360話 「アンシュラオンの収監事情 前編」


 サナが建造物に無事到着。


 それを見たアンシュラオンは、高速移動で一瞬でサナに追いつく。


 まだまだサナの修練は始まったばかりだ。自分と同じことができなくてもいい。今回はこれで十分合格にしておくべきだろう。



「また登るか」


「…こくり」



 アンシュラオンとサナは、裏側の壁から建造物の屋上に向かう。


 城壁より粗い石で造られているため非常に登りやすく、サナでも猿のように軽々と登っていく。



 ぐっ ぐっ ぐっ ぐい



 あっという間に屋上に到着すると、その中央部分には【穴】があいていた。


 本来ならば何もないはずの屋上、というよりは単なる岩の上部であるが、そこが円形状にくり貫かれているのだ。


 まるで鋭利な刃物で切り取ったかのように綺麗な切り口である。



 ぴょんっ



 アンシュラオンとサナは躊躇なくそこに飛び込み、中に入る。


 穴はトンネル状に造られており、配水管のようにいくつかの穴を潜り抜けると、一つの部屋に到着する。


 トンッ


 アンシュラオンが部屋に降り立つ。




「あっ―――!!」




 それと同時に人間の声が近くから発せられた。ものすごく驚いたような焦ったような声である。


 見ると、そこには一人の男が立っている。


 年齢は二十代後半くらいだろうか。衛士が身につけるような革鎧とともに、手には身長より少し短い棒、こんを持っている。


 その男がアンシュラオンを指差して驚愕の眼差しを向けていた。



「あっ、あっ!! あーーーー!!」


「なんだよ、うるさいな。大声を出すな」



 トンッ


 部屋に飛び降りたサナを見届け、声を出した男を一瞥する。


 だが、男が声を張り上げるのは至極当然だ。


 なぜならば―――



「う、うるさいな、ではない! どこに行っていた!! だ、【脱走】だ! これは脱走だぞ!!」


「べつに走ってないけど」


「ならば脱歩だ! 脱歩!」


「なんだよ脱歩って。というか、人の部屋に勝手に入るなよ。ほいっ」


「っ―――」



 アンシュラオンが掌を向けると、凄まじい衝撃波が発生。


 ヒューーーンッ ドガッ


 飛ばされた男が、向こう側の『鉄格子』にぶつかる。



「ぐ、ぐえぇ…」



 頭を打った男がそのまま昏倒する。




「黒姫、これが『放出』だ。集めた戦気を一定方向に噴出する技だな」



 ちょうどいいので、その男を実験台にしてみた。


 今やったものは相手を傷つけるためではなく、爆発させるように放出することで衝撃波を生み出すものだ。


 それでも普通の人間にしてみれば空圧の激流だ。


 受けた瞬間には足が浮いてしまい、そのまま流れに身を任せるしかなくなる。


 今度はそれをサナにやらせてみることにした。



「同じようにやってごらん。まずは手に『集中』だ。強化はいらないよ」


「…こくり。ぐっ」



 サナは戦気を展開して、一点に集める。


 ゆらゆら ゆらゆら ボッ


 手に集まった戦気が赤く燃えている。



「おっ、さっきより少しは滑らかで早くなったな! 百回修行した効果だぞ。なっ? 鍛練は無駄にならないだろう?」


「…こくり、ぐっ」



 サナも軽くガッツポーズである。


 集中と強化は戦いの基本なので、何度やっても無駄にはならない。やればやるほど上手くなっていくものだ。


 今回はスムーズに集めることができたので、燃え方もなかなか綺麗である。



「『放出』の感覚としては、そのまま外に押し出す感じかな。イメージが大切だぞ。本当にそうなったことを想像することで具現化されるんだ。集めた戦気が飛んでいく姿を考えながらやってごらん」


「…こくり。ぐぐぐ」



 サナが手に力を入れながらイメージを固めていく。


 ゆらゆら にゅぐぐ


 すると戦気がゆっくりと動き出し、前方に伸び始めた。


 だが、この段階ではまだ『展開操作』と変わらない状況だ。放出とは呼べない。



「ここで『部分強化』を使うと放出もしやすい。切りたい部分にだけ強く『強化』を施してごらん。爆発するくらいに強くだ」


「…こくり。ぐぐっ」



 サナが全神経を集中させて、長く伸びた戦気の中央部分に『強化』を施す。


 むくむくむくっ ぶくっ


 その部分だけ戦気が異様に膨れ上がっていく。まるで蛇が獲物を飲み込んで、お腹だけ膨れた姿に似ている。



「いてて…何が起こって…」



 その時ちょうど鉄格子に頭をぶつけた男が、ふらふらと立ち上がってきた。


 まったくもって間の悪い男というべきだろうか。彼が立ち上がった場所は、サナがまさに手を向けている先であった。



 サナの戦気が膨れて膨れて膨れて、それが最高潮にまで盛り上がると―――



 ボンッ



 鈍い破裂音のような音がした途端、戦気が前方に弾け飛んだ。




 それはふらふらと微妙に蛇行しながら男に向かい―――直撃。




「ぎゃーーーー!! あっつうううううう!!」



 サナの戦気の放出を受けた男が再び倒れ、ごろごろと転げ回る。



「ふむ、戦気の『維持』がまだ難しいようだな。バラバラに破裂しちゃったか」



 戦気の放出にもいろいろなタイプがあるが、今回の方法だったらまとまった戦気が飛んでいく「戦弾」になっていただろう。


 ただ、サナの戦気の『維持』の力、状態持続力が弱かったため途中でバラバラになってしまった。


 その結果、細かい火花となった戦気が男に降り注いだのだ。


 たとえるのならば、熱湯が入った水風船が目の前で爆発したようなものだ。


 それだけでも十分最悪であるが、幸いながらサナの戦気の威力が低かったため致命傷には至っていない。その点では運がよかったともいえる。



「放出の中には『拡散』という種類もある。オレが前にやった烈迫断掌れっぱくだんしょうもそうだし、水覇・天惨雨もその一つだ。それはそれで別途覚えておくべきものだぞ」


「…こくり」



 覇王技の烈迫断掌は、今サナがやったようなことを数百という単位で同時に行うものだし、水覇・天惨雨も肥大化した水気を爆発させて雨のように振り撒く技だ。


 どちらも放出の応用である『拡散』を使った技である。これはこれで修得が必要な要素であった。


 ただ、一応は放出もできることがわかっただけでも収穫だ。今後鍛練を続ければまともになっていくだろう。




「食後だし、少し休憩しておくか。しかしまあ、相変わらずここはむさ苦しいな。やっぱり素直に横穴をあけておこう」



 アンシュラオンが掌を奥の壁に押し当てると―――



 ドンッ ドボオオオオオッ



 突き抜けた衝撃が十数メートルの岩を破壊し、そのまま粒子状に粉々にして吹き飛ばす。



 そこには―――外の景色。



 明るい昼過ぎの青空が、はっきりと見えた。



「もっと広くするかな」



 それから破壊した壁の周辺を綺麗に抉り取っていくと、まるで新しい部屋ができたかのような大きな空間が生まれた。


 これならば外の景色が常時見えるので、星空を眺めることもできるだろう。


 アンシュラオンはそこにソファーも設置する。



「黒姫、おいで。いい景色だぞー」


「…こくり」



 二人はふかふかのソファーに座りながら外を眺める。


 普通の硬いソファーではなく、ソブカの家にありそうな高級ソファーだ。座り心地は最高である。



「おっと、そうだった。冷たいジュースでも飲むか」



 さらに壁を凍気で凍らせて冷やしておいた箱(擬似冷蔵庫)からジュースを取り出して、二つのワイングラスに注ぐ。


 それを優雅な動作で飲み干す。



「ごくごく。ふー、いいね。やはり冷たいのに限るよ」


「…ごくごく」


「外を見てごらん。まるで人がゴミのようだ。あんなにあくせく働いていたら、心ばかりが荒んじゃうよ。あー、やだやだ。ああはなりたくないね」



 外には、今しがた暴走していた馬車を片付ける衛士たちの姿があった。


 誰もが汗を垂らしながら必死に働いている。べつに自分たちのせいではないのに、なぜか後始末をさせられている。


 その姿は、まさに働きアリだ。



「キリギリスになかったのは【力】だ。力があればアリから奪うことも容易だった。いいかい、まずは何よりも力だ。金も力だが、できれば奪われにくい武力を得ることを最優先にするんだよ。自分を守るものは、何よりも武力だ。武力こそがこの世で第一に頼るべきものだからね」


「…こくり」


「ほんと、この都市は良い教育の場だなー。絶好の環境だよ」


「ちょっとーー! 何をくつろいでんの!! そのソファー、どこから持ってきたの!!」


「あんた、まだいたの?」


「いるわい!! ここがどこかわかっているのか!!」


「【収監所】だろう?」


「そうだよ! ここは【牢屋】で、お前は囚人なんだぞ!!」


「お前とか言うな。このやろ!」



 ブーンッ ゴンッ



「いったーーーー!!」



 アンシュラオンが投げたグラスが男の頭に命中。鈍い音が響く。



「見たか? コップが割れなかっただろう? 今のが放出系の基本技の一つである『維持』だ。自分の戦気を物質に分け与えて強化するだけじゃなくて、離したあとも一定期間持続させる技だよ。銃弾とかを強化する場合はこの技を使うんだ」


「…じー、こくり」



 商店街の戦いの際、アンシュラオンが戦気で強化した弾丸を放ったが、その際に使った基礎技がこれである。


 普通の人間もそうだが、手で触れたもの、近づいたものにはオーラが残る。


 超能力の一つに、物質に触れただけで触った人間の情報を読み取る『サイコメトリー』と呼ばれるものがあるが、それは触れた人間のオーラが付着しており、物質が情報を記憶しているからである。


 これは逆に言えば、物質そのものにも微弱ながらオーラが存在しているので、触れた者の磁気データをオーラ内に記録している、ともいえるだろうか。


 こうした原理を利用して、戦気を一時的に物質にとどめることで強化するのが『維持』、あるいは『持続維持』である。


 離れた戦気はそのままだと急速に力を失っていくが、それを上手くコーティングしたり染み込ませたりして持続させるのだ。


 これが上手い武人は、戦弾やら戦気銃弾などが得意な武人だといえるだろう。放出系の武人だということだ。




 と、そういえば、ここがどこかを明記していなかった。


 すでに名前が出ているのでわかるだろうが




 ここは―――収監砦。




 文字通り、罪人を収監しておく場所である。


 場所は第三城壁内部の北東。東門を出て北に進むと見えてくる一番端っこの砦だ。


 罪人を街がある第二城壁内部に置くわけにはいかないので、東門の外である第三城壁内部に置くのは自然なことであろう。


 ここからは北西門には行けないように窪みになっているため、脱出するには必ず東門近くの砦の前を通らねばならないようになっているし、そこから南門に行くにもかなりの距離がある。


 サナのように騒ぎを起こせばよいのかもしれないが、さすがに連続してあれだけのことをやるのは難しい。よって、収容所としては最適な場所といえる。



 そして、ここの持ち主は領主である。



 都市の治安を脅かした者を投獄するのだから、至極当たり前のことだ。


 となれば、目の前の男も衛士なのは当然として、さらにいえば『刑務官』である。収監砦内部の罪人を監視する役目の衛士だ。


 だが、アンシュラオンに出会ってしまったことが運の尽きだった。


 見てわかるだろうが、彼は収監当日から地獄のような日々を送っているのだ。




「ううっ…なんでこんな目に…」



 サナの戦気を受けた刑務官が、よろよろと立ち上がる。


 この男は真面目な人物らしく、こんな目に遭ってもまだ職務を遂行しようとする。



「こんな時間にどこに行ってたんだよ!! 捜したじゃないか!」


「昼だぞ? 昼飯を食うに決まっている」


「昼ごはんなら、ここで出るでしょ!! ほら、これ!! せっかく持ってきたのに!」


「ああ、このゲロみたいなやつか? そんなに言うなら、お前が食え!!」


「ぎゃーーーーっ、ごぼぼっ!!」


「どうだ? 美味いか? んん? 味わって飲めよ」


「げほげほっ…!! 飲み物じゃなーーーい!! それ以前に、なんですぐに抜け出すんだ!!」


「逆に訊く。いる理由があるのか?」


「あるでしょ!? 悪いことしたから投獄されたんだから!!」


「見解の相違だな。オレは悪いことなどしていない。悪いのはお前だ!!!」


「どういうこと!?」


「おい、タバコをよこせ。最高級品の葉巻を用意しろ」


「あんた何様なの!?」


「あ? 囚人様に決まっているだろう。調子に乗るなよ、こら!」



 ブーンッ ガスッ


 石が頭にヒット。



「いたーーーい!!!」


「むさ苦しいのが問題だが、まあ、悪くはないな。いてやるから感謝しろよ。ほらそこ、ちゃんと掃除しとけ。少しでも汚れていたら便所に顔をつっこんでやるからな。それと夕食はステーキとワインを用意しろ。それも極上の最高級品だぞ。わかったな。わかったなら帰れ」


「もう、なんなのこの人!! 檻の意味が全然ないじゃん! 檻自体がもうないし!!!」



 現在アンシュラオンは、某格闘漫画の死刑囚のような優雅な暮らしをしていた。部屋も牢屋とは思えないほど豪華な家具が並んでいる。


 しかも気が向いたら外に出て、また気が向いたら牢に戻るという悠々自適な生活を送っている。


 当然、サナも一緒だ。べつに彼女にまで拘束指令は出ていないが、アンシュラオンが手放すわけもない。


 捕まって馬車で連行されていたあの時も、少しでも馬車が揺れると「妹が酔うだろうが!」と衛士の頭を蹴っていたものだ。担当した御者は泣いていた。


 そして、アンシュラオンの牢屋の檻は、すでにサナの訓練によってボコボコになって原形をとどめていない。


 最初は天井に穴をあけて勝手に外に出ていたが、今やったように壁に穴をあけてしまったので、これを牢屋とはもう呼べないだろう。



 それとアンシュラオンの手には、手錠もなければヘブ・リング〈低次の腕輪〉もない。


 何度かヘブ・リングをはめられたのだが、ニヤニヤしながら、はめた瞬間に戦気を放出して破壊する嫌がらせを執拗に続けるので、それに関しても衛士は泣きながら諦めてしまったというわけである。



 今現在の衛士たち全員の声を代弁すれば―――




「もういいから、戻ってこないでくれよ!!」




 である。


 どうせ好き勝手外に出られるのだから、いちいち戻ってくる必要はないのに、なぜか戻ってくるのだ。


 こんな人間を収監するほうの身にもなってほしい。圧倒的な暴力の権化であるアンシュラオンは、その存在自体が迷惑なのである。



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