にはさきほど説明を受けた通りである。


 読んでいて一番目に付くのが、平時における暴力行為の禁止という部分だ。何度も書いてあるので一番重要な注意事項だと思われる。



(地上でも派閥間の争いを禁じていたくらいだ。狭い城塞都市では非常に重要なことなのだろう。それが地下になれば、さらに致命傷になるってことだ。日本じゃ拳銃を持っているやつは少ないけど、海外だと普通に持っていることもあるからな。その感覚の違いだ)



 銃の携帯が許可されている国ほど、一般の人々は案外温和で争いを好まないものである。


 その理由は、簡単に殺されてしまうからだ。


 日本だと殴り合いくらいで済む話でも、互いに銃を持っていると指先一つで簡単に殺傷が可能だ。それを知っているから穏便に済まそうとする。


 この地下エリアの囚人も、暴力が日常的にある業界から来た人間が大半だ。


 だからこそ暴力の怖ろしさを一番よく知っているのだ。誰かが暴走すれば全滅もありえるのだから、暴力に対して極めてデリケートになるのは仕方がない。



(その暴力性の発散のために『賭け試合』が行われているんだろうな。ガス抜きと一緒だ。もちろんそれ以外の目的もありそうだが…まずは見てみるか)



 アンシュラオンとサナは、署名後に血判を押して書類を提出。


 シャイナの父親を見つけて状況を把握するまでは騒ぎは起こさないほうがいいだろう。ここは素直に従っておく。


 そして、最後にしっかりとラングラスに丸をつけておいた。ここが重要なポイントだからだ。


 ただ、書類を確認した受付の男は、その部分を見てさきほどの男と同じ反応を示した。



「ラングラスか…その若さじゃつらいだろう。うちに…ハングラスに来たほうがいいんじゃないのか? 安全だぞ」


「さっきも言われたけど、そんなに酷いの?」


「少なくとも子供が行くような場所じゃないな。言ってしまえば『吹き溜まり』みたいなもんだ。ここ自体が吹き溜まりだから、その中のさらに悪い場所ってことだな」


「そんなに悪いんだ。それ以前に子供が来ても驚かないんだね」


「子供だっているからな」


「そうなの?」


「上のような普通の牢屋だったら難しいが、ここはもう一つの小さな街だ。そこで人間が暮らす以上、生活ってのが必要になる。子作りだってするさ」


「女の人もいるんだね」


「家族でやってくる者もいるな。別れて暮らすより下で一緒に暮らすほうがいいって考えもある。上に残されても生活が楽になるとは限らないしな。望むのならば入ることだけは比較的自由になっているのさ」


「女の人は危険じゃないの?」


「危険じゃない…とは言わないが、そうならないように注意はしている。派閥別に分かれているのもそのためだ。自分たちの派閥全体で一つの家族と考えて、女子供を守っているんだ。それでも絶対じゃないけどな。だからこそできるだけ大きな派閥のほうが安心なのさ」


「それはそうだね。数は力だし、女性や子供なら安全なほうを選ぶだろうからね。ところで家族以外に囚人としてやってくる女性もいるの?」


「そりゃいるさ。男女は関係ない。女の囚人だっている」


「でも、割合は少ないんでしょ? 取り合いとか起こりそうだね。こんな閉鎖的な空間なら嫁さん探しだって苦労するだろうし」


「…それは否定しないな。お前さん、マシュホーと一緒に試合を見るんだろう? なら、実際に見たほうが早いかもな」


「マシュホーって…ああ、あのおじさんね。勧誘っていう名目はあっても、なかなか面倒見のよい人だね」


「これも性分ってやつかな。ハングラスにはそういうやつらが多く集まるんだぜ。…よし、登録はこれで終わりだ。あとはこれを付けな」


「また腕輪?」


「またって言われてもな。派閥が一目でわかるようになっているんだ。特別な力は何もないぞ。単なる飾りだからな」


「そうなんだ。ラングラスは…赤か」



 ここでもセイリュウが言っていた昔話の影響を受けている。


 ラングラスは活力の火。だから腕輪も赤である。


 マングラスは青、ジングラスは緑、ハングラスは黄、それ以外の中立は無色の銀色となっているようだ。



「派閥別なのは聞いたけど、中立のエリアってあるの?」


「あるにはあるが、たいした設備もないから、すぐにどこかの派閥に頼ることになるだろうな。そこに地図がある。見ておくといいぞ」


「おっ、これか。ありがとう」



 アンシュラオンが壁に描かれた大雑把な案内板のような地図を見る。


 この先を行くと大きなホールがあるらしく、東西南北でエリアが分かれているようだ。


 こちらもグラス・マンサーの方角が影響しており、ラングラスは東、ジングラスは西、ハングラスは北、マングラスは南となっている。


 その隙間に申し訳ない程度に中立のスペースもあるが、あってないようなものだった。


 たしかにどこかの派閥に属していないと生活すること自体が難しいようだ。


 グラス・マンサーの権威を守るために、意図的にそういう仕組みになっていると思われる。



「おーい、登録が終わったらこっちに来いよー」



 ちょうどマシュホーのチェックも終わったらしく、少し離れた先から手を振っている。



「それじゃ、行ってくるよ」


「ああ、こう言うのも変だが、地下生活を楽しめよ。どうせ暮らすなら楽しいほうがいいからな」


「そうするよ」





 アンシュラオンたちはマシュホーと合流。


 こちらも物資搬送用の通路とは別の人間用の通路が用意されており、そこから中に入っていく。


 しばらく進んでいくと幅が次第に大きく広がっていき、地図で確認した通りに最後には巨大なホールに出た。




 ただし、何もない場所かと思っていたが―――




「普通に【商店街】だね」




 アンシュラオンの目に映ったのは、地上の一般街でも見るような商店が並んでいる『商店街』の光景だった。


 食品を扱う店もあれば家具を売っている店もあり、子供が好むような人形を置いている店もある。


 店だけでは商店街にはならないので、当然ながら人間もいる。


 ホール自体が広いのでまばらに見えるが、数としては百人近くいるだろうか。その中には驚くべきことに『家族連れ』の者までいた。


 殺伐とした雰囲気ではなく、本当に家族で楽しんでいるという様子が見て取れる。



「なっ? 無いのはお日様だけだろう?」



 マシュホーが得意げに笑う。


 たしかにこれだけを見れば外と大差はない。収監砦というイメージからは、かけ離れている。



「地下って何人くらいいるの? あの物資が何日分か知らないけど…千人単位なのは間違いないね」


「よく見ているな。正確な人数は把握しきれていないが、『囚人だけならば』二千人はいるだろうな」


「受付があるんだから把握できるんじゃないの? 腕輪だってあるじゃん」


「ここはいろいろと複雑なのさ。それも試合を見ればわかるさ」



 マシュホーに連れられて、ホールの中央にある階段を下りていく。


 その間、ホールにいた人々の視線がアンシュラオンとサナに集中していたものだ。仮面を被っているのだから目立つのは当然である。


 が、それ以外の視線も感じる。



(…この視線の感じは…初めてグラス・ギースに来たときに似ているな)



 アンシュラオンが初めて都市にやってきた時、何があったか覚えているだろうか。




 女性に―――群がられたのだ。




 『姉魅了』スキルを持っているアンシュラオンは、年上の女性から非常に好まれるという特性を持っている。


 問題なのは、【上に限りがない】ことでもある。


 かなりご年配の女性からも熱い視線を受けるので非常に困る。


 言っておくが、アンシュラオンのストライクゾーンは「パミエルキ」が基準なのだ。肉体年齢でいえば三十歳から三十五歳くらいだ。


 サナのように子供から育てるのならば何歳になっても問題はないが、最初から熟女に好かれるのは厳しいものがある。


 しかも仮面を被っていて、これだけの視線を浴びるのは久しぶりである。



(男女の囚人がいるといっても若い男女ってのは貴重なんだ。どんなやつが来るかは選べないもんな)



 過疎化した村に若い者がやってくれば、それはもう色めき立つのは仕方がないことだろう。


 若いというだけで十分魅力的なのだ。



(サナもいるから少し気をつけておくか。まあ、それもまた鍛練になるだろう。降りかかる火の粉を払うのも武人の資質だしな。その点も鍛えられれば一石二鳥か)





 二人は好奇の視線に晒されながら階段を下りていく。


 下りれば下りるほどに周囲の壁の様子が少しばかり変化を帯びてきた。うっすらと光り輝いているのだ。



「この壁は光っているけど、何か術式がかかっているの?」


「そうみたいだな。休憩所でも言ったが、ここはもともと何かの遺跡だったらしくてな。下に行けば行くほど当時のものが残っているんだ」


「へー、これがもう遺跡の一部なんだ」



 まだアンシュラオンは気付いていないが、このあたりの壁はすでにプライリーラの館の聖堂のものに近くなってきている。


 前にも話題に出たが、グラス・ギースの地下には巨大な遺跡がある。


 こうした遺跡の部分は、領主城の地下に広がる『輝霊草原地下墳墓』と呼ばれる広大なダンジョンの一部に該当する。


 この光る壁も遺跡にかけられた術式によるものだ。遺跡がいつからあるのかは不明だが、いまだ術式が消えていないことが驚異的である。



 そして、しばらく進んでいくと不思議な広場に出た。



 何が不思議かといえば、『巨大な石像』が両側に並んでいるのだ。


 ここのホールの天井もかなり高いので狭くは感じないが、大きさは十メートル以上はあるだろうか。かなり巨大な石像である。


 石像は無手であったり剣を持っていたりするのだが、一番気になるのは―――



(妙にメカメカしいな、この石像)



 そうなのだ。人間をかたどっているのならばよいのだが、見た目が妙にロボットっぽいのだ。


 遺跡は遺跡でも、古代科学文明の遺跡と言ったほうが正しく感じられる。


 かといってホール自体は何かしらの石材で造られているので遺跡感が強い。そのミスマッチが妙に気になるわけだ。



「ねえ、この石像って何?」


「ん? さぁ? 何だろうな。遺跡の一部じゃないのか?」


「でも、なんか変じゃない? 石像ってさ、普通は人間とかじゃないの? それとも昔の人間はこんな感じだったの?」


「うーむ、言われてみればそうだが…遺跡だしな」


「それで済ましちゃうんだ」


「しょうがない。俺が作ったわけじゃない」


「それはそうだね。それにしても…すごいな、これ。今にも動き出しそうなほどリアルだ」


「そういえば、前に誰かが『神機』を模したものじゃないかって言ってたな。俺は神機自体を見たことがないから、なんとも言えないが…」


「…っ! そうか! 神機に似ているんだ!!」



 アンシュラオンも実際に戦ったことがある巨大ロボットである。


 神機自体は機械生命体と呼べる存在であるが、機械である以上は誰かが造ったものであることは間違いない。


 一説によれば、すでに滅亡した古代文明で製造されたものであるという。


 この遺跡もその当時に造られたものであるのならば、神機を模した石像があっても問題はないのだろう。



(あれはトラウマだったな。生身で戦ったらいけない相手だったよ)



 このアンシュラオンでさえ最初は負けたのだ。神機がいかに強いかがわかる。


 もちろん陽禅公が意図的に戦闘タイプの神機を選んで戦わせたので、補助タイプの神機ならば話は別なのだが、それでもアンシュラオンをフルボッコにするだけの力があるのは脅威であろう。


 加えて神機は、人間が乗ることで性能を最大限に発揮するロボットでもある。


 誰も乗っていなくてもアンシュラオン並みの性能があるのだ。仮に強い武人が乗ったら手が付けられなくなるだろう。


 まさに伝説の破壊兵器、あるいは守り神と呼ぶべき存在だ。崇められていてもおかしくはない。



「最初に行くのは『無手』でいいか?」


「うん、いいよ。全部回ろう。今日もやっているんだよね?」


「ああ、基本的にな。人々の娯楽でもあり、戦うやつらにしたら仕事でもあるからな」



 まずマシュホーに案内されたのは無手の試合会場である。


 無手の試合会場への入り口の前には、無手の石像がいるのでわかりやすい。



 アンシュラオンとサナが、その通路に入っていくと『熱気』をわずかに感じた。



 人と人が近くにいるときに発せられる熱量の感覚だ。



 空気が少しずつ変わっていく。



 すでに開演しているコンサートホールに入ったような、あの独特の熱気が肌に触れるのだ。




(さて、どれくらいのものかな。サナの練習相手がいればいいけど…)




 期待に胸を膨らませながら歩を進めた。



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