359話 「サナの戦気術修行 後編」


「それじゃ、ごちそうさんー」


「おう、またいつでも来な」


「そうするよ」



 食事が終わったアンシュラオンとサナは、店を出る。


 腹も膨れて気分はさらに爽快である。このままゆっくりしたいところだが、サナを強くするための鍛練を欠かすわけにはいかない。


 今のアンシュラオンにとって、すべてはサナのために存在しているのだ。



「さて、どうしようか。また城壁の上でもいいけど、鎧がべこべこになっちゃったし…一度『あそこに』戻ろうか。あそこならいろいろ壊しても大丈夫だもんな。思う存分特訓しよう」


「…こくり」




 二人は再び第二城壁にまでやってきて、おもむろに登り出す。



 特に階段などはないのだが、岩のわずかな窪みに指を引っ掛け、すいすいと登っていく。


 サナもそれを見よう見まねで、すいすいとはいかないが登っていく。


 当然ながら城壁は簡単に登れないように表面がツルツルに造られている。普通の人間が登ろうとしても取っ掛かりがないので、すぐに落ちてしまうだろう。


 ただ、武人ならば常人とは握力が違うし、指の第一関節で全体重を支えることも容易だ。


 さらに城塞都市なので、第一城壁と第二城壁の内側は多少ながら上に登りやすく造られている。敵が登ってきた場合に城壁上で迎撃する必要があるからだ。


 そのため武人初心者のサナでも、がんばれば登ることができるのだ。



(いやー、ほんと成長しているよな。こうやって一緒に登れるなんて夢みたいだ。これだよ。これを求めていたんだ)



 兄の後を一生懸命追う妹の、なんという愛らしさか。こんな意味のない行動でも楽しいとは実に幸せなことだ。


 もっともっとサナを強くしてあげたい欲求が高まっていく。



「…ぐい」



 サナが城壁を登りきる。


 それから軽いジョギングで第三城壁側の端に向かう。


 一番厚みが薄い城壁でも幅が一キロはあるので、なかなかよい食後の運動になるものだ。


 今のサナならば息切れすることなく軽々と走れる距離だろう。



「と、そうそう。仮面を被っておこうな」



 端まで到着すると、アンシュラオンは仮面を取り出した。



(どうせ顔なんてバレているっぽいけど、一応は隠しておくか)



 マングラスの情報力を考えれば、さすがに写真はないにしても、おおまかな顔立ちくらいは把握しているはずだ。


 「白い髪に赤い目のすごい美少年」という情報だけでも十分判別可能だ。アンシュラオンはどこにいても目立つのである。


 ただ、自分の中の区切りとして仮面は必要だと考えている。この戦いが終わるまではホワイトであらねばならないのだ。


 それが終われば、すっきりした気分で仮面を脱ごうと決めている。



 二人は仮面を被り、再びホワイトと黒姫に戻った。



 そこからまた―――ジャンプ。



 ヒューーンッ ぼしゅっ ピタッ



 第三城壁内部の茂みの中にアンシュラオンが舞い降りる。


 草木に舞い降りたはずだが、着地の際に戦気を軽く放出したので、周囲のものは消滅してしまって音を発しなかった。


 命気を使えば影響を与えずにそれが可能だが、今回はサナの見本になるためにあえてやった次第である。



 が、まだ『放出』まで教えていないので―――



 ヒューーンっ バキバキバキッ



 盛大に枝が折れる音をさせながら、サナが落下してきた。豪快なジャンプである。



「大丈夫か?」


「…こくり」



 サナは普通に立っていた。特に擦り傷も負っていない。


 草木がクッションになったおかげで、さきほどよりはダメージはないようだ。


 すでに一度経験したので、飛び降りるタイミングを理解したのかもしれない。そのあたりはさすがである。



「すぐに『放出』も教えてあげるからな。だが、まずは基本の反復だ。いいか、同心を使いながら気配を殺して、この森を移動するぞ。周囲のチェックを常に怠らないようにするんだぞ。当然だけど普通に音を立てても駄目だからな」


「…こくり」


「じゃあ、やってごらん。周りに敵がいると思って動くんだよ」



 第二城壁の東門付近から北側には、かなりの範囲で森が広がっている。


 さすがに荒野にあるような鬱蒼としたものではないが、それなりに深い森なので隠れて移動するにはもってこいの場所だ。


 もちろん、ここでも修行を忘れない。



 すっ すっ すっ



 サナは森の中を極力音を立てずに、抜き足差し足で静かに移動する。


 ここでは実際に身体を動かしながら同心を行うため、身体と心の両方に意識を集中させねばならない。難易度もさらに上がっていることだろう。


 枯れ草一つ踏んでも音が出るので、それを避けて歩かねばならないのだが、森の中なので音が鳴るものはたくさんある。落ち葉、根っこ、枝、すべてが面倒な障害物だ。


 それを避けようとしても、今度は足元ばかりに注意が向いてしまって周囲の確認が疎かになる。


 そのせいでサナの足取りはかなり遅かった。



(この鍛練には、同心をフル活用する必要がある。足元を見ないでも何があるかを感覚で察するんだ。要領はサッカーと同じだな)



 サッカーは当然ながら足元を見るわけだが、一流選手になると足元を見ないでも卓越したボールタッチができる。


 その間に周囲が確認できるので、非常に広い視野を確保することができる。今回の鍛練も要領はそれとまったく同じだ。


 ただ歩くだけでも無駄にしない。武人にとっては生活のすべてが貴重な修練の場となる。



(ここはいいなー。安全を確保しつつも、すべてがサナの訓練になるぞ)



 苦戦するサナを見て、アンシュラオンは満足そうに笑う。


 やはり自然の中が一番訓練になる。あらゆるものが予測不能だからだ。


 本当は魔獣が跋扈ばっこする危険な地域のほうがいいのだが、今のサナのレベルを考えると危険のほうが大きい。


 まずは街中という安全な場所でありながらも、一応狙われているという微妙な状況が最適な修行環境条件を生み出すのだ。




 そして、サナが東に二キロばかり歩いた頃、木々の隙間から石で出来た大きくて無骨な建造物が見えてきた。



 大きさは十階建てのビルくらいであろうか。ただ、正方形状で幅はかなりあるので、ここから見ていてもどっしりとした重厚感を醸し出している。


 その建物の周囲は何もない荒地で、とても見晴らしが良い。そのまま行けば簡単に人目についてしまうような場所であった。


 ここでもサナの修行は続く。


 次の目標こそが、あの建物なのだ。



「あそこに誰にも気付かれずに到達するには、どうすればいい? ここはかなり開けた場所だ。障害物はない。夜ならば誤魔化せるが、今は昼間だ。さすがにこのまま強行突破は難しいぞ。どうやってあそこまで行く?」


「………」



 茂みに身を潜めたサナは、じっと建造物を見ながら黙って考えている。


 ここから建物までの距離は、およそ百五十メートルといったところだろうか。


 建物の周囲には、見張りの衛士たちがいる。その数は多くはないものの、これだけ開けた場所ならば誰かが移動してくればわかるだろう。


 アンシュラオンのように超高速移動が可能ならば、常人の目に留まることなく一足で到達可能だが、サナの足では見つかる可能性が高いはずだ。


 彼らに見つからずにどう移動するか。これが今回の課題だ。



(サナは感情が乏しい代わりに頭がいいが、いろいろな状況に対応できるまでにはなっていない。どんどん経験させて引き出しを増やしてあげるべきだろう)



 サナは今までアーブスラットの裏をかくなど、かなりの奮闘をしている。


 しかしながら、そういった機転の多くは「一度見たもの」ばかりだ。


 アンシュラオンがやっていたり、彼と戦った者がやっていたことを見て覚えたものが大半である。


 逆に言えば、自分が見ていない初めてのものは、真似できないし対応できない。


 それに気付いているアンシュラオンは、こうしてサナに自分で考えさせるようにしているわけだ。



(これだけ広い場所ならば同心の練習にもなる。常に周囲をうかがう必要があるからな。さて、サナはどうするか…おっ、何か見つけたか?)



「…じー」



 しばらく考えていたサナが、どこか遠くの一点を見つめている。




 アンシュラオンもそこに視線を向けると―――『馬車』があった。




 ここから少し離れた森の中に五台の馬車が置かれている。


 荷台には木材が載っているので、もしかしたら伐採あるいは枯れ木の集積を行っていたのかもしれない。


 グラス・ギースでは緑は貴重であり、基本的に都市内部での伐採は最小限にとどめるため、おそらくは後者だと思われる。


 その馬車はすでに満載かつ馬もしっかりといるが、特に見張り番も付けずに放置されている状況であった。


 サナはそれに目をつけたらしい。



「…こそこそ」



 さっそくサナが動き出す。茂みに隠れながら馬車の近くに接近する。


 誰が潜んでいるかもわからないので、念のために周囲を警戒しながら進んでいく。



「…きょろきょろ」



 今まで培った技術によって周囲に人がいないことを確信。



 すぐさま一台の馬車に近寄り―――



 バキッ



 荷台の車輪の片側を破壊した。


 車輪は木製だったので、戦気で強化すればサナの腕力でも簡単に破壊できる。


 完全には壊さず、シャフトの根元の部分がかろうじてつながっている状態にとどめるように半壊させる。



 バキンッ バキンッ バキンッ



 続けて三台、計四台の馬車の車輪を破壊していく。


 パシャパシャッ


 そのついでに、ポケット倉庫から何かを出して荷台に振り撒いていた。



(ほぉ、馬車を使う気か。なかなか面白いことを考えるな。とりあえず好きにやらせてみよう)



 アンシュラオンは黙ってサナのやり方を見守ることにした。


 どんなやり方であっても、彼女が自ら考えてやろうとしたことだ。自主性を尊重すべきだろう。



「…かちゃかちゃ」



 それから休んでいた馬にハーネスをしっかり固定させてから―――刺す。



 ブスッ




「ヒヒッンッ―――!!?」




 まったく躊躇なく、取り出したダガーで馬の尻をぶっ刺した。


 そのショックで馬が跳ね起きる。



「…ぶす」



 馬が状況を認識する前に、さらに刺す。


 ブスッ!



「ヒヒンッ!!!」



 ガタガタガタッ!!


 いきなり刺された馬はたまらない。当然逃げようと荷台を引きながら動き出す。



「…カチカチッ」



 馬車が動き出す前に、サナが火付け石で火花を散らす。



 ボボッ ボォオオオオッ



 すると火花は荷台に積まれていた木材に引火し、一気に燃え広がった。


 普通はこの程度では燃えないので、さきほど荷台に撒いたのは『油』であったことがわかる。


 その炎に驚いた馬が、まさに尻に火が付いたように走り出していく。



 サナはその後、他の三台にも同じことをした。


 これによって荷台に火が付いた馬車四台が、誰も乗せずに四方八方に走り出すという状況に陥る。


 そして、最後の一台の馬も仲間の異常な状況に興奮して、逃げるように走り出した。



「…さささっ」



 その瞬間、サナは五台目の馬車の荷台にさっと乗り込み、手綱を手に取りながら身を屈めて隠す。



 ガタゴトガタゴトッ ガタゴトガタゴトッ


 ガタゴトガタゴトッ ガタゴトガタゴトッ



 混乱して本能のままに走っていく馬を手綱で制御しながら、サナの馬車はさきほどの建造物に向かっていく。


 この五台目の馬車は車輪が正常なので普通に進んでいくが、他の四台は違う。



 最初に出立した馬は森を抜け、広い荒地をある程度進んでいくと―――



 バキンッ ごとんっ



 あらかじめ破損させておいた車輪が外れ、馬車が傾く。


 それに負けじと馬も動くのだが、車輪が外れた状態では上手く進めない。だが、背中では火が燃え続けているという状況になり、ますます馬はパニックに陥る。


 同じ箇所をぐるぐる回ったり、口に泡を吹き出しながら踏ん張って必死に逃げようとする。



 それを続けていくと―――横転。



 ドザザザザッ


 引火した木材が地面にぶちまけられる。


 それが荒地でならばまだよかったが、他の二台の馬車は森の中で横転して火が周囲に燃え移っていき、黒い煙が上がった。



「なんだ…? おい、何か様子が変だぞ!」


「煙!? 火事か!?」



 その怪しい煙に建造物の見張りも気付く。



「大変だ! あっちでも馬車が燃えているぞ!! 早く止めろ!!」



 建造物の見張りが彼らの役割とはいえ、目の前で起こった事件を放置しておくことはできない。


 衛士たちは大慌てで馬車に駆け寄り、馬をなだめようとする。


 だが、傷と炎で興奮している馬車はなかなか止まらない。激しく暴れながら走り回る。


 しかも四台がバラバラに走って混乱を撒き散らしているので、衛士たちは分散して対応にあたらねばならなかった。



 一方、サナが乗った五台目の馬車は、まっすぐに例の建造物に近寄っていた。


 ただし、すでに他の衛士の視界に入り、捕捉されている。


 まだサナ自身は見つかってはいないので「あっちにも馬車がいるぞ」程度の認識である。


 だから、そのまま突進することはしない。



 バキンッ ドサドサドサッ



 サナが意図的に荷台を破壊すると積荷が落ちる。それに紛れながらサナも一緒に地面にダイブ。


 戦気で身体を防御しているので、馬車から落ちたくらいではそうそうダメージは受けない。見事に積荷に紛れて落下に成功する。


 そして、落下の前に馬車には『とある物』を仕掛けていた。




 チッ チッ チッ チッ チッ





―――ドーーーーーンッ





 しばらく馬車が進んだところで―――爆発。



 荷台に仕掛けられた大納魔射津が発動し、馬ごと荷台が吹っ飛ぶ。



「なんで爆発したんだーーーー!!!?」



 怪訝そうに馬車を見ていた見張りの衛士の一人が、突然の爆発に驚く。


 他の衛士たちも爆発音が聴こえた方向に目を向ける。



 これによってほとんどの人間の視線が―――【浮く】。



 人間は何かに集中すると他が見えなくなるものだ。その間に財布をすられても気付かないほどに鈍感になる。


 それほどの異常事態に思考が追いつかないからだ。



 そして、ここがチャンス。



 その間もサナはじっと木材に埋もれて気配を殺しており、同心を使いながら周囲の様子を事細かく感じ取っていたのだ。



「…さささっ」



 その場にいたすべての人間の視線を盗み、静かに建造物の死角に走りよっていく。


 もともと建造物の入り口は一つしかない造りなので、建物の裏側、北側にあたる場所には警備の者はいない。


 そのあたり一帯がちょうど日陰だったことも幸いし、サナの黒い姿が影と同化して裏側に消えていった。


 これによって誰にも気付かれずに建物に到着することができたのだ。



 サナ、無事に課題クリアである。




(ふむ、騒ぎを大きくして注意を引き付けている間に潜入、か。劇場型というべきか映画型というべきか。テロリストがよくやる手だな。…素晴らしい!)



 派手な囮で敵の注意を引き付けている間に本丸に突入する、というのはよくある戦術だ。


 静かに入り込むことができないのならば、こういった手段を取るしかないだろう。


 結果が伴ったこともそうだが、何よりも迷いがなかったことが素晴らしい。十分評価できる内容だ。



 しかしながら一番の被害者は、馬車の持ち主である。



 馬車はほぼ全部が破損しているし、爆発で吹っ飛んだ馬は挽き焼き馬肉になってしまっている。さらに積荷は燃えるで散々な結果である。


 持ち主も防犯意識が薄かったという過失があったことは否めないが、さすがにこれは不運としかいいようがない。


 一番悪いのはサナに課題を与え、このやり方を黙認(称賛)しているアンシュラオンである。この男の歩く道には災いが降り注ぐのだ。


 運が悪かったと諦めるほかはないだろう。




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