362話 「アンシュラオンの収監事情 後編」


 悪の中に悪が入るとどうなるか。



 答えは毎度言っているように―――より強い悪が勝つのだ。



 囚人ではあっても所詮はただの人間。そんな中に凶悪な悪魔が入ってしまえば、そこは単なる蹂躙の場と化すだけのことだ。



「貴様らは人間のクズだ!! それをよく理解しろ!! わかったな!!」


「はい! 私たちは人間のクズでございます!!」


「ひざまずけ!! ひれ伏せ!! クズが命令もなく顔を上げるな!!」


「ははぁあ!!」



 アンシュラオンの目の前で、何十人もの囚人たちが通路にひれ伏す。


 その光景はまさに大名行列の如くであるが、通路が狭いのでほとんど隙間なく土下座している感じだ。



「さあ、黒姫。絨毯ができたよ。歩いてごらん」


「…こくり」



 ぐにっ ぐにゃりっ ぐにぐに


 その肉の絨毯の上をサナが歩く。


 背中を踏んだり頭を踏んだりしながら通路を歩いていく姿は、まさに強者と弱者の図式の極みであった。


 一目で誰が上かがはっきりとわかる光景だ。


 こんな扱いをされる囚人は、さぞかし誰もが屈辱的に感じている―――



「ああ、幼女の足が俺を踏んでいる…!」


「か、快感だ…! も、もっと踏んでくれ!」


「く、黒姫様が俺に触れているぅううう!」



 と思いきや、一部では大好評であった。


 しかし彼らは、それさえ許される身分ではない。



 ごりっ



 次に通ったアンシュラオンが、その男たちの頭を強く踏む。



「ぎゃううううっ!!」


「貴様らクズがオレの可愛い黒姫に欲情するとは、万死に値する」


「ち、ちがっ! こ、これはちがうのですぅううう…!」


「違くない。死ね」



 ドンッ ぐちゃっ!!


 そのまま頭を踏み砕く。



「ひ、ひぃいいい」



 全員がひれ伏しているので実際の光景は見られないが、言葉と音だけで何が起こったのかわかるのだろう。


 すぐさま通路には軽い悲鳴と、囚人が恐怖で震える音しか聴こえなくなった。



「ったく、靴を汚しやがって。ふきふき。お前たちは本当に役立たずだな。せめて雑巾代わりにはなれよ」



 アンシュラオンが靴裏の血を隣の囚人の服で綺麗に拭き取る。


 そんなことをされても抵抗する者はいない。ただただじっとひれ伏している。怒りすら抱くことができない恐怖が彼らを支配しているからだ。


 普通ならば衛士が止めそうなものだが、周囲を見回しても、この場に衛士の姿はなかった。


 いても意味がないので、彼らはアンシュラオンに関わらないようにしているのだ。


 さすがに囚人が外に出ようとすれば気にするかもしれないが、もともと中で何が起きようが見て見ぬふりをするのが慣習でもある。


 刑務官に与えられた命令は、囚人を外に出さないことと最低限の面倒をみることだけだ。



 それはつまり囚人同士の諍いには関与しない、という意味でもある。



 ここに収監されている囚人の中には、各派閥マフィアの息がかかった者たちも大勢いる。


 中立である領主軍がどこかに組するわけにもいかないので、不干渉のルールは収監砦の中でも見事に適用されるというわけだ。


 これをいいことにアンシュラオンは、収監砦に入ってすぐに囚人たちを支配下に置いた。(衛士が止めてもやるが)


 まずは【地上部分】の階の囚人を解放しつつも、今見たように自らの道具にしたのだ。


 彼らにさしたる利用価値があるわけではない。数人が生意気な口を利いたから全員が巻き添えになってこうなっただけである。


 不運ではあるが、罪人になってここにやってきたのだから自業自得な面もある。同情は必要ないだろう。



(力への恐怖を知っている分だけ囚人どもは楽だな。馬鹿な一般人よりはましだ)



 多くの者が暴力沙汰に関与して囚人になっている。


 だからこそ、より強い力に対しては従順なのである。暴力の真の怖ろしさを一般人よりも知っているからだ。


 このあたりは程度の差こそあれど裏スレイブたちとよく似ている。支配下に収めるのも非常に楽であった。




「よし、今度は剣気の出し方だな。武器を使った鍛練をしよう」


「…こくり」



 肉の絨毯を渡り終えた二人は、鍛練に入る。


 次にサナに教えるのは『剣気』である。



(サナは剣士タイプだし、まだ身体も小さいから武器に頼ることになる。剣気は必須だな)



 剣士にとって剣気は戦気と同じくらい重要だ。


 これを使えなければ武器を扱う意味がない、と言ってもよいくらいだろう。



「最初だからダガーでいいか。出してごらん」


「…こくり。しゅっ」



 サナがダガーを取り出す。


 相変わらず何の変哲もない普通の刃物である。



「まずはダガーの刀身にも戦気をまとわせてごらん。『集中』の要領でできるはずだ」


「…こくり」



 ゆらゆら


 サナの戦気が手に移動し、そのままの刀身まですっぽり覆う。


 戦気の移動と集中はもう普通にできるようだ。



「そうやって戦気で覆うだけでもダガーの威力は上がる。剣気を扱えない戦士でも武器には意味があるんだ。ただし、やはり剣気が出せてこその武器だ。あったほうがいいに決まっている」



 剣気は戦気と比べて、およそ1.5倍の出力を誇る。


 範囲系の技は倍率が1のままであることも珍しくないので、この1.5倍は非常に高い数値である。


 仮に素の攻撃がDの200だとすれば、Cの300にまで上がるので、扱えるだけで攻撃力がぐんと上昇する。


 まだ武人として非力なサナには、ぜひとも覚えさせたい基本技といえる。



「戦気を剣気に変換するには剣士の因子を使う。武器を使わないと剣士の因子は発動しないから注意が必要だぞ。総合タイプが剣士だと戦士因子にもマイナス補正が入るから、武器がない場合は圧倒的に不利になるんだ。だから常時、武器のストックは切らさないこと。これは絶対に覚えておくんだぞ」


「…こくり」



 剣士因子は武器を扱う能力なので、何かしら武器を携帯しないと発動しないという特殊なものだ。


 武器を持たない間はマイナス補正がかかった戦士因子か術士因子だけを頼ることになるため、できれば予備の武器を含めて複数の装備を常時身につけるべきだろう。


 サナも蛇双と予備のダガーを持っているので安心だが、今持っているものは間に合わせで調達したものなので、改めてサナ専用に新調してやる必要がありそうだ。


 今はまだその余裕がないので、ひとまずこのままでいくことにする。



「では、さっそく剣気を出してみよう。お兄ちゃんのをよく見ているんだよ」



 アンシュラオンも同じタイプのダガーを取り出し、まずは刀身に戦気をまとわせる。



 それから剣士因子を発動させると―――剣気が放出。



 明らかに一段強い光が刀身に宿り、ギラギラと輝いていた。



「これが剣気だ。戦気をより攻撃特化に変質させたものだ。出し方としては…そうだな。武器の刀身に対して『強化』を発動させる感じかな。このあたりは感覚的な要素があるから実際にやってみるほうが早いだろう。刀身が自分の手の延長だと思ってやってごらん」


「…こくり」



 サナがダガーの刀身に意識を集中させる。


 ゆらゆら ぼっ


 刀身に宿った戦気が強く燃え上がり、燃え上がり、燃え上がり―――



 ギュイイインッ ボオオッ



 より強い輝きを帯びた光になった。


 ただ、まだ剣気には至っていない。これでは単なる戦気の強化だ。



「もう一押しだな。剣気っていうくらいだから、もっと刺々しいイメージだったり、鋭い雰囲気を想像するんだ。戦気は防御にも使うものだが、剣気は攻撃のためだけに使うものだ。それを意識してごらん」


「…こくり」



 サナがゆっくりと自分の闇の中にある映像を探す。


 今までアンシュラオンと出会ってから見てきたこと、教えられたことすべてを思い出す。


 その中で剣気は、いつだって相手を殺すために存在していた。切り裂き、突き刺し、抉るものだった。


 そのイメージを剣先に集中してみる。



 ジジジッ ジジーー シュボッ



 すると戦気という炎が凝縮しながら明滅し、より鋭利なものに変わっていく。


 薄ぼんやりしていた意識が『破壊』という方向性を与えられたことによって明確になり、鮮明になっていく。


 もっと鋭く。もっと強く。もっと殺すための力となっていく。



「おっ、出たぞ!! そうだ、それが剣気だ!!」


「…こくり」


「案外簡単に出たな。やっぱり剣士タイプだからかな? まあ、オレも簡単に出せたから、これが普通なのかもしれないけどな」



 とアンシュラオンは言っているが、普通の武人は剣気を扱うにもそれなりの鍛練が必要なものである。


 剣気を扱うアンシュラオンを何度も見てきた経験も大きいのだろう。サナは見事、剣気を出すこともできたのだから才能があるのだ。『天才』は伊達ではない。




「次は剣気の実験をするぞ! そこのお前、鎧を着てから盾を持って構えろ」


「は、はい!」



 アンシュラオンが、ひれ伏していた囚人の一人を足で小突く。


 通路の壁には鎧やら盾やらといった防具一式がいくつも置かれている。その中には銃もあった。


 男は言われた通りに革鎧と金属製の盾を身につけて立つ。


 この装備は衛士の武器庫から没収した品々である。すでに武器類を奪っても何も言われないほどにアンシュラオンの影響力は強くなっているのだ。


 そして、この男に装備を渡したのは、当然ながら標的にするためだ。



「これから黒姫が攻撃するから、お前は必死に防御しろ。命令はそれだけだ。反撃してもいいが…してもしなくても結果は同じだろう。好きにしろ」


「は、はい!」


「黒姫は剣気を使って好きに攻撃してごらん。これも実際にやって感覚を掴むんだぞ」


「…こくり。ぐい」



 サナが剣気を宿したダガーを構える。



「ひっ」



 対する男は怯えたように盾を前に押し出す。


 彼に選択権はない。ただ言われるがままにするしかない。



「…しゅっ」



 その男に対して、サナは斬撃を選択。


 ダガーは基本的に刺すものと教えてあるが、まずは様子見とばかりに切りかかってみるようだ。



 ズバッ!! バジュュンンッ!!



 ダガーを斜めに振りきると、金属同士がぶつかる音とは違う聴き慣れない音が響いた。


 もし今までのサナの攻撃だったならば、ガキィンッという音とともに刃が弾かれていただろう。


 どんなに鋭い刃であろうとも、さすがに同じ金属である盾には弾かれてしまう。そもそも盾は攻撃を弾くために存在しているからだ。



 しかしながら今回は違う。



 ジュウウウウッ


 ダガーが振り抜かれた瞬間、盾の表面に溶接の際に見られるような火花が散った。


 盾を見ると、表面には斜めに大きな切り傷が入っていた。その部分だけに深い溝が生まれているのだ。


 どう考えても、たかだかダガーで斬られた程度で付くような痕跡ではない。



「…?」



 その威力に、斬ったサナも首を傾げる。思った以上の結果だったのだろう。


 だが、これこそ剣気。相手を滅するための力である。



(ただでさえ強い戦気が凝縮して、より攻撃的な気質になるんだ。弱いわけがない。サナ程度の剣気でもこれくらいは可能だ)



 剣士が怖れられるのは、彼らが剣気を自在に操るからである。


 剣王技が脅威なのは、剣気によって発動する技だからである。


 剣士とは、戦士以上に攻撃に特化した存在なのである。武人最強の攻撃力を有するのだから、これくらいはたやすいものだ。



「もっと好きに試してごらん」


「…こくり」



 サナはダガーを持って、さらに男に迫っていく。



「ひ、ひっ!!!」



 だが、男からしてみれば、これほど怖いことはない。


 アンシュラオンが自分に盾を持たせたのは『盾を持たなければ一撃でさえも耐えられない』と判断されたからだと理解したのだ。


 盾を持つ手がガクガクと震える。


 が、当然ながらそんな男の恐怖などサナが考慮するはずもない。



「…しゅっしゅっ」



 ズバズバズバッ!!!


 遠慮なくサナが再び斬撃。縦、横、斜めと三発の攻撃を放つ。


 バジュッ! バジュンッ!! バジュュンンッ!!


 斬撃の軌跡をなぞるように軽々と盾が抉られていく。表面はすでにズタズタだ。


 ただ、まだ盾そのものを切り裂くには至っていない。そのことを知って男は安堵した。



(はぁはぁ…、なんとかなった…か? そうだよな。あんな小さな刃物で盾が切れるわけがないんだ。ふー、大丈夫。大丈夫だ。そうだよ。常識だよな。この盾は金属なんだからさ)



 常人の男にとって盾が切れるという現象は、常識では考えられないことだ。


 そんなことを考えたこともないし、あってほしくもないだろう。もしそれができるとすれば魔獣くらいなものだ。


 しかし、目の前にいるのは人間の少女である。魔獣と同じような真似ができるとは思えない。



(なんとか受けきって目立たないようにしていれば、まだ生き残るチャンスはあるんだ。はぁはぁ、俺はこれから真面目に暮らすぞ! もうこんなのは真っ平―――)



 牢屋に入れられても反省しなかった『ろくでなし』が、より凶悪な悪と出会って更生への誓いを宿した時である。


 ジュブウウウウッ


 これまた普段はなかなか聴かない音が、男の耳に届いた。




 しかもその発生源は―――盾を握っていた左腕。




「…え?」



 男が信じられないといったような表情で自分の腕を見た。



 何かが自分の腕から飛び出ている。



 少しだけ赤黒い尖った何かが、ひょっこり顔を出しているではないか。


 ブシュッ ドババッ


 男がそれを視認した瞬間、腕から大量の血が流れ出る。



 それと同時に―――強烈な痛みが走った。



「ううっ、うああああああ!!!」



 男はパニックに陥り、必死に腕を振り回そうとするが、何かが邪魔をして動かすことができない。


 その選択権すらも彼にはないのだ。



 もしそれがあるとすれば、【ダガーを盾に突き刺している】サナだけであろう。



 サナは斬撃から突きに攻撃を切り替えた。


 軽い斬撃でも盾の表面を溶解させるレベルなのだ。突きならば盾を貫くことも難しいことではない。


 そしてサナは、一度攻撃したからには相手を殺すまで行動するように教えられている。


 ズズズズッ ジョオオッ


 突き刺したダガーが少しずつ動き、腕ごと盾を抉り斬っていく。



「ひっ! ひいいいいい!!」



 男がどうあがいても抵抗することはできない。


 なにせ相手は、下手をしたら魔獣よりも凶悪な【武人】と呼ばれる存在なのだ。


 まだ幼体とはいえ、白き魔人によって力を与えられつつある黒き少女である。相手が悪すぎる。



 ズバッ!!



 サナが何の躊躇もなくダガーを振り切った。



 ボトッ



 切り落とされた腕が落ちる。


 男はその非現実的な光景に悲鳴を上げたかったが、残念ながら刹那の勝負の世界においては、その一瞬すら貴重であった。


 ドンッ


 男が最期に見た光景は、自分の心臓にナイフを突き立てている少女の姿であった。


 革鎧など、何の効果もない。剣気の前には紙切れにも等しかった。


 至近距離にまで近づいたことで、仮面の下にある少女の瞳がうっすらバイザー越しに見える。



 その目は―――ただただ【赤い】。



 サナのエメラルドの瞳も、瞳孔は黒だ。


 しかし、彼女が何かを殺そうとする時、その目は赤く輝くのだ。




 まるで―――魔人のように。




(悪魔……だ)



 男の意識は、それだけを思いながら闇に沈んでいった。




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