366話 「地下エリア潜入 後編」


「なんだお前、ラングラス派閥なのか?」


「そのつもりはないんだけど…一応はそうなるのかな。関係がないわけじゃないし」



 関係がないどころか大有りである。これだけやっておいて自覚がないほうがおかしい。


 ただ、これはべつに誤魔化しているわけではなく、当人は本当にそう思っているのだ。


 アンシュラオンにとってグラス・ギースの派閥争いなど、どうでもよいことだ。たまたま関わって金になりそうな連中がラングラスだったにすぎない。


 とはいえ、最初に関わってしまったのがラングラスだった、というのも運命のイタズラであろうか。


 まさかの最下位であるし、当然ながら他派閥からの印象も良くはない。


 男もアンシュラオンがラングラス寄りだと知ると、若干ながら同情めいた表情を浮かべる。



「そうか…俺個人は他の派閥が悪いとは思わないが、客観的に見てもラングラスは荒れている印象だな。あそこは自治内部でも諍いが多いし、麻薬もそれなりに氾濫していると聞く。問題を起こすのもラングラス側が圧倒的に多いな。ラングラス側のお前さんには悪いが地下ではそういう扱いってことだ」


「それはしょうがないよ。ラングラスの本家筋があんな豚君じゃ…って、麻薬もあるんだね」


「上にあるものは地下にだってあるさ。お日様以外はな」


「へぇ、すごいもんだね。最近物価が上がっているって話は? 食糧の仕入れに影響はない?」


「いや、特にこっちにはないな。上ではそうなのか?」


「そうなんだ。ゼイシルって…すごいね」



 ジングラスが食糧供給に苦労していたことからもわかるように、現在のグラス・ギースでは食糧がやや不足気味である。


 もちろんその最大の元凶がアンシュラオンその人なのだが、ゼイシルは地下の人間が飢えないようにしっかりと食糧を送っているようだ。



(たしかに地下で食糧不足が起こると大問題になる。閉鎖された空間だから本当に殺し合いが起こりかねないけど…その面倒をみるって相当なもんだな。ゼイシル…か。けっこう損害を与えちゃったけど、案外いいやつなのかもな。…ごめんな。恨むならソブカを恨んでくれよ)



 そもそもハングラスを標的にしたのはソブカである。だから自分は悪くはないのだ。


 と、思うことにした。


 そのことは別にしても、さすがのアンシュラオンもゼイシル個人のリーダーとしての資質に多少ながら感じ入るものはある。


 ゼイシル当人に恨みはないので、この戦いが終わったあとに生きていたら、少しは便宜を図ってやってもいいかもしれない。少なくとも自分よりはリーダーに向いている男だろう。



「そうだぞ、ハングラスはいいぞ。ゼイシルさんがいる限りは、たとえ地下での序列が最下位になっても生活が困窮するほど物資に困ることはないからな。どうだ? こっちに来ないか? 長い物には巻かれたほうが得だぞ。特にこういう場所ではな」


「その意見には激しく同感なんだけどね…オレにも事情があってさ。ラングラスに用事があるんだよ」


「大事な用なのか?」


「まあ、女絡みっていうかさ。その後始末さ。それが終わらないとすっきりしないからね」


「そうか…女絡みは少し面倒だな。仕方ない。無理強いはしないさ。だが、気が変わったらいつでも言ってくれよ」


「気になったんだけど派閥変更って自由にできるの? 辞めるときは普通はいろいろと問題が出るでしょ? 指を詰めたりしないの?」


「指を詰めるって何だ?」


「こう小指をちょっきんって切って詫びるやつ。たまに通路に落ちてるらしいよ」


「怖いな!? なんだそれ!?」


「オレの国の筋者はそうやって詫びたんだ。もう昔の話だけど」


「どんだけ厳しい社会だよ。地上じゃ組替えが大変なのは認めるが、地下では生きることが最重要だからな。情勢に合わせて移動するやつも多いぞ」


「でも、簡単にほいほい移動したら信用を失うんでしょう?」


「もちろんだ。もともとは筋者ばかりだからな。筋を通さないことに怒る連中もいる。ただ、日常生活における生活エリアは派閥ごとに分かれているから、外に出なければ報復されるようなことはない」


「そっか…そうなると鞍替えは三回が限度ってことだね。出戻りは難しいだろうし、最後に行った派閥と心中ってことだ」


「そうだな。選び方が悪いと最悪なことになるな。うちに来るなら問題はないが、最後がラングラスってやつもいたかな。悪さをしたから派閥から放り出されてって感じだったがな」


「それはつらいけど…自業自得か。逆にずっと同じ派閥にいれば尊敬されるの?」


「地下の連中からというよりは、上からは信頼されるだろうな。上に家族を残してきていれば便宜を図ってもらえるだろう」


「ああ、そっか。そういう人もいるんだね。そういえば緊急時には上に戻れるって聞いたけど?」


「そいつは本当の緊急時だけだな。基本的には地下に入ったらずっと地下生活だ。…が、組や派閥の危機で仕方がない場合は呼ばれることもある。つい先日だったか、うちのところからも何人か上に戻ったぞ。どうやら組が潰れたようで、その再編成が必要になったって話だ。珍しい話もあるもんだな」


「へー、そうなんだー」



(ゲロ吉のところかな?)



 思い当たる節がありすぎる。


 おそらくアンシュラオンが組をいくつか潰したので、危機感を抱いたゼイシルが呼び戻したのだろう。


 四大会議に独りで来たことからもわかるように、ゼイシルはその奥手な性格からか、付き合いが短い人間をあまり信用していない。時間をかけて信頼関係を築くタイプなのだろう。


 そのため緊急時には弱いのだ。人員補充に手間取ってしまう。


 こうして地下送りになった人間に頼るしかないのは、現在の厳しいハングラスの情勢を如実に物語っていた。



「おじさんは行かなかったの? 昔は組でも上のほうだったんでしょう?」


「俺はもう上で暮らせるような人間じゃない。恩は感じているが…ここで他の連中の面倒をみているほうが性に合っているさ」


「そっか、それも人生だね。で、基本的な生活スタイルの確認だけど、住んでいる場所は派閥別に違っていて、普段は他派閥との諍いは禁止。ここまではいい?」


「そうだな」


「食糧とか物資の配分は? お金はあるの?」


「金は上のと同じ大陸通貨を使っている。違うものを用意するのは手間だし、いざ稼いでも上に行ってから使えなかったら意味がないしな。食糧や物資は、さっき俺が作業していたように『商品』として下の店に運ばれて、金を使って買う。ここまでは地上と同じだな。だが、やはりここは地下だ。自分で物資を探しに行くことはできないし、上からの供給に頼ることになるから物資には限りがあることになる。需要が増えれば値段が一気に上がって手に入らないこともあるだろう」


「物資に余裕はないってことか。他の派閥への略奪行為は禁止なんだよね?」


「そうだ。それをやったら地下が地獄になっちまうからな。どこにいても安全に暮らすための法は必要なんだ」


「取引はあり? 物々交換とか個人から金で買ったりするのは?」


「もちろん問題はないぞ。店は派閥ごとに管理できるものが決まっているが、個人間では制限はない」



(うーん、思ったより安定はしているみたいだけど…少し引っかかるな。ここがそんなに平和とは思えないし)



 話を聞いてる限りは、なかなかしっかりと自治をしているように見える。


 が、「最初は怪しかったけど、案外いいじゃん」と思ったものには必ず裏があるものだ。


 たとえば選挙にしても、表面的には耳当たりの良い平等や公正を訴えておきながら実態は最悪、という政党もあるものだ。


 そこは見る者、聞く者の能力が問われる場面である。そしてアンシュラオンは散々悪を見てきた人間なので、そのセンサーが見事に反応する。



「上からの援助ってのは制限がかからないの? あるいは年貢みたいなものはないの?」


「どういう意味だ?」


「序列の意味が曖昧かなって思ってさ。わざわざ上がりにくいシステムを使ってまで序列一位にしがみつく意味が今のところわからないからね。そのあたりが怪しいかなって。こういうシステムの場合、何かしらの旨みが必ずあるはずなんだよ。上位者には特権があるってのが相場だ。そういうやつはないの?」


「…ったく、本当に鋭いな」


「じゃあ、あるんだ?」


「もちろんある。序列が上だと物資の何割かが優先的に与えられるんだ」


「他派閥のものでも?」


「地下に来た段階で、それは地下のものだ」


「なるほどね。で、何割?」


「序列一位は四割だ。二位は二割、三位は一割。その残りをまた四つの派閥で分け合う」


「七割も取るんだ。相当あくどいね。金貸しだってもう少しは優しいんじゃない?」


「しょうがない。これが地下のルールだ。地下で生きるってのはそういうことなんだよ」



(このシステムは、『強者が勝ち続けるためのもの』なんだ。ラングラスがずっと最下位なのがわかった気がするな)



 まだ情報収集の段階であるが、おおよそのシステムは理解できた。


 アンシュラオンが思ったように、これはまさに強者が強者であり続け、弱者が弱者であり続けるための制度である。


 一度上に立てば、よほど負け続けない限りは順位が下がることはない。


 何もしなくても物資が入ってくるのだから、人だって集まっていくだろう。当然、金も集まるに違いない。


 鞍替えと呼ぶべきか宗旨しゅうし替えと呼ぶべきかはわからないが、誰だって良い暮らしをするためならば強い派閥を選ぶはずだ。


 特にここは地下である。こんな場所で暮らすとなればストレスも溜まる。そこでさらに貧困生活など送っていたら身どころか心ももたない。


 また、負けたとしても順位が一つ下がるだけだ。蓄えがあればまた一位になることもできるだろう。



 一方、最下位になったら悲惨である。


 通常の援助物資も七割取られるという理不尽なシステムだ。十万円の仕送りが、なぜか三万円になってしまうのだ。


 それだけでも相当な痛手だろうし、さらにそこから四つに分けるという超不公平システムである。


 しかもラングラスは資金に余裕がないので、あまり物資も送っていない可能性がある。


 となれば、地下での立場は相当低いはずだ。最低限の物資を得るために苦渋の決断を強いる場面も増えるだろう。



(どうして地下を重視するのか不思議だったけど、これならば納得だな。ここで恩を売って自分の派閥に引き入れておけば、後々使える駒になるかもしれない。ハングラスには有益かな)



 鞍替えが安易にできることが重要なポイントである。地上では難しいことが地下では普通に起きるのだ。


 ゼイシルがやったように無理をすれば地上に人を戻せるのだから、地下で自分たちの派閥を強化できることになる。


 地下に力を入れるかどうかは各派閥の方針次第だが、やっておいて損はないのだろう。




「ところで、個人の持ち込みってのはあり? オレみたいな新人が何かを持ち込む場合は没収されたりするの?」


「いいや、それはない。衛士のチェックをクリアすれば、それ以上のことはしない。ここでは物資が貴重だし、場合によってはいきなり死人が出るかもしれないしな」


「そうだね。オレも取られそうになったら殺していたかもしれないね。なるほど、だからおじさんがオレを【勧誘】したのか」


「ははは、本当に頭のいいやつだな。そうだ。それが最初にできるのもハングラスの特権ってやつさ」



 この男がすんなりと休みに入れたのは、これもまた『彼らの仕事』だからだ。


 初めて来た新人に対して、まずは大量の物資を見せる。


 それで驚かせておき、ハングラスの凄さと地下の過酷さをさりげなく教える。


 かといって強く勧誘はしない。ここにやってくる人間の多くが好きで来ているわけではないので、押し付けられることに嫌気が差しているからだ。


 だから、いつでも鞍替えしていいぞとだけ言うのだ。


 地下の治安維持のために直接的な暴力行為が禁じられている以上、こうやって富を見せ付けることで勧誘するわけだ。


 仮に断られても、地下の内情を知れば知るほど上位組織を頼りたくなるだろう。


 これもまた強い組織が強くあり続けるためのシステムである。



 だが当然、アンシュラオンは目的があるのでハングラスには入らない。



「申し出は嬉しいけど、やっぱりオレはラングラスのほうに行くよ」


「そうか。それもまたいいだろう。おっと、そうだった。これも教えておいてやろう。もしポケット倉庫や格納術符を持っているのならば気をつけろ。場所によっては使えないこともあるぞ」


「そうなの? 結界でもあるの?」


「詳しくは知らないが、この地下エリアは昔の遺跡か何かの場所を利用しているようでな。その中に『封印術式』ってのが発動している場所があるそうなんだ。そこでは術全般が使えなくなる。必要なものはあらかじめ出しておいたほうがいいぞ」


「ふーん、遺跡…ね。武器の携帯はいいの?」


「戦士にとっちゃ拳が武器みたいなもんだろう? 同じことさ」


「たしかにね。じゃあ、この子の剣は出しておいたほうがいいかな?」


「なんだ、その子も武人なのか」


「ああ、妹なんだ。強いから手を出さないほうがいいよ」


「ははは、さすがにそんな趣味はねえな。ロリコンじゃねえよ」



 この時、違う都市に滞在していたロリコン(12話参照)が、ふと呼ばれた気がして振り返ったという。最近幻聴に悩んでいるらしい。



「それとお前が気にしていた『賭け試合』だがな、その試合場でも使えないことがある。どれに出るかによるけどな」


「ん? いくつか種類があるの?」


「そうだ。『無手』『武器』『無制限』の三つがある」


「戦士、剣士、術も道具もあり、か」


「そして、賭け試合は日常的に行われている。なぜならば、それが『娯楽』だからだ」



 閉鎖された空間で一番問題となるのがストレスの発散、つまりは娯楽である。


 某戦場カメラマンの話では、紛争地域などの厳しい場所では日本のアニメが人気だったともいう。それくらいどんな環境でも人々には娯楽が必要なのだ。


 ただ、やはり物資が少ない場所では娯楽が限られてしまう。


 そうなるとたいていの場合、殴り合いがショーになることも多々あるわけだ。


 公開処刑や公開リンチを見せることによって閉鎖空間のストレスを解消させる娯楽は、人類の長い歴史の間には何回もあったことだ。


 地球だって格闘技は人気だろう。どこの時代も戦いは娯楽になるのだ。



「お前が言っていた派閥間の権力闘争ってのは、一ヶ月に一回行われる特別団体戦のことだな。それ以外は個人で参加してポイントを得るんだ」


「その個人のポイントってのは組織の序列に影響するの?」


「多少はな。だが、基本的には団体戦の勝敗が大きなポイントになるんだ。ぐだぐだ言うより見たほうが早いな。試合をやっているはずだから見てみるか?」


「おっ、いいね。面白そうだ。誰でも見られるの?」


「下の階の受付で登録すれば誰でも見られるぜ。人気の組み合わせは混むけどな」


「ぜひ見たいね」


「よし、行くか。ついてこい」



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