358話 「サナの戦気術修行 中編」


「一度止めよう。鎧が壊れそうだ」


「…こくり、はー、はー」



 サナが百回鎧を叩き潰したあたりで、一度休憩が入る。


 鎧がへこむたびにアンシュラオンが内側から直していたのだが、さすがに叩き続けてベコベコになってきた。


 ここまで傷んだものは、使い捨てのスクラップ用として大技の実験台に使えばいいだろう。


 サナのためならば金は惜しまないので、改めて練習用の新しい鎧を買ってもいいし、あるいはまた倒した相手から奪えば経済的である。



「…ふー、ふー、ふーー、ふーー」



 さすがに百回も戦気を放出して殴ったので、サナの疲労はかなりのものだ。


 立っているだけでもやっとで、身体を揺らしながらふらふらしている。極度の疲労状態に陥っているようだ。


 戦気を使った時の疲労感を上手く表現するのは難しいのだが、展開している箇所に常時神経が向いている状態だと思えばいいだろうか。


 たとえば、壁に黒い点を描いた紙を張って、じっと見つめる。


 それだけでも目の神経は疲れるし、心のほうも疲労を覚えるだろう。感覚的には、あれに似ている。


 さらに生体磁気を使うので、それをフィットネスバイクに乗りながらやるようなものだ。


 もちろん『集中』や『強化』を行う際は、全力でペダルを漕がねばならない。


 それを百回も続けたのだから、体力と精神力、神経を著しく疲弊するのは当然だといえる。



 そして、この状態から自力で回復することも重要な訓練となる。



 荒野や戦場では、疲れているからといって誰も労わってくれない。生き残るためならば、そこからの回復方法も学ばねばならないのだ。



「サナ、疲れている時こそ呼吸を大事にするんだ。人間が呼吸から得ている力は酸素だけじゃない。生命素も同時に補給しているんだ。この呼吸、練気が日常的にできるようになると常時生体磁気が活性化するようになる。それはつまり細胞が活性化することと同じだから、結果的に長寿にもなるんだ。歳を取りにくくなるってことだな。それはオマケ効果としても、重要なことは疲労もすぐに取れるようになるってことだ」


「…こくり、はー、はー」


「ほら、呼吸だ。すー、はーーー、すー、はーーー、すー、はーーー」


「…こくり。すー、はーーー、すー、はーーー」


「最初は息を大きく吸ってもいいからな。しっかりと呼吸をすることが重要だ」


「…こくり。すーーーー、はーーーー、すーーーーーーはーーーーー」



 言われた通り、サナが深呼吸をする。


 息が荒いときはどうしても「ぜーはー、ぜーはー」したくなるが、意図的に腹式呼吸をしたほうが力を多く取り込むことができる。


 極度の酸欠状態のときは例外としても、結果的にはこちらのほうが疲労回復につながるのだ。



「…すー、はーーー、すー、はーーー」



 次第にサナの呼吸が落ち着いてきた。心音も安定し始める。


 これを続けていくと心肺機能も向上して疲れにくい身体が作れる。その繰り返しで体力も養うことができるだろう。



「『練気』は戦気術の基礎中の基礎だ。基礎が一番大事だから絶対に疎かにしちゃいけないものなんだ。基本を抑えれば、どんなことにも対応できるようになるからな。もちろん才能も重要だけど、そればかりはどうにもできない。ならば自分にできることを続けていくしかない。特に戦気術に関しては全部努力で何とかなる領域だ。それを怠ったやつに強いやつは一人もいない。わかったか?」


「…こくり、すーはーーー、すーはーーー」


「よし、いい子だ」



 意外なことにアンシュラオンが重視するのは、基礎と基本である。


 どんな分野でもそうだが、一流になればなるほど基礎を疎かにする愚か者はいない。


 たとえば素人には訳のわからない絵を描く画家も、普通に模写をやらせると怖ろしいまでに上手く描く。


 基礎が普通にできてこそ、初めて次の段階にいくことができるのだ。


 先に我流で個性を磨き、それから基礎に行く者もいるが結果は同じである。最終的には基礎を修めねば先に進めないようになっているから不思議なものだ。


 我流も突き詰めていけば合理的な基礎の理論に行き着くわけだ。基礎とは、体系化された効率的な手法を意味するからである。



 その中で特に練気術は、才能がなくても極めることができる大事な要素である。



 ラーバンサーもそうだったが、才能がなくても努力で補える範囲がある。


 逆にいえば才能では上位の存在が山ほどいるのだから、せめてそれくらいは修めねば話にならないともいえる。


 ただ、それをつらい修行にしなくてもいい。


 ゼブラエスのような極度の死闘鍛練を好む脳筋ならばともかく、呼吸と戦気の移動操作くらいならば日向ぼっこがてらにもできるので、毎日自然とやってみればいいだろう。


 そうした習慣を身につけさせることもサナには重要なことである。



「次の修練にいきたいが…そろそろ飯の時間だ!! 昼ごはんを食べにいこうな!」


「…こくり」


「俺はここから跳ぶけど、怖いからサナは半分くらいから跳ぼうな」


「…こくり」


「じゃあ、いくぞー」



 アンシュラオンが今いた場所から―――ジャンプ



 ヒューンッ スタッ



 地上五十メートルから降りても、まったく音をさせずに着地。


 なんと、地面すらほとんどへこんでいない。衝撃のすべてを膝などの関節で吸収してしまったのだ。


 これだけの運動エネルギーを軽々と受けきる身体に加え、衝撃を逃がす技術は達人と呼ぶのも失礼だ。呼ぶなら【超人】が相応しい。


 ちなみにアンシュラオンたちがいた場所は『第二城壁の上』である。


 この都市でもっとも高い場所の一つにいたのだから、日差しが気持ちいいのは当然だ。今は昼時なので、むしろ暑いくらいの日射が降り注いでいる。



「サナ、気をつけるんだよ。自分のタイミングで跳んでごらん」


「…こくり」



 次に半分のところまで降りてきたサナが、同じように跳ぶ。



 ヒューーーンッ ドンッ ごろごろっ



 足から着地はできたが衝撃を逃がすことはできなかったようだ。そのまま倒れて転がってしまった。


 だが、アンシュラオンは慌てない。



(戦気を放出していたからダメージも三割以下になっているはずだ。それに、着地後に転がったということは衝撃を逃がそうとした証拠でもある。今のサナならばこれくらいが限界かな)



 サナは戦気を使っていたので、すべてのダメージが軽減している。慌てる必要はないのだ。


 二十五メートルという高さはビルの八階に相当するので、一般人ならば死ぬ可能性もあるが、武人にとってはそこまで恐怖ではない。


 サナくらいの実力で考えれば、感覚としては二メートル半くらいの高さの壁から飛び降りるようなものだろうか。(それでも怖いが)



「サナ、無事か?」


「…むくり」



 アンシュラオンが転がったサナに近寄ると、すぐに立ち上がった。


 やはり致命傷にはなっていない。が、一応診察する。



「見せてごらん。ふーむ、膝と足首が傷んでいるが…捻挫まではいっていない。初めてにしては悪くない動きだが、衝撃の吸収も本格的に教えたほうがいいな」


「…こくり」



 ごぽごぽっ じゅわ


 サナを再び治療。怪我が治る。



「大丈夫か? ちょっと跳んでごらん」


「…こくり、ぴょん」



 サナは元気にぴょんぴょんと跳んでみる。特に異常はなさそうだ。


 アンシュラオンの命気がある限り、サナはいつだって全力で戦い続けることができる。


 いちいち休まねばならない普通の武人と比べると、何倍、何十倍もの鍛練を積めるということだ。


 物事の習熟度は、基本的に反復によって上がっていく。


 よく一万回繰り返せば誰だって結果が出るといわれるが、基礎を教わったうえでそれをやれば効果も抜群だ。


 こうやって何度も何度も何度も高い出力の修練を積めば、強くなるのは当たり前である。これだけでもサナは他の人間よりも圧倒的に有利なのだ。





 それから二人は一般街のほうに歩いていき、大衆食堂に入る。


 ちゃんとした家屋ではなく、屋台とオープンカフェが合体したようなアジアによくあるスタイルの店だ。


 昼時なのでアンシュラオンたち以外にも多くの客がいて賑わっている。



「おっちゃん、いつもの二つね」


「おっ、また来たか。すぐに出してやるから待ってな」


「サナ、座って待とうな」


「…こくり」



 アンシュラオンとサナは、空いている席に座る。


 しかし、ただ座っているのももったいない。ここでも修行はする。



「いいかい、どんなときも周囲の警戒を怠っちゃいけないよ。心を落ち着けて呼吸しつつも、常に感覚を伸ばして周囲と同化するんだ。ほら、少しずつ自分の意識が分かれていって、他の物質の視点が見えてくるだろう? これを戦気術『同心どうしん』と呼ぶ」



 戦気術、同心どうしん


 自分の呼吸を整え、周囲全体に視線と感覚を合わせ、あらゆる環境に適応する基本の技である。波動円は、これに戦気を加えて拡大強化することで生み出される。


 この同心の内容をよくよく分析してみると―――



 心を落ち着かせ、よく周りを観察し、どこに何があるかを覚え、常に把握する。



 と言っているだけなので、べつに武人でなくても普通にできることだ。


 オーラはすべての生命に存在するものである。それを知っていれば常人でも感覚を伸ばすことは難しいことではない。


 これに慣れれば、瞑想時のように意識がいくつかに分裂したような感覚に陥り、まるで自分が背後にある石と同化したような気分になる。


 すると、石の近くにある生物や物質の気配がなんとなく感知できるようになる。その感覚をマスターすることで波動円の効果を最大限発揮することができるようになるのだ。



 また、これは心を落ち着けていなければできないことである。


 多くの者は静寂の心を忘れてざわついた生活を送っているので、この境地に至る者もそう多くはない。


 それができる者とて、心に悩みや迷いがあれば囚われてしまって、ついつい無防備になるものだ。


 同心は心の静寂をもたらす技術でもある。いついかなる時も常に心を平静にして準備を整えておくことが重要だ、という教訓を説いてもいるのだ。


 波動円も重要な戦気術なので是が非でも教えたい技の一つだ。その準備段階として同心の修得は必須である。



「あまり警戒しすぎても駄目だぞ。何も知らない人間からすれば、なぜか緊張しているやつがいれば自分から怪しいと言っているようなものだからな。あくまで悟られない程度に自然に感じるんだ」


「…こくり」


「まあ、サナの場合は大丈夫かな。邪念がないしね」



 サナはアンシュラオンに言われた通りにやる。それ以外のことをしない。


 良くも悪くも心は常に静寂なのである。



「…ぴく」



 そして、サナが背後から来る者の気配を察知する。


 少し腰を浮かせて、いつでも動けるような状態をキープ。



 ただしここは店なので、来たのは当然ながら―――




「お待たせ! できたぜ!」




 料理を運んできた店主であった。


 サナはそれを知って腰を元に戻した。それでもまだ動けるように意識はしている。



(よしよし、ちゃんと言われた通りにやっているな。いつでも動けるようにするのは大切なことだ)



 綺麗な歩き方講座では膝を伸ばすように説いているが、安全を考慮するのならば、歩いている時もできれば膝は少し曲げていたほうがいいだろう。


 もちろん、いざというときに反動をつけて跳躍できるようにするためだ。


 昔の日本人は腰を落として重心を低くする歩き方が一般的だった。そのほうが危険に対処できるからだ。


 今の日本でやっていると怪しい人なので、それこそ周囲をよく見て使ったほうが無難であろうが、そういう動作を見れば武道をやっているかどうかがわかるのだ。



 ともかく食事が来たのならば、おとなしく楽しむのが礼儀であろう。



「サナ、ラーメンができたぞ。食べような」


「…こくり」


「だからそれはラーメンじゃねえって言ってるだろうが」


「だって、見た目は完全にラーメンだからね。ラーメンでいいじゃん」


「ああ、もう。何でもいい。さっさと食え食え! 熱いうちに食え!」



 アンシュラオンたちに運ばれてきたのは、見た目は完全にラーメンの食べ物だ。


 一応店主は何か料理名を口走っていたが、ラーメンにしか見えないのでラーメンと呼んでいる。


 このラーメンであるが、転生中国人が建国した『大陸』にはちゃんと『中華そば』風の食べ物が伝わっているらしい。


 この店も大陸のものを真似て作っているので厳密な意味でのラーメンではないが、ここでも麺類が食べられるのは嬉しいことであろう。



「餃子も早くね」


「だからギョーザじゃねえよ」


「ずるずるずる。うん、ラーメンは美味いな! オレは米も入れよう。どぷんと」


「…ずるずるー」


「あー、まったりだなぁ。幸せだなぁー」



 仕事に追われるでもなく、昼飯に何の気兼ねもなくラーメンを食べるなんて、これほどの幸せはないだろう。


 流れる風も心地よい。実に良い日である。



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