364話 「地下のルール」


 アンシュラオンとサナは、堂々と収監砦の中を歩いていた。


 地上一階に到達すると、さらにぐるっと北側に回り込んで地下に向かう階段を下りる。


 途中、看守の衛士たちに出会ったが、もう諦めているようで何も言わなかった。


 積極的に道を開けていくので関わりたくないというのが本音だろう。


 アンシュラオンも特に興味を示さず、どんどん進んでいく。



(シャイナの父親か。どうやらクズのようだから、本当ならば死んでいてくれるのが一番いいが…ひとまず確認だけはしておくか)



 アンシュラオンの目的の一つは、シャイナの父親の安否確認および奪還である。


 ただし、あくまで生死の確認が最優先事項であり、奪還回収は二の次だ。


 いくらシャイナの父親であっても、男のことなどはどうだっていい。それがクズならば、なおさら興味がない。


 一番好ましい結果は、何度か言っているようにシャイナの父親がすでに死んでいることである。


 面倒なことを背負い込むより、そちらのほうが何倍も楽だろう。シャイナも諦めがつくに違いない。


 なまじ生きていると面倒をみないといけないので厄介だ。わざわざ殺そうとは思わないが、できれば死んでいてほしいわけである。



(まあいい。生きているかどうかも怪しいからな。どうせシャイナは面会もできないんだ。適当に生きているって仄めかしているだけの可能性もある。衛士も生死までは知らないとか言っていたしな)



 これから向かう場所は、衛士たちも簡単には入り込めない場所なのだ。


 言ってしまえば囚人たちの自治、治外法権が認められた場所であるともいえる。


 シャイナも「収監砦にソイドファミリーの売人が入り込んでいて、いつでも父親を殺せると脅された」と言っていたのが印象的だ。


 彼らは囚人でありながらも外の世界と接触が可能で、組織の命令通りに動いているのだ。


 看守と囚人が手を組むのはよく見かける光景だが、外側の組織まで絡んでくるのは城塞都市の閉鎖性ゆえだろうか。



(どんな場所か楽しみだな。武人もいるようだし、サナの訓練になればいいな)



 サナの鍛練を途中で切り上げたのは、残りの時間は実戦に使おうと考えていたからだ。


 牢獄なので人は多いのだが、さきほど上で殺した囚人ではまったく役立たなかった。


 必要なのは、もっともっと凶悪な連中である。できればサナでも対応が可能なレベルの武人であることが望ましい。


 マキより強い相手はいないだろうが、少しは修行に役立つ者がいればと期待している。



 アンシュラオンの行動原理は、基本的にサナのためにある。



 自分独りならば金も特に必要ないので、女の子スレイブたちに人生のすべてが捧げられているのだ。


 その意味では、支配者でありながらも一番苦労しているともいえる。


 ハーレムというものは聴こえはいいが、案外苦労が絶えないものだ。


 いまだ中東で続く一夫多妻制でも、逆上した妻の一人に耳を切り落とされたとかも聞くので、妻が増えれば増えるほど男の苦労は増していくのだろう。


 生物学的には、やはり男より女のほうが強いのだ。寿命も長いし病気や痛みにも強い。


 アンシュラオンよりパミエルキのほうが強いことも、それを証明している。





 アンシュラオンたちが地下一階に到達。



 やや広めの一本道の通路を歩いていくと、ひときわ大きな扉が設置されているのが見えた。


 格子状にはなっているものの、まるで大型の魔獣を閉じ込めるような分厚い造りになっており、普通の人間ならば絶対に壊すことができないものだ。


 武人であってもこれを壊せるレベルならば、それなりの実力者であるといえる。



 その扉の前には二人の衛士が立っていた。



 上にいるような間抜けな顔の連中ではなく、衛士とは思えないくらい精悍な顔つきをしている。


 一人は剣を二本持っており、もう一人は篭手と盾を装備していた。どちらも使い込んでいる様子がうかがえる。



(へぇ、こいつらは武人だな。衛士隊にもマキさん以外にちゃんとした武人がいるんだな)



 二人の衛士は、その佇まいからしても武人であることは間違いない。


 当然ながら実力はマキには及ばず、おそらくはザ・ハン警備商隊の隊長と隊員の中間くらいの強さだろうが、それでも衛士隊の中では貴重な戦力だと思われる。


 そんな彼らがここに配置されていることには、きちんとした意味がある。



「ホワイト様、ここより先は地下エリアとなっております」



 アンシュラオンたちが近寄ると、剣を持った衛士が先に話しかけてきた。


 言葉遣いも上の人間よりも丁寧で、なぜか様付けである。こちらに対する敬意のようなものすら感じられた。



「うん、知ってるよ。地下に用事があるんだ。オレのことは知っているんだね」


「はい。もちろんです。あなたが収監砦に入った日より存じております」


「衛士のわりに丁寧だね。どこかで会った?」


「いいえ、初めてお会いいたします。しかし、私も武人の端くれです。あなたのお噂はかねがね伺っております」


「犯罪者扱いだけどね。だからここに入っているし」


「我々武人には関係なきことです。四大悪獣の一角を打ち滅ぼした英雄であることには変わりありません。それは称えられるべき偉業でありましょう。少なくとも我ら二人は、あなたに対する敬意を失うことはありません」



 ザッ


 二人の衛士が、アンシュラオンに敬礼する。



 ここで二つのことがわかる。



 一つは、城塞都市の中でもさらに閉鎖的であろう収監砦でありながら、外の最新情報が簡単に手に入る場所であるということ。


 ホワイトの存在はたしかに有名ではあるが、城塞都市全域で噂が流れているわけではない。


 被害を受けた一部のマフィア連中、グラス・マンサーとより深い間柄の者たちしか知らないことだ。


 たとえば外部から来た人間には、直接被害が出なければ情報は伝わらないようになっているはずだ。


 せいぜいが「腕利きの医者がいる」くらいのことしか知らないはずである。


 もう一つが、アンシュラオンの正体がバレているということだ。


 領主がアンシュラオンの正体に気付かないのに、末端の衛士が知っているというのはなんとも皮肉なことだ。



「オレの正体はどうやって知ったの?」


「情報には『三種類』あります。表のもの、裏のもの、そして『武人のもの』です」


「なるほど。武人のネットワークがあるんだね」


「はい。その中においては派閥は関係ありません。そして我々は常々、都市の現状に不安を感じておりました」


「都市の防備に関してかな?」


「その通りです。いざというときは死すら覚悟して戦う所存でありますが、それでどうにかなる問題ではありません。より強き者を私たちは歓迎いたします」


「君たちみたいな武人がいて少しは安心したよ。この都市の危機意識は低いからね。心配していたんだ」


「ありがとうございます。それでホワイト様、ここより先は地下エリアとなります。差し支えなければご用件を伺いたいのですが」


「人を捜しているんだ。名前は…何だったかな? あいつの苗字はリンカーネンだったから…同じなのかな? 麻薬の持ち逃げで捕まったリンカーネンっていう中年の男は知ってる? 中にいるはずなんだけど」


「リンカーネン…ですか。残念ながら存じ上げませんが、麻薬関係ならばラングラス側のエリアにいるでしょう」


「ラングラス側のエリア? いくつかエリアがあるの?」


「失礼ですが、地下エリアのことはどれくらいご存知でしょうか?」


「囚人の中でヤバイやつらが集まっているって話くらいかな。各派閥の武人や凶悪犯が集まっているって聞いたよ」


「上の者たちから得た情報ですね。…もしよろしければ地下エリアについてのルールをご説明いたしますが、いかがでしょうか?」


「いいの? 入るのを止めないの?」


「止められるわけがありません。あなたに勝てる衛士はおりません。ならば必要以上の被害が出ないように、ご説明申し上げるほうがよろしいでしょう」


「合理的な判断だ。嫌いじゃないよ。じゃあ、教えてもらおうかな」



 衛士たちはアンシュラオンを止めるつもりはないようだ。


 噂の内容は知らないが、第一警備商隊を壊滅させただけでも十分な箔が付いただろう。止めたくても止められないのだから通したほうが楽である。


 ただ、シャイナの父親については知らなかったので、あくまでここを守るための門番といった役割なのかもしれない。


 あるいは武人らしく、自分より強い者以外には興味がない可能性もある。



「この収監砦ですが、地上部分と地下部分は完全に別の場所となっております。上の衛士たちが地下に関わることは一切ございません。上は普通の監獄ですが、下は別のルールによって統治されているのです」


「聞いた話だと、囚人が自治を行っているそうだけど?」


「はい。それは事実ですが、少々言葉が足りません。より正確に述べれば【四大派閥間による権力闘争】が行われております。その結果によって誰が支配権を持つかが変わるのです」


「そこにディングラスが含まれていないってことは、中で何があっても衛士は関与しないってことだね」


「その通りです。衛士は中立を保っています。介入することはありません」


「金や物の取引はともかく、中で殺人が起きても止めないの?」


「はい」


「ふーん、完全に独立した場所なんだね。でも、わざわざ刑務所内部にそんな場所がある意味があるの? 外とあまり変わらないなら、この場所の意味がないと思うけど」


「おっしゃることは理解できます。しかし、罪を犯した者を放置しておけば、一般の市民の方々にもご迷惑がかかります。それによって人の流れが止まってしまえば物流も減り、都市自体が衰弱してしまうのです。ですから収監砦には一定の意味と価値があります」



 基本的に各派閥間での抗争は禁じられているが、どうしても暴力沙汰が起きてしまうことはある。


 酔って暴れたり、うっかり殴って殺してしまったりすることもあるだろうし、縄張り争いで死人が出ることもある。


 そうした突発的なトラブルではなくても、必要に迫られて相手を排除しなければならないこともあるだろう。


 しかし、そうやって争いが激化していくと一般人にも被害が出てしまい、人が寄り付かなくなる都市になってしまう。


 経済とは平和な状況によってのみ活性化するのである。紛争で金が儲かるのは安全な他国であって、紛争国自体ではないことが重要だ。


 一般人が安全に暮らせるように、領主としては『対外的な見せしめ』が必要だったのだ。安全な都市であることをアピールする必要があった。


 かといってグラス・マンサーの組織の人間を大々的に処分することもできなかった。処分が偏りすぎると不満が出るからだ。



 それに対応するために収監砦の地下エリアが作られた。



 地上が駄目ならば、あとは地下しかない。そこに彼らが暮らす世界を作ってやる必要があったのだ。


 最初は派閥間の権力闘争などはなかったのだが、人が集まれば自然と闘争が起こるのが人間の性であろうか。


 次第に地上の組織も地下に対して影響を及ぼすことになり、地下でも四大派閥間の権力争いが起こるようになったのだ。



「地下でも権力闘争か。その結果に意味があるの?」


「たしかに直接的に外の力関係には影響いたしません。しかし、有事の際は地下エリアから人材が派遣されることもあります。その際に裏側で支配力を高めた人間は優遇されることになるのです」



(刑務所で幅を利かせて組自体を有名にさせるのと同じか。たしかに裏側で力を持つのは悪くない。他の派閥への圧力にもなる)



 力関係をはっきりさせるのは良いことだ。


 今衛士が言ったように彼らの中には「お勤め」を終えて組に戻る者もいるのだから、個人間で力の差を見せておくことでトラウマを植え付けることもできる。


 また、地下で強い力を得ておけば、今後送られる可能性がある他派閥の人間に対しては交渉材料にもなるだろう。


 何にせよこの都市は、四大市民あるいは五英雄絡みで物事が動いていくシステムが構築されているようだ。



「なかなか興味深い話だ。面白いよ。で、地下でも最大派閥はマングラスなのかな?」


「現在はハングラスが最大勢力となっております」


「え? ハングラスが? マングラスじゃないの?」


「はい。マングラスは下から二番目、三位となっております」


「んん? どうなってんだ?」


「マングラスは地下にはあまり力を入れていないようです。入ってくる武人も弱い者ばかりですし、粛清の大半もセイリュウ様個人で行っているようですので、地下には影響がないのです」


「ああ、そういうことか。外では最大派閥でも、ここではそうとは限らないんだ。むしろ逆になるのか」



 幹部クラスがわざわざ収監されることはないので、セイリュウがいくら誰かを殺してもマングラス側に逮捕者は出ない。そもそも同派閥なので問題にはならないのだ。


 入ってくるのは、マングラス内で他派閥と問題を起こした小物ばかりとなる。すると地下では弱い勢力となってしまう。



 そう、ここでは逆なのだ。



 逆に外でマングラスが強い力を持っているのは、地下に力を入れていないからともいえるわけだ。


 ただ、意図的に地下の勢力図を変えようと人材を派遣してくる組もいるので、その意味においてマングラスは地下に無関心だという。



「他の順位はどうなっているの? ラングラスは?」


「上からハングラス、ジングラス、マングラス、ラングラス、となっております」


「…また最下位か。さすがに笑えないな」


「派閥に入っていない中立の者もおりますが、一ヶ月に一度の【賭け試合】では、どこかの派閥に組しないといけません。それも含めた序列です」


「賭け試合? 面白そうな単語が出たね。何それ?」


「地下での権力争いはさまざまな方法で行われますが、その中で一番人気があるのが賭け試合です。互いに武人を出し合って戦う試合形式のイベントです。かなりの金も動きますので、そこで勝った派閥が一ヶ月間の統治権を得るのです」


「ほぅ…いいね。試合…か」



(収監砦だから期待はしていなかったが、思ったより中は楽しそうじゃないか。興味が出てきたよ)



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