363話 「収監砦、地下エリアへ」


「やはり雑魚では相手にならないな」



 サナの周囲には、いくつもの囚人の死体が転がっている。


 あれから何回かやらせたが、結果はだいたい同じようなものであった。


 いくら常人が武装したとて剣気の出力に耐えられるわけがない。あっけなく死んでいくので、これ以上続けても意味はないだろう。


 剣気で人を殺す感覚さえ覚えられれば十分だ。



「…はぁはぁ…はぁはぁ…」


「黒姫、疲れたか?」


「…こくり。はぁはぁ…」


「剣気は戦気と比べて出力が高い。ということは、それだけ多くの戦気を使うということだ。剣士が剣気を使うのは攻撃の瞬間だけに絞るのが一般的だ。普通の剣士は戦士因子があまり高くないから、体力も低くて戦気量が多くないからな。今回みたいに出しっぱなしだと、すぐにガス欠になるんだ。これもいい勉強になったな」



 サナは戦っている間、ずっと剣気を放出していた。


 この剣気というものは戦気を凝縮したものなので、攻撃力も1.5倍ならば消耗度も1.5倍となる。


 まだ精神の値も低い彼女にとっては、長時間の剣気の放出はなかなかしんどいものだろう。これだけ持続できただけでも褒めてやるべきだ。



「おいで。回復させよう」


「…こくり」



 アンシュラオンは命気で細胞を癒しつつ、賦気を施す。


 自らの生体磁気を与えることで失われた活力を復活させるのだ。


 唯一精神力だけは戻すことはできないのだが、それも命気で身体を包んであげることで多少ながら回復する。


 精神力というものは肉体と密接に関係しているものだ。


 長時間、集中力を持続させたいのならば、まずは身体的環境を整えてみるといい。身体が疲れなければ心も乱れにくくなるはずだ。



 じゅわわ ボオオッ



 サナにアンシュラオンの力が注がれ、再び剣気が使える状態にまで復活する。


 普通ならばもっと休まねばならないので、やはりこれだけでも十分有利といえるだろう。



「剣気を使った基本技もいくつかあるが…一般的なものは『剣衝けんしょう』と『剛斬ごうざん』だろうな。最低限これだけ覚えていればなんとでもなる。まずはこの二つを覚えよう」



 剣衝は、剣を振った時の剣圧に剣気を乗せて放つもので、中遠距離を攻撃する剣士の基本技の一つだ。


 ラブヘイアも風衝を使っていたが、属性を乗せなければ単なる剣衝と同じである。


 また、剛斬も一時的に剣気を強化して斬るだけなので、さほど難しい技ではない。


 しかしながら基本の技を鍛えれば無理に上位技に頼る必要もなくなるので、強い武人ほど低級技を好んで使うようになる。


 アンシュラオンが普段、修殺やら水流波動を使うのは、それで事足りてしまうからである。


 まずは基本を学び、鍛える。これこそが武の真髄だ。



(といっても、単にオレが剣王技に詳しくないだけなんだよな。技に対応するために多少は知っているが、やっぱり畑が違うと難しい。今はとりあえず基本技だけを教えておこう)



 アンシュラオンは戦士なので剣王技には疎いところがある。


 サナに基本技しか教えないのは、自分も基本的な技しか知らないからだ。このあたりは要改善であろう。




「さっそく練習してみようか。まずは剣衝だな。最初に手本を見せるぞ」



 アンシュラオンがダガーに剣気をまとわせ―――軽く振る。



 リィイイン スパッ



 放たれた剣圧が少し離れた場所にあった壁に激突し、まるで吸い込まれたかのように、すっと消えていく。


 ぱっと見ると壁には何の痕跡もなかった。



「見えたか?」


「…ふるふる」


「そうか。少し鋭くやりすぎたかな。だが、これでもちゃんと切れているんだぞ」



 アンシュラオンが壁の上部に手を触れて押し込んでいく。



 バキンッ ズズッ ずずずずっ



 力で押した箇所は破壊されたが、下の部分の断面はあまりに綺麗で、磨かれた鏡のようにキラキラと光っていた。


 アンシュラオンの剣衝は、たしかに壁を切り裂いていた。


 ただ、技のキレがあまりに鋭すぎて、壁に一切の衝撃を与えなかったのだ。だから壁自体に何の変化もなかった。


 しかし実際は、放たれた剣衝は壁を貫通しており、建物の外部にまでしっかりと切れ目を入れている。



 達人ほどの腕前になると、相手に斬ったことを悟られない、という。



 あまりに鋭すぎて剣先も見えないし、自分が斬られたことにも気付かないのだ。


 漫画や噂話でしか聞かない話だが、アンシュラオンがやると本当にそうなってしまうから怖ろしい。



「次はわかりやすいように少し雑にやろう」


「…こくり」



 再びアンシュラオンが剣衝を披露。


 ズバシャッ!


 今度は放たれた剣衝が壁に大きな痕跡を残した。


 こちらのほうが一見すれば派手に見えるが、威力が分散されているので技の質としては相当低いものとなる。


 だが、サナに手順を見せるにはこちらのほうがいい。見やすいついでに剣圧にも戦気で色を付けてみたので、さらに技の軌跡が視認できたことだろう。



「…じー」



 狙い通り、サナも技をよく見ていた。


 彼女の『観察眼』は目で見ることができる速度であれば、すべてを事細かく記憶できる。


 すでに身体の動きは完全に覚えたはずだ。



 では、次は実践である。



「極めることを別とすれば、剣衝は剣気が出せれば案外簡単にできる技だ。さあ、やってごらん。今の黒姫ならできるはずだよ」


「…こくり」



 ジジジッ シュボッ


 サナがダガーに剣気をまとわせると、光の剣のように刀身が光った。


 何度か練習したことで、すでに剣気は自在に出せるようになっているようだ。



「剣気を戦気の『放出』と同じく、押し出すように放つんだ。そうだな。刀身に付着した水滴を払うような感覚で振り抜いてごらん。水滴を剣気だと思うんだ」


「…こくり。…しゅっ」



 サナは言われた通り、ダガーを振ってみる。


 子供の時はよく傘に付いた雨粒を払って遊んだものである。飛んでいく水が面白くて、何度も何度も払ったものだ。


 それくらい思いきり振れという意味であるし、子供の彼女にはわかりやすい例だと判断して言ったことである。


 が、思えばアンシュラオンがグラス・ギースに来てからは、雨が降ったことはまだ一度もないので伝わったかどうかは不明だ。



 シュバッ



 そんな事情を知ってか知らずか、サナが振ったダガーからはしっかりと剣圧が放たれる。


 これ自体は振ったあとに発生する風圧のようなものだ。常人でも剣を振れば強い風が発生するだろう。それと同じである。



 だが、常人を遙かに凌駕する速度で剣を振れる武人がこれをやれば―――



 バシュウウッ!!



 押し込んで斬ったことで生まれた風圧の刃が、壁を切り裂く。


 壁を見ると、斧で思いきり叩いたような荒々しい痕跡が残っている。


 しかし、これでも本来の威力ではない。



「少しタイミングが外れたな。剣気が乗りきれなかった。だが、その調子だ。あとは剣気が乗るまで練習すればいい」


「…こくり」



 シュバッ バシュウウッ


 シュバッ バシュウウッ


 シュバッ バシュウウッ



 その後、サナは五十回ばかり剣衝の練習を行った。



 シュバッ ズバッシュッ!!



 それによって次第に剣気が乗るようになってきて威力も上昇。壁にも深い痕跡が残るようになってきた。


 さすがに実際に斬りかかったときとは比べられないが、離れた対象に与えるダメージ量としてはそれなりのものだ。


 裸の成人男性ならばもちろん、革鎧を着込んだ相手でも殺傷は十分可能なレベルにあるだろう。




「剣衝はここまでだ。この練習も毎日続けるぞ。剣衝が上達すれば普通の斬撃も上手くなるようになっているからな」


「…こくり」


「次の剛斬は剣衝とは正反対の技だ。剣気をさらに強化して、斬撃と一緒に叩き込むシンプルな技だよ。『強化』の練習をもっとハードにしたものだ」



 剛斬は文字通り『強い斬撃』という意味で、もともとが戦気の1.5倍の剣気を、さらに1.5倍に強化して放つ強烈な一撃である。


 単純に通常より強いパワーを溜めて放つものなので、二段階強化版の斬撃と思えばいいだろうか。


 剣衝同様、こちらも練習しかない。反復してコツを掴むのだ。



 細かい『うん蓄』等は割愛するが、サナは剛斬の練習もしっかりと行った。



 しかし、それによって彼女の『弱点』が浮き彫りになる。



(サナは全体的な戦気の扱いは上達してきているが、まだ『強化』が少し苦手かな。特に『維持』が難しいようだ)



 集中させ、強化するまではできる。が、強化させている時間が短い。


 少しでも長く維持させようとすると全体の戦気量が減ってきてしまい、展開が不安定になっていく。


 意思の力が少ないということは、それだけ一つにかける集中力が弱いことを意味している。


 観察することには長けているものの、実際にやる力が不足しているのだ。


 それが剛斬という、より強い力を集約させる技において露見する。



(弱点や未熟な部分があるのは仕方ない。まだ始まったばかりだ。それを克服するための鍛練だからな。課題が見つかるのはよいことだろう)



 アンシュラオンにだって弱点はある。


 自分より弱い相手にはパワーで圧倒できるが、姉やゼブラエスのような実力が上の相手には体格差による腕力の差が如実に出てしまう。


 それは仕方がない。どうしても覆せないことはあるものだ。ならばそれを長所に変えてしまうことが重要だ。


 サナもいろいろな経験を積むうちに、自分の中で強みを見いだすことができるようになるだろう。


 まだまだ始まったばかり。今後に期待である。



「一度ストップだ。このまま続けてもいいが、収監砦には【用事】もある。まずはそちらの用件を済ませておこう」


「…こくり」


「お前ら、そこらの死体は適当に処理しておけよ。戻った時には綺麗さっぱりなくなっていなければ、どうなるかわかるな? お前たちも死体の仲間入りだぞ。処分されたくないのならば、がんばって掃除するんだな」


「ひ、ひぃ! わ、わかりました!!」



 アンシュラオンの怖ろしさを知っている囚人たちは、その言葉に素直に頷く。


 囚人とはいえ一般人を平然と実験台にするのだ。命令に逆らえば次にこうなるのは自分たちである。


 ここが牢獄という点も彼らには最悪だ。逃げ場がないので従うしかない。


 怯えた囚人によって即座に掃除が始められ、あっという間に汚れた通路は綺麗になった。





 アンシュラオンはサナを連れて収監砦をゆっくり歩きながら、四階、三階、二階、一階へと降りていく。



(地上部分は完全に支配できたな。まあ、ここにいる連中は今言ったように雑魚ばかりだ。常人ばかりだし、あまり面白くはない。サナの鍛練にもあまり使えん)



 上の階には衛士の宿直室や食堂などもあるので、収監砦の中では比較的治安が良いとされている場所だ。


 そもそも【地上エリア】は、殺人までには至らない軽微な罪を犯した者や、ダビアのような政治犯、詐欺などで捕まった知能犯が投獄される場所である。


 囚人自体がたいした連中でもないし、配備されている衛士たちも一般人ばかりだ。



(では、そんな場所にオレが投獄されたのはなぜか。単純に入れる場所がなかった、という感じかな。本当ならば【地下】に入れる予定だったが、オレが入ると逆に面倒なことになると思ったからだろう)



 この収監砦は、『地上エリア』と『地下エリア』に分かれている。


 地上は今述べたように軽微な犯罪を犯した者たちが収監されている。



 一方の地下にはどんな人間が収監されているかといえば―――凶悪犯たちだ。



 外部から来た人間もいるだろうが、基本的にはグラス・ギースの裏社会出身者たちが収監されているエリアといってよいだろう。


 武人の囚人も警備の厳重な地下に入れられるのが普通なので、アンシュラオンに地上の牢獄が割り振られたのは少々おかしな話だ。


 だが、第一の問題として、ヘブ・リング〈低次の腕輪〉さえ効かない相手を地下に連行すること自体が不可能だし、そんな男を地下にやってしまったら大混乱に陥ることは必至である。


 それならば上の階に配置して好きにさせるほうがよい、と考えたのかもしれない。


 もちろんこれは現場の衛士たちの独断だ。無理ですとは領主に言えないので、その場でなんとか誤魔化したにすぎない。



 どちらにせよ、その段階で破綻している。



 少なくともホワイトハンター級を収監できるほどの設備は、最初からこの都市にはないのだ。


 しかし、そうにもかかわらずアンシュラオンは収監砦に滞在し続けている。


 いつでも逃げ出せるのに、そうしていない。それはなぜか。



(自然な形で収監砦に入ることができたな。これで【目的の一つ】を達せられる。やれやれ、ようやく『あの馬鹿犬の案件』が処理できるよ)



 アンシュラオンがわざわざ収監砦にいる理由はいくつかあるが、その最大の理由が―――




―――シャイナの父親を見つけること




 である。


 アンシュラオンが裏社会に関わることになった最初の原因が、シャイナだ。


 今回シャイナが狙われたことからもわかるように、彼女の存在がずっと足枷になってきたのは事実である。



 その一番の要因は、彼女の父親が人質になっていることにある。



 それがなければ、ソイドファミリーを壊滅させるだけで話は済んだのだ。


 ただ、そこにアンシュラオンの資金稼ぎという名目が加わったことで、今回の大きな話の流れに入ったわけである。


 それ自体はかまわないことだ。目立つ男なので、どうしても狙われてしまう。いつかは裏社会と接触を持ったことだろう。



 そして今、ようやくにしてシャイナの父親を奪還する時が来たのだ。



 アンシュラオンが収監砦に入ったのは偶然ではない。この目的を達するために必要だから入ったのだ。


 だが、一人では自然な形で入ることはできない。【協力者】が必要となる。



(どうやらスラウキンがしっかりと動いてくれたようだ。事前に頼んでおいてよかったよ)



 すでに知っていると思うが、スラウキンはアンシュラオン側の人間である。


 領主がラングラスと揉めることも計画の一つだったので、事務所記念パーティーの際に話を通しておいたのだ。


 スラウキンは見事約束を果たしてくれたようだ。やはり彼にとっては権力闘争よりも医学の研究と発展のほうに興味があるらしい。


 むしろアンシュラオンが素直に従いすぎて彼に疑いの目が向くことが懸念材料だったが、今のところは問題ないようだ。


 平和ボケしているこの都市においては、誰もそんなことを疑っていないのだろう。幸せなものである。



(シャイナの父親は地下か。地下は裏社会の人間と武人が閉じ込められる場所らしいからな。人質として一番深い場所にいそうだな)



 すでに衛士から得た情報では、父親が地下エリアに収監されていることはわかっている。


 あとはそこに向かうタイミングを計っていただけのことだ。


 ここ何日かで少しずつ動きも出てきたようなので、今が頃合であろう。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます