361話 「アンシュラオンの収監事情 中編」


 このようにワガママ暴力大魔王に、衛士たちが振り回されるのは当然である。


 しかしながら被害に遭っているのは衛士だけではない。


 ほかにいったい誰に迷惑がかかるのかといえば、ここがどこかを思い出してほしい。



 ここは―――収監砦。



 この場所の主役は衛士ではないはずだ。



 むしろ衛士たちより遙かに人口が多いのは―――【囚人】。



 もともと牢屋は乱暴者や規則違反者、あるいは殺人狂などの異常者を拘束隔離しておくための場所である。


 収監砦はそのために造られたので、当たり前の話だが中は囚人だらけだ。


 囚人の中にはたまたま罪を犯しただけで、まともな人間たちもいるが、基本的には「ろくでなし」どもの集まりである。


 普通の人間にとって刑務所に入ることは、そうした悪い連中と出会うことも一つの大きな恐怖になっているはずだ。



 だが、この男の場合は違う。



 爪も牙もないネズミの群れの中に、獰猛な虎が入り込んだようなものだ。




「次は『技』を教えよう」


「…こくり」



 アンシュラオンはサナを連れて収監砦の中を歩いていた。


 そして、手頃な場所を見つけて再び鍛練に入る。



「黒姫は剣士だから、あとで剣気の出し方も教えるけど、まずは無手でも最低限は対応できるようにしよう。幸いにも戦士因子が1ある。これは大きいぞ。0と1の差は絶大だからな。上手く力を引き出せば防御面がかなり安定する。それと同時に腕力も上がるし、何よりも『技』が使える」



 因子レベルが重要なのは、何度も言っているように技が覚えられるからだ。


 ユニークスキルを除き、覚醒値に応じて使える技は厳格に決まっているので、因子レベルは高ければ高いほどいい。


 何でも使えないよりは使えたほうがいいのだ。引き出しが多いほうが有利なのは、誰もが認めるところだろう。



「技はもう何度もお兄ちゃんのものを見ているな? 便利なものから一撃必殺のもの、周囲を薙ぎ払うもの等々、いろいろな種類がある。さて、何にするか。放出系はまだ不安だから…最初は基本の虎破かな。いわゆる『正拳突き』だ」



 因子レベル1で扱うことができる技の中で、最初に覚えるべきは『虎破こは』であろう。


 ビッグやダディーも普通に使っていたが、基本的な型を覚えれば戦士ならば誰でも使えるものだ。


 そのわりにダメージ倍率もよく、シールド破壊効果もあるので効率の良い技でもある。これ一つ使えれば、ひとまず自衛手段としては問題ない。


 では、どうやれば技を覚えられるのか、というのが今回のテーマだ。



「ほら、オレと同じ構えをしてごらん」


「…こくり」



 アンシュラオンが軽く腰を下ろして右手を引く。


 サナもそれに倣って、同じような体勢を取る。



「引いている間に戦気術の『集中』で拳に戦気を集めるんだ。それと同時に両足にも戦気を展開させて踏ん張るように力を溜める」


「…こくり」



 ゆらゆら ぼっ


 サナが拳に戦気を集中させると、一段明るい炎が宿った。


 次に両足にも戦気をまとわせる。こちらは叩きつけたあとに衝撃をすべて相手に伝えるために必要な動作だ。



「そして、それを真っ直ぐ対象に打ち出す。この時に左手も下げることで反動をつけて腰を一気に回すんだ」



 ぎゅっ ぐいっ ドゴーーーンッ!


 アンシュラオンが壁に向かって虎破を放つ。


 相当手加減した一撃だが、その一発で壁は粉々に砕け散った。奥行きが数メートル以上もある大きな破壊痕が残る。



「同じようにやってごらん」


「…こくり、ぐいっ」



 ぎゅっ ぐいっ



 サナが左手を引きながら一気に腰を回し―――右手を叩きつける!!



 ドンッ! ビシイイッ



 サナの小さな拳が壁にめり込み、亀裂が入る。


 さすがにアンシュラオンのように粉々にはならないが、数十センチの大きな亀裂が走ったので、常人が当たったのならば鎧を着ていても腹が爆発している威力だろう。



(やはりサナは他人の動きを真似することができるんだな。完全にオレの動きと一緒だ)



 今回の訓練でも、サナのコピー能力の精度が極めて高いことがわかる。


 アンシュラオンの動きを完全にトレースしており、体重移動などの身体動作に関してはほぼ完璧といった具合だ。


 アンシュラオンも少年体型であり、サナと比較的大きさが近いからこそ相性も良いのだろう。


 だが、問題がないわけではない。



(身体の動きは真似できても戦気術までは真似できないか。まあ、それも当然か。戦気術は努力によってのみ体得が可能な技だ。そんなに甘いもんじゃない)



 単なる型としてだけならば合格だろうが、技として成立させるには不十分だ。


 サナの戦気術がまだ未熟なせいで上手く戦気が伝達せず、虎破と呼ぶにはまだ至っていない。


 これだと正拳突きの構えから発したパンチ、つまりは単なる突きでしかない。



「まだまだ戦気の流れが悪い。溜めた力を一気に前方に集中させるんだ。足の戦気もただ展開するだけじゃなくて、動きに合わせてバランスを取るんだ。大切なことは、その技が何を目的にしているか、ということだ。虎破は相手の中心線に対して一点破壊を試みる技だ。拳という一点にすべてをかけることを意識するんだよ。インパクトの瞬間に力を爆発させるイメージが大切だ」


「…こくり」


「これも反復だ。さあ、できるまでやってみよう」



 サナが右手を引く、足に戦気を展開させる。左手を引くと同時に腰を回転させて打つ。


 ぐいっ きゅっ ドンッ!!



 サナが右手を引く、足に戦気を展開させる。左手を引くと同時に腰を回転させて打つ。


 ぐいっ きゅっ ドンッ!!



 サナが右手を引く、足に戦気を展開させる。左手を引くと同時に腰を回転させて打つ。


 ぐいっ きゅっ ドンッ!!




 ぐいっ きゅっ ドンッ!!


 ぐいっ きゅっ ドンッ!!


 ぐいっ きゅっ ドンッ!!




 サナは次々と壁に向かって虎破を打っていく。


 ただ、なかなか虎破として成立しない。さすがに技となれば相当の修練が必要なので一発合格とはいかないものだ。


 もし簡単にできるものならば、わざわざ道場や師という存在は必要ないだろう。やはり難しいのである。



(技を使うには条件がある。【決められた型】に合わせて一定の戦気の操作を行うんだ。アレンジもできるが、その中で許容される幅の範囲内でやっている。だから技の範囲外のことをやると技が発動しないんだ)



 普通に戦気を集めて殴ったり蹴ったりする基本攻撃は、自分が好きなように調整することができる。


 しかし、すでに技として成立して存在しているものは、型に合わせてやらないと技として発動されない。


 一般的に伝えられている技というのは、誰にでも扱えるように【体系化されたもの】だからだ。


 最初は経費度外視の超性能の試作機を造り、そのデータを参考にして一般兵が乗る量産機が生まれるように、一般の武人が理解しやすいように調整されている。


 だからこそ使いやすい反面、一定の型というものが存在し、それに沿わないと発動しないという『デメリット』あるいは『安全装置』が存在しているのだ。



 変に自己流にしてしまって自らの身体を痛めないようにである。



 所作にはすべて意味があり、それが一つの目的に向かっているからだ。


 仮にその機械の構造を知らない人間が勝手にバラバラにしてしまうと、二度と戻らないことがある。最悪は暴走、暴発して大怪我につながりかねない。


 そうしたことを予防するために型が存在しているのだ。やはり安全装置と呼んだほうがいいかもしれない。



 しかし逆に言えば、その幅の範囲内ならば自由にカスタマイズできるともいえる。



 前にも述べたが、アンシュラオンの虎破は速度重視のものになっており、正拳突きのように腰を落とさなくても腕一本の『直突き』で発動が可能である。


 ただこのアレンジについても、ある程度ショートカットできるだけの実力がないといけないので、サナには基本の型をまず教えている次第だ。


 変な癖をつけるより、まずは基本をしっかり身につけさせることが重要である。



(だが、考えれば考えるほど不思議なシステムだよな。ゲームでありそうな『閃きシステム』に近いものを感じる。誰かが閃いたものを『登録』することで、技として【世界に認知】されるんだろうな)



 よく『~が編み出した』と説明しているので気付いているとは思うが、技は独自に開発することができる。


 歴代の覇王や剣王は、その卓越した才能と努力によって次々と新しい技を開発している。


 今あるすべての技は必ず誰かが開発したものであり、アンシュラオンがこうして強いのも、そうした偉大なる先人がいたからにほかならない。



 その努力は当然称賛されるべきだが、ここでは技の成立という観点で見てみよう。



 彼らは発案者当人なのでアレンジの幅も相当広くなっており、他人には真似ができないような技に組み上げることもある。


 虎破は誰が開発したかは不明だが、おそらく編み出した者はアンシュラオン以上に独自のアレンジを重ねたことだろう。



 が、それを【技として登録】すると、他人には型に沿わないと使えなくなるのだ。



 この世界に住んでいる人間には、当たり前のこととして受け入れられていることだが、『情報公開』が使えるアンシュラオンから見れば非常にゲーム的に見える。


 ある者が技を『閃いた』場合、そのままでは当人しか使えない状態にある。


 おそらく誰にも伝えないまま死亡すれば、その技も一度消去されることになるのだろう。また誰かが発見するまで闇の中に埋没する。



 だが、『血に覚えさせる』ことによって、それが武人全体のデータファイルの中に『技として登録』されるのだ。



 ゲームのシステムデータのように、一度登録された技が消えることはなく永遠に残り続ける。


 仮にアレンジや派生技を編み出しても、それは別のものとして登録されるだけで減ることはない。


 武人として覚醒すると血液の性質が変化し、『武人のデータバンク』にある情報を読み取れるようになるのだ。


 不思議な点は、距離や時間に関係なくそれができる点だ。


 このデータというものも精神や魂のように違う次元に存在し、常時どこかとリンクしている状態にあるのだろう。


 アンシュラオンは、これをゲーム的と称しているにすぎない。


 改めて世界のシステムが恐るべき情報量によって構築されていることを認識する瞬間である。



 ぐいっ きゅっ ドンッ!!

 ぐいっ きゅっ ドンッ!!

 ぐいっ きゅっ ドンッ!!


 ぐいっ きゅっ ドンッ!!

 ぐいっ きゅっ ドンッ!!

 ぐいっ きゅっ ドンッ!!



 サナの鍛練は続く。アンシュラオンもそれを見守り続ける。



 だが、ここがどこかをもう一度思い返せば、この次に何が起こるかわかるだろう。





 そうやって壁を叩いてばかりいると―――





「うるせえな!! 誰だ! 壁を叩いている馬鹿は!!」


「死ね、このやろう!! クソでも食わしてやろうか!!」



 周囲から罵声が飛んでくる。


 それも仕方がない。サナが叩いている壁は牢屋と牢屋の間にあるものであり、中にいる囚人からしたら騒音でしかない。


 犯罪者でなくても、いきなり壁を叩かれたら怒るのも当然だろう。


 だが、相手が悪い。そんな主張が通じるわけもない。


 うっかりそんな言葉を吐いてしまえばどうなるか。



「なんだと? オレの可愛い妹の打撃音がうるさい…だと?」



 明らかに怒気が含まれているアンシュラオンの声が響く。


 アンシュラオンにしてみれば最高に素敵な音なのだ。それを否定するとは神をも恐れぬ愚行である。


 それでも彼らからは二人の姿が見えないので、再度罵倒の言葉が飛んでくる。



「うるせーからうるせーって言ってんだよ! どこの馬鹿だ! 死ね! カスが!!」



 無知というのは罪である。言葉は諸刃の剣である。


 言ってしまった言葉は必ず自分にも降りかかるのだ。



 ツカツカツカッ



 アンシュラオンが暴言を吐いた囚人の牢屋の前にまで歩いていく。




「お前か。今暴言を吐いたやつは」


「あ? なんだ、お前は。変な仮面を被りやがって」


「暴言を吐いたのはお前か、と訊いている」


「へっへっへ、だとしたらどうするよ? ああ? かーーーぺっ!! どこのお坊ちゃんだぁ? ここはお前みたいなガキが来る場所じゃねえぞぉ。それともお前が俺の相手をしてくれんのかぁ? たっぷり溜まってるからなぁ、相手をしてやってもいいぜぇ! ひゃははは!」



 この男は長い間ここに収監されているのでホワイトの噂を知らない。


 もし噂を知っている者がいれば、けっしてそんな口は叩かないだろう。



「その代わり、ここから出してくれよ!! 出してくれたら相手をしてやるよぉ!」


「ほぉ、本当か?」


「そりゃもう、いくらでも相手をしてやるさ!!」


「それはありがたい申し出だ。ぜひそうしてもらおう」



 ぐっ


 アンシュラオンが鉄格子を掴み―――



 メキョォオオオオ バチンッ!!



 まるで柔らかいゴムのように鉄格子を『ねじ切って』しまった。


 よく劣化した輪ゴムを引っ張ると、簡単にバチンと切れるだろう。あんな感じである。



「…へ?」


「出してやろう。来い」


「…へっ? …へっ? ぐえっ!!」


「こっちだ」


「ちょっ、ちょっと待っっ!!! な、何が…何が…!! えっ!? なにこれ!? なんで鉄格子が切れ…えっ!?」



 アンシュラオンは囚人の頭を掴むと、ずるずると引きずっていく。


 そのあまりの腕力に男はまったく抵抗できない。人形のように軽々と引っ張られる。


 そして、サナのところに連れていく。



「よかったな黒姫、相手が見つかったぞ。たっぷり相手をしてくれるそうだ。オレも壁より実際に人間を的にしたほうがいいと思っていたんだよ。いやー、助かるな」


「えとその…何を…ぎゃっ!!」



 ドンッ ねちゃっ


 アンシュラオンが男を壁に叩きつけると同時に、背中を命気で壁と接着した。


 これでもう男は逃げられない。



「うぐっ…うううっ」


「さあ、虎破の練習をしよう。遠慮なくやってくれ」


「…こくり」


「えっ!? ちょっ、ちょっと…なに…」


「…どんっ」



 ぐいっ きゅっ ドンッ!!




「―――げほっ!!」




 サナの拳が男にヒット。


 瞬時に腹に力を入れたが、そんなものは何の関係もないとばかりに衝撃が突き抜け、思わず嘔吐する。



「まだ流れが悪い。何度も何度も反復して学ぶんだぞ」


「…こくり」


「ごぼっ…ちょっ…ま、待って……―――ごぼっ!!!」



 ぐいっ きゅっ ドンッ!!

 ぐいっ きゅっ ドンッ!!

 ぐいっ きゅっ ドンッ!!


 ぐいっ きゅっ ドンッ!!

 ぐいっ きゅっ ドンッ!!

 ぐいっ きゅっ ドンッ!!



「ぎゃっ! げぼっ!! ごぼおぼおおおおおおおおお!!」



 サナもサナで、まったく遠慮することなく腹に拳を放っていく。


 これだけでも不運だが、さらなる不運が男を襲う。



 じたばたと無駄に暴れてしまったため、サナの拳が―――陰部にヒット。




 メキョッォオオオオ!! バリンッ!




「―――あっ…」





 嫌な音がした。


 オスならば誰でも怖れる『アレ』が起こってしまったのだ。



 こうして男は―――昇天。



 もう彼が動くことは二度とないだろう。うっかり暴言を吐いてしまったがゆえに大切なものを失ったのだ。



「動かなくなったな? 死んだか? まったく、もっと粘れよな。使えないやつだ。まあいい。ここには『代わり』は山ほどある。くくく、いい的がたくさんあるからな。実に素晴らしい環境だ。次はどいつにしようかなぁ~~~」


「な、なんだよ今の悲鳴は!! 何が起こっているんだ!!!」


「お、悪寒がする!! 俺にはわかる! すごい危険が身に迫っているってな!! だ、誰か! 誰か出してくれええええええ! これからは真面目にやるからさ!! なっ、信じてくれよ!! 頼むよおおおお!!」



 サナの虎破が形になったのは、十人目の男の『バットとボール』が吹っ飛んだ時であったという。


 さすがに技として成立するとパワーも段違いだ。一発昇天である。



 こうして囚人たちの多くが犠牲になっていく。



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