365話 「地下エリア潜入 前編」


「その賭け試合ってのはオレも出られるのかな?」


「各派閥でメンバーを選抜して出すことになりますので、その中に入っていれば大丈夫でしょう」


「メンバーは誰が決めるの?」


「派閥の中にリーダーがおりますので、その者が決めているはずです。地下の人間ならば参加資格は誰にでもあります。ただ、我々も直接関与しておりませんので、これ以上のことはわかりかねます。リーダーに直接お訊ねになられるのが一番でしょう」


「それもそうだね。じゃあ、あとは中に入って実際に見てみるよ。門を開けてもらえるかな」


「はい。どうぞお気をつけて…という言葉は正しくはありませんね。どうぞお手柔らかにお願いいたします」


「それは相手次第かな」



 ゴゴッ ガラガラガラッ



 衛士がジュエルを門にはめると、大きな音を立てながらゆっくりと開いていく。


 この門も割符結界のように特定のジュエルを使って開けるようになっているらしい。


 アンシュラオンとサナは衛士に見送られながら、地下への道を進む。



「賭け試合か。面白そうだな。オレたちも参加できたらしてみよう」


「…こくり」






 カツン カツン カツン



 二人以外には誰もいない通路をさらに進むと、階段が見えた。


 その階段を降りて地下二階に進む。



(なかなか深いな)



 階段は地下一階に下りた時よりも明らかに長く、いくつもの階段やエスカレーターを使って地下五階にある地下鉄のホームに向かう感覚を思い出させる。


 実際にそれくらい、あるいはそれ以上は下りただろうか。地下十階くらいと言われてもおかしくはない深さである。


 そこでようやく地下二階部分に到着。


 その先は、また一本道の大きく長い通路が続いている。



 カツン カツン カツン



 そのまましばらく歩いていくと、少しずつ違う『匂い』が漂ってきた。


 それは世間一般の地下のイメージ、たとえばカビ臭いとか酸っぱいといった悪いイメージとは異なる香りである。


 そして、薄暗かった通路の先には光り輝く出口が見えてくる。この匂いはそこから漂ってきているらしい。




 アンシュラオンが出口に到着。




 その先に広がる空間に目を向ける。





(ほぉ、これはまた面白いことになっているな。まるで【倉庫】だ)



 広さでいえば東京ドームくらいはあるだろうか。この大きさだと部屋というより『巨大倉庫』と呼んだほうが正しいのかもしれない。それくらいの大きさだ。


 そこには至る所に大量の木箱が積まれており、今も何人かが蓋を開けて中身を出し入れしている。


 ただし、ある程度はすでに予想していたアンシュラオンに驚きはなかった。



(この匂いは、ここにある木箱のものか。それにこの量…明らかに外からも仕入れているな。おそらくこことは違う入り口があるんだろう。当然だな。オレたちが通ってきた道では狭すぎて搬送には向かない。あくまで人間が通る道だったのだろう)



 自分たちが通ったルートはそれなりの広さがあったが、物資搬送に向いているとは思えない。


 あれはあくまで収監砦から地下エリアへの出入り口にすぎず、物資は専門の搬入口があると思われる。


 さきほどの衛士の発言からも、地下では囚人たちが自治を行っているのは間違いないので、実際の人数は知らないものの、それなりの量の物資が必要になるとは予想していた。


 だから巨大倉庫を見ても驚かなかったのだが、それとは違う意味で驚いたことがある。



(どこかに大きな倉庫があるとは想像していたが、いきなりそこにたどり着くとは…驚いたな。なんでこんな場所にあるんだ? いろいろ理由は思いつくが…憶測で物事を判断するのは危険だな。特に初めて来る場所においては情報収集を優先するべきだ。あそこの男に訊いてみるか)



 アンシュラオンは遠慮なくずかずかと中に入り、作業をしている男に近寄る。


 男はぱっと見る限り、五十歳くらいだろうか。作業着を着ているが、そこまで汚れているわけでもないので衛生環境は悪くないようだ。


 肌艶も普通なので健康状態に異常はないようである。このことから食糧にも不足していないことがうかがえる。



「ねぇ、ここで何をしてるの?」


「何って、作業をしているに決まっているだろう」



 男はこちらに顔も向けずに作業を続けながら、そっけなく答えた。


 その様子から、ここが警戒しなくてもよい場所であることがわかる。


 もし周囲に注意を払わねばならない場所ならば、常に目を配らせて警戒するだろうし、話しかけられれば驚くはずだ。


 だからこそ、この作業が彼にとっては日常的なものであることがわかるのだ。



「作業って何?」


「下に持っていく『商品』の出し入れだな」


「へぇ、商品…か」



(賭け試合の『賭け』の意味が、ある程度絞れてきたな。金と物、権威、外と同じってことか)



 商品があるということは金があるということだ。


 仮に金の概念が無い世界においても便宜上、引換券等は発券されるだろうから、実際に金ではなくても似たようなものがあることがわかる。


 人間にとって食糧は必須だ。物資もできればあったほうがいい。人間は常に豊かでありたいと願うものだ。


 誰かを従えたいのならば、その豊かさを提供してあげねばならない。自分に利益を与えてくれる人間に人々はついていくのだ。


 この点は、外とまったく同じである。所詮は人間だ。欲求は変わらないのだろう。



 そして、賭けの対象もおそらくはそうしたものである可能性が高い。



 賭けによって得た資金あるいは商品は、地下で権威を得るために使用されるはずだ。


 彼らが上の人間とつながっているのならば、それが上納金にもなるのだろう。



「これって外から仕入れているんだよね?」」


「大半はな。だが、あっちの荷物は地下で作ったものも含まれて…って、見ないツラだな。というか仮面じゃねーか」


「外じゃ仮面がブームなんだ。八割の人間が被ってるよ」


「マジかよ!? 外の連中の考えることはよくわからねーな。ということは…お前、新入りか?」


「そうだよ。来たばかりなんだ。だから、ここのことは何も知らないんだ」


「その若さでここに来るとは…何かヤバイことでもやったのか? …おっと、悪いな。そういうことは訊くべきじゃないか。まあ、地下に落ちたからといって、そう落胆することはない。ここは下手をすれば上よりも快適だ。ルールに従えばだがな」


「ルールか。詳しく訊きたいな。あっ、葉巻吸う?」


「おっ、上等なもんを持っているな。ここは火気厳禁だから、あっちでもらうわ。一緒についてきな」


「持ち場を離れていいの?」


「固いことを言うなって。人間には休みも必要だ。おい、休憩に行ってくる。新入りも来たからいろいろ教えておく」


「おう、わかった」




 男は仲間に休憩を伝えて、アンシュラオンたちを倉庫の隅っこに連れていく。


 そこには駅にある喫煙所よりも少しだけ大きな部屋があり、入ると椅子や机などが用意された休憩スペースが設けられていた。


 ここには誰もいなかったので三人が思い思いの場所に腰をかけると、男はもらった葉巻をナイフでカットし、火を付けて吸い始めた。



「…ふー。こいつは高級品だな。久々だぜ」


「ここに葉巻はないの?」


「あるにはあるが…嗜好品だからな。それなりに貴重だ。それ以上に貴重なのは綺麗な空気だ。タバコは嫌いじゃないが、あまり生活環境を汚すわけにはいかないから控えているのさ」


「けっこう吸い慣れているけど…昔はそこそこ吸えるような立場だったとか?」


「おぅ、わかるか? 昔は組でも少しは上のほうだったんだ。まっ、昔の話だがな」



 今ではかなりくたびれてしまっているが、男の眼光はいまだ鋭い。


 ここに入る前は、少なくとも下っ端構成員ではなかったのだろう。雰囲気が違う。



「で、お前さんは来たばかりか。災難と言うべきかなんと言うべきかはわからんが、来た以上は仕方ない。ここの先輩として教えるべきことは教えてやるよ。何でも訊いてくれ」


「ここは長いの?」


「そうだな…何年だ? もう月日なんて忘れちまったが…十年以上…いや、二十年くらいいるのか? お日様ってのは重要だぜ。一応カレンダーみたいなものあるが、朝日を見ないと時間の感覚がわからなくなるんだ」


「何をやって捕まったの?」


「ここじゃ過去の詮索は禁止だ。…といっても有名な事件を起こしたら知れ渡るから、本当は意味がないがな。なに、たいしたことはやっていない。ちょっと堅気連中に厳しくしすぎたって感じだな。昔は一時期、外部から面倒な連中がやってきたこともあるんだ。それで少し殺しすぎたかな」



 男はナイフを器用に回してみせた。刃物の扱いにも慣れていることがうかがえる。



「それでも捕まるんだね。組織と都市を守るための行動じゃないの?」


「そう言ってくれるとありがたいが、体裁ってのもある。俺がここに入って話がまとまるなら、そのほうが組織の利益にもなる。もともと上に未練があったわけじゃねえからな。野良犬には、こっちのほうが性に合ってたってわけさ」


「もしかして、おじさんって…ハングラスの関係者だった?」


「ほぅ、わかるのか?」


「なんとなくね。まだここのルールはよくわからないけど、いくつか気になることがあってね。まず、上でも下でも物資は重要なはずだ。その扱いを任されている以上、それなりに信頼できる人間である必要がある。それに物資はハングラスの領分だ。都市外から直接仕入れていない限り、ハングラスを経由するしかない。ゼイシルは神経質って聞くし、自分の派閥以外の人間に大切な物資を任せるとは思えないな。で、最後に気になったのは、この部屋に『吸殻がない』ってことだね。倉庫もそうだけど、あまりに綺麗すぎる」



 ハングラスが物資を担当していることは、すでに何度も述べている通りだ。


 それ以外でアンシュラオンが気になったのが、地下空間の【綺麗さ】である。


 こうして男は葉巻を吸っているのだから、ここで喫煙や飲食等が行われているのは間違いない。


 にもかかわらず、吸殻もなければ食べかすもない。しっかりと掃除されているのだ。


 囚人、しかも地下に入るような者たちが、上の人間よりも綺麗好きという点に強い違和感を覚えたのだ。



「さっき『火気厳禁』って言ってたでしょ。倉庫なんだから当然だけど、それを絶対に守れるような人間ってのは案外少ないもんだよ。ってことは、もうそれが習慣になっているほど日常的に関わっていた人間ってことだ。そうなるとハングラスしかないなぁーと思っただけさ。ジングラスって可能性もあるけど…なんか違うんだよね、雰囲気がさ。おじさんだけじゃなくて、他の作業していた人も含めてハングラス特有の『整然さ』があるっていうのかな…それが理由だよ」


「ははははは! すごいな、お前。そんな仮面を被っているから変なやつかと思ったが…よく見てやがる」


「常に周囲に気を配るのは武人の嗜みだからね」


「なるほど、武人か。どうりで落ち着いていると思ったよ。ああ、そうだ。俺はハングラスだ。今も昔も…な」


「牢屋に入れられたのに、まだハングラスにいるの? どうして? 恨みとかないの?」


「さっきも言ったが俺は満足している。恨みなんてない。俺が上にいた頃は、まだオヤジの代だった。オヤジも尊敬できる人だったが、息子のゼイシルさんもいい人さ。代替わりしたあとも地下には便宜を図ってくれているからな。恨むどころか感謝しているさ」


「この物資もゼイシルが送ってくるんだね」


「それだけじゃない。当人が来ることもあるさ」


「え? グラス・マンサーが直接? 危なくないの?」


「危険は常にある。それでも来てくれるんだ。だから俺らも、その名は穢せないと思っているのさ。それがここが綺麗な理由だ。ハングラスの看板に泥を塗ることはしたくないからな」



 ゼイシルは仕事に関してはとても几帳面で神経質な男だが、一方では面倒見がよくて人情味もあり、部下からの信頼が極めて厚い。


 グランハムを見ていても、それがよくわかる。ハングラスのために人生のすべてを捧げていたのだ。それだけゼイシルに魅力があった証拠であろう。


 このあたりは雷の性質がよく出ている。ゼブラエスやガンプドルフなども面倒見がよいものである。


 また、その面倒見のよさは、地上から地下になっても同じだ。


 彼は地下送りになってしまった構成員に対しても援助を続け、生活に苦労しないように物資を送り続けている。


 それがハングラスが地下で最大勢力になっている原動力なのだろう。物資を多く持つことは力そのものなのだ。


 しかもそれだけにとどまらず、たまに『顔を出す』ともいうのだから驚きだ。尊敬されて当然である。



「下は派閥別に権力闘争をしているって聞いたよ。今はハングラスが一番だって」


「そうだな。権力闘争…というのかはわからんが、互いにある程度の縄張りは持っている。この倉庫を見て、どう思った?」


「こんな場所にあっていいのかな、って思った」


「そりゃそう思うよな。これもまた地下ではハングラスが力を持っている証拠だ。初めて来たお前さんのような新入りに、うちらの力を見せ付けるためにもここに置いてあるんだ」


「盗まれたりしないの?」


「そこはちゃんとやっている。そんなことをしたら袋叩きじゃ済まないしな。よほどの馬鹿以外は誰もやらんよ」


「ハングラスが一番上ってのはわかったけど、それって変わらないの? 『賭け試合』ってのがあるんでしょ?」


「そこまで聞いてきたのか。賭け試合でのポイントはかなり高い。勝てば有利になるのは間違いないだろう」


「ポイント制なの?」


「一回の勝負で何かが決まるってのは不公平だろう。最終的には年間のポイント数で上下が変わるんだ。ただ、いきなりすべてが変化したら生活に支障が出るからな。上下するのは一つずつだ」


「一つずつ…というのは、一位だったら二位までしか落ちなくて、三位ならば二位までしか上がれないってこと?」


「その通りだ。呑み込みが早いな。頭のいいやつだ」


「ラングラスって最下位なの?」


「ん? ああ、そうだな。ポイントはいつも最下位だ。俺がここに来てから最下位以外は見たことがないぞ」


「そうなんだ…」



(ってことは…ラングラスが上がるには、最低三年かかるってことじゃないか。駄目だな、こりゃ。そりゃソブカもクーデターを起こすさ)



 現在最下位のラングラスが仮に一位になるためには、三位、二位、一位と序列を上げる必要があるので三年かかることになる。


 地上でも地下でも最下位だと、さすがに泣けてくる。



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