「第四幕【下克上】『収監砦編』」

357話 「サナの戦気術修行 前編」


 というように、アンシュラオンがいない間にいろいろなことが起きていたわけだ。


 ダディーが一度死んだりセイリュウが出てきたり、思った以上に動きがあったといえるだろう。


 これら一連の騒動が、都市に戻ってきた時のアンシュラオン逮捕劇につながるのである。




 では、肝心のアンシュラオンは今どうしているだろうか。




 マキに逮捕され、そのまま馬車で連行されたあの男は何をしているか。




「いやー、今日もいい天気だなー。気持ちいいー!」



 アンシュラオンが降り注ぐ日差しを受けながら、心地よさそうに伸びをする。



「サナも気持ちいいか?」


「…こくり」


「そうだよなー、ずっと働きっぱなしだからリフレッシュも必要だよな」



 サナと一緒にしばらく日向ぼっこを楽しむ。


 今は二人とも仮面を付けておらず素顔のままだ。やはり素顔が一番である。新鮮な空気が美味い。


 十分日光浴を楽しんだあとは【日課】が始まる。



「よし、やるか! 今日も鍛練をするぞ!」


「…こくり」


「まずは呼吸だ。吸ってーーー、すーーーー!!」


「…こくり。すー」


「それから、吸った酸素を燃焼させるように、吐くーーー、はーーーー!」


「…こくり、はー」


「吐く時間を長くするんだぞ。吸うのが1に対して、吐くのは3くらいかな。これを続けてー、すーはーーー!すーはーーー!すーはーーー!」


「…こくり、すーはーーー。すーはーーー。すーはーーー」



 呼吸を繰り返していくと、身体の中がぽわぽわ温かくなるのがわかる。


 呼吸は誰もが自然とやっていることなので意識しないが、こうして意図的にやるとかなりのエネルギーを使う。


 腹式呼吸をじっくりやるだけで十分なダイエットにもなるので、ぜひ試してみてほしい。


 が、これはあくまで準備段階だ。


 呼吸は生体磁気を活性化させるのが目的であり、武人にとってはこれからが本番といえる。



「今度は呼吸の間に、周囲からエネルギーをもらうイメージを浮かべてごらん。この星、この宇宙には無限の力が漂っている。それは幻でも塵でもない実在するエネルギーなんだ。そうだな、呼吸で生み出した力が種火だとすると、周囲の力は尽きることがない燃料のようなものだ。今体内で活性化した種火と化合させ、一気に燃え上がらせる」



 ぼしゅっ ぼーーーー


 アンシュラオンの体表に一瞬で戦気が生まれる。


 サナに見せるために意図的に発動を遅くさせているが、それでも実に滑らかで淀みのない美しい炎だ。


 戦気は、使う人間の本質を表すという。


 これだけ悪事を重ねているのに、なぜか戦気はとても美しい。真面目に生きている人間より綺麗なのだ。


 普通に考えれば理不尽だが、宇宙を管理する法則に偽りはない。起こったことこそが真実である。


 善も悪も光も闇も知ったアンシュラオンは、人間としても武人としても深みがあるということだろう。それを超越した存在なのだ。


 と、アンシュラオンの戦気は今までも散々見てきたので、特にいまさら語ることはないだろう。



 問題は、サナのほうだ。



「さっ、こんな感じで戦気を出してごらん」


「…こくり。ぐっ」



 サナが両手をぐっと握り締めて踏ん張る。


 まだまだ身体に無駄な力が入っており、その速度は緩やかであるものの―――体表に変化が起こる。


 ぼっ


 ペンダントの周辺に小さな炎が浮かんだと思ったら、そこを中心にして円状に広がっていく。


 ボボボボッ ゆらゆらゆら


 そうして広がった薄ぼんやりした炎によって、サナの身体が赤に包まれた。



「おっ、いいぞ! すぐに出せたな! これが戦気だぞ!」


「…こくり。ぐっ」



 サナも嬉しかったのか、小さくガッツポーズだ。



 そう、これが―――【戦気】。



 もうお馴染みの力であるが、改めてこうして最初からやってみると不思議なものである。


 『神の粒子』と呼ばれる『普遍的流動体』も、目では見えないが実在する力なのだ。


 愛や勇気などの捉えどころのない力も、精神の振動数ではしっかりと存在している。現に人間同士が集まれば、相手の気持ちがなんとなく空気感で読めるはずだ。


 それと同じように、尽きることのない膨大なエネルギーが至る所に存在している。



 それはまさに無限の可能性。



 もしこれをすべて扱うことができれば、世の中のエネルギー問題は一瞬で解決するはずだ。なにせ『母神』と呼ばれる『星創神』たちは、これを使って星すら生成しているのだ。


 だが、人間が扱う場合はどうしても制限が生まれる。



「全身を覆うまでが『二秒』ってところか。まだまだ遅いな。だが、自分で出せるようになったことは大きな成長だ。まずは出せることを日常にしような。それに慣れてきたら速度を上げるんだ。戦闘時はどんなに遅くても、できれば0.1秒以内で出せないと話にならないから、そのラインが最低目標だ」


「…こくり」



 無限の力を扱えるのは、当人の肉体能力と意思が及ぶ範囲のみである。


 たしかに精神や霊的エネルギーは無限であっても、物質の次元に顕現させる場合は『進化の法則』の制限を受ける。


 地球が微生物から始まって徐々に哺乳類が誕生していったように、無理がないように生命の進化は段階を経るようになっているのだ。


 人間が扱える力には、おのずと限界が生まれる。肉体も精神力も霊的進化にも制限がある。


 現状のサナには、これが精一杯。一気に急成長とはいかないのだ。


 展開するのに二秒もかかっていたら、突然の矢や銃弾は防げない。まだまだ課題が多いことがよくわかるだろう。




 が―――兄は大喜び。




「サナちゃん、すげー!! ちゃんと戦気を出せるじゃーん!! やっぱり天才だよなー! うおー、可愛いよぉおお! ぎゅっ! すりすりすりすりっ!」


「…むぎゅ」



 まだまだと言いながら、内心では頬ずりしたい気分で一杯であった。


 というか無意識のうちに抱きしめてスリスリしている。可愛くて可愛くてしょうがないのだ。


 やはり武人と一般人とでは差がありすぎる。強く抱きしめることも難しい。


 サナが因子を覚醒させて武人として強くなっていけば、気兼ねなく自然と接することもできるだろう。


 可愛い妹が自分と同じ世界に入ってきてくれたことが嬉しいのだ。


 たとえるのならば、もう何十年も自分がやっているオンラインゲームを、妹になった女の子が新しくやり始めたようなものだ。


 これは嬉しいだろう。ついつい面倒をみたくなるし、教えたくなる。教えたいことが一杯ある。


 だから今はもう最高の気分なのだ。ついついサナの戦気もじっくり見てしまう。



(ふむ、サナの戦気はまだぼんやりしているな。明度や彩度がそんなに高くないのかな? ただ、悪い気質は感じない。戦気は意思の力でもあるから、それが如実に表現されているんだろうな)



 サナの戦気は、薄ぼんやりとした桃色、といったところだろうか。マキのものと比べると明らかに色味が薄い。


 『意思無き少女』という異名の通り、彼女はまだまだ自分で意思を発することが苦手である。覚えたのは怒りの感情だけだ。


 『グラサナ・カジュミライト〈庇護せし黒き雷狼の閃断〉』には、アンシュラオンの意思力が内包されているので、危機的状況になれば強烈な力を発揮するものの、ペンダントの力無しではこれが本来の彼女の力だと思われる。


 魔獣相手にはそこそこ奮闘した彼女の戦気であるが、アンシュラオンから見れば物足りないのは仕方ないだろう。



(まあ、出せるだけでもいいか。これでようやくバッターボックスに立てる。試合に出れる。その意味は大きい)



 アンシュラオンが言ったように、レベルの高い実戦では百分の一秒でも無駄にできないので、現状では最低ラインに立っただけだ。


 野球でいえば、ようやくグローブとバット、ヘルメットを手に入れた段階にすぎない。


 スローイングやキャッチ、スイングはこれから覚えるのだ。ここからが大変である。



 しかし、サナの師匠となる男は―――アンシュラオン。



 覇王の下で修行した最強の因子を持つ男だ。その力がサナに与えられると思うと今から楽しみである。




「いいかい、サナ。戦いで重要なのは『戦気術』だ。戦気術ってのは文字通り、戦気を自由に扱う術のことだ。戦気を出すことは当たり前で、それをさらに自由自在に動かすことで戦いを有利にしていく。だから戦気術をいかに素早く無駄なく使えるかが大切になるわけだ。それで生死が決まるからな。絶対に鍛練を疎かにしちゃいけないぞ」


「…こくり」



 アンシュラオンいわく、【戦いの真髄は戦気術】にある。


 たとえば練気が上手い人間は戦気の発動速度が速いので、雑な戦気術しか使えない一段上の相手にも勝つことができる。


 それはすなわち、【技の発動速度が上がる】ことを意味するからだ。


 蒸滅禽爪じょうめつきんそうのような形状変化の技は、戦気術が上手いと特に発動が早くなる。


 相手より先に攻撃を出すことができれば有利になるし、相手の技を見てからでも間に合うようにすれば、あらゆる状況に対応することが可能だ。


 単純な攻撃や防御にも、基礎となる戦気術の効果が如実に出る。どんなに戦気量が多くても、それを実際に扱えなければ意味がないからだ。



「今は戦気が使えるだけでもいい。使っている間に慣れてくるだろう。じゃあ、次のステップに入ろうな。身体に展開した戦気を、今度は手に集めるんだ」



 アンシュラオンが体表を覆っている戦気を手に集めていく。


 それによって戦気は一点に集中して、さらに強い輝きを帯びた。



「これが戦気の『集中』だ。全体に広げて維持するのと同時に、こうやって瞬間的に集められるようにならないといけない。攻撃の時は、だいたいどこかに戦気を集めるもんだ。拳や足とかにね。ほら、お兄ちゃんがやったように手に集めてごらん」


「…こくり。ぐぐ」



 ゆるゆるゆるっ


 サナも見よう見まねで自分の手に戦気を集中させていく。


 まるでスライムのようにウネウネ蠢き移動し、ゆっくりと集まっていった。



「おっ、そうそう。いいぞ! それを維持してごらん」


「…こくり」



 ゆらゆら ぼぼっ


 サナの手に戦気がとどまって燃えている。身体全体に覆っていた時より強い力を感じる。


 その代わり、それ以外の場所からは戦気が消えてしまった。一つに集中することに夢中で他の場所に意識が向かなかったのだ。



(体表の戦気を維持するまではできないか。しょうがない。オレはすぐにできたけど、一般の武人の様子を見ている限り、十年くらいかかるみたいだからな)



 戦いの際は身体を戦気で覆いつつ、部分的に戦気を集中して戦うのが一般的だ。


 殴る場合は、当然ながら拳に戦気を集中させる。かといって身体の防御を全部なくすと問題なので、そちらも維持する必要がある。


 あとはその按配あんばい、バランスの問題であるが、初心者はとかく集中に夢中になって他が疎かになることが多い。


 サッカーも素人がやると団子サッカーになって、他のスペースががら空きになる。


 もちろん団子サッカーが全面的に悪いわけではないので、時には戦気を一点に集中して博打に出ることもある。



 が、基本はバランス重視が一番いい。万一反撃を受けたときの命綱になる。



 アンシュラオンは生まれ持った資質と、以前の人生で培ったバランス感覚を持っているのですぐに対応できたが、普通の人間ならば十年はかかる道である。


 何事も職人の道は最低十年といわれるが、十年経つと全体がよく見えるようになってくるのだ。それが一人前の証でもある。


 ただこれも一人前になっただけであり、二流、一流、超一流となるには、さらに二十年、三十年、あるいは五十年以上の月日が必要だろう。長生きの武人ならば二百年経っても道半ばかもしれない。


 そこに才能の問題もかかわってくるのだから実に奥深いものである。



(だが、集めることはできるな。初心者でこれだけできれば十分だ! すごいぞ!! サナ!!)



 サナの場合はまだ集中そのものを学ぶ段階なので、今のところはこれでいいだろう。こちらもできることが重要である。



 集中ができれば、次はこれだ。



「集めた戦気を土台にして、さらに力を集めるんだ。こんなふうに」



 ボボボッ ボオオ


 掌に集まった戦気が、さらに巨大なものとなっていく。


 最初のものが『燃えている』と表現するのならば、こちらは『燃え盛っている』というべきだろうか。明らかに質量が異なる。



「これが戦気の『強化』だ。一点に集めた戦気に新しい戦気を加えて強くするんだ。技を使う際は、この強化の程度によって威力も変わるんだぞ」



 『集中』が展開している戦気から割り振るのに対し、『強化』はさらに新しい戦気を練り上げて威力を上げる戦気術である。


 その分だけ上乗せするので、当然ながら新しく戦気を練り上げねばならない。


 自分の戦気を維持しながらも練気を使って上乗せする。落ち着いているときにやるのは簡単だが、戦いながらこれをやるのは難しい。



「ほら、やってごらん」


「…こくり。ぐぐぐっ」



 サナが身体に力を入れながら、手の戦気に『強化』を施す。


 ぼぼぼっ むくむく


 火は強く大きくなったものの―――



「…ふー、ふー」



 サナの呼吸が荒い。


 戦気を維持しながらも追加していく作業である。集中力の維持と練気を同時にやるのだから疲れるのは当然だ。



「いいぞ。その調子だ。それを拳に維持したまま叩きつけるんだ。甲冑を出すから実際にやってごらん」


「…こくり」



 アンシュラオンがポケット倉庫から全身鎧をサナの目の前に出し、それを命気で地面にしっかり固定する。


 このままだとちょっと背が高いので、胴体の部分だけをサナの身長、拳が届く場所に配置する。



「お兄ちゃんと同じ構えをするんだ。腰を軽く落として右手を引いてー」


「…こくり、ぐっ」


「抉るように打つべし!!」


「…こくり」



 ドンッ!!



 サナの拳が甲冑にヒットし―――



 ベコンッ



 へこむ。


 拳が甲冑にめり込み、金属製の鎧の胸付近を大きくへこませた。



「おっ、すごいぞ! もし中に人がいたら胸部骨折は間違いない。このあたりは一番頑丈に造られているはずだから、そこそこの威力だな」


「…こくり」


「いいぞいいぞ、この調子で次は虎破でも教えて…と、サナ。血が出てるな」



 ぽた ぽた


 甲冑を叩いた時に皮が剥けたのだろう。拳から血が垂れていた。


 いくら戦気で強化していても、まだまだ小さな女の子だ。むしろこんな小さな子が、拳で金属製の鎧をへこませるほうがすごいのだ。



「すぐに治してやるからな」



 じゅわわっ


 アンシュラオンが即座に命気で拳を治す。本当ならば、そういったことの対処も勉強にはなるのだが、今は数をこなすことが重要だ。


 多少の怪我くらいならばさっさと治してしまって、何度も何度もやったほうが効率的であろう。



「治ったな。じゃあ、もう一度だ」


「…こくり。ぐっ」



 ドンッ べこんっ ぽたぽた


 ドンッ べこんっ ぽたぽた


 ドンッ べこんっ ぽたぽた



 甲冑を殴るたびにサナは拳を怪我する。そのつどアンシュラオンが命気で治す。


 それでもまったく躊躇なく打ち続けるのであった。



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